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第62話 再会の惨劇

 クァドラーたちに別れを告げると、レイたちはファナティクス侯爵一行に前後左右を囲まれながら山を下りた。

 その道中でのファナティクス侯爵からの説明では、ここはクラスペダ山岳地帯の北辺にあるウィーヌム州、その西の外れだという。ヴァルの予想通り、やはりライルード伯爵家は土地を移ってはいなかったようだ。

 山中は、帝都に近い南側と違って御料林でないことで人の出入りが多少はあるのか、あるいはライルード家が常に使用しているからか。野性味溢れる植生や倒木などは少なく、魔獣にも遭遇しなかった。

 お陰で昼過ぎには何事もなく山道が終わった。が、その出口に何故か馬車が二輌も待ち構えていて、レイは再びぎょっとした。


「えっ、どこから?」


 一つは二頭立てで、もう一つはなんと四頭立てだ。周囲には麦畑と畦道しかないこの田舎らしい風景には、引くくらい合っていない。

 まさか神法で馬車まで運んだのかと驚くレイに、ヴァルとリォーがそれぞれ冷静に状況を分析してくれた。


「先に山を下りた奴が手配したんだろ」

「神職者は、その見てくれだけで協力者は存外簡単に得られるしな」

「あぁ、そういうこと」


 確かに、最初に姿を見せた者たちで全員とは限るまい。それに、双聖神教が根付いている地域の村には、どんなに小さくても辺境でも聖拝堂や修練教会などが一つはある。

 加えてファナティクスは由緒ある六侯爵である。どんな場所であろうと、宛てなど無数にあるということなのだろう。


「どうぞ、殿下はこちらにお乗りくださいませ」


 ファナティクス侯爵が、当然のような笑顔で四頭立ての馬車を勧める。だがリォーは、これをあっさり断って二頭立ての馬車へと足を向けた。


「いや、俺たちはこっちに乗る」

「えっ?」


 それはレイにとっては些細なやり取りに見えたが、その時初めてファナティクス侯爵が目を白黒させて動揺した。どうやら、リォーは当然自分と同乗するものと疑いもしなかったらしい。


「な、何故ですか? 折角殿下のためにご用意したのに」

「人数配分を考えたら当然だろう」

「ですから、殿下は私めと」

「俺はこいつとしか乗らない」

「!」


 この断言に、ファナティクス侯爵はリォーの親指が向いた先を凝視したまま、今日世界が終わるとでも宣告されたような顔で硬直した。それを見向きもせず、リォーがとっとと馬車に乗り込む。

 しかしその横で、突然親指を向けられた当のレイもまた、微妙な顔をして立ち止まってしまった。


(なんで……いや、私も別々に乗るのは嫌だっ……たけど!)


 リォーが合理的判断に基づいてそう発言しただけだとは、勿論分かっている。安全面や気分を考えても出来るだけ行動は共にした方がいい。それに最も馬力のある四頭立てに二人だけで乗るなど不合理だし、残りの面々を載せられる二頭立ての馬が可哀想だ。


(それだけ、うんそれだけ!)


 深い意味はない。と自分に言い聞かせる。


「なに変な顔してんだい」

「へっ!?」


 ヴァルに真下から言われ、レイは思わず声が裏返っていた。そこに、馬車の中からリォーが顔だけを出す。


「? どうした」

「なっんでもない!」

「――にゃっ?」


 慌てて答えて、誤魔化すように足元のヴァルを拾い上げる。

 それから、自分の顔を隠すようにリォーの顔面に押し付けた。




       ◆




 目的地であるラティオ侯爵邸は、ウィーヌム州第二の都市エルゴンの街にある。

 エルゴンはラティオ侯爵直轄領で、帝都から発する主要街道二本を東西に繋ぐラテル街道が横切る、交通の要衝でもある。

 更に都市内には大河ベクトゥラや幾つもの支流が流れている。高速船に乗れば、下流の帝都ウルビスまで一日で着くこともできるため、富裕層の避暑地にもなっている。

 加えて大陸北部に位置するウィーヌム州は寒冷な気候と綺麗な水源を持ち、蒸留酒ウーゾの製造が盛んだ。特にエルゴン産の蒸留酒は帝国でも最高級品として、皇室にも献上されている。

 そんな州長官の居城は、ベクトゥラの支流であるクラトス川の中州にある。周辺は貴族の別荘が集まる閑静な高級住宅街が続き、その一角には狩猟も行われる広大な森林公園もある。

 ために。


「……なんか、景色がずっと変わらない気がするんだけど」


 二台の馬車に乗り込んで、一日と少し。

 ガララガララ、ポカラッポカラッと、馬車の車輪と馬蹄が街道を蹴る音だけが長閑に響くのを聞きながら、レイはそろそろ自分の目を疑い始めていた。


「金持ちの暇つぶしの場所だからだよ」


 斜め前に座って車窓から同じ景色を眺めていたリォーが、実に詰まらなそうに答える。

 昼下がりの午後。

 今朝、宿を出発して少ししてから、馬車窓の向こうには規則正しく積み上げられた美しい煉瓦塀と、等間隔に植えられたのっぽの糸杉が延々と繰り返され続けていた。壁が終わったと思ったら複写したような糸杉が現れ、また似たような壁が現れる。たまに重そうな門扉や塔や屋根や植物園が現れたりもするが、やはりまた終わりの見えない壁が始まる。

 それは昼下がりの今になっても終わることがなく、流石に物珍しく眺めていたレイにも飽きが来た。


「変なの。何か月も過ごさないくせに」


 昨日の景観は、麦畑や葡萄畑の間に川や湖が現れ、美しい自然と民家との調和に目も心も安らいでいたが、今は外を見ても内を見ても心がささくれ立つ気分である。

 何故なら。


「外套、新しいの貰えて良かったねぇ」

「…………」


 物憂げに窓外を見詰めるリォーの横顔とその下を眺めながら、レイはちくちくと話題をぶり返した。

 昨晩宿を取った際、レイがリォーの治りきっていない怪我を神法で治癒していると、ファナティクス侯爵がリォーの外套の損傷に気が付いたのだ。脱いで横に纏めていた外套の繕いにどうやって気付いたのかはこの際割愛するが、リォーが急遽城下で手に入れたからだと説明すると、ファナティクス侯爵はここぞとばかりに彫言入りの外套を用意させた。

 その時についでに剣の鞘がないことにも気付かれ――勿論これに気付いた理由も思い出したくないので割愛する――、それもまた仮でサイズの合うものを用意して貰っていた。

 まさに至れり尽くせりである。


「……だから」


 リォーが、ひくひくと頬を引きつらせて口を開く。

 その先を封殺するように、レイは言った。


「ぴっかぴか」

「……悪かったって」

「折角洗ったのに」

「何度も言ってんだろっ?」

「ふーんっ」


 レイは聞く耳持たぬとそっぽを向いた。

 クァドラーに教えてもらって血を落とし、斬られた箇所まで繕った外套は、ファナティクス侯爵に取り上げられてあっさり捨てられている。防護の彫言入りだから比べるべくもないと頭では分かっているが、大して抵抗しなかったリォーもリォーである。もう少しぐらい機嫌を損ねても罰は当たらないと思うレイである。


(それに……)


 今は下らない話でもして、少しでも気を紛らわせていたかった。黙っていると、やはりどうしてもカーラやハルウのことを考えて、暗然としてしまうから。

 と拗ねていたら、隣の座席に丸まった黒い物体が呆れた声を上げた。


「いつまで同じことで夫婦喧嘩してんだい」

「ふっ!?」

「ちがぁう!」


 リォーとレイは同時に座席から立ち上がっていた。そんな二人を見上げもせず、ヴァルがぱたりと尻尾を揺らす。


「一つの服で揉めるなんてのは夫婦ぐらいだろ?」

「そっ、そんなこと」

「あ! もう見えてきたぞ!」

「あ! ほ、ほんとだー!」


 リォーの発見に、レイもここぞとばかりに便乗した。二人して窓に張り付く。

 目の前のクラトス川に架かるアーチ型の石橋の先には、歳月を感じさせる門塔を備えた城門まで、定規を当てたように真っ直ぐに馬車道がのびていた。その終点に建つのは、黄褐色の石灰石で丁寧に積み上げられた壁と、青黒色のスレート屋根との対比コントラストが目を惹く、壮麗な城だ。

 構造は主塔を中心に翼塔が東西に伸びる左右対称で、そこから更に城壁が南に延びて、主塔を囲っている。城砦だった頃の名残のようだが、やはり増改築を繰り返しているらしく、特に主塔は複雑に入り組んでいた。視線を上げれば、モザイク状に貼られた急勾配のスレート屋根の間に、無数の小塔や煙突が顔を出しているのが分かる。

 これが、エングレンデル帝国六侯爵が一つ、ラティオ侯爵家の居城リハ・ネラ城である。


「なんか、レテ宮殿くらい大きく見えるんだけど……」

「田舎だからな。土地は腐るほどある」


 想像していたよりも遥かに大きな建造物に呆けるレイに、リォーが興味なさげに応じる。

 祖父の土地でもあるため、何度も来ているのだろう。いつの間にか席に戻っている。


「そっか。レテ宮殿よりも古いの?」

「六侯爵ってのは大喪失クレヴォ後の復興に尽力した家だからな。どこもそうだろう」


 そんな雑談を続ける間にも馬車は進み、見るだけで一日が終わりそうな薔薇園も通り過ぎてやっと、一行は城の中央に鎮座する主塔へと辿り着いた。

 先触れを出していたのか、馬宿りには十人ほどの使用人がずらりと並び、低頭して馬車を迎えている。


(すごい格差)


 レテ宮殿に挙動不審で乗り込んだ時とのあまりの落差に、レイは今更ながら気後れした。

 だがファナティクス侯爵は優雅に馬車を降り、リォーもまた堂々と姿を晒す。レイもやや遅れながらも、気合を入れて地に足を付けた。


「ようこそお出でくださいました」

「っ」


 途端、待ち構えていた使用人たちが一斉に声を揃えた。びくっとリォーの背に隠れる。と、またうなじがぴりりと痺れた。


(……なんか)


 この頃には、それが誰か、というよりも全員からの敵意を滲ませた視線だということに、嫌でも気付いていた。

 どうやらファナティクスを含めた全員が、リォーに近付くレイを不愉快に思っているらしい。


(これが第三皇子派の威力……)


 背後から続々と馬車を降りてくる貫頭衣を肩越しに確認しながら、レイはそそっと適切な距離に戻った。


「どうぞ、お部屋までご案内致します」

「えぇ、頼みますよ」


 老年の執事が、ファナティクス侯爵の前に進み出る。その後ろでも、整った容姿の従僕たちが荷物を運ぶために馬車へと歩み寄っていた。

 レイとリォーにも荷物を預かると声がかけられたが、二人は当然ながら辞退した。大した量でもない。

 さてこの後は、ひとまずラティオ侯爵に挨拶に行かなければ他のことは出来ないだろうかと、レイが気鬱になっていたところだった。


「カーランシェはどこだ」


 ついに痺れを切らしたリォーが、そう口火を切った。

 昨夜にも同じように問い詰めていたが、その時には侯爵邸に到着すれば分かるとはぐらかされていた。

 しかしリォーが侯爵邸に現れても、カーランシェは一向に胸に飛び込んでこない。ファナティクス侯爵は歓待を受けるのが当然かのように、客室に行こうとする。

 ずっとその思い詰めたような様子を見ていたレイとしては、よく我慢した方だとさえ思った。

 しかし、ファナティクス侯爵の反応は笑顔ながらやはり煮え切らなかった。


「あぁ、フェルゼリォン殿下。長旅でお疲れでしょう。まずはお休みになって、それから」

「そんな時間はない」


 擦り寄ってくるファナティクス侯爵の手を、リォーは嫌悪と共に振り払った。

 代わりに、その隣に立つ執事に詰め寄る。


「ダヴィド」

「はい、フェルゼリォン殿下。ご無沙汰しております。お健やかにご成長あそばされ、嬉しく存じます」

「ここにカーランシェは来ているか」


 ダヴィドと呼ばれた執事の恭しい出迎えも無視して、リォーが単刀直入に問う。

 返事には、少しの間が空いた。


「……いいえ。わたくしめの存じ上げる限りは」

「ならば兄上は」


 困惑を押し隠して首を横に振る執事に、リォーが矢継ぎ早に質問する。

 当初の予定では、何かあったら皇太子とはラティオ侯爵邸で落ち合う話になっていたと言っていた。

 しかしこれにも、執事は躊躇いがちに口を開いた。


「アドラーティ殿下でしたら、一昨日いっさくじつから滞在しておいでです。ですが、今は……」

「東の翼塔だな!?」

「リォー!?」


 執事が続きを言う前に、リォーは駆け出していた。

 突然の行動に、レイも慌てて後を追う。その一瞬前、反応が気になってファナティクス侯爵たちを刹那に窺い見たが、意外にも平静だった。困惑もなければ、追いかける気配すらない。


(何で……?)


 ファナティクス侯爵ならカーラを引き合いに出して止めるくらいはしそうな気がしたのだが、それをしないということはやはりカーラについての発言は真実ではなかったのか。

 だが今は、それを問い質す時間はない。

 先を行くリォーは既に公的な空間がほとんどを占める主塔を外れ、東の翼塔を上がって私的空間とおぼしい区域エリアに踏み込んでいた。


「兄上! 知恵を貸してくれ!」


 リォーが、毛足の長い赤絨毯を強く踏みつけながら、手近な扉を片っ端から開けていく。談話室に遊戯室、客間に広間、本や美術品や鹿の角が飾ってある部屋もあった。


「どこだ兄上!? カーラが拐われたんだ!」


 手当たり次第に開けられていく扉を横目に、レイもどうにかその背に追い付く。そこに、声がかけられた。


「レイ」


 ヴァルだ。それまでずっと黙ってついてきていたのだが、見れば長い三角耳を警戒するように寝かせている。


「見付けた?」

「血の臭いがする」

「えっ!?」


 期待を込めた問いに朗報とは言いがたい返事が来て、レイは思わず足を止めた。その少し先で、リォーがまた扉を開け放つ。


「兄上!」


 その怒声に、別の怒声が被さった。



「マクシム!」



 誰の声かと思考する前に、入り口で立ち止まってしまったリォーに追い付く。そしてその背中越しに見えたものに、レイもまたすぐには反応が出来なかった。


(何で……なんで……)


 求める人物は、確かにその部屋にいた。

 皇太子アドラーティ。

 そしてその部屋には、他に二人の男がいた。

 一人目は、アドラーティを庇うようにその前に立っていた。その腹部は歪に赤く染まり、精悍なその顔には脂汗が浮かんでいる。

 そして二人目は入口――レイたちに背を向けて立ち、その手に装飾の少ない短剣を握っている。その短剣もまた赤い――つい最近見たばかりの赤色に濡れていた。


「なに、が……?」


 リォーの呆然とした呟きに、ぽたり、と赤い絨毯になお赤黒い染みが落ちる鈍い音が重なる。


 再会は、惨劇の匂いがした。



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