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6 ◆ 勇ましき “羊狼”狗肉の 義愛子かな ◆

副題の読みは『いさましき ようろうくにくの まなごかな』です。 

 アレクは一人でにゃんこ商会万屋へと向かって歩いている。約束通り、にゃん吾郎が使役獣の虎を紹介してくれるのだ。


(にゃん吉が4mで、にゃん兵衛が5.5mで、にゃん助が6mだっけか……)


 想像の及ばない猛獣なだけに、アレクも戦々恐々としている。フェルサに至っては『食われそうだからいいや』と、行く気がさらさら無かった。




「こんにちは、にゃん吾郎さん」


 ガラガラッと引き戸を動かし店に入る。


 にゃー

 にゃーん

 にゃあ

 にゃっ

 ……


 お出迎えは沢山の猫達。そして毎度ながら子猫の白、三毛、ヒマラヤンがアレクに纏わり付く。アレクも嬉しそうに子猫達をあやす。


「よーしよし♪ いつも甘えん坊で可愛いなあ」


 子猫と戯れていると、然して待つこともなくにゃん吾郎が姿を現す。


「どうもどうも、こんにちは。その子達も連れて、こちらへどうぞ」


 アレクは店の奥へと通される。いつもは左なのだが、今回は右へ歩いて行くにゃん吾郎。何度も廊下を折れ曲がる。

 外観からして大きい屋敷であるとは目算していたが、予想よりも広いだろう。アレクは歩きつつ、屋敷内の方々を見回す。


「ささっ、この先ですよ!」


 縁側から中庭に出でて、15m先の戸口でにゃん吾郎が手招きしている。戸の先は更に庭が続いており、牛舎のような建物も覗いている。かなり広そうだ。 すると、何かが戸口から少し姿を覗かせた。


 ガオっ?


 それは数秒して直ぐに戸口へ引っ込んでしまった。


 アレクは少々目を(しばたた)く。暫し目を閉じ、俯き加減となり首を少し傾げる。

 アレクの身長は190cm程だが、見えた影はアレクよりも大きかった気がする。そして煌く琥珀色の大きな瞳がこちらを狙っていたような……。アレクの額にじわっと汗が滲み始める。


 ガーオっ!?


 そろーっと、再び戸口から顔を出した虎の肩高は確かにアレクと同じ位、いや、高い。そして毛の色は動脈血の如き鮮やかな赤と白。

 その巨大な赤虎が飛び掛ろうと体を沈ませ、地面を蹴る!

 猛然と駆け出し始めた虎に、アレクは膝を少し折り左足を後方へ下げて腰を落とし、両足で地を蹴り斜め後方へ、建物からは離れる方向へ跳び退る。

 

 ガオォーン♪


 とてつもない巨躯の虎が跳躍し、受身を取るようにして一回転半のでんぐり返りをする。そして、丁度アレクが着地した目前で虎は仰向けで止まる。その赤虎は小気味良く四肢を動かす。まるで手招きするように。


 目を閉じることを忘れたまま、アレクは眼下の赤虎を十数秒間呆然と見つめる。アレクの頬を汗が伝って、地に滴り落ちる。

 

 ガオガオ♪ 


 巨大な紅白縞模様の虎は、腹を無防備に見せたまま嬉しそうに手招きを続ける。


 みゃあ 


 赤い虎を暫く眺めていたアレクは、懐にいる三匹の子猫の鳴き声ではたと我に返る。子猫達を見やり、それから赤い虎へと目を移す。調子良く動かしている四肢、子猫のような顔、無防備である意味だらしない仰向け姿……

『こっちへ来て来て』と嬉々として主張しているように見えなくもない。

アレクはもう一度懐の子猫達に視線をやってから虎を見やる。


 次第に巨躯の赤虎と子猫の姿が重なり出す。だが、流石にその巨体故に迫力満点だった。何せ眼前の虎は体長約6m、肩高約2m、体重850kg以上もある猛獣だ。


「初対面でこれ程甘えようとするとは……子猫といい、アレクさんは生来の“動物殺し”なのですか?」


 近付いて来たにゃん吾郎が、やや呆れた様子で話し掛けて来た。暫し押し黙るアレク。

 アレクの重心が前方へ移り、顔の力みが取れ始める。



「触っても、平気ですかね」


 ガオガオ♪


 赤虎が前肢で腹部を軽く叩き出す。


「この様子だと、お腹の辺りを撫でて欲しいみたいですね」


 寝転がっても存在感のある高さのふさふさの赤虎に、アレクはそっと触れてみた。


 ガオーン♪


 腹側部の辺りを触られて赤い虎が非常に喜んでいる。触れた手は虎の温もりが感じられ、毛に覆われた体が穏やかに律動している。アレクはしゃがみ込み、ゆっくり、じっくりと撫でて行く。次第に赤い虎の体が弛緩して行き、今やでろんでろんの状態で仰向けに寝転がっている。

 アレクの目には、もはや泥酔した酔っ払いとしか映らない。顔を見やると猛獣の面影はなく、さながら子猫虎だ。


(にゃん吾郎さんが、にゃん助だったよな、そう名付けるのも頷けるな)


「にゃん助、だよな?」


 ガオっ、ガオっ♪


 にゃん助は突如嬉しそうに腹這いになり、ゆったりとアレクの方を向いた。その意味を掴み兼ねていると、にゃん吾郎が複雑そうな様子で助け舟を出してくれた。


「……背中に……乗って欲しいようですね……」

「振り落とされません?」

「大丈夫でしょう。心底嬉しそうですから……」


 アレクはゆっくりとにゃん助に跨り、背をそっとさする。


 ガオっ、ガオっ♪


 アレクを乗せたにゃん助はのっしのっしと陽気に中庭を歩き回る。にゃん助が遊び回るには手狭な庭を、子供が新しい風景に夢中となるが如く何度も行き来する。そのまま10分程経過するも、一向に変化の兆しが見えない。


「あの……にゃん吾郎さん。これはどうしたら……」

「にゃん助」


 主人の呼び掛けに応じて立ち止まると、にゃん助は残念そうに腹這いとなってアレクを降ろした。それから悲しげな表情でアレクを見つめる。

 アレクは左眉を微かに持ち上げ、口からふーっと息を吐き、にゃん助を見返す。そして、暑さに参って腹這いとなっているような姿勢のにゃん助の傍まで行き、アレクは耳や顔をそっと撫でた。顔を撫でてやる度に、にゃん助はゴロゴロと鳴くため、アレクは微笑み返す。

 ふと気になって、アレクはにゃん助を可愛がりながら尋ねた。


「にゃん吉とにゃん兵衛は、今日はいないんですか?」

「おりますよ。しかし出て来ませんから、また寝てしまったようですね」


 ガオオッ!


 矢庭ににゃん助が動物舎へ向かって一吼えし、暫くすると2頭の虎が姿を現した。大きい方は黒地に白線で、もう一方は青地に白線だ。


 全長約4mの青虎のにゃん吉が悠然とアレクの前までやって来ると静かに座り、全長約5.5mの黒虎のにゃん兵衛は此方へは来ずに、落ち着きなくうろうろと周囲を歩き廻る。まるで周囲を警戒しているかの様だ。


「にゃん吉もアレクさんを気に入ったようですね。にゃん兵衛は……まあ、暫くそっとしておきますか。さて、にゃん吉ににゃん助、此方はアレクさん。私の友人です。ご挨拶をなさい」


 にゃん吉はぺこりと頭を下げる仕草をし、にゃん助はアレクに頬擦りをする。


(片方は最早挨拶じゃないぜよ。おや? にゃん兵衛もこっちを向いて、別に嫌われているわけじゃ……ああ、そうか成る程――って、おいおい)


 にゃん助の頬擦りの勢いが次第に強くなり、そろそろ頭突きへと変わりそうだ。


「ところで、にゃん吾郎さん。折角ですから、外の広い場所でにゃん助と遊びたいんですけど、構いませんか? 元気が有り余っている様子ですし」


 頬擦りをしてくる大きな虎というのも可愛いものだが、これ以上このままにしておくと陽気に抱き着かれて絞め殺されるか、無邪気に乗っかられて押し潰されそうだった。


「そうですね。そこまで嬉しそうに訴えてくることも珍しいですし……アレクさん、念のためPTを組ませて下さい。そうすれば遠くまで離れたとしても、位置は判りますから。にゃん助、他の人達を襲ってはなりませんよ」


 ガオーンっ♪ ガオっ、ガオっ♪


 にゃん助は狼の遠吠えの如く吼えて返事をし、主人に向かって敬礼のような仕草をすると、さっと腹這いになり、ご機嫌満開の様子でアレクに向かって呼び掛ける。どうやら乗れと言っているようだ。(なり)は虎とはいえ、中身は最早犬か猫としか思えない様子だった。




 アレクは3匹の子猫に別れを告げてから、にゃん助に跨った。にゃん助は主人に一声挨拶をすると、軽い足取りで中庭から店を跳び越えて外へと踊り出る。

 目を見開くアレク。咄嗟に手綱を引く仕草を構えるも、手綱などない。慌ててにゃん助の体にしがみ付こうとする。


 アレクが振り落とされまいとしがみ付いた時には、既ににゃん助は着地して愉快に地を駆けている。

 切る風は戦ぐように心地良く、春の陽気の中、自転車で海岸沿いを快走している気分だ。しかし、実際の速度はその比ではない。景色をどんどん後方へと置き去りにして行く。


 移り行く景色やにゃん助の乗り心地にアレクが胸を高鳴らせていると、突如にゃん助が速度を緩め、やがて立ち止まる。


 ガオっ!


 眼前に広がる平野には、アレクではまだ倒せない“棘ウサギ”や“角牛”、“一角鹿”が疎らにいる。どうやら『あいつ等を狩ろう』と主張しているようだ。


「にゃん助、俺はまだレベル20だから、あいつ等を一人で相手にするのは無理だぞ。何せ俺は物理攻撃に滅法弱いから、1撃か2撃で殺されちまう」


 ガオっ、ガオっ♪


 にゃん助は前足で自身を指差すような仕草をして主張し始める。


「それは、お前が戦うってことか? 俺は獣奏士じゃなくて魔導士だぞ」


 ガオーン! ガオガオ――


「そうじゃなくて……にゃん助が走るから……俺は魔法を放って倒して行けとな」


 ガオっ♪


 『いざっ!』と勇ましく前足を前方に出して吼えると、にゃん助はご機嫌な様子で“棘ウサギ”や“角牛”のいる方へ向かって行く。


 射程に入った所でアレクは棘ウサギ1匹に向かって〈セイクリッド・アロー(3射)〉を放射する。レベル20~25とアレクよりもレベルが上の敵なのだが、いつもより魔法の通りが良かった。

 “棘ウサギ”が此方に向かって来ようとするも、にゃん助が楽々と相手を翻弄する。狙いを定めてアレクが〈グラビティ・ショット(6弾)〉を放って命中させると、見事“棘ウサギ”を倒せた。


 魔法の威力が通常の1.2~1.5倍程の値だった。しかも、格上の相手であることを考えると、相当増強されていると見える。それに対し消費量は、最低消費量とはいかないものの、いつもよりやや少なめで済んでいる。

 アレクは首を傾げてから、にゃん助に語り掛けた。


「なあ、お前って魔法増幅能力でも持っているのか?」


 ガオっ♪


 『そうだ』とでも言わんばかりに得意気だった。そして次の標的を定めたのか、再び駆け出す。

 その調子で、アレク一人では倒すことが到底叶わない“棘ウサギ”や“角牛”、“一角鹿”を順調に狩って行った。




 中々に良い調子で狩りを続けること2時間、いつもならば休憩をする頃合いかとアレクが思った矢先、にゃん助が次に狙いを定めた標的は、なんと“角牛”30頭の群れだった。


「おいおい、にゃん助。流石にあの群れを同時に相手は出来ないぞ」


 ガオーンっ♪ ガオっ、ガオっ――


「ん? 何々……にゃん助に……MPとSPを込めてくれとな。 それ、どうやるんだ?」


 ガオガオ――


「えーと……にゃん助の背に触れたまま……魔法を放つようにしてくれれば大丈夫とな」


(その感じだと、回復魔法を放つ要領ってことかな? まあ、やってみるとしよう)


 アレクはにゃん助の言った通りに、威力を強めた〈ヒール・ブリーズ〉を放つが如く、にゃん助にMPとSPを100ずつ込めてみる。するとにゃん助の体が仄かに緑色の光を帯び、瞬く間に直径1m大の緑色の光球が6つ出現し、凄まじい勢いで角牛の群れに襲い掛かって行く。6つの光弾が炸裂してそれぞれ4m程の爆発を引き起こし、光が消え去った時には、その場には草原が広がるだけだった。丸々30頭の角牛の群れが消滅していた。


(嘘だろ!?)


 アレクは寸刻、口を半開きにして目を大きく広げていた。

 しかし、すぐに我に返る。にゃん吾郎がレベル150であるのだから、にゃん助とて高レベルに違いない。真に疑問なのは、アレクがあたかも獣奏士であるかのように戦えてしまっていることだ。


 ガオっ♪


 にゃん助はとっても得意気で、謂わば子供が難しいことに挑戦してやり遂げた様子だった。その様子が余りに可愛く、にゃん助を褒めちぎっていることにアレクは暫くしてから気付いた。


(おう、ついつい可愛くて……。にゃん吾郎さんの飼い猫なのにな)


 成果を挙げて得意気な子は可愛がるに限るだろうということで、ひとまずこの場は『主人代行という体で行く』ことにした。




 繰り返しにゃん助にMPやSPを込めて攻撃魔法を放ってみると、彼の癖や感覚が徐々に判ってくる。恐らく彼は木・風属性で魔法と体術が得意であり、外見とは違い、かなり技巧的な魔法を駆使出来る。弾丸系のものは思い通りに操作している(ふう)であり、範囲魔法も狙った場所の地面から突き上げる類のものだ。


「にゃん助、お前速いし強いし器用だし賢いし、と凄いなあ。それにお前に乗っていると、疲れ知らずだよなあ。だが、そろそろ帰ろうか。かれこれ4時間も経っているし、そろそろにゃん吾郎さんが心配するだろう」


 ガオ……


 これまでとは違い、中身が空になる寸前のボンベのような返事だった。余りの落差にアレクはずり落ちそうだった。


(ま、まだ遊び足りないんかい)


 アレクは微笑みながら、努めて明るく声を掛ける。


「にゃん助、また今度も一緒に遊びに行こうな!」


 にゃん助は後ろ髪が引かれるどころか、しがみ付いてでも帰りたくない仕草をする。そして地面にへばり付き、そのまま立ち上がらなくなる。まるで駄々っ子のようだ。アレクは吹き出しそうになるのを堪えて言葉を紡ぐ。


「大丈夫だ。俺ともう二度と会えないわけじゃないからな。また一緒に遊びに行こう。その前に、まずはにゃん吾郎さんを乗っけて遊んで来いっ! ご主人様に成長した姿を見せてやれよ」


 ガオっ……


 背に跨るアレクの方を見ようと、にゃん助は頭を少しだけ後ろに向けたが、依然として地面と仲良し状態だ。アレクはにゃん吾郎の言葉を思い出し、餌付け作戦を思い付く。


「よしっ、にゃん助。今日は沢山獲物を収穫したことだし、帰って皆と一緒にご馳走だっ! 俺が色々と作ってやるぞっ!」


 ガオっ♪


 弾んだ声を上げるにゃん助。すっと立ち上がり、アレクの方を見た。


(おっ、食べ物には反応するんだな。よし、あと一押し)


「そろそろお腹も減ってきただろ? だがな、美味しい料理の準備には少し時間を要するんだ――」


 にゃん助は真剣にアレクの言葉に耳を傾けている。


「――ならば、そろそろ帰らないと、料理が出来るまで腹ペコで待たなくちゃならなくなっちまうぞ。そこで提案だが、ここは狩りをして遊びながら帰ることにしないか?」


 ガオーンっ♪


 元気の良いにゃん助の返事が鳴り響く。機嫌を取り戻した様子で、にゃん助はユサベ温泉郷の方へと駆け出す。それと同時にアレクはにゃん吾郎に念話を飛ばし、これから帰ることと、収穫した獲物で料理を振舞う旨を伝えて了承を取った。




 合掌造りの集落ならば焚き火をしても問題は無いし、また家に調理用の器具も少しずつではあるが備えて行っているので調理には困らないことから、アレクとフェルサの借家で料理を振舞う次第となった。面子はアレク、フェルサ、にゃん吾郎、にゃん助、にゃん吉、にゃん兵衛、子猫3匹である。なぜ子猫3匹がいるのかと言えば、アレクに着いて来てしまったことと、実はころろの使役獣ではなくにゃん吾郎の使役獣であるからだ。


「ヒー君とミーちゃんとランちゃんは、にゃん吾郎さんの猫だったんですね」

「え、ええ、そうですが……実はその呼び名は違っておりまして、白がみゃん太、三毛がみゃん子、ヒマラヤンがみゃん丸です」


 その言葉に、アレクは右眉と右の口角を吊り上げる。


(全っ然違っとるでっ! あのうさころ、テキトーに呼んでるだろ!)


 しかしながら、この場にいない者に対して悪態をついても仕方無いため、アレクはせっせと準備に取り掛かる。今回の狩りではウサギ肉に鹿肉、牛肉、バターが手に入っており、以前集めた木の実や香草もあるので少し味の幅も広がってくる。鉄板で香草と共に塩を振った肉を焼いたり、木の実とバターでソースを作ったり、燻製にしたり、塩焼きにしたりと初めの頃よりも大分調理も食べるのも楽しみが増している。


「ぬはー、その焼けていく音や香りがまたいいなっ! 腹が(よじ)れて螺子(ねじ)になるほど、空腹を加速させるな」


 腹減りフェルサ虫の口からは、涎が滴り落ちそうだった。


「結構収穫出来たから、存分に食べてくれ」


 ガオっ、ガオっ♪


 功労者の片割れが待ち切れない様子で、割り込む様に乗り出してくる。その様子に堪りかねて、にゃん吾郎がやんわりと釘を刺す。


「にゃん助、ちゃんと私やにゃん吉、にゃん兵衛にもお肉を分けて下さいね」


 ガオっ!


 素直で勇ましい返事だった。一抹の不安はあるもののそこには触れず、アレクは端切れ肉をにゃん助の前に出す。

「ほらっ、まずは味見でこの分厚い牛肉を食べてみろっ!」


 ガオーン♪


 2kg程の牛肉が大きな虎の口の中へと吸い込まれていった。反応を見るに、とても美味しいのだろう。


「そういえばにゃん吾郎さん、これらの肉って質はどれくらいですか?」

「どれどれ……ざっと見た感じでも、全て+1以上のものばかりでしょうなあ。これは、味も期待出来そうですねえ」

「やはりそうですか。それならば熟成やら燻製やらの工程を踏まずとも、焼くだけでも美味しく食べられますね」


 試行錯誤の内に判ってきたのだが、質:+1以上の物に関しては熟成、燻製などの工程を踏まずに、単純に塩を振って焼くだけでかなり美味しく食べられる。そして、“目利き”等の技能をまだ持ってはいないアレクであったが、食品に関しては感覚でかなり正確に質の判別が出来てしまうようだった。


 皆が肉の争奪戦を繰り広げている中、アレクはどんどん肉を調理していく。


(焼肉争奪戦だな。獲って来た分で足りるのやら)


 不安を覚えつつ、ひたすら塩や香辛料で下味を付けた肉を焼き、時にタレを追加で作り、味見を兼ねてつまみ食いを行い、そして再び肉を焼いていく。肉屋アレク、全開稼働中だった。

 



 懸念通り獲って来た分では足らず、腹ペコ4頭は燻製肉をアレクから大量に恵んで貰っていた。おかげで、アレクの道具欄の食料は底を突いてしまった。

 その元凶はというと、1頭は木の長椅子の上でひっくり返っており、2頭は地面で満足そうに寝息を立てており、甘えん坊の1頭はアレクに纏わり付いている。


「いやはや、にゃん助は私の使役獣のはずなんですがね。それに私に対する時よりもずっと甘えん坊になっていますねえ。アレクさん、何かなさいました?」


 にゃん吾郎は隣に座るアレクに話し掛ける。二人はにゃん助にもたれるように座っており、当該の虎はしきりに顔をアレクにすり付けている。

 アレクは首を傾げてから答えた。


「背に跨って一緒に狩りをして来ただけですよ。にゃん助のおかげで、一人じゃ相手を出来ない“棘ウサギ”や“角牛”、“一角鹿”を楽に倒せました」

「……にゃん助が戦ったのですか?」

「戦ったというか、俺を乗せて馬のように駆けて敵を翻弄してくれたり、魔法を増幅――」


 次第に目を見開いて行くにゃん吾郎に、アレクはある疑問が浮かぶ。


「にゃん吾郎さんは、にゃん助に乗ったことはないんですか?」

「一度もありませんよ。なにより、本当にアレクさんを乗せて歩き出した時には、驚きから何も言えませんでしたよ。それに、『乗れ』というような素振りを私に示したことは、此れ迄無かったはずです」


 アレクは口を一文字に結び、左眉を持ち上げ、十秒程してから口を開いた。


「にゃん吾郎さん、使役獣の欄のにゃん助の項目を確認してみて下さい」


 首を傾げつつ、にゃん吾郎が宙の画面を見る。そしてにゃん吾郎の瞳孔が大きく開いた。


「なっ! こんなものは……気付……いえ、確かに無かったはず」


 そこには、新たに〈騎乗〉の項目が追加されていた。更に派生として攻撃魔法が6個も習得済となっている。


「これまでにゃん助は、にゃん吉やにゃん兵衛と比べて劣る感がありましたが、そういう訳でしたか」


 納得したような、煮え切らないような表情を浮かべて愛虎の体を撫でるにゃん吾郎。にゃん助は縞模様の尾をぴょこぴょこ動かしながら、ゴロゴロ鳴く。




 3頭に関する続きの話を要約すると、にゃん吉が特殊技主体の中・遠距離攻撃・攻撃補助役、にゃん兵衛が物理・闘気法主体の近距離攻撃役、にゃん助が魔法支援役であり、にゃん吾郎が補助的な魔法攻撃と全員の回復・指揮系統役である。

 そして、獣使いは使役獣の数と組み合わせにより、高レベルになっても単独で様々な地を攻略可能ではあるが、疲労の蓄積が早いことや狭い場所等には使役獣を連れて行けないといった制約がある。それでも他職と比して強力だろう。

 しかしながら、躾という何よりの難事を乗り越えたならばの話ではあるが。また、一旦躾けてしまえばそれで終いという成行きにはならず、子供を育て続けるようなもので、維持・向上の為の労が不要となることはない。拗ねられると、全く戦ってくれなくなるそうだ。当然だが、餌も大層な量が必要となる。



 楽しい“一家”の冒険譚を聞いている最中に、アレクはふと漏らす。


「にゃん助もみゃん太、みゃん子、みゃん丸のように小さくなったら、もっと可愛いのにな」


 アレクは傍らの虎の顔にそっと触れながら微笑み掛ける。


 ガオっ!?


 にゃん助が矢庭に立ち上がり、背もたれがなくなった二人は体勢を崩す。


「うわっと」

「にゃん助っ!?」


 にゃん助の体が仄かに淡い茶色の光を放ち、みるみる萎んで行き、(またた)く間に子虎となった。二人は(まばた)きするのも忘れて唖然とする。


 がお、がお♪


 打って変わって子犬のような鳴き声が響く。先程までの重厚で野太く低い声が嘘のように。


 がおーん♪


 猫のように可愛らしい大きさの紅白縞の子虎が、ぴょんっとアレクの胸を目掛けて跳躍する。子虎はアレクに飛び付き、3匹の子猫と同様に懐に潜り込もうとする。

 (なり)も中身も、最早完全に猫だった。にゃん吾郎は呆然と立ち尽くす。


(うおぉー! 可愛いぜ、こりゃあ)


 それに対し、アレクは内で興奮を迸らせ、満面の笑顔で戯れるようにあやす。そうしてじゃれ合う巨躯(きょく)の魔人と虎柄猫に子猫。


 がおーん♪

「にゃー、なんちって♪ こっちはみゃー♪」

 にゃぁ♪

 みゃぁ♪

 みゃぅ♪


 口を半開きの状態で瞬きをするばかりだったにゃん吾郎が、上擦った声を出す。


「あ、アレクさん?」

「なんだがおー♪」


 びろーん、とにゃん助猫を顔前で広げてにゃん吾郎に向き直るアレク。肩と頭の上には3匹の子猫がお座りをしている。


 がおっ♪

 にゃー♪

 みゃー♪

 にゃう♪

 

 揃いも揃ってお目出度い状態だった。

※今回は此れまでと違い、アレクが稀少度の低い戦利品を手に入れていますが、一つは「範囲魔法等で同時に複数の敵を倒すと、落下物の種類や稀少度がバラける」こと。もう一つは「“形式上”にゃん吾郎とPTを組んでいるから」です。

 距離が離れ過ぎているために、にゃん吾郎に戦利品や経験値は入りませんが、PTを組んでいるので、落下物の稀少度はアレク一人の時よりもやや落ちます。後の話で、落下物の稀少度に関することを出します。

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