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さよならとは言わないで

 地下遺跡から出て、プラントの地上部に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。セージらを照らしているのは、遠くに見えるツクヨミ塔が放つ光だ。

「もう、夜なんだね」

「夜?」

 ロボ子がセージの呟きに過敏に反応して、空を熱心に見上げる。

「どうした?」

 ユナが尋ねる。

「星よ。星を探しているの」

「星? 大気の汚れの性で見えないよ。少なくとも、彼が生まれるずっとずっと前からね。……ロボ子は見たことあるの? 星を」

 尋ねると、ロボ子はブルブルと首を横に振る。

「見たことはない。でも、暗い夜空に輝く星は、とても綺麗で、更には、願いまで叶えてくれるという噂」

「願いを?」

「ふん。どうせ、迷信か何かだろう」

 ユナは鼻で笑う。

 それにセージは、確かにとも思う。

 願って望みが叶うのならば、こんなに世界は、酷い状況にはならなかっただろう。そして、願っただけでは、この世が変わらないからこそ、セージやユナは、変えようと努力しているのだ。

「ねぇ、ロボ子。君の望みは何なんだい?」

 迷信を信じはしなくとも、ロボ子の願いには興味があった。

「私? 私の願いはたくさんたくさんあるけれど、……そうね。まず、一番の願いは人間になること」

「人間に? 何で?」

 思わず聞き返してしまう。

 人間であることを嫌だなんて思ったことは無いけれど、セージがロボ子のような、ある意味完成された存在ならば、わざわざ人間になりたいとも思いはしない。

 けれど、ロボ子は言う。

「私にとって、大切な存在は人間ばかり。でもでも、私は人間と違うから、彼らを本当に理解できないし、同じ時を生きることもできないの。……私は、彼らと同じ存在になりたい」

 人とは違う自分。それはもしかしたら、ロボ子にとって、コンプレックスのようなものなのかもしれない。人の中で生きて来たからこそ、そういう考えが出来上がったのだろう。少なくとも彼女にとって、人間は本当に大切な存在だったのだ。

「……そっか。……ロボ子の大切な人は、どんな人達だったの?」

 尋ねるとロボ子は首を傾げて、頭をカンカンと叩く。

「むぅ、思い出せない。大切な人が居たことは、記憶の残滓に引っ掛かるのだけれど、捕まらない。……あなたは誰?」

 記憶の中に出て来る人に話かけているのだろうか? 彼女は宙に視線を彷徨わせている。

 セージはそれを見て、記憶がないことは、幸運なのか、不幸なのか、悩んでしまう。

 少なくともロボ子は、百年以上眠っていた。つまり彼女にとって大切な人達は、間違いなく亡くなっているのだ。

 この場合、覚えていた方が辛い気もする。けれど、大切な人を思い出せずにいるロボ子の姿は、可哀そうにも見える。

「おい。そこのお前。それって、機械じゃないのか?」

 いきなり声をかけられたので、振り向くと、プラントの大人達が居た。

 セージは自分の迂闊さに小さく舌打ちをする。

 ロボ子の姿を見たら、プラントの大人達が放っておいてはくれないことは、少しでも考えればわかることだった。

 夜だということに、油断していた部分もある。あまり、機械に頼る生活をしたくない大人達は、夜と共に眠りに就く。

 けれどそれは、必ずしも全員ではない。

 ツクヨミの塔の近くは、塔が放つ光によって、周囲はそれなりに明るく照らされている。なので、その周辺に住まう人は、夜でも平気で出歩いたりもするのだ。

 大人達はずかずかと近付いて来て、ロボ子の事を、敵意と怯えの混じった目で、ジロジロと見て来る。

「……お前。ジャンク屋のセージだな」

 小さいプラント内だ。名前までは知らないが、顔は見たことあるという者達が多い中、彼らの中には、セージの素性をわかる者もいるようだ。

 彼らはセージに、忌々しそうな視線を向けて来る。

「坊主。機械がどれだけ危険なものかを知らないのか?」

「そうだぞ。機械が世界をこんな風に、滅茶苦茶にしちまったんだ」

「お前がいつも造っているような、ちょっとした家電製品ならば、俺らも助かっているから許していたが、こんなロボットはさすがに駄目だな」

 大人達は口々に言ってくる。

「……つまり、何が言いたいの?」

 セージは、自分の声が冷え冷えとしていくのを自覚していた。

「あん? そんなの決まっているだろうが。このロボットは危険だ。何をしでかすかわかったもんじゃないからな。破棄をしろって言ってんだよ。わかったな」

 言い聞かせるような口調ではあるが、有無を言わせぬ圧力をかけて来ている。つまり、破棄しなければ、どうなるかわかっているなとでも、脅して来ているのだろう。

 セージは胸の中に湧きあがる怒りを、なんとか押し止める。

 ロボ子が危険な物であるわけがない。

 少なくとも、戦闘用のロボットではないのだから。

 だが、大人たちにそんなことを言っても、聞き入れてくれないのは目に見えている。

 大人達は盲目的にそう信じているから。

 世界がこんな風になったのは、機械の性だと。

 まるで、自分達人間が招いてしまったものだということを、誤魔化すように。

 機械が必ずしも危険なわけではない。危険にしてしまっているのは、人間達の愚かさだ。

 セージは確信を持って、そう思う。

 けれど、彼の意見なんて、このプラント内では、所詮、異端の考え。受け入れてはくれない。

 口を開けば、胸に渦巻く怒りのままに余計なことを言ってしまいそうで、セージは口を噤んでやり過ごそうとする。

 大人達もどうせ、飽きれば立ち去ってくれるだろうと考えて。

 しばらく、説教染みた自分勝手な機械への文句を、セージは聞き流す。

 けれど、口を全く開かないセージに、大人達は呆れたように視線を交わし合うと、今度はロボ子に視線を向ける。

「なぁ。なんだったら、俺らが壊してやるよ」

「ああ。それが良い。機械は危険だからな。子供に壊させるわけにもいかないだろう」

「そうだな」

 口々に交わされる言葉に、セージは驚いて目を見開く。けれど、セージのそんな様子など気にせずに、彼らはロボ子に近付いて行く。

 当のロボ子は、現状をあまり理解していないのか、警戒感なく、大人達を見ているだけだ。

「ふ、ふざけないでよ。ロボ子が、どれだけ素晴らしい物かもわからない癖に」

 セージは大人達を止めようと、慌てて間に割り込む。

「おい、セージ。俺らがちゃんと、機械は危険だって教えてやっただろ?」

「何が危険だって言うのさ。ロボ子は戦闘用じゃないんだ。人を襲ったり、何かを傷付けたりなんかしない」

 セージは必死に言うけれど、やはりというか、大人達は鼻で笑って取り合わない。

「馬鹿だなぁ。そんなの関係ないんだ。機械なんてものは、特に、ああやって人間の真似をして動くような物は、存在するだけで、害悪なんだ」

 なんて偏見だろうか。このプラント内で、今人間が生きていられるのは、機械のおかげなのに。それなのに、この大人達は、機械の存在すら否定する。

 なんて、なんて、人間は恥知らずなのだろうか。

「……僕には、人間の方が、害悪に見えるよ」

 セージは胸の内に湧きでた絶望を、吐露する。

 さすがに大人達もその発言にカチンと来たのか、胸ぐらを掴まれる。

「何が人間の方が害悪だ。ガキが。お前だって、機械の性でどれだけ辛い目に遭っているか、わかっているはずだろうが」

「こんな世の中になったのは機械の性じゃない。そもそもの原因は、そんな風に機械を使ってしまった、人間の性だよ」

「黙れ」

 殴り飛ばされ、セージは呻く。

 頬がジンジンと痛みを訴え、口の中には鉄に似た血の味がする。

「確か、お前の親も似たようなことを言っていたよな。やっぱり、親が親なら子も子だな」

 大人達が、酷く馬鹿にしたように言ってくる。

「……父さんと母さんを、ば、馬鹿にするな」

 セージが、どんなに馬鹿にされようと、正直な所、構わない。そんなものは、いくらでも我慢できる。けれど、父さんと母さんを馬鹿にされることだけは許せなかった。彼にとって、両親は尊敬に値する人達だった。機械を愛し、人を愛し、どんなに蔑まれようとも、プラントの為に命を張った。

 そんな誇りとも言える両親を馬鹿にされて、許せるわけがない。

 セージは腰に差しておいた自作銃に手を伸ばす。その時だった。

「そこまでにしてもらおう」

 ユナが、セージと大人達の間に割り込む。

「なんだ? お前は」

 大人達は、見たことのない相手に、胡散臭げな視線を向ける。

「私はユナ。プラントの外から来たものだ」

「プラントの外だと?」

 滑稽と言って良いほど、ポカンとした顔をしてユナを見る大人達。鳩が豆鉄砲を食らうといった表現がぴったり合いそうだ。もしかしたら、セージもユナに言われた時、同じ顔をしていたのかもしれない。

「わ、わはははは。おい、姉ちゃん。面白いこと言うな」

 大人達は冗談だと思ったらしく笑い出す。

「冗談ではないよ。それに、そこのロボ子は、私が苦労して見つけたものだ。……もし破壊するというのなら、私を倒してからにするんだな」

 殺気にも似たユナの闘気に、笑っていた彼らの顔は、見る見る引き攣っていく。

「おいおい。それがどんなに危険なものか、わかっているのか?」

 大人達は、説得を試みようとする。

「さぁな。お前達が思っているほど、危険な物ではないと思うがな。だが、もし危険なものだとしても、私にとっては、必要な物だ。引く気はない」

 ユナは取り合う気はないという意思を見せる。

 大人達は分が悪いと判断したのか、顔を見合わせると、舌打ちしながらも、足早に立ち去った。

「……大丈夫か、セージ」

 ユナは、大人達が完全に立ち去るのを見送った後、心配するように聞いて来る。

「うん。大丈夫。少し口の中を切っただけで、たいしたことはないよ」

 セージは立ち上がりながら、自分の状態を確認して言った。

「すまないな。本当なら、もっと早く間に入っても良かったのだが、如何せん私は、このプラントに来たばかりのよそ者だ。あまり問題も起こしたくなくてな」

「でも、結局、手を出したじゃない」

「まぁな。だが、手を出さなければお前は、その銃を使っていただろう?」

「……お見通しか」

 セージは苦笑して、自作銃に触れる。もし、怒りに任せてこれを使っていたら、どうなっていただろうか?

 大人達は倒せたかもしれない。けれど、機械の危険性を、見せつける結果になっていただろう。

「……ありがとう、ユナ。止めてくれて」

「はは。お前が言ったことだが、同じ志を持った仲間だからな。……困った時は、お互い様だ」

 ニヤリという笑みを浮かべるユナ。

「はは。うん。ありがとう」

 セージは満面の笑みを浮かべて、再度、ユナの優しさに礼を言った。


 ツクヨミの塔から一時間ほど歩いた所にある、昔使われていたビルの一つに入る。

 雑居ビルといった風貌の六階建ての小さなビル。これがセージの住まいだ。

 プラント内の人口が少ないのと、ニュクスの塔の周辺に住まう者が多いおかげで、このビル丸々を使えている。

 一階は、ジャンク屋としてのスペースになっていて、セージが作った様々な機械や部品が並んでいる。

 二階が自宅で、三階が製作所。それより上の階は倉庫となっている。

 セージはユナとロボ子を二階に招く。

 自宅には、テーブルや棚、ソファーやベッドなどがあり、一人暮らしの住居にしては物が多い方だとも思う。

 けれど、ビルの面積が住まうには広いことと、奥にあるトイレや風呂場以外に間仕切りがないことで、がらんとした印象を受け、余計寒々しい広さを与える。

「ふむ。なんだか、お前の家は寂しい感じがするな」

 ユナは目を細める。

「まぁ、ほとんど、ご飯食べて寝るぐらいのものだからね」

 セージは苦笑して弁明する。

 いつも家に居る時は、ジャンク屋として仕事をしているか、上の階で、製作に没頭しているかのどちらかだ。自宅に居ることの方が少ないのは事実だ。

「さてと。ご飯の準備をしておくから、ユナさんはお風呂にでも入って来なよ」

 セージは冷蔵庫を覗きこみながら言う。

「良いのか?」

 ユナから嬉しそうな声が返ってきた。やはり女性なのだろう。体を綺麗にしたいという欲求はあるようだ。

「うん。石鹸やらタオルは脱衣所にあるから、適当に使ってよ」

「そうか、ありがとう。なんだったら、一緒に入るか?」

「ぶはっ。な、なななな何を言い出すんだよ」

 すっかり動揺してしまう。正直な所、セージは今まで、家族以外の女性とあまり接したことはない。ユナは男っぽい口調なので意識は全くしなかったのだが、さすがにお風呂に誘われれば、意識せざるを得ない。

 勝手に想像してしまうユナの裸に、顔が赤くなるのを止められない。

 それを、彼女が楽しそうに見つめてくる。どうやら、冗談のようだ。

「あはは。何だ、恥ずかしいのか? 難しいお年頃という奴だな。なら、仕方ない。ロボ子。一緒に入るか?」

「入る入る」

 ロボ子は元気良く返事する。

「いや。ロボ子って、防水仕様なのか?」

 セージは心配して尋ねる。

「基本だよ、基本。完全放水」

「……防水ね。間違っているから」

「そうね」

 ロボ子は何故か胸を張って、間違えたのに自慢げに答える。

「……まぁ、お風呂に入って大丈夫なら良いけどさ」

「良し。では、行くぞ。ロボ子」

「アイアイサー」

 何故か敬礼して、ロボ子はユナの後を付いて行く。

 セージはそんな様子に苦笑して、料理を始める。


 プラントの半分を使った農園と、ツクヨミの地下にあるという食料の育成場のおかげで、食料自給率は十分に満たされている。とはいえ、さすがに大量の調味料を作る余裕はなく、調味料は貴重品となってしまう。なので、料理をするとはいっても、ろくな味付けはできない。

 それでも、知人から譲ってもらった、とっておきの味噌を使い、鍋料理の体裁を整える。後はご飯を炊ききれば、問題ないだろう。

 そうこうしていると、ユナがお風呂から戻ってくる。

「ふぅ~。久々にさっぱりした。いやいや、ありがとうな、セージ」

 上機嫌でお礼を言ってくる。

「いえいえ。喜んでくれたなら、こっちも嬉しいよ」

 セージはそう言って、料理をテーブルに持って行こうとする。そして、ここで初めてお風呂から出たユナの姿を見た。

「な、なんて格好してんのさ」

 セージは顔を真っ赤にして叫ぶ。持っていた料理を落とさなかったのは、奇跡だったろう。

 ユナは、大きな布を、胸元から太股までを包み込んでいるだけだったのだ。

「まぁ、あれだ。私の服は洗濯させてもらっているよ」

「いや、でも、……その格好は」

「ふむ。君は丁度、思春期という奴なのだな」

「……いや。まぁ。……というか、恥ずかしく無いんですか?」

「ん? まぁ、セージに見られた所で、所詮、子供だしな」

 男らしいことを言ってくる。というか、先程お風呂に誘って来たのも、冗談だと思っていたが、本気だったのかもしれないと、今更ながらに思う。

 今まで分厚い服とマントに包まれていたのでわからなかったけれど、鍛えられた体はすらりとしているが、出る所が出ていて、意外に女性らしい。というか、元々顔からして、綺麗な人ではあるのだ。

「……見ちゃ駄目だ。……見ちゃ駄目だ」

 ユナに聞こえない程の小声で自分に言い聞かせ、男の子の本能で、目が行きそうになるのを、なんとか堪えようとする。料理をテーブルに並べることに、なるべく意識を持って行こうとするのだが、目が泳いで仕方がない。

「まぁ、安心しろ。パンツは穿いているから」

「パッ。 ゲホッ。ゴホッ」

 思わず咳き込んでしまう。情けない。自分の情けなさに、涙が出てくる。

「ふふ。少し、刺激が強過ぎたか」

 ユナはニヤニヤと、笑みを浮かべて来る。

 むぅ、腹立たしい。

 何か、皮肉でも言ってやろうかとも思ったけれど、良い文句が思い浮かばないので、諦める。むしろ、墓穴を掘りそうだ。

「そういえば、ロボ子は?」

「ん? 湯船に沈んでる」

「何しているのさ」

 予想外の言葉に、セージは呆れてしまう。防水がしっかりしているのなら問題ないのだろうけれど、本当に、何をしているんだか。

「楽しそうにしていたから、放っておいた」

「……そう」

 いったい、何が楽しいのだろうと思う。


 とりあえず、ロボ子を待っていても仕方がないので、二人で食事をする。

 ユナは鍋を絶賛していたので、セージは味噌を使って良かったと思う。

 食事を終えてもロボ子は戻って来ず、少し気になって、覗きに行ってみる。

 お風呂場に行ってみれば、湯船の中に、二つの赤い光が輝いている。ロボ子が居ると知っていなければ、驚いていたことだろう。

「……何をしているんだ? ロボ子」

 尋ねれば、ざぶんと音を立てて、むっくりと起き上がる。セージを確認すると、ロボ子は言う。

「キャア、エッチ、スケッチ、ワンタッチ」

 全くと言って良いほど、心の篭っていない。棒読みも甚だしい。いや、元々、テンション高いわりに感情少ない声ではあったけれど、棒読みと無感情は違うのだなと、思い知らされる。

「……えっと、いきなりどうしたの?」

「ん。女性の入浴中に、お風呂を覗いた男には、そう言うべきだと教わったわ。このドスケベが」

「……まぁ、間違いじゃないんだろうけど、入る前と後で、全く違いの無いロボ子に言われるのは、理不尽にしか感じないよ」

「そうね」

 素直に納得された。

「……で、ロボ子は何をしていたの?」

 尋ねると、ロボ子はばちゃばちゃと、水面を叩く。まるで、真似をしてみろと言わんばかりに。

「ちなみに、僕は潜らないからね」

「むぅ」

 どうやら、正解だったようで、ロボ子は不満を現すような唸り声を上げた。

「……綺麗なのに」

「何が?」

「水面越しに見る、お風呂の電灯の光が、ぐにゃぐにゃと歪んで原則的」

「……それを言うなら幻想的じゃないかな」

「うん、それね。そして、それはまるでまるで、星空のよう」

「……えっと、違うと思うよ、星空。……どんなのか知らないの?」

「映像でしか見たこと無いわ。光が瞬いているの。だからだから、私は星空をいつも想像するの。色んな星空の姿を」

 そんなに星空に種類があるのかは、セージにはわからない。けれど、ロボ子の思いはわかった。

「……ロボ子は本当に、星が見たいんだね」

「うん、見たいわ。そして、夢を叶えるの」

「人間になるっていう奴?」

「そう」

「そんなに、人間になりたいものかな?」

 セージは首を傾げてしまう。

「……ご飯を食べた?」

 ロボ子が突拍子もないことを聞いて来た。

「ご飯? 食べたよ」

「美味しかった?」

「ああ、うん。奮発したからね」

「それが羨ましい。ご飯を食べている時、人は幸せそう。けれど、私達ロボットには、ご飯を食べても、美味しいということがわからない。人に触れても、温もりというものがわからない。私の知らない感覚が、羨ましい」

 ロボ子の言葉に、セージは思う。

 人間にとって、ロボットを真に理解できない存在のように、ロボットにとっても、人間は未知の存在なのかもしれない。

「私は人間が好き。同じ存在として、わかり合いたい。だから、私は人間になりたい」

 ロボ子の願いは、決して叶いはしないだろう。

 ロボットが人間になるなんて話、聞いたこともない。それこそ、星が願いを叶えてくれるなんて、迷信と同じくらいにあり得ない。

 そう思いはするものの、セージはロボ子を否定する気には、なれなかった。

 彼女の願いは純粋で、あり得ないと思っていても、叶って欲しいとも思えるから。

「セージは? セージは、星を見たくないの?」

 ロボ子が尋ねて来る。

「僕?」

 上を向いて見た。

 当然のように、天井が遮って空は見えないが、セージの見たことある空なんてものは決まっている。

 靄のかかったはっきりとしない空と、雨が降る時の真っ黒に染まった空。

 昔の記述を読むと、空を綺麗だと表現する文章を、多く散見する。しかし、今の空を見た所で、綺麗だなんて思えたことは一度も無い。

 記録映像に映る空を思い出す。

 確かに小さな光が空全体に映っていた。セージには綺麗というよりも、違和感しか覚えない。まるで、造られた映像のように、現実味を感じなかったのだ。

 セージの目標は、この世界の穢れを浄化すること。それを果たした時、昔の人が言うように、空を綺麗だと思えることができるのだろうか?

「……うん、見たい。いや、違うな。僕は、そんな空が見えるようにしてみせる」

「ん? セージは魔法使い?」

「はは、違うよ。僕はね。この汚れた世界を、僕が生まれるずっと前、戦争もなかった頃のように、綺麗にしたいんだ。それが、僕の夢であり、目標であり、やるべきことなんだよ」

 セージがそう言うと、ロボ子が顔を覗き込むように近付けて来る。赤い目が、青緑に変わっていることに気付いた。

「本当に? 本当にそれを望むの? 例え、そこにどんな犠牲を払っても。大切な物を失うことになっても、この世界を、直そうとするの?」

「……ロボ子?」

 今までの調子とは全く違うロボ子の様子に、セージはただただ困惑する。

「彼女はそれができなかった。彼女は失うことが怖かった。だから、彼女は失わない方法を取ろうとし、最悪の結果を招いた。でも、あなたは失ってでも、得ようとするの? それともあなたは、そもそも大切だとは思わないの? あなたは……あなたは……セージ」

 いつの間にか、ロボ子の目は、赤く戻っていた。

「うんと、うんと。……私は何をしていたの?」

「いや。良くわからないけど、語ってた」

「星の素晴らしさを?」

「いや。そんな感じじゃなかったよ。それより、彼女って言ってたけど、誰の事?」

「彼女? 私の知る女性は、ユナね」

「……ユナさん?」

 少し考えるが違うだろうと思う。おそらく、先程語っていたのは、ロボ子の過去の記憶。

 彼女は失うのを恐れて、最悪の結果を招いた。

 果たして、その彼女は何を失いそうになり、どんな結果を起こしてしまったのだろう。

 気になりはしても、それを知っていそうなロボ子は、既に忘れてしまっていた。


 お風呂場から戻ると、ユナは、本を読んでいた。正確には、本の形をした情報閲覧端末、ブックリーダーを見ていた。その中には、セージが今まで集めた、本という形を取った情報の数々が詰まっている。

 雑学書から専門書、文学小説から漫画、過去の記憶映像まで入っている。

「ユナは何を見ているの」

 ロボ子は興味を引かれたように、ユナの下へと、トコトコと歩いて行く。

「ん、色々とな。様々な情報がある。戦前の物もな。……そうだ。ロボ子は空を見たかったのだろう? これはどうだ?」

 ユナはブックリーダーの画面を見せる。映像データの中には、青空の映像も入っている。おそらく、それを見せているのだろうと、予想は付いた。

「む、むふぅ。空よ。空だわ。けれど、私が見たいのは、昔の映像ではなく、今の空。残念無念」

「……そうか。まぁ、そうだな。過去の記録など見ても、なんの慰めにもならんし、こんなデータでは、これが空だと言われても、ピンとは来ないな」

 ユナの言葉に、わからないでもないとセージは思う。

 先程も思ったように、生まれた時から見続けたのは、まともに太陽すら見られない、常に靄がかった空だ。後は、雨の降る空しか見たことはなく、昔は青色だったと言われても、本当に青かったのだろうかと疑いもする。こうやって、昔の記録を見ても、素直に信じ切ることができずにいるのだ。

「あ。これは、セージだね」

 ロボ子は他の映像を見て、声を上げる。

 何だろうかと首を傾げて覗き込めば、セージが幼い頃に、両親と取った写真の映像が、映し出されていた。

 彼は懐かしさに目を細める。

「この、君を肩車しているのが、君の父親かな?」

 ユナが優しく穏やかな笑みを浮かべて尋ねて来る。

「うん。そして、その横で笑っているのが、僕の母さんだよ」

「君は一人暮らしだと言うが、ご両親は、何をしているんだい?」

「……亡くなったよ」

 セージの答えに、ユナは申し訳なさそうな顔をする。

「……そうか。悪いことを聞いたな」

 その謝罪に、セージは首を横に振る。

「別に構わないよ。両親の死は、どうしようもない事実だし、既に受け入れていることなんだもの。むしろ、両親の事を思い出すと、悲しい気持ちよりも懐かしい気持ちの方が強いから、こうやって、話を振ってくれた方が有難いぐらいだもん」

 セージはニッコリと笑って答える。

 別に、ユナに気を使っての言葉ではない。

 一人でいると、今を生きることに必死過ぎて、過去を懐かしむ余裕も無いのだ。セージにとって、両親は誇りだからこそ、思い出すことは素直に嬉しいことだった。

「……それなら良いのだが、……セージの両親は、良い親だったのだな」

 ユナは目を細める。

「うん。僕の両親はジャンク屋でね。世界を良くしようとしていたんだ」

「……ふむ。ということは、セージが世界を浄化しようとしているのは、両親の影響か」

 ユナの言葉に、セージは苦笑する。

「まぁ、否定はできないけど、僕の目標は、父さん達ほど立派じゃないよ」

「そうなのか? 違いがあるようには思えないが」

「はは、違うよ。僕は地球の環境を良くしようとしているだけだけど、父さん達は、このプラントの社会自体も良くしようとしていたんだ」

「つまり、ツクヨミの体制を変えようとしたのか?」

「そこまでではないけど、ただ、機械が悪だっていう考え方を変えようとしていたんだ」

「機械は悪?」

 ロボ子が首を傾げる。

 この社会で生きていないロボ子にとっては、馴染みがないのだろう。

「ロボットの反乱」

「え?」

 一瞬、ロボ子の言葉の意味がわからなかった。

「もしかして、ロボットが人間に歯向かったことがあるのか?」

 ユナが眉を顰めて尋ねる。

 もし、ロボ子の言うように、ロボット、つまり、機械の反乱があったのならば、機械が悪だという重要な根拠になってしまう。それこそ、機械が自分の意思で争いを起こしたというのなら、機械が悪いのではなく、扱う人間が悪いのだという、セージの考えを否定されることになる。つまり、今までしていたことの否定でもある。

 セージは、生唾を飲み込んで、ロボ子の返答を待つ。

「無いわ」

「無いのかよ」

 セージは安堵の息を吐く。

「じゃあ、ロボットの反乱って、何のことだよ」

「ん。遥か昔、ロボットが自由意思を持つ以前の事。人は、ロボットが反乱する話を、たくさん空想しているの」

「……確かに」

 セージは今まで見つけた小説や映画の中に、ロボットが反乱する話を、いくつか見つけもしている。セージの見つけたものなんて、全体からすれば、ほんの少しでしかないはずなのにだ。

 そして、プラントの中には、それらの創作物を、かつて、本当にあったことだと主張する者もいるから、達が悪い。

「つまり、機械が悪だという考え方は、昔からあるものだから、変わらないと、言いたいのか? ロボ子」

 ユナは、興味深そうに尋ねる。

「ん。大多数の人類は、自分と違うものを受け入れられない。それは、歴史が消滅しているわ」

「証明ね」

 セージは苦笑しながら、指摘する。やはり、頭脳回路の調子がおかしいのか、単語を偶に間違えるようだ。

「そう。しょうねい。……しょうへい。しょ……証明?」

 まるで、窺うように聞いて来るロボ子。セージは頷いてやると、自信を持ったように、頷き返してくる。子供のようで、その動作は可愛かった。

「そう、歴史は証明。人類は、肌の色が違うだけで差別し、宗教という考え方の違いで戦争するわ。だから、全く違うロボットを、受け入れることはできないの」

「……そうかもな」

 ユナは頷き、ため息を吐く。

 人類に失望しているのだろうか?

 少なくとも、セージは既に失望している。

 個々の人達に良い人がいようと、人は集まると、愚かで悪しき存在となる。

 セージは確信してそう思う。

「あぁ、そうだ。ユナ」

 セージは話題を変えようと、わざと明るい声を出す。

「どうした?」

「うん、あのね。ユナさんはプラントの外から来たんだよね。どうやって、外を歩いて来たの?」

 セージにとって、それは興味の対象だ。このプラントの技術力では、外の大気に耐えるだけの、防護服は作れない。

「……ふむ。まぁ、良いだろう」

 ユナはあっさり頷き、マントの下に隠していたバックから、小さなガスマスクと、小型の通信機械を取り出す。

 ガスマスクの方を見れば、セージらの使っているガスマスクよりも遥かに、劣る作りをしている。

「……えっと、これで、渡って来たの?」

 セージは信じられずに、ユナを見る。

「まぁ、大半は車だが、外はこれだな。……おそらく、私の居たプラントの方が、この大気の穢れについて、詳しかったのだろう。……外の大気で問題なのは、単純な毒性ではないということは、知っているか?」

「……いや。知らない」

 セージは首を横に振る。

「やはり、そうか。確かに外の大気は汚れているが、直接呼吸しない限りは、即座に死に至るようなものではないんだ」

 優奈の言葉に、僕は驚く。

「そんな。じゃあ、何で皆は死んでしまうのさ」

「そこが問題だ。外の大気には、毒性のナノマシンが含まれているんだ。それが、マスクすら通り抜け、人の体を害する」

「……毒性のナノマシンが」

 アマテラス計画はナノマシンを使って、大気を人の住みやすいように、浄化する計画だった。つまり、昔の戦争では、アマテラス計画と正反対の事をしたことがあったということか。

「つまり、もう一つの、……この通信機械みたいな物で、ナノマシンをどうにかしているってことかな?」

「ああ、そうだ。やはりセージは、頭が良いのだな。……それは、周囲のナノマシンの動きを妨害する電波を出すことができる。だから、それを使いながらなら、外で活動することは可能なのさ。まぁ、その阻害範囲は狭いけれどな」

 やはりそうなのかと、セージは思う。プラント内には外とは違うナノマシンが働いているため、影響せずに済んでいたのだろう。

「……ねぇ。ユナが居る間。この機械を調べさせて貰ってもいいかな?」

 セージのお願いに、ユナは眉をなぞって、考えるような仕草をする。

「……まぁ、壊さないのなら、構わないが」

「ありがとう」

 セージは笑顔で礼を言った。


 ユナに母の使っていた布団を貸し、セージは自身のベッドに寝転がる。電気を消せば、外の光はなく真っ暗で、光源と言えば、自作機械の発する僅かな光だけ。

 ロボ子を見れば、休止状態になったのか、瞳の光も消えている。彼女にとっては寝ている状態なのかもしれない。

 ふと思う。

 ロボ子は夢を見るのだろうかと。

 普通であれば機械が夢を見るわけがない。

 けれど、人間の夢は、記憶の整理だという話だ。それにしては、荒唐無稽な夢も見ると思うのだが、その話が本当だとすれば、記憶を溜めるロボ子にしても、同じように夢を見ていてもおかしくないのでは?

 もし、夢を見ているのなら、失っている記憶も整理され、思い出すこともあるかもしれない。

 そんな淡い期待も浮かび上がる。

 しかし、その記憶がロボ子にとって、良い記憶なのだろうかとも思いもする。

 ロボ子は忘れているのではなく、忘れたかったからではないか?

 風呂場で垣間見た、記憶を持ったロボ子の様子に、そんなことを考えてしまう。本来の彼女は苦悩しているのではないかと。

 ロボ子は機械だからこそ、人よりも簡単に、忘れたい記憶を失うことは容易いだろう。

 セージにだって忘れたい記憶はある。

 両親の亡くなった時の事を思い出し、人々の身勝手さに、苦々しい気持ちになるのだ。

 セージの両親は、五年前に亡くなった。八つの時だ。

 両親は、セージなんかよりも人の為に働いていた。

 ジャンク屋なんて、表向き、評価されない職だというのに、ツクヨミの人間にも、信頼されてもいた。

 いつでも忙しそうではあったけれど、いつでも楽しそうで、誰にでも優しかった両親。セージは二人が大好きで、二人のようになりたかった。

 ある日のことだ。プラント内で、大きな事故があった。遺跡から発掘された兵器が暴発し、プラントの浄化装置の一部が故障したのだ。

 徐々に悪化して行くプラント内の環境。

 その事実に人々は、脅えながらも何もすることはなかった。

 来るべき終わりの時が、来ただけだ。

 大人達の誰もが、そんな諦めの気持ちを持っていたのだ。

 そんな中、両親は違った。

 プラントの浄化装置を直そうと、呼びかけたのだ。

 生きる為に必要な事。

 子供でもわかりそうなことだろう。

 それでも、大人達は両親に罵声を浴びせる。

 機械の性で、こんなことになったのだ。機械を直そうとするお前達は、世界を滅ぼそうとしているのだと。

 両親の友人達は、プラント内の悪意を前に、庇うことすらなく、一緒になって批判した。

 少し前まで、仲良く話していたおじさん達が、いきなり、悪意を向けて来たのだ。

 セージは、人間不信になりもする。

 毎日のように、直そうと出掛けに行く両親。プラントの浄化装置の設計図は無く、似たような装置を参考に、手探りながら、進めて行く。

 セージは皆から、罵声を浴びせられるのが怖くて、もうやめようと言ったこともある。けれど、母さんはセージを抱きしめ、父さんは優しく頭を撫でて言うのだ。

「セージ。周りの大人達の言うように、この世は終わりに近付いているのかもしれない。けれど、私は諦めたくない。いや。諦めるわけにはいかないんだ。お前が居るからな」

 その頃のセージには、意味がわからなかった。両親のやっていることで、セージはいじめられていたのだ。両親の性にすら見えてもいた。

 でも、今ならわかる。あの時、プラントの浄化装置を直していなければ、プラントは人の住めない環境になり、セージは今も生きていることはできなかっただろう。

 両親は、セージの未来の為に、無理をしてくれていたのだ。

 浄化装置の壊れた場所は、それだけ、穢れた場所でもある。段々と二人の体調は悪くなっていくのは目に見えてわかっていた。そして、ついに直し終えた時、二人の気力も尽きたのだろう。一気に悪化した病状は留まることはなかった。

「ごめんね、セージ。一緒に居てあげることはできないみたい」

 母さんがそう言って、セージの頬を弱々しく撫でてくれた。もう、手を上げるのだって辛いはずだったのに。

「……そんなこと言わないでよ、母さん。ずっと、一緒にいてよ」

 セージは涙を流して訴えたけど、母さんは困った顔をするだけだった。

 ひたすら泣きじゃくるセージに、父さんが辛そうに手を伸ばし、セージの手を握ってくる。

「父さん達は、いつも一緒に居るよ」

「本当に?」

「ええ。見守っているわ。昔の人は言ったの。亡くなった人は、空に行って、お星様になるんだって。だから、私達もお星様になって、見守っている」

 母さんは、セージに言い聞かせて来る。

「……でも、空は汚れてて、星なんて見えないよ」

「……そうだな。それでも、父さん達は頑張って、空気の汚れを見通して、セージだけを見ているから」

 父さんはそう言うと、すっかり衰えてしまった顔に、笑みを浮かべる。

 二人は本当に無理をしているのだと、一目見てわかるほどの、ぎこちない笑みだった。

 だからセージは、そんな二人にこれ以上、心配を掛けたくなくて、首を振る。

「いいよ。父さん達は頑張らなくて。……僕が、二人を見つけるから。空を綺麗にして、いつでも星を、見上げられるようにして見せるから」

「はは……ゴホっ。ゲホっ。そいつは大きな夢だ。だが、期待しているよ」

 辛そうではあっても、両親は笑みを保ったままだった。

 別れが近いのだと悟ってしまう。

「だから、父さん。母さん。これは別れじゃなくて、また逢おう、……なんだよ」

 セージは心配かけたくないあまり、強がりを言う。

「……ああ、そうだな」

 力無く、父さんは呟いた。

 そして、冷たく力のない両親の手の感触を、今でもまざまざと思い出してしまう。

 セージはやるせなさと、苛立ちを持って、ベッドを殴りつける。あの頃の、自信の無力さが嫌だった。

 しかし、力のない細腕で殴ったベッドは、もふんいう情けない音が出るだけだ。

 あの頃から少しばかり大きくなったからといって、セージは少しでも強くなれたのだろうか?

 そんな不安に襲われもする。

「……ふあ。ん? どうした? セージ」

 ユナが布団から身を起こし、尋ねて来る。

「……ごめん。起こしちゃったね」

 セージは零れ落ちそうになっていた涙を拭いながら謝る。

「泣いていたのか?」

「泣いてないよ」

 セージは否定するが、ユナは布団から這い出て、こちらに近付いてくる。

「泣いていただろう。何かあったのか?」

 ユナは、セージの頬に触れ、再度、尋ねて来る。セージの強がりなんて、お見通しのようだ。

「……むぅ。……両親が亡くなった時のことを思い出していただけだよ」

 視線を合わせることができず、ついそっぽを向いて、ぶっきら棒に言ってしまう。

「……そうか。私が両親について、聞いてしまった性だな」

「違うよ。僕にとって、両親は忘れたくない存在なんだ。だから、変に触れられない方が嫌なくらいなんだ。……でも、やっぱ、亡くなった時には、色々あってね。……感情の整理が上手く行かないね」

 セージは、なんとかいつも通りの様子を取り戻そうと、無理に笑顔を作ろうとするが、それができる前に、ユナに抱きしめられる。

「ふえ?」

「全く。お前は大人のように振舞うけれど、やはり子供なんだよ」

「……そ、そんなのわかっているよ」

「それなら、少しは子供らしく甘えろ。母親の代わりと言うには、物足りないかもしれないがな」

 ユナはそう言ってセージの横に寝転がり、優しく頭を撫でてくれた。

 セージは目を閉じ、ユナのやりたいように任せることにした。そして、そうしていると、本当に母さんが居た頃のことを思い出して、涙が自然と、ポロポロと零れていく。

 ユナと母さんが似ているとは思わないけれど、やはり、大人の女性としての安心感を与えてくれるのかもしれない。

 ぽっかりと開いた心に、何かが埋まっていくのを感じる。

 ……そういえば、僕にも星を見る理由があったなと、セージは思い出しながら、いつの間にか眠りに入っていた。


 次の日より、ユナやロボ子と協力して、遺跡に潜り、アマテラスの情報を探る。

 ロボ子は遺跡の防衛システムに引っかからないのか、ずかずかと進んで行く。

「ぬっははははは。我が覇道。ここにあり」

「いや。意味わかんないし」

 特別、攻撃を受けることもなく、警備ロボを止めて来たロボ子が、変な勝ち誇り方をするので、突っ込んでおく。時々、ロボ子の言動がおかしいのは、故障しているからだと思っていたが、元々が、こんな性格だったのかもしれない。

 そんなことを思いながら進んでいると、今度は変種の獣が襲ってくる。繁殖でもしていたのか、何体も集まり、群れをなしていた。

 セージならば、いつもであればすぐさま逃げ出すのだが、ユナは獣に気付くと、あっと言う間に斬り込んで行く。

 獣をあっと言う間に殲滅して行く。

「本当に凄いねぇ、ユナは。僕も剣術の練習でもしようかな」

 セージは鉈を剣に見立て、見よう見真似で振ってみる。

「ふむ。まず、基本が重要だな」

 素振りを見たユナがそんなことを行って来る。

「いや。基本なんて知らないから、そんな指摘をされても。……やっぱり、ユナさんも誰かに教わったの?」

「ああ。私の祖父が剣術を教えていたんだ。幼い頃から、叩きこまれていたよ」

「へぇ。僕が機械を小さい頃から教わっていたのと一緒だね」

「小さい頃? 今も小さいだろう」

 ユナが悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「むぅ。失礼な。第二次性徴期だからね。これからぐんぐん伸びるさ。……きっと」

 ついつい、言い聞かせるようになってしまう。第二次性徴でも、セージの成長は未だ止まりがちで、本当に伸びるのだろうか。ちなみに目標は百八十センチ。差し当たっては、早く百四十半ばになりたいものだ。

「まぁ、でも、ユナさんのように強くなるには、幼い頃から習う必要があるんだね」

 思うように振れない鉈に、難しさを知る。

「まぁ、継続は力なりというからな。早ければ早いほど良いだろう。だが、今からでも、決して遅くは無いと思うぞ。なんだったら、私が教えてやろうか?」

「良いの?」

「ああ。プラントを出なければ、祖父の後を継ぎ、剣術を教える立場になっていたからな。弟子を取ることは、やぶさかではないし、セージには、色々と世話にもなっている。少しは恩返しをしなければな」

「恩返しなんて良いよ。ユナさん達と居られて僕は嬉しいし」

「はは。可愛いことを言ってくれる」

 ユナはセージの頭をごしごしと撫でて来る。子供扱いされているようにも思うが、こうやって、誰かに接して貰えるのは嬉しくもあった。

「ユナ。ユナ」

 ロボ子がユナに呼びかける。

「どうした? ロボ子」

「私にも剣術を教えて」

「ん? お前も興味があるのか」

「あるわ」

 何故か、ファイティングポーズを取るロボ子。それだけやる気があると表現しているのだろうか?

「そうか。良いだろう。お前にも教えてやる」

 ユナが快く了解すると、ロボ子は両腕を上げて喜んだ。

「わぁい。これからは侍の時代の、幕開けね」

「サムライ?」

 聞いたことない単語に、セージは首を傾げる。

「何でも、昔の剣術使いを、そう言ったらしい」

 剣術使いだからなのか、ユナが答える。

「へぇ。そうなんだ」

「ござるござる」

 セージは感心していると、ロボ子はまたも、良くわからない言葉を言って頷いている。

「ござる?」

 セージはユナを見るが、彼女も肩を竦めているので、わからないようだ。ロボ子を見ると、得意気に親指を立てた両拳を突き出して来る。

「侍は語尾に、ござると言ったのでござるよ」

「へぇ」

 ロボ子は言動からは想像し難いが、知識面に関しては相当高いようだ。色々間違っていることもあるので、素直に信じて良いのか、迷いもするが。

 ユナは何事か考え込み、ポツリと、小さな声で呟く。

「……ふむ。……そうで、……ござるか」

「言った」

「いや。まぁ、現代の侍としては、言っとくべきかと。……気にするな」

 恥ずかしそうにそっぽを向くユナが妙に可愛らしく、セージは思わず笑ってしまう。


 こんな形で、セージらは遺跡に潜っていた。

 一ヶ月程調べ回ったけれど、残念ながら、アマテラスの新たな発見はなかった。ロボ子に関しても、記憶を取り戻すことなく、前の風呂場であったような、少しの発露もない。

 もう、このプラントには、情報が無いのかもしれないとも思う。

 けれど、今まで一人で居たセージにとって、ユナが居て、ロボ子が居る。この毎日が楽しくて仕方が無かった。そして、こんな日々が続くんじゃないかとすら感じていた。

 だから、ジャンク屋の仕事から戻り部屋に入ると、ユナが旅支度をしているのを見て、セージは胸を突かれたような気分になる。

「やぁ、セージ。お帰り」

「……ああ、うん。……ユナさんは、……もしかして、プラントを出て行くの?」

「ああ。もう、……そろそろな。残念ながら、この遺跡では、アマテラスの情報は得られなかったから、他の遺跡も探しに行かないと」

「……そっか」

 行かないで欲しい。セージはそう思うけれど、そう言うわけにはいかない。

 ユナの目的は、世界の清浄化。それはセージの夢でもある。だから、自身の我が儘で、それを停滞させるわけにはいかないと思うのだ。

 でも、やはり、寂しさはどうしても留まらない。

 自分の心の弱さが嫌になる。今まで、一人で居ることは当たり前で、全然平気なことだったのに、この、一ヶ月近くの生活が、掛け替えのないものになっていたのだ。

 セージは、ユナと一緒に居る方法を思い至り、周囲を見る。

 そこは見慣れたセージの家。

 目を瞑ったって、どこに何があるかはだいたいわかる。両親の思い出が、今までの人生が詰まった家。何よりも大切な場所。

 セージは悩み、そして、結論を出す。

「……ねぇ、ユナさん。……僕を、一緒に連れて行ってくれないかな?」

 身を切るような決断だ。ユナに付いて行くということは、この家を捨てることでもあるのだから。

 それでも、ユナと一緒に、行きたい。

 セージにしたところで、ここに留まっていては、夢を叶うこともできないとも思えるから。

 ユナは、セージの顔をジッと見る。そして、悲しそうに首を横に振った。

「……悪いが、それはできない」

「何故さ。毒性のナノマシンの心配をしているのなら、ユナが持っている物と同じ物を、既に作っているんだ。外に出る分には、問題は無いはずだよ」

 将来的に、セージはプラントの外を出ることを考慮していたので、ユナの機械を参考にして、同じ効果を発揮する装置は、既に作ってある。

「お前がそう言うのなら、そうなのだろう。私はお前の力を信頼はしている」

「なら、何で駄目なのさ」

「……セージが子供だからだよ。プラントの外は厳しい環境だ。それは毒の大気だけではなく、色々な面でな。物理的な危険ならば、私が対処することはできるだろう。……だが、環境は別だ。成育しきっていないお前では、どれだけの悪影響を受けるかわからない。……だから、駄目だ」

「……ふざけないでよ」

 ユナの言葉に、腹が立った。

 セージの事を子供扱いしていたのは知っていたし、実際に子供だから、それを甘んじて受けていたが、それとこれとは話が違う。譲れるものではない。

 確かに、セージの体は出来上がってはいないから、プラントの外の悪影響を、大人よりも受けてしまうだろう。それこそ、今は大丈夫だったとしても、成長不全にだってなるかもしれない。だが、だからといって、止められたくなどはない。

 プラントの外は危険だ。

 しかし、リスクの大きさに違いはあろうとも、大人と子供、どちらにとっても危険であることに変わりはない。

 セージが子供であることは仕方ないことだ。セージだって、好きで子供な訳じゃない。早く大人になりたいと、どれだけ願ったところで、大人になることはできない。

 だが、危険であろうと、命を賭して、何かを成し遂げたいという決意は、何も遜色はないのだ。

 確かに、ユナと一緒に居たいという思いからの申し出ではあったが、危険に関しての覚悟は、既にできている。

「危険だからと言って止めていたら、できないからと言って、何もしない連中と何も変わらないじゃないか。僕は危険だって構わない。守って貰おうなんて、思ってもいない。だから、子供だからと言って、僕を止めないでよ。そんなの、僕に対する侮辱だ」

 セージは怒鳴りつけるけれど、ユナは苦笑するだけだった。

「……侮辱か。……確かに、そう思えてしまうのかもしれないな。……だが、大人は子供を守るものだ。私は、お前のような未来ある子供には、いつまでも生きて欲しいと思う。だからこそ、この世界をなんとかしたいと考えているんだ。……例え、セージが侮辱だと怒ったところで、私は意見を変える気はない。お前が本当に世界を治したいと思うのならば、大人になってからすれば良いことだ。私と共に居たいからという理由で、それを、先送りにすることはないんだ。子供の内に、しっかりと準備していれば良い。……まぁ、その時までに、私がなんとかして見せるけれどな」

 笑いかけて来るユナの言葉は、確かに正論なのかもしれない。けれど、だからと言って、正論だけでは納得できるものではない。それが感情だ。

 セージは今、ユナと一緒に世界を治しに行きたいのだ。未来の話をしているんじゃない。

 けれど、セージの感情任せの思いは、やはり幼稚なのかもしれない。

 セージの説得しようと続けた言葉は、ユナには届かず、どこまでも平行線を辿った。

 腹が立ったセージは、部屋を飛び出し、研究所で眠る。

 明日こそちゃんと説得する。その為にはどう言えば良いかを考えながら。

 ……しかし次の日、部屋に戻ったらユナの姿はなかった。

「ユナは、出て行ったわ」

 ポツンとソファーに座っていたロボ子が、見回しているセージを見て言った。

「……そっか」

 セージは、胸にぽっかりと穴が開いたような気がした。

 昨日、諦めずに訴え続ければ良かった。

 例え説得できなくとも、ずっと後を付いて行けば良かった。

 そんな後悔が、セージの中に渦巻く。

「……ロボ子は、付いて行かなかったんだね」

「ユナは私に、セージを頼むと言って、出て行ったわ。それに、今の私の主人は、セージだもの」

「……そうなんだ」

 ユナは、セージが寂しくないようにと配慮してくれたのだろう。ロボ子には、アマテラスの情報があるかもしれないのに。

 彼女の優しさが辛かった。昨日の言い争いは最後、喧嘩別れのようにもなっていた。なのに、気に掛けてくれている。ユナはどこまでも大人で、自分がどこまでも子供だと、思い知らされる。

「ユナさんは出て行く時、どんな様子だった?」

 ロボ子に尋ねる。すると、ロボ子は思い出すように宙を見る。

「……強がっていたけれど、とても寂しそうだったわ」

「……それなら、……僕も連れて行ってくれれば良かったんだ」

 ユナもセージと居ることで、孤独を紛らわせていたのだ。それなのに、セージの身を気遣って、本当の気持ちを押し殺す。

 自分の思うことを素直に表現できないのが大人ならば、大人はなんて可哀そうなのだろうと思う。


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