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第一話 祈りの剣(終)

 ルーサー・エストレは流石の役者だった。

 流石と言える人物ではあったが、それでもやはり素人だった。


 闘技場に入ったルーサーの足取りが、覚束ない事にロングは気付いていた。

 初めて観衆の前に立つのであれば、それは当然の事だった。


 緊張は、身体の動きを阻害し、感覚を鈍らせる。

 ひいては怪我や事故の原因となるだろう。


 で、あるならば。そう、ロングは考えた。


「プギャッハァ!」


 奇声を上げて先制攻撃。

 後は、やたら滅多にぶちのめす。


 鎧を装着している事を加味すれば、素手の打撃や投げ技でルーサーが怪我を負う事はない。

 いかにも派手にやって見せて、ルーサーが調子を上げる時間を稼ぐ。


 吠えて暴れて、殴って蹴って。そして派手に投げつけてやって。

 実況解説も上手く観客を煽ってくれた。


 きれいに磨かれたルーサーの鎧が、土埃で良い具合に汚れきった頃。

 観客たちも十分に温まり。

 立ち上がったルーサーも、当初の緊張は解けていた。


 頃合いであった。


「お見事です。それでは仕上げ、上手くお願いしますね」


 一時ロングは気配を潜める。

 皆の注意がルーサーに向いている隙に、さり気なく地面に転がる剣を回収する。

 ルーサーの剣だった。


 これを拾って構えをとる。

 「祈りの構え」だ。


「おおっとぉ! これは、掟破りの逆『祈りの構え』! これはいったいどういう事だぁ!?」


 司祭の声が闘技場に響き渡った。


 ルーサーの目が驚愕に見開かれる。

 そして、僅かな間に理解に変わる。


(やっぱり、分かっている人が相手だとやりやすい)


 仮面の下でロングは満面の笑みを浮かべる。

 毎回こうなら良いのにな、と小さく愚痴っていた。


 『分かっている』とは言えルーサー・エストレはあくまで素人だった。

 剣技一つとっても、基本の型は完璧であっても、実際の戦いとなれば、それは容易く通らない。


 実戦は、型の通りに行くはずもなく。

 型とは、あくまでそれが出来る事が前提の技術である。


 だが、美しい型というものにも意味がある。

 つまりそれは、型の通りの動きをすれば、美しく勝利を演出出来るという事だった。


 スパダ派の技を、ロングは一通り確認し、結論した。


「ゆきますよ。『無刀取り』」


 二人にだけ聞こえる声色で、ロングは告げて走り出す。

 小さくルーサーが頷くのが見えた。


 剣技の型には無刀の技がある。

 それは、剣を失った時の想定であり、相手に剣を取らせないための稽古であり。

 そして何より、派手で格好いい型であるから採用される。


 『祈りの構え』そのままに、ロングは走り、剣を突き出す。

 吸い寄せられるように、ルーサーの掌が、剣の柄へと伸びていく。


 その瞬間を見た一人の観客はこう言った。


「まるで舞を見ているようだった」


 過たず、突き出された剣をルーサーは柄を取ると、そのまま逆らう事なく一回転。

 ひゅおん、と華麗な音を立てた時、剣はルーサーの手の中に。

 そのまま、有るべき所に収まるように『祈りの構え』をとる。


 ロングはよろめき、二歩、三歩と下がる。


「……しゃぁ!」


 気合一閃。

 繰り出された渾身の一撃は、見事決闘神判官の頭を捉えた。


 ロングは、宙を舞うように反転しながら倒れ込む。

 ばさばさと音を立てて、獣毛の鬣が舞い散る。

 真っ白な逆三角形の仮面が乾いた音を立てて砕けて散った。


「勝者! ルーサー・エストレ!!」


 神官長の声が高らかに鳴り響いていた。



   *  *



 後にルーサー・エストレが語るには。


「あの決闘神判において、神は我が父を下された」


 なぜなら、ルーサーを敗北せしめる瞬間は何度とあり。

 その尽くを、咎めるように、鼓舞するように、致命的ではない攻撃を加えてきたから。

 試合中、言葉によらず多くの教えを授けてくれたこと。


「そして何より聞いたのです。ええ、この耳ではなく。この心に響く声を。あれはまさしく父の声でした」


「――『無刀取り』を見せよ。と」


 それでは、勝敗の決まりきった茶番ではないか。

 そんな声は黙殺された。


 決闘神判は神聖にして侵されざるものであるので、賭けの対象にはならない。

 なので、得したものも損したものもいないので、あまり深く詮索されなかった、というのもある。


 まあとにかく、それは概ね美談として受け入れられ、ルーサー・エストレの名を高める事になった。

 ルーサー本人もまた、得られた知名度に驕る事なく、古習を読み解き昨今の事情に合わせた新たな礼法を提案するなど、活躍の場は今も広がっているという。


「その活躍の成果がこれですわ。よぉくお似合いですわよ、旦那さま」

「はあ、それは嬉しいですがねぇ……」


 これはなんだか、首を吊られているようで落ち着かない。そんな言葉をロングは押し止めた。

 ロングの首には、細長い飾り布が垂れている。

 先程、使用人たちに捕まって半ば強制的に首に巻かれたものだった。


「刺繍した家紋を、さり気なく上着の間から覗かせるのがよろしいようで」


 ロングに飾り布を巻き付けた召使いも満足そうに頷いた。。


「さり気なく、しかして目を引くように。なんと奥ゆかしいのでしょうねぇ」

「これも、旦那様のおかげで思いついたとの事で」

「おやおや。それはなんて素晴らしい」


 女中たちもあくまで、どこまでもかしましい。


「本当に旦那さまのお顔に、当家の家紋がよく映えて。まるで誂えたかのようですわね」


 実際、誂えたのだからそうだろう。とはロングは決して口にはしない。

 心の中で思っているだけだ。

 終わらない嵐はない。

 流行り廃りはすぐ終わる。


 満面の笑みで、次々と飾り布を締めては外すを繰り返す幼い婚約者に、ロングは神に祈りを捧げる。


 この笑顔が続きますように。

 あと、布で首を締め上げられる前に、彼女の興味が別に向きますように、と。


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