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龍よ。君たちの瞳には何が見えているのだろうか?
―龍に憧れる竜騎士見習いの言葉―
◇◆◇◆◇
「おぉおぉおおおぉおおおおおおお!!」
ハルバードを回転する怪魚の髭剣に叩きつけ、反動を利用して怪魚の間合いから離れる。
「龍眼!!」
叫び、右瞳に宿る龍の権能を発動させる。魔力と体力が吸い取られ、視界に映る情報が拡張される。
全てを見抜く龍の瞳には奴の瘴気の本質が見える。それが神気を帯び、深淵に近しい性質であること。鎧のように纏っているオーラの濃度。山脈が如き尽きぬ瘴気の根源。息もできなくなるほどに呪わしき悍ましさ。
龍の瞳には全てが映る。だが、俺には全てが見えていない。
付かず離れずを維持する俺に向かって次々と瘴気を濃厚にまとわせた髭剣が降り注いでくる。「はッ!!」それらを躱しながら目を凝らしていく。
俺は未だただ敵を見ているだけにすぎない。俺の生身の瞳の方がまだマシなぐらいに俺は龍の瞳を使いこなせていない。
見るだけではダメなのだ。観なければならない。俺が人間の瞳で敵の筋肉や関節、視線や戦闘の流れを見て動いているように、龍の瞳でも同じように、戦いに必要な情報を的確に取得できるようにならなければならない。
踏み込み、斬撃をぶち込む。新たな試みをしようとしていても、防いでいるだけではダメだ。少しでもいい、相手を削っておきたい。
ステップを踏みながら相手の攻撃を躱しつつ、俺はハルバードをくるりと回転させ、石突による打突を相手にぶち込む。
半魚蟲人程度なら一撃でぶち殺せそうな打撃であっても、あまり効いているようには見えない。
「やはり、差が圧倒的すぎるッッ!!」
急げ、だが落ち着け。龍眼からどうやって力を引き出す? マルガレータと俺の魂は融合と言ってもいいぐらいに同化しているが、その間にはどうあっても消すことのできない齟齬がある。
それは俺が人であることや、マルガレータが龍であることの違い。魂の質の違い、どうやっても狭められない距離。
(本当にそうか?)
怪魚の攻撃を躱し、斬撃を返しながら思考は続く。
俺とマルガレータを繋いでいるのは感情と性向の一致。それと一時的とはいえ意識が同化したことによる縁、それだけだ。
それだけ。だが、俺たちの絆はそれで十分。
デーモン。デーモンへの憎悪がある。デーモンを殺さなければならない。デーモンを殺したい。デーモンデーモンデーモンデーモンッッ!!
(怒りが湧き上がる。敵意もある。殺意も十全)
マルガレータと同調するならそれが的確で、それが最適で、それが最高。
そも、それ以外に俺たちに目的などないのだ。
(もっとだ。もっともっともっともっと! デーモンを殺す為の力が、デーモンを痛めつける為の力が欲しい!!)
くれ。よこせ。マルガレータ。金剛龍よ!
――力を俺に。
ごっそりと魔力が抜け出ていく。右目が紫電に焼かれたように熱くなる。
(力だ! 力ァ!!力力力力力力力力力力力力力力力力力力力力力力力!!)
俺の魂には焼き付いている。龍が持っていた憎悪。何もかもを燃やし尽くす憤怒。敵意、害意、あらゆる暴力と渾然一体となった殺意。
(おぉぉ、意識が魂に引っ張られていく)
俺の中で眠っているマルガレータの残留思念に俺が引きずられていく。
視界の混濁。意識は朦朧。それでも戦闘に支障はない。獣がごとく跳ね回り、敵の周囲をかき乱しながらハルバードを奮っていく。自己が龍の意識と混ざり合っていく。楽しくなってくる。デーモンへ暴力を振るうことが嬉しくなってくる。
「はははッ!! ははははははははははッッ!!」
我が肉体は、ハルバードを振り回しながら敵の身体ではなく、敵の鎧のようなオーラに斬撃を与えていく。人の目にはただただ濃密な瘴気の鎧に見えたそれも、龍の目を通してみれば薄皮を何十枚と重ねたただの分厚い瘴気にしか見えないからだ。
そいつを切り開いていく。引き剥がしていく。奴の身体を守る鎧を破壊していく。
無論、奴は巨大だ。俺が剥がしているのは全体を覆う一部にすぎない。
だが、それでも――「おぉぉぉぉぉぉおおおッッがァァァァァァァッッ!!」叫び。それらを引き剥がした先で吠えるように斬撃をぶち込めば。
『…………ッッッ!?』
驚愕に目を見開く怪魚のデーモン。
「くははッ! 幽閉王よ! 目は覚めたかッッ!!」
猛る俺への返答は汚濁に満ちた金切り声だ。虜囚の身にあって、あれだけ風雅に振る舞い続けた貴人がこの有様か。
残念だ。俺の知り得ぬ感慨がこの身を通り過ぎるも、肉体はデーモンへ次の斬撃を振る舞うべくハルバードを振り上げている。
龍の目の使い方を引き出したことにより、黒きオーラによって威力の大半が削がれていた斬撃がようやくまともに入るようになったのだ。
キースよ。踏み込む。我が盟友よ。振り上げる。これで。突きこむ。いいか。薙ぎ払う。
――使い方がわかったなら、あとはお前がやれ。
龍の意識が乖離していく。意識が戻っていく。龍と混ざり合っていた獣がごとき闘争の心が、ただ一人の猛る辺境人へと戻っていく。
「助かったッ! マルガレータ!!」
叫び、じわじわと肉体を覆う瘴気を薄く伸ばして鎧を修復しようとする怪魚に向かい、再び構成されようとする瘴気の鎧を片端から引き剥がす。
――戻ってこれた。
奇妙な安堵が溢れてくる。だが、肉体の支配権が戻った途端あやうく倒れそうになる。龍の意識が肉体の損耗をかえりみず肉体を動かしたことで過剰に精神と体力が消費されたのだ。
これを気合だけで引き止めるわけにもいかず、袋から取り出した水溶エーテルとエルフの霊薬を服用し、肉体の消耗を回復する。
先の融合。マルガレータが引かなければ、自覚なく自身を喪失するところであった。
龍の圧倒的な魂に比べ、矮小な人の魂である。龍と同化すれば末路がどうなるかなどわかりきったことだ。
マルガレータが本来の意識を取り戻そうとすれば俺の意識などまたたく間に押しつぶされていた筈だった。
それが生き残れたのは、ひとえにマルガレータの温情にすぎない。
『怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨』
呪詛を吐き出しながら先の一撃の威力に打ち震えていた怪魚が体勢を立て直し俺を睨みつけてくる。
俺は、ハルバードを強く握りながら、魂の底に再び沈んでいったマルガレータに再びの感謝の念を送る。
「ありがとよ! 優しき龍よ!!」
斬撃を振る舞う為に、敵へ踏み込みながら俺は哄笑した。
「瘴気の鎧がなければッ! こんなにも!! お前は脆いのか!!!」
怪魚の瘴気を引き剥がした部分。そこにハルバードをぶち込めば山脈がごとき瘴気の山が次々と削れていく。そうだ。そうでなければだ!
俺は最初から全力だったのだ。ドワーフの名工が黄金銅を龍の血とヤマの火で鍛え上げたハルバード。そいつを英霊の魂で更に鍛え上げ、練り上げたオーラを全力でぶち込んでいたのだ。
俺の攻撃はそうして放っていた攻撃である。
先に相手を脆いといったがそれは少し違った。
俺が強いのだ。数々の強敵どもを殺して、ここまで強くなったのだ。
並のデーモンなら初撃で塵になってもおかしくない筈の攻撃を。悠々とこいつは受け止め続けていたのだ。如何にこいつが巨大な瘴気によって構成されていたとしても、それはおかしすぎた。
何より聖女様特製の聖水まで使用した攻撃ですら初撃以降はろくに有効打になっていなかったのだ。相手の巨大さに圧倒されていたとはいえ、流石におかしすぎた。その時点で俺は気づかなければならなかった。
神域の瘴気による護りの概念。それもこうして剥がしてからでないとそれがそう機能していたのだとわからないほどのもの。
(このレベルの障壁。魔王級のデーモンですら持ってなかったぞ)
自身に近づく相手を発狂させ、停滞させる能力だけでも一級品だ。それに加えて大幅なダメージ減衰だと。ふざけるなよ。どこまで人間を圧倒すれば気が済むんだこいつは。
辺境人の呪いへの耐性と、龍の瞳がなければけして突破できない難敵。
だが。
だがッッ!!
相手が振り回す髭剣をかい潜りながら俺はハルバードの打撃を再生成されようとしている瘴気の鎧に叩きつけながら嗤った。
「からくりを見破った今なら、てめぇを殺せる……!!」
――怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨ォオォオオオオオオオオオン!!!!
俺の叫びに、怪魚は黒い血を流し、吠え応えた。




