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覚えていますか? 空を駆ける龍の背から見る美しい景色を。
覚えていますか? 共に街を歩き、民と触れ合い、笑いあった日々を。
覚えていますか? 司祭ウムル様に怒られた私をかばってくださった時のことを。
覚えていますか? あの日、神殿がデーモンたちに落とされる前日の夜のことを。
ごめんなさい。ごめんなさい。巻き込んでしまって。貴方だけならきっと逃げられたのに。
私が巻き込んだ。貴方を殺してしまった。
だけど、私を覆う悲しみの中に、少しの嬉しさがあることを、私は恥と共に知りました。
私の騎士。私の為に死んでくれた私の騎士。我が愛する騎士の中の騎士よ。
貴方の忠誠に私は応えたい。
私は私の使命を果たします。
私はけして、お父様の望みを叶えない。
私の全てを賭してでも。
――いつかの誰かの決意の言葉
ボスデーモンの部屋。工房にあった扉。
(こいつは先へ進む扉だろうな。そういう気配がある)
開く前に、少しだけ自身を振り返る。
体調は万全だ。負傷は癒えている。オーラも損なわれていない。魔力も全快している。
無論、この工房に聖域を敷いたことで地上に戻ることできるが、それでもまだ戻るには成果が足りない。
「やる気になってるからな。ここで平静に戻されても困るってとこもあるが……」
装備も道具も万全だ。ただ、回収した道具も多い。一度猫の鑑定を受けておく必要があるかもしれないが、手に入れた数々の武具もハルバードを超える武具には見えない。戻ったところで今の状態を超えることはできない。
(妻の顔を見たくもある。息子の顔もだ。だが……ダメだな……)
成果なしで胸を張って会うにはとかそういうことじゃなく。
頻繁に戻れば地上の暖かさに気が緩む。それは少し以上に危険なことだった。
地上に流れる時間は心配だ。置いてかれる不安がないわけでもない。
それでも、その緩みこそが俺を殺す刃の一つであることを俺は忘れてはならない。
同時に、この死闘あふるるデーモンの巣に耽溺してはならないことも。
(まさか酒呑がああなるとはな……)
随分とデーモンに痛めつけられたからだろうか、ヤマの眷属ですら目的を見失っていた。
俺も気を抜けばそうなるだろう。少し地上に飢えているぐらいの方がおそらくは心を守れる筈だった。
腑抜けた魂では、俺はどこかでしくじるに違いなかった。
「ともあれ」
行くか、と俺は歩き出した。扉の先へ。さらなるデーモンへ会いに。
◇◆◇◆◇
「ここは……」
見たことがある場所だった。攻略の終わった領域という意味ではない。ただ、この景色を、この場所を俺は知っていた。
「王城チルディ9」
ここはその、地下牢獄だった。
大陸で銀龍ゲオルギウスを開放したときに、見た通路だ。この牢獄の奥にあった隠し扉の先に、おぞましきデーモンを封じる銀龍がいたのだ。
「すこし違うが、似ているな……」
石煉瓦で形成された通路。脇には牢獄が並んでいる。
中に入っているのはできそこないのデーモンどもではなく、囚人姿のデーモンたちだ。
デーモンがデーモンを捕らえてなんの意味があるのか。相変わらずこいつらの思考は混沌としている。
それに、工房のボスデーモンを殺したからだろうか、このエリアには色がついていた。
「いや、そうじゃない。あの工房の主は記憶から形成された偽物だった。だからか?」
じゃあ、あの灰の神殿はなんだ? エリザは取り込まれている? いない? どっちだ? それとも灰の神殿の主は違うものなのか?
「考えても無駄か」
全部殺せば問題ない。そうだろう。
俺は茨剣を片手に、集魔の盾を片手に持つ。少女篭手、星牛のマント、聖女様の肋骨による護りも問題ない。
「とにかく進むぞ。まずはこの領域を調べる」
そうして俺は先へと進み、現れるデーモンを倒し、そうして――
「いや、これは……」
――途方にくれた。
「これは、俺には」
無理、と言いそうになる口を押さえる。
「いや、なんとか……なんとかできる、のかこれ」
この領域を攻略している筈の俺がいるここは、石煉瓦の部屋。
つまりは牢獄だ。入り口は閉まっている。俺が飛び込んだ後にデーモンによって閉められた。
――そう、閉まっているのだ。
入り口たる鉄牢を破壊することはできない。すればなにかよくないものに触れる。無理やりに壊してはいけない。そういう気配がある。
さてはて、聖域を張って転移でもすれば逃げられるが。聖域を張る、ということだけでも聖印を一つ消費してしまう。
「しかもその聖域も長続きはしない」
デーモンのボスを倒した後と違い、通常の領域に聖域を張っても長続きはしない。貴重な聖印だ。こんなところで無駄遣いしていいものではない。
はぁ、とため息を一つ。俺はどうすべきだ? どうやればここから抜け出せる?
俺は、足りない頭をひねって、ここまでに来る間のことを思い出すのだった。
◇◆◇◆◇
石煉瓦の続く廊下。それはただ石煉瓦が続いているだけ。遭遇するデーモンは無数に出現する人骨のデーモン。
スケルトンどもはそう強くない。瘴気で身体を覆っているとはいえ、筋肉のない人骨にできることはたかが知れている。
ただ、茨剣では破壊するにも瘴気の核を龍眼で正確に見抜く必要があるので、武器をメイスに切り替えた。
(もう少し鈍器が欲しいな。地上に戻ったら槍と一緒に調達するか?)
考えながらもメイスをデーモンどもに振るう。
オーラで覆った神聖なるメイスの威力はまさに鬼に金棒といったところか。現れるスケルトンどもは多少は骨のある奴らが多いようだったが、次々と浄化され直刀と円盾を残して消えていく。
「こいつら、蘇生……いや、復活か? 呪詛でもかけられてるようだな」
破壊の瞬間に若干の抵抗があったのでなんとなくそんなものがあるのはわかる。というか、スケルトンの定番だ。肉がない代わり骨の身体は粉々になっても復活の呪詛で容易に復活できる。代償にいくらか燃料が必要らしいが、この瘴気の底だ。ここの瘴気は下手な供物よりも邪悪なものたちの力となる。
このスケルトン、聖なる浄化がなければ無制限に復活するデーモンたちだったのだろう。
とはいえ、『神聖』の聖言に加え、練りに練った生命の力を叩き込まれているのだ。呪詛ごと核を浄化され、銀貨を残して奴らは消えていく。
「は、デーモンめ。スケルトンなんぞ使うよりは聖水に頼らなければならない悪霊を放った方がマシだったな」
霊と骨。この辺りは戦士にとっては感覚的な話だ。
骨を肉体とするスケルトンの方がなんとなーくオーラが通る。
霊である悪霊どもにはなんとなーく聖水の方が効く気がする。
その程度の違いだ。だが、このなんとなーく、というのが概念的なもんからするとかなり違うんだろうな。
「で、木盾。円盾か。悪言すら刻んでねぇ安物っぽいな。それとこっちのファルシオン」
スケルトンの残すファルシオンは5本ほど拾っていく。
正直、武具としての性能は銅剣の方が高いので拾うのはどうかと思うがな。念の為だ。
「羽根のように軽いってわけでもねぇが、やっぱ軽いのはな。ちっと力不足って感じだな」
というかスケルトンの残すこのファルシオン。聖言も悪言もない、ただ鋭いだけの武具だ。魔鋼でできているために最低限の威力はあるだろうが、どう考えてもこの領域で使う武具ではない。
「俺の場合、素手の方がマシだ」
ただ、触れれば死ぬような敵や武具を使い捨てにしなければならない状況もあるだろうからと回収だけはしておくのだが。
「こっちの円盾は、ううむ」
丈夫なだけの木盾。盾を使い捨てにする状況もあるかもしれないが、正直、この盾で何かを防ぐようなこと自体がまずい気がする。
「浅い階層ならまだ使えたんだろうが」
この領域でこの安物の盾で身を防ぐなら、致命傷にならないようにうまく受けるか、必死に避けた方がいいだろう。
「……いや、投げれば、まだ?」
使うにも状況がな。ううむ、拾うだけ拾っておくか。
この円盾も5枚ほど拾っておくことにした。
◇◆◇◆◇
長櫃すら見なかった。
石煉瓦の通路がずうっと続いていた。
両脇には牢獄が連なっている。
子供の落書きのような顔のデーモンたちが中には入っている。
現れる敵は一蹴できるスケルトンだけ。
だから、少し緊張感がなくなっていたのかもしれない。
「なッ!?」
遠目に見えたそれに一瞬呼吸が乱れた。
通路幅ギリギリにまで届くほどの巨大な鉄球が転がってくる。
すごい勢いだ。逃げようかと背後に目を向け、思い出す。この石煉瓦の通路には脇道一つなかった。ここまで一本道だった。
途中にいたスケルトンが押し潰された。敵も味方もおかまいなし。で、俺もああなるってか? 巫山戯るなよ。
「って、こっちに逃げればいいだけの話だろうが」
ちょうど開いていた牢獄にひょいっと身体を滑り込ませる。誰かが止めるような音が聞こえたがこんな領域に人間がいるわけがない。無視をする。
それよりも重要なこと。侵入者に反応したのか、外から見るだけではぼーっとしてるように見えた中の囚人のデーモンが襲いかかってくる。
と、いっても人型で強い瘴気も感じない。適当にメイスで殴り倒す。
「って、うぉ、結構強いなこいつら」
ただ闇雲に暴れるようにして襲いかかってくるこいつらは動きが変則的でおそらくスケルトンよりは強い。
もっとも俺の敵ではないが。
だから、そいつらを倒し、さぁ出ようと振り返った俺は。
「あ?」
鉄球はもう過ぎ去っている。だが、牢の前に鍵を持ったスケルトンがいた。
ぎぃぃ、という軋むような、牢扉の閉まる音。
待て、という暇もない。意味もない。叫ばない。
瞬時に踏み込み、扉に向けて拳を放つも、そのスケルトンが鍵をかける方が早かった。
――せめて、敵が肉の身体を持っていたなら……! いや、悪霊でもよかった!!
だが再生の呪詛のかかっているスケルトンを扉越しに殺すのは難しい。
あれが肉の身体だけの木偶ならば余っているファルシオンだろうが短刀だろうが、牢の隙間から投擲して致命傷を与えてみせたのに!! 悪霊ならば聖水を直接ぶっかけて弱らせられた筈なのに!!
否、刀剣でも頭蓋を砕くぐらいはできた筈だ。だが敵は骨のデーモン。必殺たりえぬ攻撃ではなんの痛痒も見せず、鍵をかけるぐらいはやってのけただろう。
「そのためのスケルトンか!!」
雑魚ではなかった! 環境にもっとも相応しい罠だった!!
――そうして、俺は、この牢獄で途方にくれることになる。
ここに至るまでの記憶。罠にハマった瞬間を思い出し、歯噛みする俺は。
「もし、貴方はキース様ではありませんか?」
その声の主。
否、この牢獄の正面にいる人物を見て、少し、呆けた。
「お前……中央神殿の、第3、聖女? 『斥力の聖女』カウス・アウストラリスか?」
美しいだけの女の筈のそれは。牢獄の中に座って、俺を見ていた。




