機械の少女と、機械を愛する少年
久しぶりの投稿です。新人賞で二次まで通った作品でもあります。
少しだけ、自信があります
SFとはしていますが、あんまり知識もないので、ファンタジー的なノリで書いてますので、どうぞ気軽に読んでください。
「人は星に夢や希望を見るというけれど、星の見られないセージらには、夢も希望ないのかな」
セージは空を見ながら、ポツリと呟く。
まだ十三歳の彼が、産まれるよりもずっとずっと前に、大きな戦争があった。それは世界全てを巻き込むことになった。『世界大戦』や『死の十日間』と、残った僅かな記憶では、そう記されている。
人の進み過ぎた技術力は、自らの星を滅ぼすのに、十日間しかかからなかったのだ。今のこの星は、人にとっての死の星となった。人は、人工的に造られた生活空間であるプラントの中でしか、まともには生きられない。
今の世界は正に、先祖の残した負の遺産だと思う。
どんなに目を凝らしたところで、太陽の光は常に、霞がかった汚れた大気の隙間から、僅かに薄っすらと覗いているだけだ。
この世が死の星となった理由、それは大気の汚れ。
大気は毒となり人を殺す。プラントの外で一日過ごしただけで、致命的な病となることだろう。
更にプラントの外は、泥や沼で覆われている。
まともに日が当たらない為、世界各地で異様な程湿度が高く、このプラントの周囲には、ぬかるんだ大地が広がっている。空気中に熱を籠らせる二酸化炭素が大量に含まれている為か、蒸すような暑さが常に付き纏う。
そんな世界でも、セージには夢がある。
それは、プラントに頼らなくとも、人がこの世界に住めるようにすることだ。
真面目な顔してそう言うと、残念ながら誰もが笑う。出来るわけがないと。
そして、更に熱く語ると、懸念の視線を向けられる。
人は機械技術によって世界を滅ぼした。故に、人は機械を嫌悪する。
プラントのように、人が生きて行く為に必要なものは仕方なく使うが、それ以外の技術に関しては放棄する。『死の十日間』の二の舞にならない為に。
だから、機械を蘇らせようとするセージに、懸念の視線を向けて来るのだ。
セージはそれを愚かなことだと思って受け流す。
今では人類の機械技術は、新しく何かを作り出せない程に退行している。
人に出来るのは、プラントの修理くらいだ。しかしそれは、プラントが修復できない程の損傷を受けた場合、新しく作り出すことができないと言うことでもある。
それは即、死活問題だ。
確かに機械技術は世界を滅ぼしたのかもしれない。しかし、世界を救えるのも機械技術だと思うのだ。だから、セージは人々に忌避されようと、機械技術の情報を調べて行く。
この世界を救う為に。
そんなセージの住まうプラントは、直径五十キロほどの、透明なドーム型をしている。その中では、清浄化された空気が巡回され、人の暮らしを保っていた。その半分は広大な畑と牧場で覆われており、人の食料が造られ、もう半分には、昔造られたビル群が建ち並び、人々は思い思いに住みついていた。更に中央部には、巨大な塔がプラントの頂上まで伸びていて、プラントの管理組織であるツクヨミが、塔の中でプラントを維持している。
セージはひび割れた道路の前に立ち、ツクヨミの塔を見上げる。
プラント内の全てを掌握する塔。
あの中にはどれだけの機械技術があるのだろうかと思う。それを上手く使うことが出来れば、自分の夢に近付きそうだ。けれど残念ながら、ツクヨミの塔に入ることは叶わない。
塔に入るには、ツクヨミの組織に所属しなければならず、そして、ツクヨミの組織に所属するには、学び舎において優秀な成績を修め、人間性を認められなければならない。
麒麟児と評価されたこともあるセージは、成績に問題はない。けれど、ツクヨミの組織は保守的で、現状を維持しようとする組織だ。
表立って機械を用い、世の中を変革しようしているセージは、彼らにとっては問題児でしかなく、所属できるわけもない。
だからセージは、ツクヨミの塔には期待せず、塔の近くにある地下への入り口を目指す。
地下には広大な施設跡が存在する。
今では立ち入り禁止扱いされているが、おそらく、過去の人は地下に住んでいたのだろう。
はっきりとした理由はわからないが、建物の風化を防ぐ為か、戦争の名残かのどちらかだろうと、セージは推測している。
けれど、彼にとって重要なのは、地下には今も、戦前の機械技術が残っているということだ。彼にとってはそれだけで十分だった。
目指す地下への入り口は、道路が崩れたところにある。立ち入り禁止の柵に囲まれているが、セージはそれを気にせず乗り越える。
崩れた道路の下には、地下への道が覗いていた。
ワイヤーの先に付けた鉤爪を手近な溝に引っ掛け、ワイヤーで体を支えながら、ゆっくりと地下へと降りて行く。
地下通路に足を着けると、ワイヤーの鉤爪を、遠隔操作で引っ込めて、自動操作でワイヤーを巻き上げる。
地下は真っ暗で、肩に掛けた自作銃を構える。自作銃の先に付いたライトで、辺りを照らし安全を確認する。
壁や床にはコンクリート地にタイルが使われている。中にはヒビが入っていたり、崩れ落ちたりしているものもあるけれど、人の手が加わっていないにしては、良好な保存状態と言えるだろう。
だからと言って、ここが安全な場所というわけでは、もちろんない。
セージは探索の為に、色々な装備をしている。
まず服は、上下が繋がった丈夫な作業着を着ていた。所々に多くのポケットが付いていて、色々な道具が仕舞えるので、かなり重宝している。地下には何があるかわからないので、額にはゴーグルを付け、首元にはガスマスクをぶら下げる。ヘルメットを付けるのも、瓦礫などから身を守る為に、必要なのかもしれないけれど、どうも、頭上への気配に鈍くなりそうなので、ヘルメットだけはしない。
まずセージは、携帯用のコンピューター端末を立ち上がらせると、記録させてある地図を表示させ、それを見ながら先に進んで行く。
今居る道を少し進んだ先には、広大な空間に行きあたる。そこは吹き抜けになっており、地下に向かってライトを照らしてみても、最下層までは見て取ることはできない。
この地下の奥深くには、地熱発電の発電所があるという。プラント内の電気も、そこの発電所で賄われているらしい。その為か、地下施設にも電気は流れたままだ。
さすがに、昔使われていたエレベーターを使う気にはなれず、動かなくなったエスカレーターの階段を降りて行く。
セージは肩にかけた銃の安全装置を外して構える。地下には、突然変異によって凶暴化した獣が居るし、昔の防衛施設も動いている。だからこそ、その対抗策としての銃だ。とはいえ、昔使われていたような、殺傷力の強過ぎる銃では無い。そんな物を持っていたら、即刻危険人物扱いだ。なので、セージが使っているのは大筒型の銃で、圧縮したガスの力で、直径五センチ程の弾を勢いよく放つのだ。例えるなら、昔の警察が使っていたような、暴徒鎮圧用のゴム銃といったところだろう。しかしゴム銃と違うのは、放つ弾丸に、いくつもの種類があるということだ。
弾丸には毒ガスを放つ物だったり、電撃を放つ物だったり、炸裂する物だったりと、様々な種類がある。どれも、セージが作った自信作。とはいえ、資源が無限にあるわけでもないので、できれば使い過ぎないのが望ましい。というか、使うということは危険な目に遭っているということなので、そんなものは誰だって望まない。
セージは未踏破のエリアへと踏み込んだ。
獣の唸り声。機械の作動音。
そういったものがしないかを確認しながら、ゆっくりと進んで行く。
ここまで来ると、非常用の電灯が機能している場所もあり、ライトを使わなくとも、周囲が薄っすらと見えてくる。
少し歩いていると、どうも自分の入ったエリアが、昔の研究所のようだと気付く。
歩いている廊下の壁は、腰高の高さからガラスになっており、部屋の中の様子が覗ける。そして部屋には、検査するような機械を良く目にできる。
セージの欲しているものは、まずは情報。
あまり目にしない検査用の機械の数々に、心惹かれる気持ちも溢れんばかりだが、余計なパーツを集めても仕方ない。今も昔も、世界を治す方法を探すことが第一だ。
遠くで機械の作動音がして、セージは立ち止まる。
動いている機械。それが、研究用の機械なら良い。しかし、警備用のロボットとなると、厄介だ。
セージは警戒しながら、足音を立てないように、作動音がした方へと向かう。警備のロボットは、熱センサーによって、相手を感知するタイプが多い。なので、音は忍ばせなくても良いのだが、突然変異の動物もいる可能性を考えると、忍ばせてしまう。
と、突然生まれる気配。
腰高の壁越しに、何かが動いた。嫌な予感に従って、セージは慌てて後ろに転がるように距離を取る。それと同時に、先程までセージが居た所に、犬のような生き物が飛び付いていた。しかし犬と言っても毛は無く、ヌメッとした体つきをしていて気持ち悪い。この地下で偶に目にする変種動物だ。おそらく、昔の実験動物の成れの果てが、繁殖でもしてしまったのだろう。
「くっ」
セージは咄嗟に銃口を向けて放つ。
中に入っている弾は、何の飾り気もない鉄の玉。しかし、まともに当たれば、骨を砕く程の威力を発揮する。
犬は飛び跳ねるように大きく後ろに下がって避ける。
当たらなかったのは悔しいが、距離を取ってくれたのは有難い。
セージの銃は、弾が大き過ぎるので、一発しか弾を込めておけないのだ。慌てて二発目の弾を込める。犬はそれを隙と取って襲いかかって来るが、弾を込めるのは、セージの方が早かった。大口開けて飛びかかって来る犬目掛けて、二発目を放つ。それは狙い違わず、犬の喉辺りを直撃し、吹っ飛ばす。
呼吸できなくなった犬は、苦しみ悶えるようにジタバタと地面を足掻くと、次第に動かなくなった。
「危ないなぁ」
セージは自分の体が恐怖に強張るのを避ける為、出来るだけ気楽そうに呟く。
念の為、腰に差してある鉈で、犬の首を切り落としておく。生きていて、突然襲いかかって来られても怖い。
大きく息を吐くと、セージは新たに緊張感を高める。
気付いたのは変種の犬ではなく、機械音だ。まだ、脅威が去ったわけではない。
腰を落とし、ゆっくりと進む。すると、廊下の十字路に行き当たる。顔を覗かせて、左右を確認すると、右の通路に、警備用ロボットを見つける。
大人の腰ほどの高さをした、円柱型のロボット。遺跡で良く見るタイプだ。
階段などの段差を進むことはできないが、平地では無類の強さを発揮する。内部には重火器が装備されており、四方八方に弾丸をばら撒いてくる。服の下には防弾チョッキを着ているとはいえ、まともに当たれば内臓を痛めるかもしれない。そして、動けなくなった所を撃たれ続ければ、終わりだろう。
それでもセージは、恐れを飲み込んで動く。今まで、この警備用ロボットに幾度となく出会ったことはあるのだ。対処法だってある。後は、恐怖に負けて体を強張らせることさえしなければ、問題はない。
警備用ロボットが廊下から飛び出したセージに気付くと、カメラを向けて補足し、侵入者かこの施設の者かを判断し、そして、重火器を構える。
判断が遅い。
それが警備用ロボットの弱点。銃を放たれる前に距離を詰めると、鉈でロボットの電子回路を破壊する。これも、弱点の一つと言って良いだろう。完全な戦闘型ロボットなら、電子回路にしても分厚い装甲の下に隠され、簡単には破壊行為を許してはくれない。
動かなくなったロボットを見て、セージは荒い息を吐く。
少しでも動きが遅ければ、命を落としていたかもしれなかった。その緊張感は相当なものだ。たいした動きをしたわけでもないのに、疲労感が襲ってくる。
なので、セージは気付くのに遅れた。廊下の先から、もう一機の警備用ロボットが出て来ることに。
「うわっ!」
セージは背筋が凍りつくような感覚に襲われる。目の前のロボットを倒したことで、気を緩めてしまったのだ。
既に、向こうはこちらを識別している。
放たれる弾丸。
「くっ」
セージは蹲り、先程倒したロボットの陰に隠れる。鉄同士が当たる甲高い音と火花が散る。
銃撃は止んだが、すぐには動けない。警備用ロボットは未だに狙いを定めているのだ。少しでも飛び出せば、蜂の巣になることだろう。
セージは自らの自作銃を見る、一か八か、銃で相手の電子回路を狙うべきかと考えたのだ。しかし、すぐに却下する。残念ながら、セージの作った銃は、打撃能力は強くとも、穿つ力は弱い。なので、電子回路を攻撃した所で、全体的に潰れるだけで寸断出来ず、壊せない可能性が高い。更に言えば、銃としての飛距離も、警備ロボットの銃よりも遥かに短い。確実性に欠ける。賭けにしても分が悪過ぎだ。
何か、打開策はないか。
必死に考えを巡らせていると、廊下を光が横切る。そして、警備ロボットにその光が当たると、ロボットは爆発して四散した。
あまりのことに、セージは絶句する。
セージは、その光が何なのかを、見たことはなくとも、知識で理解していた。旧文明後期でも数少ない最先端武装。ビーム系の兵器だ。
状況が分からず、セージは光の出所を見ると、そこには、マントに身を包んだ長身の女の人が居た。年の頃は二十半ばほどだろうか。短く切ったボーイッシュな髪型に、整った顔立ちをしてはいるが、目は鋭い。その無駄のない物腰から、女性らしい弱々しさは感じられず、むしろ、力強い印象を受ける。
しかし、誰だろうか? 少なくとも、プラント内では見たことない顔だ。
「……助けてくれたみたいだね。ありがとう」
セージは警戒しながらも、とりあえず礼を言う。彼女にどんな思惑があろうとも、助かったのは事実なのだから。
「ふむ、子供か。ここは危険だぞ。何をしている?」
女の人は不可解そうな顔をして、男のような口調で尋ねて来る。
まぁ、セージは十三歳になったばかりで、更には、認めたくないことだが、背も同年代の平均よりも低い。なので、実年齢よりも幼く見られる。そんな子供が危険な遺跡に居たら、誰だって不審に思うだろう。
「何って。……あなたは、ツクヨミの人間?」
セージは女の人の問いに答えるかどうか迷い、まず、彼女の身元を明らかにしようと、尋ね返す。
少なくとも、女の人の身なりは埃をかぶって汚らしい。ツクヨミの人間には見えなかった。
「……ツクヨミ。プラントの管理組織のことか。違うな。私はプラントの外から来た」
「プラントの外から」
驚き、目を丸くしてしまう。
プラントの外には、汚染された大気に毒の沼が広がっている。特に危険なのは、外の大気のあまりにも強い毒性。その毒性は、ガスマスクだけでは防ぎきれない程だ。
更にはその環境に適応した危険な生き物が、外の世界には闊歩している。
プラントの外は、あまりにも危険過ぎる世界。
少なくともプラントから出た者で、生きて帰ってきた者は本当に少ないし、戻って来ても、すぐに病気で亡くなってしまった。ましてや、プラントの外から人が来たことなんて、セージが生まれてこの方、見たことも聞いたことも無い。
この女の人は本当に、プラントの外から来たのだろうか?
セージは当然の疑問を持つ。
けれど、深く追求するのは止めておく。
変に地雷を踏んで怒らせれば、殺されるのは自分の方だと、理解しているから。
彼は女の人の持つ、剣のような形をした機械をチラリと見る。おそらくあれが、ビーム兵器なのだろう。形状から思うに、剣としても扱えそうだ。
この兵器は、危険過ぎる。
「遺跡の部品でも漁っていて、迷い込んだか?」
どうやら、目の前の女の人はセージの事を、金目的の部品回収屋だと思ったようだ。
機械自体がプラントの住民に嫌われていようと、それがなければ生きていけないのもまた事実。なので、機械の部品を売って、生計を立てている人もいるのだ。
セージだって、自身の生活の為、余った部品や自作の機械などを売っているので、あながち間違いではない。
そう言う人達は危険だからと奥まで踏み込まないが、遺跡に入り込みはするのだ。だから女の人は、機械部品の売却を生業にしている子供が、迷って奥まで入り込んだのだと、勘違いしたのだろう。
セージは少し考えるが、正直に話してみることにした。元々、嘘は好きではないし、プラントの外から来たというのも気になる。
誠意を持って接すれば、向こうだって少しは誠意を見せてはくれるだろう。
「僕は迷って来たんじゃなくて、探し物をしているんだ」
「探し物?」
「うん。正確には物ではなく、情報だけどね。……僕は、この世界を直す装置を作りたいと思っているんだ。だから、その役に立ちそうな技術を探しているんだよ」
セージの言ったことをプラントの大人達が聞いたならば、そんなことできるわけがないだろうと笑い飛ばして来る。しかし、目の前の大人は口端を少し持ち上げ、目を細める。しばらくして、笑みを浮かべているのだと気付いた。けれど、そこに馬鹿にしたような雰囲気は感じ取れなかった。
「……そうか。……お前も、アマテラスが狙いなんだな」
「アマテラス?」
知らない単語に首を傾げる。
「ふむ。そこまでは知らないか」
「お姉さんは、何か知っているの?」
問うと、女の人は鼻を鳴らす。
「お姉さんは止めろ、坊主。弱くなった気がする。私の名はユナだ」
「じゃあ、ユナさんも坊主は止めて。僕の名前はセージって言うんだから」
「ああ、わかった」
ユナはあっさりと頷いてくれる。
「で、ユナさんは何を知っているの? プラントの外から、わざわざこんな遺跡に来たってことは、何か目的があるんでしょ?」
「ああ、そうだな。目的に関しては、セージと一緒だよ」
彼女はニヤリと笑みを浮かべて言った。
「一緒って?」
「世界をどうにかして、人の住まえる地に戻したい。それが私の願いであり、目的だ」
セージは思わず目を見開く。
「……本当に?」
「ああ」
なんの迷いも照れも無く即答するユナに、セージはただただ驚いてしまう。
少なくとも、今まで出会った大人達に、そんなことを言ってくれる人はいなかったのだ。
だからセージは、大人達に絶望していたと言って良かった。けれど、目の前の大人は、同じことを思ってくれている。嬉しいのを通り越し、中々実感が湧いてこない。
「やっぱり、プラントの外から来た人は、考えが違うんだなぁ」
「私も変わり者なだけだ。この世界に住んでいる者達の考えなんて、そうは変わらん」
ユナは苦々しげな顔をする。
昔に、そのことに関して、嫌な思い出でもあったのだろう。
同じ変わり者として扱われるセージには、それがなんとなくだがわかった。
「じゃあ、ユナさんは、アマテラスとか言ってたけど、それは何なの?」
おそらく、アマテラスという物が、ユナの探しているものなのだろうとは思う。
けれど、彼女の言葉が本当ならば、アマテラスという物は、世界を直す為のものなのではないかと、思ったのだ。
「……アマテラスは、この世界の空気を、浄化させる装置だ」
「空気を? そんなことをできるものが、ここにあるの?」
セージは驚いてしまう。
そんな物が本当にあるというのなら、彼の夢は一気に前進することになる。
この汚染された世界で、最も厄介なもの。確かに、汚染された土壌も変種の動物も危険だろう。けれど、一番プラント外の活動を制限しているのは、大気だ。それが浄化できるというのなら、色々な可能性が広がって行く。
「いや。アマテラス自体はここにはない。私は、アマテラスを起動させるものを探しているんだ」
「起動させる物? 起動キーってことかな」
「ああ。残念ながら、どんな形状かもわかっていないのだがな。ただ、昔の情報を読み説くと、この地方の遺跡にあるという記述があった」
「つまり、この遺跡って決まっているわけでもないんだ」
「ああ」
ユナはあっさり頷いたので、セージは眉を寄せる。
「形状もわからなくて、どの遺跡にあるかもわからないなんて、探すにしても、無茶が過ぎるんじゃないかな」
「確かにな。だが、上手く行けば、世界を救うことができるんだ。無茶だと思っても、やってみるだけの価値はある。そうは思わないか?」
ユナは楽しげに、ニヤリと笑った。
「……そうだね。うん。上手く行く可能性が目の前にあるのなら、試さずにはいられない」
できない可能性を考えて動かないなんてのは、セージの嫌いなプラントの大人達の考えだ。
セージだって、世界を治したいと願って行動しているが、未だに何の取っ掛かりも掴めていない。そんな彼に比べれば、ユナの行っていることは、十分に可能性のあることだろう。
「ねぇ、ユナさん。そのアマテラスの起動キーを探すの。僕も手伝っても良いかな?」
セージは頼み出る。
起動キーを探すとして、彼は十分に役立つ自信があった。そして何より、ただ漫然と、情報を探しているよりも、彼にとってアマテラスに関わった方が、遥かに得るものがあるだろうと打算的な考えも浮かんでいた。
ユナは考えるように形の良い眉をなぞる。考える時の彼女の癖なのかもしれない。
「……ふむ。セージは、機械を操るのは得意か?」
「得意だよ。世界を救うには、どうしたって機械の力は必要だからね。だから、ちっちゃな頃から、色々と弄くっているんだ。ツクヨミの専門家に比べれば独学だし劣るのかもしれないけど、それでも、詳しい自信は十分にあるよ」
「……そうか。なら、手伝ってもらおうか。正直な所、私は機械に疎くてな。私だけでは、見落としてしまう情報もあるかもしれないからな」
「うん。任せてよ」
「ああ、頼む」
ユナは頷いて、セージの頭をごしごしと撫でて来る。正直、子供扱いされているような気がしたが、残念ながらセージは子供だ。
セージとユナは、遺跡の奥へと進んで行く。今までが孤独な行程だったので、こうして、誰かと一緒に歩くというだけで心強く感じる。
更に言えば、ユナは強かった。
奥へと進むと、警備ロボが今までの比ではない程立ち塞がったのだが、彼女が、カグツチと呼ぶビーム兵器を振るって、瞬く間に倒していくのだ。
どうやら、カグツチは、ビームを放つだけでなく、接近戦にも秀でているようだ。片刃の剣のような形をしているのだが、刃の部分に、ビームの熱量を発生させることで、対象を焼き切ることも可能にしているらしい。
セージはカグツチを調べさせて欲しいと頼んだが、あっさり断られてしまった。残念だ。
それにしても、ユナの強さは、武器だけではなかった。カグツチを軽々と振るうその技量は、驚嘆に値する。
さすがは、危険なプラントの外を渡って来た人だと思う。
「それにしても、警備ロボが多いね」
セージはキョロキョロと周囲を見回す。
長い年月によって故障し、動かなくなっている警備ロボが、数多く放置されている。動いている物は半数にも満たないだろう。
それでも、遭遇回数は上向いているのだ。これが全部機能していたら、どれだけ厳重な警備だったのだろうか?
「そうだな。だが、良い兆候だ。それだけ守りたい物が、この奥にあるということになるからな」
「うん、そうだね。あるとすれば、研究区域のメインコンピューターか、もしくは、本当に大切な研究物だと思う」
「ああ。メインコンピューターがあれば、そこから情報が得られるかもしれないな」
「壊れてなければ、……だけどね。……僕としては、それこそ、アマテラスは人類の命運を握る研究っぽいし、奥ではその実験をしていたってことだったら良いんだけど」
「そうだな」
ユナは頷いた。
進んで行けば、フロアの様子も変わってくる。今までは、廊下を歩いていれば、壁として使われているガラス越しに、実験室の様子が窺えたのだが、次第に透明な壁は無くなっていく。中を確認するには部屋の中に入らなければならなくなった。
だが、あまりにも部屋の数は多い。
「重要な物は、奥か、あるいは他の部屋より大きな場所にあるものだ。比較的にまず、そういった所を優先して探そう」
ユナの提案に、セージは頷く。
まずは、奥まで行き切ってみることにする。
すると、奥の突当たりには、大きめの扉がある。当然のように鍵はかかっていたが、電子ロックの端末に自分のコンピューターを繋ぐと、自作の解錠プログラムで開ける。
警戒しながらも中を覗いた。
比較的に大きそうな部屋だが、箱に包まれた物が、多く積まれていて見渡せない。
何かの薬品が零れ落ちているのか、スッと鼻を突き抜けるような嫌な臭いがする。長居は危険だと判断し、すぐに扉を閉じた。
「たぶん、この部屋は倉庫なんじゃないかな」
「ふむ。ならば、重要な物も保管されている可能性もあるか?」
「うぅん、どうだろう。どちらかといえば、僕の倉庫の印象は、交換部品とか薬品を保管する場所、……つまり、代替ができる物を置いておく場所だと思うんだよね。ユナさんの探している物は、唯一無二の物だよね?」
「まぁ、どんなものかもわからないから断言できないが、わざわざ違う遺跡に造っているのだ。簡単に量産できるものではないだろう」
「そうだねぇ。……でも、なんで違う遺跡で作ったんだろう?」
今更ながらの疑問を口にする。アマテラスを使う為の物なら、同じアマテラスのある所で造れば良いだろうにと思うのだ。
「おそらく、アマテラスの悪用を防ぐ為だろう」
「悪用?」
「ああ。アマテラスは大気に干渉する装置なんだ。使い方によっては、大気の状況を悪化させることも可能だ」
「大気を悪化させる? そんなことを望むような人がいるのかな?」
今の人々は苦しみ、絶望している。その最たる理由は、大気の穢れだ。それを促進させるようなことを望む人が、果たして本当にいるのだろうか?
「さぁな。だが、昔の人々は、戦争を起こして、今のこのどうしようもない環境を造り上げたんだ。相手を苦しめる為ならば、大気を穢すくらい、屁でもないのだろうさ」
ユナは忌々しそうに顔を顰める。しかし、わからないでもない。そんな連中の性で、こんな世の中になってしまったのだから。
そして、それによって苦しんでいるのは、それを行った過去の人だけではなく、現在に生きる、セージ達もなのだ。
恨まずにはいられない。許すことなんて、どうしてできようか。
「……まぁ、とりあえず、倉庫には無さそうだな」
ユナの結論に同意して、セージらは他の部屋を根気よく探すことにした。
立ち寄った部屋の中にある、まだ動いているコンピューターから情報を引き出しているのだけれど、アマテラスの情報の手掛かりすら見つからない。
休憩を交えながらの探索は、既に日をまたいでいるだろう。何の成果も上がらないので、徒労感が募る。せめてもの救いは、個室に入れば、特に警戒せずに休めるということだ。
「この研究所は、ロボットの研究をしていたみたいだね」
セージは、見つかる情報から考えて、思ったことを告げる。
「ロボットの?」
「うん。どうもこの研究所は、この悪環境の世界でも活動できる存在を創りたかったみたい。だから、手前の研究所では、外の環境に耐えられる変種の動物を創る実験をして、ここら辺では、ロボットを造っていたみたい。たぶん外に出て、浄化活動をさせようとでも考えていたんだよ」
「なるほどな。……アマテラスの情報は?」
「ううん。見つからない」
「……そうか。この遺跡ではないのかもしれないな」
「……うん。でも、この遺跡は広いから、他にも、研究区域があるのかもしれないよ」
「そうだな」
そうして、いくつか部屋を回ると、一つの部屋に出る。
壁面にはいくつものコンピューターとモニターが並び、部屋の中央には、セージの倍近くの高さを持った、円筒状の柱のようなカプセルがある。カプセルからはいくつもの太いコードが伸び、コンピューターに繋がっている。おそらく、このカプセルの中には、何かがあるのだろう。
「なんか、期待できそうだね」
自分の声が上ずるのをセージは感じる。
もし、この部屋に何も無いというのなら、この研究区域は諦めた方が良いだろうと思うくらいに、他の部屋とは違う特殊さがあった。
それは、保存状態の良さだ。保存状態がいいということは、それだけ守ろうとした造りをしているということだ。守るべき何かがある場所ということでもある。
ここはロボットの組み立てというよりも、回路のプログラミングを主とした部屋なのかもしれない。
特に整備用の機械がないので、見回したセージはそう考える。
そして、そういった場所にこそ、アマテラスの起動キーはありそうな気もする。
ユナはコンピューターの下へ向かうが、セージはカプセルが気になったので、そちらに行く。
カプセルには、内部を見る為の覗き窓があるのに気付き、彼は表面の埃を払うと、つま先立ちになって覗く。
中にはロボットが居た。
涙形的な頭に、ライトのような目が付いている。全体像は見えないが、人型のロボットなのかもしれない。
「セージ。アマテラスの情報が出て来た」
立ち上げたモニターを見ていたユナが、声を掛けて来た。
「情報?」
セージは近付いて、同じモニターを覗きこむ。
確かに、アマテラスの単語がある。
彼のコンピューターを繋げ、データ内の情報をかき集める。
すると、一つの塔の姿が映し出される。
「アマテラスだ」
ユナが呟いた。
「アマテラス? ……これが?」
想像していた物とは、全然違う。空気の浄化をする装置だというから、大型の機械を想像していたが、モニターに映し出された物は、大型と言うには、あまりにも大きい。機械というよりも、建物だ。モニター越しなので、実際の大きさはわからないが、ツクヨミの塔よりも大きいのかもしれない。
とりあえず、アマテラスの情報を見て行く。
ナノマシンを大気に散布して、空気中の毒素を分解する。
それが、アマテラスの計画内容。
そして肝心の起動キーは、毒素を浄化するように、ナノマシンの方向性を与える物のようだ。
つまり、起動キーを誤って使えば、ユナの言うように、悪化させることもできるということなのだろう。
「……う~ん」
「どうだ? 起動キーについて、何かわかったか?」
「起動キーの働きまではわかるんだけれど、……どんな物かまでは。……コードネームというか、名称が、ナノの女王っていうことぐらいかな」
「ナノの女王?」
「おそらく、ナノマシンの主ってことなんだけど……」
「ふむ。わざわざ女王って名前にしているってことは、女性に関係があるのか?」
「さぁ? 女性の形をした何かなのか、もしくは、造った人が女性だったとか?」
「後者ならば、何の手掛かりにもならないな」
「はは、そうだね」
セージは苦笑し、他に無いかを探る。
「……んっと、これは?」
コンピューターの中に、プロテクトのかかった情報があった。他にもそういった物はあるけれど、セージの作ったハッキングプログラムで破壊することができていた。しかし、このプロテクトだけは破壊できないでいる。
セージのプログラムは、自作とはいえど、遺跡から発掘されたそれぞれのプログラムを、自分なりに改良したものだ。そこらのプログラムよりも優秀だという自信がある。
けれど、それが通用しない。
なんとか解析しようとするが、防壁の厚さが他の物なんかよりも全く違う。むしろ、防壁の方がこちらのプログラムを破壊しようと攻めかかってくる。
「マジか」
セージはプログラム内にダミーを置き、攻撃してくる防壁プログラムがそれに喰らいついている間に、自身のコンピューターを切り離す。
「どうした?」
何が起こっていたのかわからないユナは不可解そうに尋ねて来る。
「うんと、強固な防壁に包まれた情報を探ろうとしたんだけど、逆にやられそうになっちゃった」
「……そうか。良くわからないが、その情報というのは、引き出せないのだな」
「……うん」
「そうか。だが、この情報。……気になるな」
「……本当にね」
なんとかならないものかと、考える。
これだけ頑丈ということは、それだけ重要な情報が入っているということに他ならないはず。それこそ、アマテラスの起動キーというプログラムが、この情報の中に入っている可能性だって大いにあり得る。
「……ふむ。起動させてみてはどうだ? 情報を覗くことはできなくとも、起動させてみたら、どんな情報かわかるのではないか?」
「……そっか。そっちの方から、試してみるべきだね」
セージは早速、試してみる。けれど、こちらからは起動を受け付けてはくれない。
「コンピューター内に、起動させるシステムがないってことなのかな?」
セージは情報の在り処を探る。すると、これがコンピューター内部の情報でない事に気付く。ならば、どこから来ているのかと考え、振り返る。
「何かわかったのか?」
「えっと、多分、このプログラムは、そのカプセルの中に居る、ロボットの中にある情報。……つまり、人工知能かもしれない」
「人工知能? つまり、アマテラスの情報ではないということか?」
ユナは落胆したような顔をする。でも、セージは首を横に振る。
「ううん。そう考えるのも早計だと思うよ。人工知能って言うことは、ロボット自身に知能と知識が詰め込まれているんだよ。だから……」
ユナはセージの言葉の意味を汲んで、頷いた。
「……そのロボットが、アマテラスの情報を知っている可能性があるということか」
「うん」
「ならば、ロボットは起動できるのか?」
「……多分、そっちのカプセルの方に、起動させる装置があるんだと思う。……でも、起動させた途端、警備ロボみたいに襲ってくる可能性もある」
セージは不安げにカプセルを見やる。
「そうなったら、私が食い止めるまでだ。無力化できれば、情報も聞きだせるだろう」
ユナはそれこそ得意分野だと言わんばかりの笑みを浮かべる。
怖いなぁと思いながら、セージはカプセルに近付いて、起動方法を探してみる。
四角く継ぎ目ができている所に触れると、小さなコンソールが現れた。そして、画面には内部にいるロボットの情報も表示されている。特に破損などはなさそうだ。
セージは覚悟を決めて起動ボタンを押す。
すると、ブゥンという低い起動音と共に、カプセルが縦に割れて、開いて行く。
ロボットの姿が見えて来た。
全体を覆う装甲は白銀に輝き、関節部分は黒いコードに包まれている。覗き窓から見えた涙形的な頭に、華奢そうな人型の体。全体のフォルムが丸みを帯びており、なんとなく、少女のように見える。
そして、カプセルが開き切ると、ライトのような目に、赤い光が点る。
起動した。
セージらは警戒して身構える。見た目からは戦闘用に見えないが、どんなに華奢に見えても、ロボットの膂力は、人を簡単に上回る。
ロボットはゆっくりとした動きで、カプセルの中から出て来る。セージはその姿に、一瞬、警戒も忘れ、感動を覚えてもいた。警備ロボなんかと比べれば、遥かに優れた完成度。動きの一つ一つが洗練されていて、一個の芸術にすら見える。
「朝よ。朝が来たのよ。ああ、眩しい朝日。それはまるで、光り輝く電灯のよう。……でも、なんだかとっても暗く感じるわ」
いきなり、流暢にべらべらと喋り出すロボット。ハイテンションな独り言に、セージは思わず警戒するのも忘れて唖然とする。感動していたのも台無しだ。
「あれれ。誰かいるわ。知らない人に寝顔を見られるのは、とても恥ずかしかったりするの」
「……寝顔って、目が光っているかどうかの違いじゃんか」
とりあえず、このロボットは女性型で間違いないんだなと、音声と話し方で思いながらも、小声で突っ込んでしまう。
「ふぅぅ。……お前に聞きたいことがある」
同じように唖然としていたユナは、大きく息を吐いて調子を取り戻そうとすると、カグツチの刃の部分に熱を発生させて構える。
「聞きたいこと? それはまさしく、聞きたいこと?」
ロボットはおかしな口調を使う。
「……そうだ。お前はアマテラスを知っているか?」
「アマテラス? 天照大神? 昔々の女性の神様。太陽神」
アマテラスって名前の由来はそうなんだと、セージは思う。けれど、ユナの期待している答えでは当然ない。
「違う。大気を浄化させる為の、アマテラスを使った計画だ」
「……アマテラスの塔?」
ロボットは、首を傾げながら言う。セージとユナは顔を見合わせる。
確かに、モニターで見たアマテラスは塔のようだった。つまり、このロボットはアマテラスの計画を知っている。
セージらは光明を得た。
「そう。それだ。アマテラスの計画について、知っていることを全て教えろ」
「全て? う~ん」
表情は正に鉄面皮なので、見た目に変わり映えはしないけれど、ロボットは悩むような素振りをする。
やはり、アマテラスの計画は、機密なのだ。問われたからと言って、簡単には教えてくれないのだろう。
そうなると、ユナの言った通り、無力化してジックリと聞き出す必要がある。果たして、ロボットに脅しが通用するのだろうか?
「まぁ、良いわ」
「え? 良いの?」
セージの心配をよそに、ロボットはあっさり了承した。そして、思い出すように頭を押さえる。
「えっとね。えっとね。……忘れちゃった」
「なっ。……ど、どういうことだ?」
ユナの顔が赤く染まり、声が震えて低くなる。完全に苛立っている。
期待させてから、裏切られたのだ。当然といえよう。
むしろ、からかわれているような気さえする。
けれど、ロボットは頭を抱えてグルグル回す。ロボット自体、何か混乱しているように見える。……かなり能天気な感じではあるけれど。
「あれ? あれれ? なんだか私の中が、空っぽだ」
「空っぽ?」
セージは首を捻る。
「ううん。思い出せない。思い出せない。アマテラス。知っているはずなんだけど、思い出せない。……むしろ、私は誰?」
「誰って、ロボットだろう」
ユナは見た通りのことをを言う。。
「むぅ。わかっているよ。そう、私はロボット。もしくはアンドロイド。もしくは意思ある自動人形。でもでも、それは、あなたを人間と呼んでいるようなもの。けどけど、あなたは人間である前に、一個の人格を持ったあなた。そして私も、一個の人格……ロボ格? ……そう、ロボ格を持った私」
このロボットは、自身の人格……いや、ロボ格か。そういうものを持っているのだ。
その人工知能の形成に、心から感心してしまう。
まるで人間と変わらない。
もちろん、人間とロボットの意思が同じなんてことは無い。
ロボットと人は、同じ痛みや五感を感じない。感情という物は、そういったものの積み重ねから生まれるものだとセージは思う。
あり得ないことではあるけれど、何も感じずに生きて来た人間が、感情豊かな人間になるわけがないのだ。
だから、同じ物を積みかねられない人とロボットが、同じ感情を持つことはできない。
セージは確信してそう思う。
けれど、目の前のロボットが、人に近い感情を持っていると感じるのも事実だ。
根本の感覚は違くとも、この人工知能を造り上げた人間が、できるだけ近いものに成長させたのだろう。
本当に凄いと思う。
「つまりこのロボットは、ユナさんにユナという名前があるように、自分にも名前があると言いたいんだと思う」
「なるほど。そして、それが思い出せないわけか」
「そうそう。私の名前はどこ行ったの? そして、どこにあるの?」
ロボットが聞いて来る。
「そんなもの、知るわけも無いな」
ユナが肩を竦めて、こっちを見て来る。
「……まぁね。……う~ん。でも、忘れているってことは、アマテラスの情報を聞けないね」
「どうにかならないのか?」
ユナは眉を顰めて、ロボットを見る。
「プロテクトが頑丈だから、干渉して修復もできないんだよ。これが、久しぶりの起動によっての一時的な機能不全なら、時間をかければ直ると思うんだけど」
「そうか。それに期待するしかないな。……おい、ロボ子」
ユナが呼びかける。それにしても、なんて身も蓋も無い名前だ。昔の女性の名前には、最後に子を付ける習慣があったようだけど、ユナは、それから取ったのだろう。
「ん? 何々? それが私の名前?」
「まぁ、仮の名前だ」
「そうね。仮名という奴ね。私はロボ子(仮)」
「……良いんだ、それで」
セージは呆れたように、ロボ子(仮)を見る。ロボ子は自分の仮の名前を覚えるように、何度も呟く。
「それでだ、ロボ子」
「ん?」
「しばらく、私と行動を共にしろ」
「うん。わかった」
「え? そんなにあっさり承諾?」
さすがに、こちらは見知らぬ人間だ。もっとごねると思ったのだが、簡単に言うことを聞くので、拍子抜けしてしまう。
けれど、ユナが連れて行くということは、ロボ子とはお別れになってしまうのだろうか?
セージは機械が好きだ。
動いている姿は美しい。
そして、ロボ子はある意味、理想の完成形の一つだと、セージには思えた。
動きの美しさもさることながら、完全でなくとも意思疎通ができる。
なんて、機械好きにとって、素晴らしい存在か。
……まぁ、理解はされないとは思うけど。
「セージ。これで遺跡を出よう。おそらくこれ以上、この辺にはアマテラスの情報は無いだろう」
「え? あ、ああ、そうだね」
どうすれば、ロボ子と一緒に居られるだろうかという考えに耽っていたセージは、ちょっと答えに戸惑ってしまった。
「それと、プラント内に出たら、しばらくの間、お前の所に厄介になっても良いか?」
「僕の家に?」
思わず、セージの声は明るくなるのを自覚する。
ロボ子を見ていたいセージにとって、願っても無い申し出だ。
「ああ。……いや、すまない。我が儘を言い過ぎだったな。お前だけでなく、両親の問題にもなるだろう」
ユナは遠慮し、思い直すように首を横に振る。
「いや、構わないよ。両親は居ないし、それに、えっと、ロボ子にしても、ユナさんだけではキツイでしょ」
セージは逃してなるものかと、ロボ子と一緒に居たいという気持ちを押し隠してそういうと、ユナは苦笑する。
「そうだな。すまない。お前には甘えてばかりだ」
「そんなの構わないよ。同じ志を持った、仲間だからね」
これは、本心から思った。
ロボ子だけでなく、セージはユナとも別れがたく思っていた。自分の夢を、こんなにもしっかりと受け止めてくれた人は初めてだったから。
「はは。だな」
ユナは楽しそうに笑ってくれた。
セージらはとりあえず、ロボ子に自己紹介をした後、来た道を戻っていく。
ロボ子は遺跡をキョロキョロと見回している。
彼女にとってこの地は、遺跡ではなかったはずだ。しかし、目が覚めたら辺りにある物は、廃墟と化していた。
いきなり、未来に放り出されたようなものだろう。
ロボ子は何を思うのだろうか?
人間であれば、孤独か、寂寞か、悲しみを感じる所だろう。
果たして、ロボットである彼女が何を感じているのかは、想像もつかないけれど、それでも、昔の時代から取り残されてしまったロボ子を、セージは少し可哀そうに思った。