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トラス着いた

「ん…」


窓から差す光で、カルテは目を覚ます。


「ふぁ…ん…」


寝具にくるまったまま、眩しそうに目を細めながら、ゴシゴシと目元を擦り、


「…ッ!?」


勢いよく飛び起き、急いで周囲を見渡す。

しかし目の前に広がるのは、見覚えのある小屋だった。自身が泊まることになった小屋だ。


「あれ…?夢…?」


それにしてはリアルな夢だったと思いかけたカルテだったが、


「っ、痛っ」


ピリリとした痛みが走り、首を触る。指についたのは乾いた血の跡だった。

あの時刃物を突きつけられた時に出来た傷だろう。


「夢じゃ、なかったんだ…」


よくよく自分の姿を見ると、ところどころに草や土などの汚れがついており、あの後自分が倒れたという事実を示していた。


「でも、なんで…?どうして助かったの…?そもそもどうして襲われたの…?あの男は父さんの事を確認したけど、一体何が…」


身の回りを確認すると、金貨が少なくなっている事と小さな切り傷が増えた事以外は何もおかしい所は無かった。


「ただの泥棒があんなことする…?金を持っているとしても、わざわざ私を襲って、気絶させようとするだろうか?」


と、部屋を見回すと何か落ちていることに気づいた。


「これは…?」


そこに落ちていたのは、羊皮紙に複雑な模様の印が押されたものだった。



フード付きローブを被り、カルテが外に出ると、既に御者は出発の準備をしていた。


「おや、おはようございます。昨日は良く眠れましたか?」


「あ…はい…」


「?どうされましたか?」


「いえ、なんでもないです」


(御者さんは何も知らない…?一体何が起こったっていうの?)


「実はオードさんももうそこにいらっしゃるんですよ」


御者が指をさした方向を見ると、


「う"ぅ"~い…」


馬車のタラップに座り、大きくドアにもたれかかりながら、相乗りの男が半目で唸っていた。右手には酒瓶らしきものを持っている。


「ゲフ…」


「じつはオードさん、今日寝ずにお酒を飲んでたらしいですよ…」


「えっ」


オードに聞かれないよう、こそこそ話す御者にカルテは驚く。


出発時に軽く言葉を交わしただけだったが、昨夜襲ってきた男とは声から体格まで似つかない。

この男じゃないとしたら、一体この男は何のために昨日寝てなかったんだ?


「馬車が酒臭いときはおっしゃって下さいね、口にハーブを突っ込んで上げますから。また吊り上げられるかもしれませんが」


「ふふ、ありがとうございます。でも大丈夫です」


「ンガゴッ」


「おっ、いびきでご返事されたようだ。じゃ大丈夫ですな」


「あはは」


(まさかね…)


半目を向いたままだらしなくよだれを垂らすオードをよそに、カルテは林の方に入る。

黙って人気のない方へ向かう女性に、何をするつもりなのか聞くほど御者は無粋では無かった。


本当は恐ろしかったが、カルテにはどうしても確かめないといけないことがあった。再び一人きりになり、襲われるリスクなど考える余裕もなかった。

昨日、用を足した辺りに歩いていく。目当ての場所まで着くと、辺りを見回した。すると、


「あ…」


正面の草むらに、短剣が落ちていた。拾い上げるとわずかに血の跡がついている。


「間違いない…」


カルテはそれを布に包み、懐にしまいこんだ。これは昨日あったことが嘘ではない、何よりの証だった。きっと男はこの短剣を使って、カルテを脅したのだろう。

ではなぜこんな証拠品を捨てて、男は去ったのか?他に何か怪しい痕跡はないか周囲を見回すと、土の山が不自然に、こんもり積まれている場所があった。


「これは…?」


近づいてみると、やはり土饅頭が盛られていた。半径1メートル程だろうか。つい最近掘られたものらしく、まだ表面が軽く湿っていた。

そして、その周りには血痕が飛び散っていた。


「…!」


血痕に気づいたカルテは息をのんで後ずさる。この盛り土に何が埋められているかは明白だった。慌てて後ろを向いて走り去る。


だがしかし疑念があった。あの男がもしカルテ自身を連れ去る目的でカルテを襲ったのだとしたら、そしてあそこに埋められている死体があの男だったとしたら、

一体誰が、そんな事をしてくれたのだろうか?



カルテは馬車に揺られている。だんだんと、見覚えのある景色が増えてきた。

懐かしい様な、ノスタルジックな気持ちになる。が、


「ガゴー…グゴゴゴガガガガ…」


向かいに座るオードは未だに大いびきをかいて寝ている。


「ンギギギギ」


歯ぎしりもしながらよだれを垂らしていた。足を大きく広げてだらしなく寝ている男が、とても自分を助けた男だとは信じられなかった。


「…」


カルテは顔をよく見る。人覚えは良いほうだが、この男は見覚えがなかった。一度あったら忘れないような、絶妙に不細工な顔をしている。まして手違いがあったとは言え、御者の胸ぐらを掴み上げる様な男だ。見ず知らずの自分を助けるなんて、そんなことするはずが無い。


道の途中で石でも轢いたのだろうか、馬車が大きく揺れる。


「わっ」


「んごガッ」


揺れにカルテは声を上げ、またオードは壁に頭をぶつけた。

オードは寝ぼけ眼で頭をガシガシと掻きながら、眠そうな声を上げた。


「んが…もうついたのか?」


「いえ、まだですよ。石に乗り上げて揺れたみたいです」


カルテが応答すると、オードはしまった。という顔をした。とぼけたような表情が一気に不機嫌になった。


「あ、そう」


そして今まで通り、しかめ顔で窓の外を眺め始めた。


「…」


「…」


そして馬車内に沈黙が訪れる。

だがしかし、カルテには聞きたいことが会った。


「…あの、」


「…」


「昨日、何をなさってたんですか?」


一瞬、オードの目元ががピクリと動いた。


「ずっと起きてらしたんですよね?昨日もしかして、どこかに出ていたんじゃないですか?」


「…知らん、お前に話す話じゃない」


ぶっきらぼうに答えられる。しかしその声はわずかに上ずっていたのを、カルテは見逃さなかった。

恐る恐る、懐から羊皮紙を取り出す。


「これに、見覚えはありませんか?」


それは、起きた時に部屋に起きていた印付きの羊皮紙だった。


「!?」


それを目にした途端オードの目が一気に見開く。もたれ掛かった体を一気に起こし、口を大きく開いていた。


「んで…そ…ん……が……」


何かを口走ろうとしたが唐突にその喋りにブレーキがかかり、出るはずだった言葉の端だけが漏れ出す。

そして一回歯を噛みしめると、


「…知らん」


「えっ?」


オードは腕を組んで目を閉じた。

その姿を見てカルテは衝撃を受けた。そこまで来てその言葉でごまかすつもりか?


「はぁ!?そんな反応しておいて知らないは無いんじゃないですか!?おかしくないですか!?」


「…チッ」


沈黙を貫こうとするオードにカルテが畳み掛ける。声をかけられる度、オードの顔が益々不機嫌になっていった。


「嘘です!絶対に嘘!何でそんな事言うんですか。昨日の事も知ってたんじゃないですか―――――」


「知らねえっつってんだろ!黙れクソガキが!殺すぞ!!」


「ひっ」


耐えかねたというふうに吼えたオードの大声が馬車をビリビリ震わせる。

外まで響いたのか、馬車が止まり、ドタドタとタラップを登る音が聞こえた。


「お客様方、どうされましたか!?」


カルテがオードに乱暴されると思ったのだろうか、慌てたように業者が馬車のドアを開けたが、既にオードはしかめっつらをして、景色の外を見ていた。


「なんでもねえよ」


「いえ、しかしああ大きな声を出されますと…」


「大丈夫です御者さん、私が悪かったんです」


「ですか…」


「そこの女が良いって言ってるから良いじゃねえか。さっさとしろ。もしモタモタしてて四日かかりますなんて言ったら逆に金をもらうからな」


オードはちょいちょいと手を払う。カルテも頭を下げた。


「心配させてすいません。大丈夫ですから戻ってください、御者さん」


「は、はい、それでは…」


御者は言われるがままドアを閉じ、そして馬車は再び走り始めた。


「…」


「…」


車輪がガタガタと揺れる音が、馬車内を支配する。

そして、二人の間に会話が行われることは無かった。


間もなく、トラスの街に到着する。

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