第31話 メネントライフ3
南の王国中にある一つの町。
その宿屋で女性の獣人がスヤスヤと眠っていた。
能力があるので軍に所属しているが所詮は獣人、東邦族と比べて扱いの悪さは日に日に増している。
それでも食うだけならば困らないし、要領さえ良ければサボりと言う名の休暇も取る事が出来る。
なので彼女は一時の休息を仮初めの幸せとして変わらない風景に目を閉じて幸せな夢を見る。
「おいシェリー!起きろよ!」
自身の名を呼ばれた。
肩を抱きかかえられ無理矢理起こされる。
「んー……バンダー君ですかぁ。私まだ眠いから交尾なら太陽が沈んでからにしましょうよ……って事でお休みなさ〜い」
「ざっけんな!交尾なんてした事ねぇよ!いつもの冗談に付き合ってられねぇから早く支度しろ」
自分よりも年下の狼の獣人に急かされ顔を洗う。
手の甲で二度三度とゴシゴシ洗う。
爪で髪の毛を梳かし寝癖をチェック。
その間もバンダーはソワソワとしていた。
「せっかくいい夢見てたのに……どんな夢か聞きたいですか?」
「ああ。聞きたいから早く終わらせてくれよ」
シェリーの雑談など下手に突っぱねるよりも聞き流した方が良いとバンダーは知っている。
なにせバンダーが産まれてからずっと彼女は側に居てくれたのだから。
「なんと今日はですねぇ、バンダー君が『シェリーおねぇちゃん』って呼んでくれたんですよ。久しぶり過ぎて思わずキュンとしちゃいましたね。」
「あぁ!?」
「昔はあんなに可愛かったのに何処をどう間違ったらこんなに凶暴になっちゃうんですかねぇ?ひょっとしてお姉ちゃんの育て方間違っちゃいましたか?」
「……産まれつき、本能だよ」
「ねぇバンダー君、現実でもキュンキュンしたいのでシェリーお姉ちゃんって言ってみてください」
「いやだ!」
「だったら私も宿屋から一歩も出ません。任務はバンダー君一人で行って下さい!」
「任務じゃねぇよ!【伝道師】がこの町に来てるらしい。だから見に行こうぜ!」
…
……
「貴方達は力がある。しかし東邦族の都合がいいように虐げられている。人間共には尊厳など認められていない。何故かわかりますか?」
町の中心、足場の上で若い女性が声高らかに呼びかけている。
獣人達はその異様な光景に唖然としながらも食い入るように見つめていた。
「あれが伝道師かぁ……なんか高貴な感じがしねぇか?」
「うーん、ってか足場……なんで。なんで?」
バンダーは伝道師の事を噂伝いで聞いていたので驚きはしたが声には出さなかった。
しかしシェリーは違う。
伝道師の足場は即興で作られたもの。
その不安定な足場を慣らすよう踏みしめる。
「この足場にしかならない哀れな東邦族は龍神などと言った紛い物を神と崇めた。貴方達は神と崇められる偶像はおもちでしょうか?」
一人、また一人と東邦族がやってきて伝道師の足場になっていく。操られている訳ではない。自らの意志を操って行動している。
伝道師は困惑する獣人、感動する獣人を見渡し更に声を出した。
「誰でもよろしい。貴方が内に秘める神がいたのなら私の手を取りなさい。貴方にとっての奇跡を与えましょう」
一人の獣人が伝道師の手を取った。
瞬間細胞の全てが呼び起こされ熱い産声を上げたのを感じた。
「さぁ、貴方の意のままに、放ちなさい」
「あ あ ファイアアロー 」
獣人の手のひらから雷を浴びた火柱が発せられた。
周りの獣人達と同様にシェリー達も驚愕していた
「今のって魔法?どうして……獣人は魔法を使えないはずなのに」
「このような陳腐すらも与えられないのは貴方達は神に愛されていないからです。私のような矮小な存在が神ならば獣人などと言った単細胞に寵愛など一切授けません」
何人かの獣人は歯を噛み締めた。
何は魔法、それに加護と言った特別が与えられる。
その二点だけで身体能力は千差万別に至り一部の人間は獣人や東邦族が手出し出せないレベルに達している。
東邦族は龍神の加護がある。
龍神の血の末裔、その力を解放する事で僅かながらでも龍神に近づく、
しかし獣人に特別は一切ない。
生まれて持った身体能力だけ。ほとんどの獣人は肉体の成長は早くピークは泡沫の夢のように衰退していく。対して精神のピークは遅く、両方の歯車は噛み合わない欠陥種族。
その劣等種族に一筋の奇跡がもたらされた。
「しかしご安心なさい。神は見捨てても奇跡は貴方達を見捨てません。貴方達に授かる力は奇跡を望んだ末に至る道導。貴方達の手で貴方達の国を取り戻しなさい——」
隣で興奮しているバンダーを尻目にシェリーは少し冷めた瞳で周りを見つめていた。
「バンダー君、なんかこの人は怪しいですから向こうでご飯食べに行きましょうよ」
「なに言ってんだあ?力をくれるってんなら貰っといても損はねぇだろ?……神……神様……ぐぬぬ。どんな姿を想像すりゃあいいんだ」
すっかり虜になってしまったバンダーにため息を吐いた。
そもそも伝道師と言う存在が胡散臭い。しかし周りが崇め始める理由もわかった気もする。
すがるべき何か、が獣人にはない。
龍神や神、女神、天使といった手の届かない心の拠り所が唯一存在しなかった。
それは獣人の誇りであったはずなのに……
長い年月の末に誇りでなど足枷にしかなっていなかった。
「おいシェリー!神様はどんな形だよ!?」
「えぇー、私が知るわけないじゃないですかぁ。あー、でもでも夢で会ったヘリックスさんなんて本当の神様っぽかったですね」
シェリーの言葉は伝道師が血相を変えて駆け寄ってきた、
「貴方は【原初の罪業】ヘリックスをご存じなのですか?」
「え、えと、あの、夢の中で会ったことがあります……です」
「おお、なんという奇跡!もしやもしや!貴方ならば原初の美徳がいったい何なのかご存じではないでしょうか!?」
その声は震えており期待と不安が入り混じっている。
「え、えと、し、知らないです」
「そうですか——おっと、少し興奮してしまいました。年甲斐も無くはしゃいでしまうのは悪い癖ですね。先程から不躾な質問をしてしまい申し訳ありません……申し遅れました。私の名はメネント。捻れた信仰、7つの美徳、摂生の苦悶を求めしメネントです。貴方だけが唯一ヘリックスの名を知っていました。ならば私に出来る限りのお礼を」
「お礼って……なにを」
「貴方の世界に平和を。本来ならば両者共倒れでもしてもらおうと思っていましたが気が変わりました。差し当たっては南の王国に巣食う害虫、東邦族などと名乗る虫ケラ共を貴方に隷属させます——貴方が奇跡の末を望むまで——」
メネントは口から自身の倍以上もある蜥蜴の死骸を吐き出した。
「これは東邦族が神と慕われ、崇められた者の末路です。この枯れ果てた肉体は同僚に差し出しますが貴方にはこの私、メネントが力を貸しましょう。どうか貴方が奇跡の末を見届けられんことを」




