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震える指先。  作者: 睦月 葵
3/4

3 遠い人

 


 榊さんのことを羨ましいなんて思ったから罰が当たったのかな。


「あいつはやめておけ。泣くだけだ」


 なんて高橋さんに言われてしまったのは。





 まず始めに、あいつって誰?って考えて。思い付かなくて。このところ高橋さんから避けられてるのかも、とぼんやり思った頃に、


「ねぇ、あの人はやめておいた方がいいよ」


 と、お昼ご飯を一緒に食べている同期に言われた。

 その同期はすごく言いづらそうにしてて、先輩たちも微妙な表情で。


「噂になってるよ、積極的に話しかけてるって」


「え?は?誰が、誰に?」


 ビックリしすぎて、先輩に対しての言葉までおかしくなる。意味が分からない。詳しく聞けば、あの巡り合わせの悪さが噂の原因だった。

 ありえない。関わりたくないと苦々しく思っていた人に、恋愛的アピールをしているように見られていたなんて。





 そして、ようやく気が付く。

 高橋さんのあの言葉は、噂を聞いたからなんだってことに。

 榊さんの幸せを守るため?ますます羨ましい。

 そして私は。

 既婚者に積極的にアピールするような人間だと、高橋さんに思われていたのか。

 そこまで考えて、胸が軋んだ。







 なんとか同期と先輩の誤解は解いたものの、落ち込んだ心を平常に戻せる訳もなくて。ため息だけがこぼれ落ちる。

 好きな人に誤解されて、しかも微妙に避けられてる気がするし、踏んだり蹴ったりってこういうこと?

 しかも。早川さんなんて全然好みじゃないし、興味もないのに、なによ。巡り合わせが悪いだけだっての。


 あーもう。なんかムカつく。


 キーボードを打つ音の大きな人が苦手な私は、普段なるべく音を立てないように気を付けているんだけど、八つ当たりみたいにハイスピードで打ち込むことを止められない。普段しない打ち込み音が響いてることも、周りの人がチラチラこちらを見ていることにも気がついているのに、指を止めることが出来ない。


 今、指を止めたら何かがこぼれ落ちてしまいそうで。








 そんな私を止めたのは、


「高木、ちょっと隣の会議室に来い」


 丸めた資料で軽く私の頭を叩いた、高橋さんだった。

 周りの人がホッとしたことに申し訳ないと思いつつ、自分が一番ホッとしていることにも気がつかされて。肩から力を抜いて指を止めた。


「なんか、すみませんでした」


 周りの人に声をかけると、


「イラッとすることもあるよ」


「いつもブラインドタッチが滑らかだなと思ってたけど、超高速もイケるんだね」


 とか、皆さん大人な対応をしてくれた。

 感情をコントロール出来ないなんて本当未熟だわ、と反省し、


「すみません、ちょっと怒られに行ってきます」


 と、苦笑いで言えば、みんなが手を振って送り出してくれた。









「失礼します」


 恐る恐る会議室に入れば、腕を組んで窓の外を見ている高橋さんがいて。こんな時なのに、大きな背中だなと、きゅんとして切なくなる。

 大きな背中が今はすごく遠く感じる。


「そんなに好きか、あいつが」


 外を向いたまま高橋さんが言う。

 私が誤解を解こうと口を開けば、


「悪かった。そんなに好きだと思わなかったんだ。だから榊をけしかけた」


 振り向いた高橋さんが、ひどく辛そうな顔をして、そんな事を言う。私は意味を理解出来ずに口を閉じてから開いて、もう一度閉じた。

 それからもう一度開いて、


「誰が誰を?」


 そう聞けば、


「高木が、早川をだろう」


 高橋さんはそう答えた。




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