村に響く槌音
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいたし、十数年に渡って路傍の屋台で商売を続けた者さえいた。
そんな『なんかおかしな者たち』の物語を今回も少し語ろうと思う。
さて、今回の主人公は……鍛冶屋である。
◆ ◆ ◆
ガンツと自称するその男は確かにプレイヤーだった。
しかしガンツはもう何年も他のプレイヤーに会ってなかった。
田舎の村で来る日も来る日も鎚をふるい、色々なものを作り続けている。そんな日をはじめてからもう何年だろうか?今では近郊の村やら町やら、果ては遠方からはるばる訪ねてくる人まで出るようになった。
もちろん、その全てはツンダーク人だ。プレイヤーの姿など欠片も見えない。
作っているのは、主に生活道具や農機具類。刃物も作るが、刀剣や槍の類は、きちんと相手を見てから決める。作ったものをどう使おうと使い手の自由だと思っているが、あきらかにやばい人物、あと政府関係者などには渡すつもりがないからだ。
普通の鍛冶師なら、ここまで篭もりきりにはならない。なぜなら材料の調達をせねばならないからだ。
だがガンツには独自の伝手があり、調達のために長期の外出をする事があまりない。
そのため、ほとんど常にこもりっぱなしなのだった。
そんなガンツだったが、
「ガンツさん、もうすぐ夕方ですよ。まだ続けられるのですか?」
女の声が、せっせと仕事しているガンツの背中からかかった。
「ああリーシアか。……うん、これを始末したら今日は終わらせておくか」
「そうですか。手伝いが必要ですか?終わりを少し早められるかも」
「……そうだな」
窓の外を見て、そして炉の状況をみた。
「うん、すまんがちょっと手伝ってくれるか?」
「はい、よろこんで」
彼女、リーシアは専業の鍛冶師ではない。
しかし元々は鍛冶屋の娘であり、手伝っていた事もあるという。実際、鍛冶には結構詳しい。
たとえば休憩を促す時。
鍛冶は火を使い、素材と向き合う仕事だ。こういう仕事には手を止められない時というのがあり、そんな時に声をかけられても休もうにも休めない。
だがリーシアならそのへんの区別がつくので、最適なタイミングで話しかけられるというわけだ。
おまけに彼女は家事の方もできるし、ガンツが作業中にはお客様の相手もしてくれる。大助かりどころではない、まさに最強のアシスタントといえた。
「よし、はじめるぞ!」
「はい!」
ひとりでふるう鎚もよいが、ふたりでやるのもよい。特に相方がきちんとした鍛冶師の場合、相鎚といって、ひとりではできない作業も可能だ。
おかげさまで一気に作業が捗り、今日のぶんの始末がついた。
「よし、これで今日はおわりだ。ありがとうよ」
「いえいえ。それじゃガンツさん、遅れましたけどごはんにしましょう」
「あれ、旦那さんはいいのかい?」
リーシアは主婦である。
「はい、午後に来まして。会合があるから夕食はガンツさんといただきなさいって」
「そうか」
彼女がガンツを手伝いに来ているのは、ここが彼女の実家だというのもある。ガンツは彼女の祖父である先代のお気に入りであり、先代で消えるはずだったこの家の鍛冶の火を譲り受けた人物でもあった。
「会合?この時期に?」
「はい」
「……そうか」
片付けをして作業場を出、家に戻る。といっても棟続きではあるが。
戻ると、よい匂いが充満していた。用意だけして呼びに来てくれたのだろう。
「今、並べますからね」
「手伝う事あるか?」
「かまいません。ふたりぶんだけですから」
「すまねえな」
「気にしないで」
そうして皿から料理やらを並べて、ふたりして食べ始めた。
「おお、相変わらずうめえな。うめえが……」
食べながら、だんだんとガンツの目が険しくなってきた。
「ガンツさん、何かありました?」
「いや……魚がな」
「ごめんなさい、今日も新鮮なお魚がなかったの」
「リーシアは悪くねえさ。……ただちょっといやな予感がしてな」
「いやな予感?」
「ああ」
そんな話をしていると、
「ガンツさん、ガンツさんいるかい?」
何やら初老の男がやってきた。ずいぶんと慌てた風だ。
「なんだ?もう今日は店じまいだぞ?」
「大変なんだガンツさん!西の国の役人とかいうのが、異世界人を出せって」
「……なに?」
ガンツは思わず眉をしかめた。
「それで何だって?なんかむちゃくちゃやったり乱暴でもしてるのか?」
「いや、それはねえ。だけどよ。どうもガンツさんの名前や仕事まではしらねえが異世界人がいるってのは知ってるっぽいんだ」
「……」
「そんなわけだからよ、ガンツさん。絶対顔出すんじゃねえぞ」
「……すまん」
「すまん?礼を言われる筋合いはねえよ」
男は苦笑した。
「この世に人が暮らす限り、鍛冶の仕事に終わりはねえ。だけど、こんな僻地の村にわざわざ住み着いてくれる鍛冶屋なんて、あんたの他に誰がいるってんだ?
これはあんたの戦いじゃない。うちの仲間にして貴重な鍛冶屋を中央にとられないようにするための、俺たちの戦いなのさ。
だからあんたはいつもどおりにしててくれ、いいな?」
「ああ、わかった」
ガンツは神妙な顔でうなずいた。
男が外に出て行くのを見送り、そしてガンツは窓の外を見た。
「ガンツさん?」
「ああいや、なんでもねえ。じいちゃんの事を思い出しちまってな」
「異世界のお祖父様の事ですね?」
「ああそうだ。あっちで昔、地上げ屋ってのが来た事があってな。村の連中がカンカンになって、じいさんは仕事しててくれ、馬鹿の相手は俺らがやるって」
「……そうですか」
「そんな事で実感するのも何だけどさ、俺も、じいちゃんの背中がやっと見えたのかなってな……ああ悪い、食べようか」
「ええ」
◆ ◆ ◆
ガンツ氏は決してカンストレベルの鍛冶師だったわけではない。プレイヤーとしては中堅で、そもそもツンダークをはじめたのも遅かった。純粋生産職ながら鍛冶師は体力勝負のところもあるし、作った道具やら武器やらを全く使えないと良し悪しもわからないから、全く戦えないというわけでもなかった。逆にいうと色々と半端だった。
だがガンツ氏の真価はそこにあったのではない。
異世界におけるガンツ氏の実家はもともと鍛冶屋だったという。といっても時代の波におされガンツ氏の家は鍛冶屋でなく近代的な工場になってしまっていたが、ガンツ氏の小さい頃には最後の鍛冶師である祖父がまだ仕事を続けており、ガンツ師は小さい頃、そんな祖父のそばで鍛冶を見て育ったのだという。
祖父の死後、ガンツ氏は町で普通に生涯を送っていたが、ツンダーク上でリアル同様の鍛冶ができると知り、老後の慰めにとやってきたのだという。
そんなガンツ氏であるから、その叩き上げた鍛冶の腕前も、どこかツンダークの鍛冶師とは異なっていた。
武具よりも生活用品にピタリと焦点を据えた鍛冶は、稀少素材などは不得手であるものの正確で緻密、そして早い。いい腕の鍛冶師の話は村から村へと伝わり、ひっきりなしに注文がくるようになったが、ガンツ氏はあくまでお世話になっている村の注文を優先するなど、祖父がかつてやっていた鍛冶屋の方針をそのまま踏襲していたという。
そんなガンツ氏のツンダーク生活であるが、ひとつだけ大きな想定外があったと後に本人が語った言葉が残っている。
『いやぁ、何十年もリーマンしてもう年寄りだったしね、祖父の真似して鍛冶屋なんて無理だと思ってたのさ。でもツンダークだと身体が自由に動くだろ?つい夢中になってね……気がついたらログアウト不能になってて、どうしたんだと思ったら神様のおつげだよ。「地球のあなたは死にました。戻ればそれはあなたの死となります。このままこちらにいればガンツ氏として暮らせますが、どうしますか?」ってね。いやぁ、あれはビックリしたなぁ、あたりまえだけどよ』
ガンツ氏のその後は不明である。ただ彼のいた村にはその後も鍛冶師がずっといた事から、妻をもらい子供を作ったにしろ弟子をとったにしろ、それなりの人生は送ったのだと思われる。




