前編
短編のつもりでしたが、分けることにしました。
「僕と結婚するかい?」
あの時差し出された大きな手を、私は忘れることはないのだろう。
血の繋がらない叔父様と結婚したのは、母が亡くなった9歳の時だった。
娘は父親の、妻は夫の一言で、人生が大きく転換することがある。
私にそれが起きたのは、母の葬儀の日だった。
「シイラ、お前の結婚が決まったぞ」
埋葬が終わったばかりで私はまだ喪服を着ていて、お父様は知らない女性を愛おしいに腕に抱えながら、そう告げた。
屋敷のエントランスの下で、やけに光っている姿は、死んだ母とは対照的だった。
その女の人は、たっぷりの布でできた真っ赤なドレスを着ていたから、葬儀の参列者ではなかったみたい。
お父様にしなだれかかって、ニタニタと笑っていた。
反対側には私より年上お姉さんが、やっぱりたっぷりの布でできた黄色いドレスを着て、私を見下ろしていた。
「結婚、ですか?」
「ああ。知り合いにお前のような子どもでも嫁にしてくれるという親切な人がいるんだ。今日からお前はそこに嫁ぐ、よかったな貰い手がいて」
「貰い手…」
「というわけで、今後お前は一切我が家とは関係ない存在になる。これからは本当の家族3人で暮らしていくから、邪魔をするでないぞ」
本当の家族…、なるほど。
どうやらお父様には、新しい家族ができたらしい。
そうやって聞くと、そこにいる黄色いドレスのお姉さんはお父様に顔も髪色も目の色もそっくりだ。
そのお姉さんのことを、お父様が可愛がっているのがよくわかった。
私はあんなドレス、着させてもらったことがない。
私はどこもお父様に似ていないから、自分に似ているお姉さんの方がお父様は好きなのだと、子どもながらにすとんと納得した。
この国の貴族社会では、子どもでも結婚することがある。
当主である父親が許可を出したら、それが通るのが当たり前だ。
選択肢なんてものは最初からないから、従う以外の選択なんて知らなかった。
それに悲観する気持ちもなかった。
第一王女殿下は、13歳で大国へと嫁いでいかれた。
昔遊んでいたお友達は、何ヶ国にも拠点がある大商会の会長さんの元へ8歳で嫁いでいくのを見送ったこともある。
私もそれになるだけなんだと思った。
だから、「わかりました」と返事をしようとした時、お父様とは違う柔らかな男の人の声が響いた。
「義兄上、そろそろお暇させていただきます」
咄嗟に、ヴァイオリンの音みたいと思った。
振り返ったら、数えるほどしか会ったことのない叔父様が立っていた。
名前は、リュカス・パーオルイ伯爵。
お母様の弟だけれど、お母様とはうんと歳が離れていて、ずっと若い人だ。
たしか今21歳だったはず。
母とは姉弟だけれど、血は繋がっていないと聞いている。
お祖父様とお祖母様は再婚で、互いに連れ子同士だったから、私とも血の繋がりのない叔父様だ。
祖父母は昨年事故に巻き込まれて亡くなったから、若くして伯爵家を継いだすごい方だということくらいしか知らない。
照明にあたると金色にも見える色素の薄い髪色が儚く見えて、この人も死んじゃうのかなって余計なことを考えていた。
「…ああ、わざわざこんなところまでご足労いただいて」
「いえ、唯一の姉でしたから。…ところで、義兄上、その方たちは?」
叔父様は赤いドレスの方と黄色いドレスの方を交互に見た。
赤いドレスの女性が妖艶に微笑んだけど、お父様は目を泳がせていた。
「…貴殿には、関係のないことだ」
「シイラは、どなたか知っているのかい?」
お父様がもごもごしているからか、叔父様は私に話を振った。
銀色の目がギラリとしていて、「あっ、この人は死なない人だ」と思った。
儚さは、外見だけみたいだった。
「…わかりません、今はじめてお会いしました」
「そうか。シイラは、このあとどうするのかい?」
「結婚するそうです」
「は」
「ですので、今日屋敷を出ます」
私がそのままを答えると、叔父様は一瞬止まったあと悪い顔で笑ってお父様をギロリと見た。
「だそうですね、義兄上」
ヴァイオリンみたいな声に優しさが消えて、ちょっとだけ怖かった。
お父様は、私を睨むだけだった。
「シイラの婚姻届はもう出したのですか?」
「……」
「どうなんです?義兄上」
「……まだだ」
「相手は?」
「…これから、顔見せの予定だ」
「ああ、なるほど」
短い会話のやりとりなのに、叔父様の方が強いことだけはわかった。
叔父様の身分の方が高いからかな。
「では、僕がシイラを貰い受けます。我が伯爵家で、面倒を見ましょう」
叔父様はそれだけ言うと、私の前に来て、その場で膝をついた。
私の顔と、目線が合った。
「シイラ、よかったら僕と一緒に暮らさないかい?」
「…叔父様、と、ですか?」
私が目をぱちぱちさせている間にお父様が何か言おうとしたけれど、叔父様が手で制した。
聞こえてきたのは、ヴァイオリンのような柔らかい叔父様の声だけだった。
「ああ、僕も独り身だからね。誰か一緒に住んでくれる人がいるのは心強い。それが君なら嬉しく思うよ」
「…叔父様と、結婚するのですか?」
「それも、いいね。シイラさえよければ、僕と結婚するかい?」
そう言って、私にそっと手を差し伸べた。
私よりもずっと大きな手に、なぜだか吸い込まれるようで、手を重ねていた。
熱があるのかと思うほど、叔父様の手は熱かった。
冷たくなっていたお母様と違って、生きていると思った。
そのことがうれしくて、両手で叔父様の手を握った。
「叔父様のご迷惑でないなら」
「決まりだ」
叔父様は大きく頷くと、左手で私の右手を握り直した。
叔父様は立ち上がると、やっぱり悪い顔で笑ってお父様を見た。
「ということですので、結婚相手は僕に変更しておきますね」
「なっ!勝手なことを…!」
「厄介払いなら、どのような形でもよろしいのでは?先方にはこちらで断っておきますよ」
「…だがっ」
「義兄上にご迷惑はおかけしませんよ。なんなら、結納金もたんまり払ってもいい」
「…えっ」
お父様の顔色が変わって、叔父様から歯が噛み合う音が聞こえた気がした。
見上げたけれど、叔父様の表情は変わっていなかった。
「その代わり、シイラとはこれっきり関わらないでいただきたい。そちらの書類もこちらで用意しましょう。いかがですか、義兄上?」
「……わかった、貴殿の案を飲もう」
こうして、みるみるうちに話が進んでいって、私は12歳年上のリュカス叔父様と結婚したのだった。
お読みくださりありがとうございました!!
毎日投稿176日目。




