第30話 メネントライフ2
10万ほどの資料をスキャンし目を通す。
その数は今も増え続け今も減り続けている。
私は選ばなければならない。
その選択によって何が変わるとも思えない。
ミリアムは誰でもよくありきたりな平凡な女性を望んだ。
ジャサファは屈強な肉体を持つ半超人。とにかく耐久性の高い人間に狙いを定めた。
ファティマは……
「アジ・ダハーカ。あちらの世界でもっとも強い存在ですか」
もっともアジ・ダハーカは資料になかったので先行隊である私が見つけて身体を確保しなければならない。
面倒ですからしませんけど。
それよりも私が寄生する先、
奇跡の末子を葬った人間の種族などまっぴらごめんだ。
となると多くの種族に分かれた獣人、
得体の知れない神を盲信する東邦族、
人間にも神、それに天使までついている。
それに比べて獣人は崇拝するべき対象がいない。
「私が崇拝するのは末子様ただ一人のみですから獣人にしましょうかね。それに崇拝なき愚者ならばきっと末子様の素晴らしさを心から理解してくれるでしょう」
資料から獣人だけを選りすぐる。
強さだけなら……魔狼と呼ばれるフェンリル。
別に私は強さなど求めていませんから目をつけらても——
「目をつけられる……なるほど。ここにある海月族について詳しく知りたいのですが」
「その二人は絶滅種だ。母と娘、ミラージとミズーリを最後に紅クラゲという種族は死に絶える。能力値だけを見たのなら娘のミズーリだがどうする? 今なら先行隊に殺らせる事が可能だ」
「ふぅむ、手を煩わせるのも申し訳ないですから母親にしておきますか。絶滅種もさる事ながら肩書きが素晴らしい。獣人が統治する筈の国が東邦に侵食されている最中……絵はかけましたよ。この人物ならば手早く済ませられそうです」
「再三になるが言っておこう。俺が行くまで余計な事をするなよ」
「ジャサファとは利害が一致しています。その点で言えばファティマとは利害が一致しない。それでよろしいですか?」
…
……
…
……
「これが海月族ですか。しかし、わかってはいても実際に経験すると辛いものですね。老化というものは」
起き上がるだけで立ち上がるだけで一つの動作だけで体力を消耗する。なによりこの世界には補助具などない。
自らを高めて続けなければ呆気なく何も出来なくなる。
「だから寿命が短いのですかね? まぁいいでしょう」
自身の新たな身体に手を押し当て鼓動を高める。
全身が沸騰している。比喩表現ではなく対組織は今なお蒸発し続けて老いに向かいつつある身体は燃え続ける。
身体に刻まれたシワが消え失せる。
細胞の全てが若返っていく。
「これが海月族だけが使える秘術環寿の法ですか。中々に悪趣味です。摂生の奇跡を使用しても良かったが今だけでも郷に入っては郷に従いましょうかね」
若返りには成功しましたし……末子様について調べなければ。
末子様は何を見つけて何とお話しし、何を思い何を遂げ、
「……どのような最後を……遂げたのか」
言葉に出さなければ良かった。
今すぐこの世界の奴等を皆殺しにしてやりたい。
末子の優しさを逆手に取り騙し討ちしたに違いない。
末子を討ち取る方法などわからない。
しかしあの少女を騙すだけなら簡単なのだ。
両の手を結び祈りを込めて天を見上げる。
憎々しい太陽は赤子のようにそこにあった。
この赤子がこれからどうやって肥大化し
どうやって私たちの世界に転移させられ融合したのか。
それを調べるのはジャサファの仕事。
そしてそれよりも私たちにとっての脅威、
奇跡の末子を葬った存在を確認する事。
「次点であるファティマの為の肉体確保はミリアムとジャサファに任せるとしましょうか」
それともう一つ。
先程から上空で睨みを効かせている存在、ついて来られれば鬱陶しい事この上ない。
「私に用はないのですが貴方は何用ですか?」
「貴様はこの世界の生物ではないな」
黒髪に赤味かかった瞳。皮膚の奥は赤黒い鱗。
あぁ、データにありましたね。
「貴方はアジ・ダハーカですか。仰る通り私は遥かなる世界より参りました。抵抗の意志はありませんので貴方も殺気をお納め下さい」
超スピードで降りてくると同時に肩から袈裟斬りにされた。
細胞がこぼれ落ちていく。
私は世界に取り込まれ私は世界を取り込んでいく。
「これでは死なんか」
「ふぁあ……。私を殺したいのなら世界そのものを破壊して下さい。それよりもアジ・ダハーカ、貴方の肉体は私の仲間に狙われてますよ。ですので大人しくお逃げなさい」
「ロストが言っていた7つの美徳とはお前の事だな」
「……あまり私を怒らせないでください。私たちはファティマなど呼びたくはない。仲間と合流し貴方と出会ってしまえば貴方を殺さなくてはならない。私は無益な、それどころか損益な殺生を好みません。ですのでどうか矛を収めてください」
ミリアムもジャサファも来ていない今強い存在とやり合っても仕方ありませんからね。
どうにか穏便に済ませてもらいたい。
「そもそも私は何もしておりません。死体に転生した事が罪だとでも?」
「貴様は監視しておく。我の寿が終わるまでは大人しくしていろ」
「ありがとうございます。貴方が話しのわかる御仁で助かりましたよ。ご忠告を一つ、私の仲間が来たのならお逃げなさい。では。貴方が奇跡の末に至らん事を」
手の甲を合わせてお辞儀を済ます、
ダハーカは怪訝な顔付きをしながらも背に生やした翼で上空へと飛翔していき私はその背中を見上げるように——
「 ——暴食の罪業 弱食強肉 」
ダハーカの翼を剥奪させ地に叩き落とす。
「今のは貴様の仕業か?」
「こちらの質問が先です。嗚呼、嗚呼、答えなくとも結構です」
ダハーカの髪を結んでいる物。
「そのシュシュは奇跡の末子様の私物。それを貴方が持っている。これはもう決まりですよね。嗚呼、嗚呼あぁああ!!お前がお前がお前がぁ末子様を貶めた」
「その気になったな。こちらも都合が良い」
「クァクァクァ! この蜥蜴は威勢だけはよろしいようです。安心なさい。殺しはしません。無論、生かしてもおきませんがね。
貴方の細胞全てが奇跡の末に至れる事を——
私の細胞の全てが奇跡の果てに至れる事を——
摂生なる奇跡 夜明けを夢見た残骸
現出せよ 現実を侵食せし幻想 」
虚空より光を収集させる一振りの刀を取り出す。
周囲の光は全て取り込まれ刀から目もくらむ程の光が放たれ続ける。
その後剣を見るより前に戦闘態勢に入ったダハーカが更に警戒を強め距離をとった。
「……灰燼剣!?……何故破壊されていない」
「灰燼剣?末子様はこの剣に【永別】と名付けました。奇跡の末子様が【創世爆破】を用いて練り上げた究極の一振り。万物であろうと事象であろうと根源が乖離しますので耐えられるのなら耐えてみなさい……差し当たっては——貴方の寿命を切り放つ事にしましょうか」




