借金取立人と老婆
ミセスマーダは夜の8時丁度に鳴り響いたベルの音に飛び上がった。
急いで書斎から出て、階段を下って、玄関のドアを開ける(ミセスマーダはもうしわしわのおばあちゃんだから、そんなに早くは無いけれど)。
「まあまあ、よく来たねぇ! 待ってたんだよ、さあ、早くお入りな!」
ミセスマーダはリンダシナの木で出来た扉をいっぱいに開けた。
「お邪魔します。ミセスマーダ」
「……」
そこにいたのは、マーダが頭を目一杯上に向けてやっと顔が見えるほど背高のっぽで真っ黒なウサギ(のような何か)と、マーダが屈んでもまだ目線が合わないほどの小さくて真っ黒なウサギ(のような何か)。
マーダはこの二人が来る日を待ちわびていた。
リビングには、二人がけのソファがローテーブルを挟んで二つ置いてあった。座り心地は良さそうだ。
マーダは温かい紅茶がたっぷり入ったポットと趣味のいいティーカップと、ふかふかきつね色のシフォンケーキをテーブルに置いた。
「紅茶にミルクは?」
マーダは分かり切った質問をする。
「もちろん」
「……」
ウサギのような二人はそろって頷いた。マーダはそれを見て心底嬉しそうに笑った後、濃い琥珀色の紅茶にたっぷりミルクを注いだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます。ミセスマーダ」
「……」
二人はそれを手に取って、真っ黒な顔に隠れて何処にあるのかわからない口で、コクリと一口。
「……美味しい」
「そうだね。美味しいね」
この家に来てから初めて小さい方が口を開いた。マーダはそれを見てまた嬉しそうに笑った。
「では、ミセスマーダ。例のものをいただけますか」
背高のっぽの方が言うと、マーダはああ、と一つ頷いて立ち上がる。
「そうだったわねえ。ちょっと待っててちょうだい」
そう言って、二階の書斎に消えたマーダは、数分後、分厚い2つの封筒を持って降りてきた。
「はい。これね」
「拝見します」
背高のっぽは、今にもぽっきり折れてしまいそうなほど細い腕を伸ばして、封筒を手に取った。
「はい」
「……」
そして一つを小さい方に渡す。
小さい方は封筒の綴じたところをぺらりと開けて、中をじーっと見つめる。数秒後、背高のっぽに封筒を返した。
「はい」
残りの一つを受け取って、またじーっと見つめて、数秒後に顔を上げた。背高のっぽを見上げて、一つ頷く。
「はい。先月にお貸しした100万ノーツと利子の30万ノーツ。確かに受け取りました」
「……」
「では、こちらの書類にサインを」
「ええ」
マーダはどこからともなく美しい羽ペンを取りだして、差し出された紙にサインをした。
「これでいいかしら?」
「はい。ありがとうございます」
背高のっぽは細い指ですっとサインを一撫で。そして、その書類を小さい方に渡した。
「……」
小さい方はまたこくっと頷く。
「はい、書類も確かに」
「良かったわ。じゃあ、これで仕事の話はお終いね! さあ、ケーキをどうぞ!」
「いただきます」
「……」
二人がモソモソとシフォンケーキを食べ始める。それを見ながら、マーダは紅茶を飲んだ。
「ねえ?」
マーダはにこりと笑った。
「ああ、今日は――」
「待ってちょうだい」
背高のっぽが何か言い掛けたのを、マーダは手のひらを上げて遮った。
「なんでしょう」
「いつもはこの時間、あなたたちにとても素敵な話を聞かせてもらうのだけれど。今日は、聞きたい話があるのよ」
マーダの言葉に、二人はゆっくりと首を傾げた。
「なんでしょう」
「あなたたちがね。いったいどういう関係で、何故、この仕事をしているのかを聞きたいの」
マーダはそう言って、二人の真っ黒い顔に浮かぶ目をじっと見つめた。
皆が、黙る。
「……」
「……」
「……」
「別に構いませんよ」
背高のっぽの方が、やっと言った。
マーダは嬉しそうにきゃっと飛び跳ねて、パチパチと手を鳴らす。
「ああ、嬉しいわ!」
「と言っても、そんなに面白い話ではありませんよ」
「うふふ。いつもそう言って、とっても面白い話を聞かせてくれるじゃない」
マーダはゆっくりとソファに座り直して、二人の方を見た。
「さあ、早く聞かせてちょうだいな。中央銀行、特別借金取り立て人の、グランデとバッソの話を」