第49話 つわり
「いってくるねー」
蒼くんに抱きしめられ、キスされる、わたし。なにひとつ変わらない日常だった。もはやあの妊娠を伝える電話の相手を間違えたことなんてなかったんじゃないかってぐらいに。蒼くんからくるラインも、電話も頻度も変わらない。颯太の幼稚園も、緒采との穏やかな日々も。
全てがいつも通りだった、わたしの身体以外は。つわりで吐き気がすることが増えたし、においにも敏感になって、いよいよかって思った。それでも日々は続いていくから、わたしは必死になって育児と家事をこなした。
「きょうは、すばくんと三輪車であそんだー」
「そうなんや、よかったね」
颯太は、お友達のことや園での出来事をたくさん教えてくれる。来週は親子遠足があるけど、どうしよう……蒼くんはアルバムのリリースもあるから行けるわけないよね。まあ、先生もいるから大丈夫かな。でも吐いたりしたらどうしよ……。
「おかーさんだいじょうぶ?」
「大丈夫、ありがとう、颯くん」
蒼くんに似て本当に優しい子供たちだ。ぎゅっと抱きしめる。
なにも変わらないまま、このまま過ごしていけば、わたしの気持ちを封印しておけばなにもなかった家族になれる。世界のAOIの幸せな家族のままで。何不自由なく生活していける。だけど、それでいいんかな?
でも今はお腹の子供と、そして颯太や緒采のことを1番に考えないといけない。
そういえば、お母さん……お母さんにもお父さんにもまだ妊娠のこと伝えられてなかったかも。そして颯太や緒采にも。
わたしは車のおもちゃで遊ぶ颯太に近づく。
「颯くん、おかあさんのお腹の中に赤ちゃんがきてくれてん」
「あかちゃんいるん?」
「そう、まだ見えへんけど」
緒采がわたしの膝の上に座る。
「おとちゃん、おかあさんのおなかに赤ちゃんおるんやってー」
颯太が言うと、緒采が不思議そうにわたしの顔を見る。それからお腹を。
「ばあばにまだ言ってへんから、電話してもいい?」
「ばあば!」
わたしはスマホを取りに行くついでに、棚に置いていたパンをかじる。そういえば気分悪くて今日は何にも食べてへんかったかも、と思い出す。
身体もだるいし、重いし、気分悪いし、眠いし、やる気でないし……妊娠ってこんなにしんどかったけ?
あれ? わたしなにしようとしてた? って思ってると「おとちゃんがうんちしてるー!」って颯太が教えてくれる声がして、わたしは新しいおむつと消臭袋を棚に取りに向かう。
うう……うんちのにおいなんかにおったら吐きそうって思って、マスクをつけてから緒采のおむつを替えた。げほげほと重ための咳を颯太がしているのも気になる。
はあ……疲れた。
蓋付きのゴミ箱に入れる。ちょっと横になりたいなって思ってたら、お母さんに電話するんやったって、思い出す。




