エリオット・リリス
彼、エリオット・リリスはこの物語のヒーローである。つまり、私の敵である。原作ではエリオットは女帝が後宮に籠った後、様子を探りに後宮へと潜入してくる筈だった。
「我が家からはこやつを後宮へと入れて頂きたく存じます」
「ふむ」
エリオットを懐に入れるのは恐ろしくもあるが、この流れで断るのは公爵家の血を撥ね付けたと思われてしまう。
「お主は後宮に入ることを望んでいるのか?一度入ればお主は誰からも認められることもなく生涯を終えるやもしれぬぞ?」
私はなるべく恐ろしい顔を作り含みをもたせてエリオットを見る。折角の美貌だ。普通に暮らしていれば高貴な令嬢たちが山程縁談を持ち込むだろう。出来れば後宮入りを断って欲しいと思うが、私の前まで来たのだ。やはりそんなことではひるまなかった。
「陛下に仕えることが国の為です。私をどうか後宮に入れて下さい」
「よかろう。お主にはユリの名をやろう。明日にでも手続きを行うといい」
「ありがとうございます」
宰相は嬉しそうに頭を下げる。
後宮の中にも順位があり、花の名を持つ者は一番の上位層に当たる。専用の宮も用意されるがその名を与えられる者はほとんどおらず、いずれも高貴な身分と決まっていた。そして、皇婿の有力候補とされている。
「お主もユリの名に恥じぬよう謹め。妾は要らぬ者はすぐ切り捨てるからな」
「かしこまりました」
原作でも彼は後宮に入った際ユリの名を冠していた。それは彼らの一族の名をもじったものだ。とはいえ、原作の女帝は別のお気に入りが何人かいた為彼と夜を過ごすことは無かったのだが。
「それでは私は後宮の手続きの諸々を今からでも行なって参ります故、これで失礼致します」
「はっ!?」
私は思わず声を上げてしまった。そそくさと大臣は部屋を出て行く。
(ちょっと!この息子も連れて行きなさいよ)
エリオットは跪いたまま動かない。
「エリオット」
「はい」
「お主も下がってよいぞ」
エリオットは動かない。そして意を決したように私の顔を見つめた。
「陛下、もう暫し陛下の側にいることをお許し頂けないでしょうか」
下がれと言うのは簡単だが、必死に嘆願するエリオットを見ると言いづらい。
「よかろう。茶に付き合え」
「ありがとうございます」
エリオットは嬉しそうに笑う。原作とあまりに対応が違うので、警戒心だけが強まる。
侍女にお茶の用意だけさせ退出させると、エリオットを向かいのソファに座らせる。
「いきなり現れた私を後宮に入れて下さりありがとうございます」
「宰相の頼みだ。無下にも出来ないだろう」
「そうでございましたか」
私の塩対応にエリオットは苦笑する。
「ユリといえば、丁度城の庭園を通りましたので無数の百合が咲き誇っているのを拝見しました。とても良い香りが致しました」
今はユリが最盛期を迎えているのだな。と思った。私はここにきてから一心不乱に仕事ばかりしている。
私はエリオットをぼうっと見つめた。
「凛としたところがお前にそっくりだな」
ポツリとそういうと、エリオットは目をパチクリさせた。
「陛下には疎ましく思われているとばかり……」
本人も強引だった自覚はあるらしい。私は答えず用意されたクッキーに手を伸ばした。すると、その手がエリオットとぶつかった。
「申し訳ありません」
「っ……!!」
私は思わずクッキーを落として、触れた手を抱きしめる。男性に免疫がないのだ、過剰反応してしまうのも仕方がない。
(しまった、これは女帝らしくない)
エリオットをチラッと見ると無駄に良い顔で微笑んでいた。
(だめだめ、この人は敵なんだからっ!)
「気にするな」
「難しい注文です。私は少しでも陛下のお心に近づきたいと思っているのですから」
エリオットは先程皿に落ちたクッキーを口にする。
「随分な野心だな」
「ですから、ここまで参ったのですよ」
私は心臓の鼓動を隠すようにフンと鼻を鳴らした。
「精々頑張るといい」
「頑張ってよろしいので?」
「え?」
我ながらマヌケな答えを返したものである。しかし、まさか女帝に対してその様な挑戦的な答えが返ってくるとは思わなかった。
エリオットは爽やかな笑顔で身を乗り出し私の手をとった。
「今宵のお相手をして頂いても?」
私の顔は遂に真っ赤になる。
(夜の相手って、つまりそういうことよね)
「ちょっ……待て……!妾達がその様な関係になるのはまだ早いであろう!!」
全力で慌てる私をエリオットはキョトンとした目で見る。
それもその筈、百戦錬磨である筈の女帝がこんな初々しい反応をするのだから当然の反応だろう。自分でもキャラ崩壊している自覚はあるが背に腹は代えられない。
こういうお誘いを露骨に断っていいのだろうか。傷つく、とどこかの少女漫画で読んだ気がする。
「決してお主が嫌とか、そういう事を言っているのでは無くてだな……」
私が消え入りそうな声を出すとエリオットは立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。私の手の上に自身の手を重ねる。
「では、一晩こうして手を重ねるのをお許し頂けないでしょうか」
「それだけで良いのか?」
「私にとっては至福の時間で御座います」
いつかは男と夜を過ごす日が来るだろう。大臣や城に住む者の空気から、ずっと夜を自室で過ごすというのもそろそろ限界だと感じていた。彼が何もしないと言うならばこの一晩我慢すればまた何日か後宮へ行く日を延ばせるだろう。
「何かしたら扉の前の兵が駆け込むからな」
「承知しております」
こうして私たちはベッドへと向かう。
自分に縁が無かった男性、それもこんなイケメンがいるのだ。さぞかし今夜は眠れないのだろう、と思っていだが、布団に入り手から感じる温もりに直ぐにまどろみはやってきた。
「陛下」
エリオットの囁く声が聞こえる。
「明日は後宮のユリの庭を一緒に散歩しませんか?」
その庭は確かユリの名を冠した者が住まう宮にある庭だ。庭いっぱいに白に統一されたユリとそれを引き立てる小花が咲いている筈だ。彼は主人公の女の子とよくそこに訪れていたのを覚えている。
何故そんな場所に自分が誘われたのだろう。そんな思考も直ぐに止まる。
瞼は重くなり返事をするのも億劫だ。
微睡みの中私は一言、わかったと言って夢の中へと落ちていった。




