19話 そしてビンタは何故か痛い
俺の拳を腹に受けノッポがドサリと音を立てて訓練場の地面に崩れ落ちる。それと同時に観客席から歓声と悲鳴が上がっていたが、どちらかと言わずとも悲鳴の割合の方が圧倒的に多い。どうやら新人である俺がノッポに負けると賭けた奴が相当多かったのだろう。聞こえてきた範囲だけでも俺に賭けていたのはアナスタシアくらいなものだ。
そして当のアナスタシアさんといえば俺が勝った事に然程驚いた様子はない。むしろ勝って当然とばかりの態度だ。その隣で大きく飛び跳ねながら俺の勝利を心の底から喜んでいるウィオを少しは見習ってもらいたい。
まあアナスタシアさんみたいな完成された大人の女性が飛び跳ねて喜んでいる光景もそれはそれでシュールだが……。特にあの大きな胸が飛び跳ねるたびに縦横無尽に揺れて近くの男達は全員前屈み確実だろう。
「「アニキ!」」
ノッポのパーティメンバーのチビとデブが観客席から飛び降り、倒れ付しているノッポに駆け寄る。うつ伏せで倒れているノッポを仰向けにして何度も呼びかけているが目を覚ます様子は無かった。
「テメェ! よくもアニキを!」
「何だよ、喧嘩売ってきたのはそっちだろうが」
全くいい迷惑である。向こうから絡んでこなければこっちから係わり合いを持つことも無かったというのに。
「うるせぇ! このまま引き下がってられっかよ!」
チビとデブがそれぞれの得物を構える。てか仮にもノッポは気絶してんだからもっと丁寧に地面に置いてやれよ。気絶させた張本人が言うのもなんだけど可哀相に……。
「やめないかっ!!」
観客席から響くアナスタシアさんの一喝にチビとデブはビクリと身を竦ませる。俺相手に啖呵を切っていた二人だが、アナスタシアさんを見る二人の顔は青褪めていた。よく見れば若干震えてすらいる。
ギルドマスターって肩書きは伊達じゃないって事か、よっぽど強いんだろうな……。
そんな事を考えながら俺はのんびりと事の成り行きを見守ることにした。
「この勝負はノポンの負けだ! ここにいる全ての者が証人である! 負けた貴様らは冒険者の資格を剥奪、今後一切資格を取得する事は私の名において許さん! 冒険者でない貴様たちは即刻ギルドより出て行きたまえ、そして、二度と冒険者ギルドに足を踏み入れることは罷り成らん!」
「く、くそっ! 覚えてやがれ!」
そう捨て台詞を吐いてチビとデブは気絶しているノッポを抱えて訓練場から出て行く。
それにしてもある意味あいつらは凄いな。捨て台詞までテンプレな小物だったぞ……。いろんな意味で惜しい人材だ。
「さてバクト、賭けは私の一人勝ちだな。配当金を貰おうか」
「へ、へい! もちろんでさぁ」
バクトと呼ばれた賭けの胴元から賭けの配当金を受け取っているアナスタシアさん。てか賭けに負けた時ノッポに賭けてた全員に金貨五枚払うって言ってたぐらいなんだから必要ないんじゃないかな……。まぁかと言って配当金を受け取らないで全部胴元の懐に行ったらそれはそれで胴元が危ないんだろうけどさ。
「お疲れ様でした融お兄さん!」
観客席から降りてきたウィオが俺の元に駆け寄りそのままの勢いで飛びついてきた。軽いから受け止めるのは簡単だけど、そんな事より子供特有の柔らかさと長い髪から漂う良い匂いががががが!
煩悩を振り払うように頭を振っているととある女性冒険者の一団が目に入る。なんだかハンカチを噛み締めながら今にも血の涙を流しそうな集団……。
「あ、ウィオを揉みくちゃにして可愛がってた人達か」
マスコット的な可愛さのあるウィオが同じ女の自分達よりも男である俺を選んだのがそこまで悔しいのか……。まあ逆の立場だったら俺も同じ事しそうだけどさ。
「? 何か言いましたか?」
「いんや、何も言ってないよ。それより早いとこおっちゃんの所にギルドカード見せに行こうか」
まだ時間的余裕はあるとはいえ早いに越した事はないからな。
「そうですね! 早速行きましょう!」
「ちょっと待ってくれないか二人とも」
互いに手を取り合い訓練場から出ようとしていた俺とウィオにアナスタシアさんが声を掛けてきた。手には配当金の詰まった袋が握られてる。
「少し話したい事があるんだ。ここではあれだし、私の執務室まで来てくれないかな」
「俺達早いとこギルドカードを門番のおっちゃんに見せちまいたいんだが……」
「それなら気にするな。門番のジークには私の方から人を手配して伝えておく。安心するといい」
あー、断る口実が無くなった……。こりゃ従うしかなさそうだな……。
「わかったよ。ウィオも一緒で良いんだろ?」
ウィオが一緒に行けないんだったら俺は何があっても逃げ出すぞ。
「もちろんだ。少年にも幼き姫、ウィオ君にも話があるからな。それに、もしダメだと言ったら少年は何があってもウィオ君を連れて逃げ出しそうだしね」
あらら、見透かされてーら。
からかうような笑みを浮かべるアナスタシアさんに俺は苦笑を浮かべるしかなかった。てか龍人族はみんなこんなに察しが良いのかね。
少し顔を赤くしているウィオと一緒に俺はアナスタシアさんの後を着いて行く。後ろでは冒険者達が集まって俺とノッポの戦いの考察をしているようだ。考察って言ってもあんな短い戦闘で何か分かるわけでもなく、単に今の自分達で俺に勝てるかどうかというのが主題となっているようだった。
「ん? リコレット、受付はいいのかな?」
リコレット? 確か受付にいたお姉さんだったよな。何してるんだろ……。
アナスタシアさん率いる俺達が向かっていた訓練場の出口には何故かリコレットが突っ立っている。
「おーい、どうしたんだボーっとして」
リコレットの目の前で手をヒラヒラさせるが一向に反応が無い。気絶でもしてんのか?
「起きたまえリコレット」
ふよん
「ひゃん!」
いつの間にかリコレットの背後に回りこんだアナスタシアさんがリコレットの胸にたわわと実った果実を鷲掴みにする。アナスタシアさん程ではないにしろほどよい大きさの胸はアナスタシアさんの手で揉みしだかれ自由に形を変えていた。
「お、起きたようだねおはよう。どうだい? 少年の目の前で胸を鷲掴みにされてる気分は」
「え? え、あ……」
「や、やあ……」
目の前にいる俺に気がつき、顔を真っ赤に染めたリコレットの目尻に涙が浮かび上がっていく。とりあえず手を上げて挨拶をしてみるが……これはヤバいんじゃなかろうか……。
「き……」
「き?」
「キャアアァァァァァァァァァァァァ!!」
バチーン!!
「チリタコス!!!!」
高らかに上がったリコレットの絹を裂くような悲鳴。そしてノッポの剣速なんぞ目じゃない程に早い平手打ちが俺の頬を直撃した。
俺、スライムだから物理攻撃効かないはずなんだけどなー。なんか滅茶苦茶痛いんですけどー。
そんな事を考えながら俺は綺麗な放物線を描いて訓練場の宙を舞った。
物理攻撃が一切効かないはずの融に痛みを与えるなんてリコレット……恐ろしい子!




