プロローグ
「平民はもう要らぬ。後宮から出しておけ」
私は玉座からそう告げ議会の場を後にする。それは扉を閉めても大臣たちの騒ぐ声が耳に届くほど衝撃的な一言だったようだ。
王座にいたのはシャーロット・フローレンス。この国の女帝である。
血統が何より優先されるこの国で唯一の王家の人間であり絶対的君主であった。冷酷で残忍な人間であると市街でも噂されているが、政治力は高い。そして中世のヨーロッパを思わせる雰囲気のこの国は大きく強大であった。
ただ1つの欠点は3度の飯より男が好きだと言うこと。
酷い時など数日後宮へと篭ってしまう。
後宮には様々なタイプの美男子が集められ、貴族の令息から平民までざっと100人ほどがいる。
そんな女帝に転生してしまった私は不幸だと言う他ない。交通事故で死んだ筈の私は気がついたらこの「サクラの後宮物語」の世界にいた。何故数多ある小説の中の数ある登場人物の中で女帝に転生してしまったのだろうか。
(っていうか!!私、まだ未経験なんですけど!!)
女帝は、冷徹と色気を兼ね備えた弱冠二十歳の美女である。
それに比べ元の私と言えば17歳の小娘であり、女子校育ち故男の人の交流など殆どなかった。
この場所全てが恐怖なのである。その上、この女帝は物語上、悪役であった。
「しかし、陛下……。よろしいので?」
恐々と後を追ってきた大臣は私に念を押す。今までの彼女の素行を思えば当然かもしれない。
「しつこいぞ。何度も言わせるな。妾も世継ぎを考える時。平民の血が混じった者を王に据える気か?」
「いいえ!まさか!」
大臣は青ざめて首を振った。
(私も随分、女帝が板についてきたな……)
転生した初めこそ動揺したものの、いきなり女帝の性格や趣向が変わったら一体自分がどのような目に合うのか全く予想がつかなかった。皇帝制度を疎ましく思う貴族もいるかもしれない。隙を見せれば王族と言えども地に落とされるのはきっと一瞬だ。
私は物語上のキャクターを演じることにした。
と言っても、このまま進めば悪役女帝は〝処刑〟というバッドエンドが待っている。
(それだけは絶対回避しなくちゃ)
目標は処刑回避。皇帝の座を穏便に明渡せたらなお最高だと思っている。
女帝は物語では、約一年後男遊びに傾倒し政治を放り出す。後宮に金と人員が注がれ国は荒れ、それを正しに後宮に潜り込んだヒロインとヒーローが私を倒しに来るのだ。
幸い、まだ時間がある。
私は自分の喉元を押さえた。
書類仕事を限界まで行い夜になると部屋にいた侍女がおずおずと尋ねる。
「陛下、本日は如何致しましょうか?」
この如何というのは、どの男の元へ行くかという意味である。
「部屋で過ごす。下がれ」
「……かしこまりました」
侍女は黙って頭を下げて退出した。返事が返ってくる間から、彼女が不審に思っているのをひしひしと感じる。転生して早3ヶ月、私は1回も後宮に足を運んだことはない。
城中から女帝はどこが病気でもあるのか、と聞こえてくる始末だ。しかし、これだけはどうしても受け入れることは出来なかった。
(何かうまい言い訳でも考えとかないとな)
私がソファでだらっとしていると、ノックが聞こえた。
「陛下、宰相様が面会を求めております。如何しましょうか」
ドアの向こう側から護衛の声が聞こえる。
宰相は公爵であり、我が国では女帝の次に高位な人物である。
「通せ」
「かしこまりました」
ドアが開き宰相が中に入ってきた。私はなるべく偉そうに座る。
「お前が私の私室に入るとは珍しいこともあるものだ」
宰相は真面目な男で女帝の男関係を良く思っていなかった。後宮の男たちは後宮を出ることはないが、宰相はあまり女帝のプライベートに踏み入ることはしなかった。
「陛下がお世継ぎを考えられていると耳にしました」
「……」
決して本気で言ったわけではない。先ほどの言葉は急場の言い訳だ。
「宮中では、是非我が息子をと大臣たちが息巻いております。後宮に入れて欲しいとの嘆願が今日でこれだけ参りました」
宰相は机の上に書類の束を置く。その厚みに私はゾッとした。量もそうだが、私の安易な発言一つでこれだけの人間が動くのだから恐ろしい。
「わかった。目を通しておこう」
(でも全員お引き取り願おう)
心の中でそう決めると、それを見破られたのか宰相は笑みを浮かべる。
「それでも、上級貴族の者に絞ったのです」
「そうか、下級貴族など要らぬな。では後宮からも下級貴族は出そう」
これには宰相も目を丸くする。
「よろしいので?」
「王族の血統を守る為だ」
(よし、これでまた減らせる)
これはなかなかいい作戦だったかもしれない。既に後宮にいる貴族を出すには抵抗する家の者が多く出るだろう、となかなか踏み切れなかった。さっきは悲観したけれど、この調子でどんどん縮小していこう。
「陛下がそこまでお考えとは。この国の民としてこれ以上の喜びはありません」
そして、宰相は一拍置いて本日の本題を述べた。
「我が家からも陛下にお目通り頂きたい者がいるのですが」
「ほう?」
(まさか)
私は身構える。宰相の合図で部屋の中に入ってきた人物は私の想像した通り彼の息子だった。
頭がくらくらするのを必死で抑え、私の前に膝をつく男に、顔をあげる許しを与えた。
男の顔は今まで見た事の無いような美男子だった。少しつりあがった目と聡明そうな顔つき、そして艶のある綺麗な金髪。この男を私は知っていた。
「エリオット……」
思わず呟くと、エリオットは少し驚いた後「名を覚えて頂いているとは身に余る光栄です」と頭を下げた。