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幕間 手紙Ⅱ

 面倒臭い、とリッテラートゥスは心の中で百回程思っていた。

 そして百一回目を胸中で呟いた時、やっと伯父の愚痴、もとい説明は終わった。


「という状況なんだ! これをどう陛下にご報告申し上げたら儂の面目は保たれると思う!?」


 要約すると、殺すなと言っておいたフェルゼリォンをみすみす見殺しにして、プレブラント聖国の第二王女も死なせた挙句、竜蜥蜴グァンロンを怒らせたということらしい。


(それで自分には咎が来ないようにって、どれだけ都合のいいおつむなんだ)


 クラスペダ山岳地帯を囲む法術が効いているのか、竜蜥蜴が山から出てこないことだけが救いだが。我が伯父ながら、ネストルの筋肉しか詰まっていない脳味噌には呆れかえるばかりだ。

 だが、皇帝に報告に行く前にリッテラートゥスに声をかけたことだけは褒められる。そうでなければ、この伯父の支離滅裂な自己弁護にどう巻き込まれたか分かったものではない。

 この後の問題は、ネストルについて共に謁見するか、名誉挽回のための竜蜥蜴鎮圧に名乗りを上げるか、はたまた別の策を考えるかだが。


「弟の死体は確認しましたか?」

「いや、だが目の前で竜蜥蜴に喰われたのをこの目で見たし、地面には血痕もあった。暴れまわっていて確認どころでは」

「じゃあ、生きているかもしれませんね。あの王女の実力次第ですが」


 ネストルの言い訳が再開する前に、リッテラートゥスは考え得る中で最悪の想定を口にした。ネストルが、喜ぶのだか悔しがるのだか分からない顔をする。


「な、なに?」

「つまり、まんまと逃げられた可能性があるということです」

「んなっ!」


 甥の断言に、伯父がついに間抜け面を晒した。が、やはりリッテラートゥスには些事である。


「ということで、陛下には両皇子殿下捜索の結果、第二皇子の痕跡を山中に発見、禁忌を冒してまでクラスペダ最深部まで踏み込んだが成果なしとご報告ください。両殿下の捜索は引き続き行っているが、今後の指示を仰ぎたいともお伝え願います。指揮権を引き継ぐよう言われたら、心配するふりしてあっさりと退いてくださいよ」

「そ、それはならん! もし陛下の麾下に先に見つけられてしまえば身の破滅だぞ! クラスペダの魔獣のこともあるし」

「そこで駄々をこねたら先にそこで終わります」

「ぐっ……」


 現時点では、アドラーティの侍従文官メノンはネストルが確保しているままだし、フェルゼリォンが王証を持っていると仮定しても、奴がそれを振りかざして皇位を奪いに来る可能性は低い。

 陛下の麾下に発見された後でも、ある程度の工作の余地はある。が、それを先にネストルに伝えれば、面倒な謀略を働く気しかしない。先賢に学んで、リッテラートゥスまず味方から騙すことに決めた。


「あと、捉えている侍従文官はくれぐれも丁重に扱ってくださいよ。少しでも痩せてたり怪我でもしようものなら、面倒ですので」

「……分かった」

「あと」

「まだあるのか!」


 くわりと耳元で叫ばれ、リッテラートゥスは折角の忠告を引っ込めてしまおうかと本気で思った。しかしこの時期にフィデス侯爵家に変死体が転がっていては、面倒はいや増すばかりである。


「シーツ類は取り上げることをお勧めしますよ。次に入室した者の首を、締め上げられたくなければね」





 ネストルとの密会を終えてレテ宮殿に戻ってきたリッテラートゥスは、視線を感じて立ち止まった。

 面倒臭いと思いながら、侍従武官を見える範囲で手で追い払い、人の少ない方へと移動する。

 と、角を曲がったところで人にぶつかった。


「っ」

「おっと」


 反射的に身を翻す。相手は女官だった。先を急いでいたのか、怯えた顔でリッテラートゥスを見上げている。


「も、申し訳ございません。呼び出されて急いでいて……ッ」

「あぁ、構わないよ」


 青い顔をする女官に、リッテラートゥスは特に何も感じない顔で追い払う。その態度がまた周囲を怯えさせるのだが、本人はまるで気付いていない。

 だが次に歩き出した時、リッテラートゥスは違和感に気付いた。

 かさ……と、袖口が鳴る。


(……ふぅむ)


 リッテラートゥスは短く息を吐き出すと、そのまま自室に向かって歩き出した。行き先を察した侍従武官たちが、速度を上げてそそくさと近付いてくる。

 リッテラートゥスはさせるままにして部屋に辿り着くと、少し休むと言って長椅子に横になった。

 侍従文官の一人は渡した上着を片付け、一人は女官に茶の支度を頼むために部屋を出る。侍従武官は手前の控えの間で警護に当たっている。

 周囲が無人になる一瞬。

 袖口のものを手の平に落として、ザッと目を通す。それからズボンのポケットに仕舞って、内容の審議を開始した。

 宮殿内の情報網である侍従の目を盗んで渡されたのは、小さな紙片に用件を箇条書きにした、いわゆる脅迫状のたぐいだった。

 先程ぶつかった女官が誰の手先かは、人相を覚えられないリッテラートゥスには容易には辿れないので後回しにする。

 手紙の内容は分かりやすい。

 ネストルがハィニエル派の人間を唆してアドラーティを襲撃させたことと、その証拠を確保していること。

 地位を失いたくなければ、単独でラティオ侯爵邸に来ること、とあった。


(さて、誰からだろうな)


 この内容をネストル本人ではなくリッテラートゥスに渡す辺りに、相手の意図が深く反映しているのだろうが、心当たりはさほどない。

 フィデス侯爵家から発言権を奪うつもりなら、リッテラートゥスに何らかの罪を着せることが最も効果的だ。担ぐべき皇子がいなくなれば、必然的にフィデス侯爵家の立場は弱くなる。

 だが、その舞台がラティオ侯爵家とは、さすがに疑惑が立ちすぎる。まずラティオ侯爵はこの手紙の差出人から除外される。

 一方、アドラーティがラティオ侯爵家に逃げ込むことに成功したと仮定すれば、可能性はある。交渉相手がアドラーティ本人ならば、脳筋のネストルよりもリッテラートゥスの方が圧倒的に効果的だ。

 何故ならリッテラートゥスはアドラーティが次期皇帝になることに異論がないと、先刻承知だからだ。安全圏であるラティオ侯爵邸で秘密裏に取引し、互いに原状回復を目指すのは、今となっては悪い話ではない。


(兄上にしては、少々場所選びが迂闊だがな)


 そもそも文面がアドラーティらしくない。アドラーティは今まで、力ではなく理と情で味方を増やしてきた。最終手段で力に訴えることはあると思っていたが、今がその時とは、リッテラートゥスにはどうもしっくりこない。


(フェルゼリォン……は、ないな)


 次には義弟の顔がちらついたが、この手の工作はあの男の最も苦手とするところだ。真っ先に除外する。

 となると、フェルゼリオンに手を出したことを知った第三皇子派か、利用されたハィニエル派か。或いは皇太后の死後を憂慮するアウデンティア侯爵家も可能性は皆無ではないが、そこまでいけば可能性を列挙するだけで日が暮れる。

 考えるべきは、この呼び出しでのリッテラートゥスの役割だ。


(小生に何かをさせたい……いや、見せたい?)


 容疑者に仕立てたいのならば赴くのは下策だが、証言者ならば利用価値はある。リッテラートゥスの匙加減がきく。


(……が、行くのは面倒臭いなぁ)


 さてどうしたものか、とリッテラートゥスは長椅子に身を沈める。

 とりあえず、ひと眠りしよう、と瞼を閉じた。



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