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第10話 到着


 明朝になると義父様はなにも言わずにアタシをおぶってくれた。

 アタシはどんな顔をしているのだろうか?

 アタシの身体はどれぐらい醜くなっているのだろうか?


 義父様の大きな背中。

 冷たいアタシと違って暖かい背中。


 肩に触れるとじゅくじゅくと皮膚が流れ落ちる。

 臭いのある液体が義父様の服に染み込んでいく。


「 ……あ。義父様……ごめんなさい」


「喋るなマキナ」


 義父様の機嫌が悪い。

 アタシの汚らしい液体のせいだ。

 アタシが喋ったせいだ。


 原因はわからないけど……母様がアタシのこと嫌いなのもアタシが原因なのだ。


「ふぅーー。フゥゥ——」

 

 義父様は深呼吸を何度もして遠くを見つめている。

 そしてタナトスは自分の身体に紐を括り付けて義父様と自分を結んだ。


「準備出来たけどクリーヴァってそんなに速く走れるの?」

「わからねぇ。正確に計ったことねぇが音速よりゃ速いのは確かだぁ。タナトスはブッ潰れるがマキナに負担はかからねぇ。マキナは目を閉じてろ。なんも心配しなくていい」


「はい」


 義父様が静かに両の手を叩いた。

 それは魔法のようであって魔法ではなかった。

 加護に近く加護とは遥かに遠いものだった。




「    裏百鬼夜行オーバードース   」



 景色が変わるなんて事はなかった。

 それは一瞬であり思考するよりも遥かに速く


 ダロス王都の正門までたどり着いていたのだから。



「ぶしゅううぅ……ガハッ!……解除。早く解除しねえと」

「義父様?義父様!?」



 義父様の様子がおかしい。先程まで暖かかった背中は火傷したかのように熱く滾っていた。

 逞しかった背中は痩せ細ってしまっている。


「  あ  あぁ。大丈夫だ……タナトスは——丁度いいな。そのうち戻るだろ。すまねぇがマキナは降りてくれ」



「……アタシのせいです」

「なにがだぁ?」


「アタシの身体が腐ってるから義父様に迷惑をかけてしまってます。これ以上義父様に迷惑をかけて嫌われるぐらいならアタシはこのままで構いません。だから——嫌わないでください」


 キツい臭いの液体が目から流れ落ちる。

 アタシさえ存在しなければ義父様は苦しい思いをしなくて済んだはずだ。

 アタシは義父様に迷惑をかけてまで生きながらえたくない。嫌われたくない。嫌われたくない。



「マキナは覚えてねぇだろうがよ……マキナを預かってすぐに牛乳を飲ませたんだよ……ハチミツたっぷりでなぁ」


「義父様?なんの話ですか?」


「赤子にハチミツってのはダメだったんだよな。八重にしこたまぶん殴られたのを今でも覚えてる。」


 八重……とてもとても怖い女。

 そう記憶している。


    今は八重なのか。


 それよりも義父様の様子が変だ。

 どうしてこんなにも弱気なの?


「おしめを卒業した日も、牛の背から落ちた日も、他のガキ共と喧嘩した日の出来事も……全て覚えてる」


 それはまるで人間特有の


 遺言のような。最後の魂の灯火のような。


「マキナにもう一度会えて……嬉しかったよ。マキナを嫌うなんてことは……死んでも有り得ねぇから安心しろ」

「義父様?……義父様死なないで!アタシを一人にしないでください!アタシを一人にしないで!」


 


「……ふぅ。もう大丈夫だ。タナトスが元に戻るまで待ってようぜぇ」


「え?あの、義父様……お身体は平気なのですか?」

「あぁ。ありゃあ手順こそ間違えたらヤベェが今はなんともねぇよ」


 なんにしても義父様は平気そうだ。

 それだけでいい。



 しばらく待っていると潰れた肉塊が再生し始めた。

 それは徐々に形作られ馬鹿そうな男を作り上げた。

 肉塊から復活するとかタナトスは悪魔じみている


「……音速より速いなんてレベルじゃないよ。なにあの魔法」

「俺様もよくわからん!魔法じゃねえのは確かだ!」




……


「今現在正式な許可証がないとお通し出来ません」

「ああ!?俺様はたまに来てんだろうがよお!……仕方ねぇな、時計やるから通せよ」



「なんと言われましてもお通し出来ません」

「ざっけんなよ!連絡は行ってるはずだあ!」



 門の前で足止めをくらってしまった。

 義父様が色々見せてはいたが効果は今ひとつ。

 そしてタナトスは役立たずなので期待すらしてない。


「もう無理矢理入ってよくない?どうしてクリーヴァがそんなに真面目なのか是は理解に苦しむよ」


「予定より早く到着しただけで入れる手筈は済んでるはずだぁ。いよいよマキナの身体がヤバくなったら暴れるがここでの騒ぎは本当に不味い。最低手段に取っとけ。マキナはこれ以上具合悪くなったら気にせず言えよ」

「うん」「はい」



「——開門!開門!お前らは邪魔だからどけ!」



 門に立つ男たちにシッシッと追い払われた。

 特に反抗する気もないので素直に従う。

 正門は軍事関係か貴族関係者の出入りでしか開かれない。

 それが開かれたのなら何かしらの一大事なのだ。

 

 中からは普通の二頭引きの馬車が一台。

 それを護衛するかのように騎馬兵が3人、一人は老人だ。


 馬車の中からは楽しそうで聴いているだけで知性が下がりそうな変てこりんな歌が聴こえてきた。


「パパとおっ散歩お散歩!おっさんぽ!おべんと片手におっ散歩!」


「はっはっは!パパもレイラと一緒に嬉しいぞ」


「せっかくだからママも一緒がよかったですわぁ」

「ふふふ案ずるな。ママには内緒にしているからね」




 なんて馬鹿そうな奴らなんだ。

 特に子供の方。ニーチェより馬鹿そうな人間とか初めて見た……ん?


「あの子供の女って……義父様?」



「たぶんあいつらだ!」

「え……なにがですか?」


「モタモタしてたら行っちまう!マキナは待ってろ!」



 待って、待って義父様、

 追いかけたいけど足がじゅくじゅくで動かない。


   待って  行かないで  


 


 



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