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1 ◆ 済んだ事 物も心も 使い様 ◆

 スポーツ選手の如く体格の良い青年は設置された機械を眺め、心を整理するように溜息をついた。彼の名は武聖大(たけきよひろ)。現在一人暮らし中の日本国籍を持つ日本人男性だ。眼前にある機械は、世界を席捲させて70~80年になるゲーム機だそうだ。興味が無いからゲームになど全く見向きもしてこなかった。しかし、この度押しの強い店員と一緒にいた友人の聡介(そうすけ)により購入させられてしまった代物である。


(そういえば、家族も皆これをやっているんだっけか)


 押しの強い店員による店頭での説明と設置に来た社員の説明によれば、睡眠時にもゲームをやれて更に通常の睡眠よりも質の良い眠りとなるらしいが、本当なのだろうか。


(一体どういう仕掛けと、仕組みなんだ?)


 残念ながら聖大は医学・生理学、電気電子・機械工学方面の学識には疎い。そのため、非常に大雑把で簡単な説明をして貰ったものの大して理解出来なかった。


天秀(たかひで)や明日香なら理解出来るんだろうけどなあ、俺にはさっぱり。まっ、物は試しで今日はこいつで寝てみるか。しっかし、寝心地は悪そうだよな……えーと、睡眠モードってスイッチを押してからゲームを開始するんだったよな)


 いつもは布団に寝転がるのだが、今日のところはこの押し切られて購入させられてしまったカプセル型のゲーム機にすっぽりと収容されて眠った。




 気付くと、記憶の片隅にあるようなゲームのタイトル画面が眼前いっぱいに飛び込んで来た。次に診断表のような記載項目の入力を要求された。


(何々、生まれた月日、性別、国籍、身長、体重、ゲーム暦が必須入力か。ゲーム暦って何だよ? それから、趣味と好きな食べもの、好きな色が任意入力と……関係あるのか、その情報? ま、いいや、全部入力してしまえぇい)



 眼下には広大な平原や地溝帯・森林など緑の絨毯が広がる。視線を上に移すと、雲一つない蒼空。映像でしか拝めないような豊かな大自然の風景の中で、聖大は鳥のように飛んでいる気分だった。


 足元は、地に立っている感覚がある。透明な板の上にでも立っているのだろう。手は僅かに藤色掛かった灰色とでもいうのか具合の悪そうな肌だ。指は5本あり、爪の色は燻し銀だが丸みを帯びていて、手入れのされた爪という感じだ。左手で右手を握ってみたら、現実と同じような物を握る感触と掴まれた感触があった。肌の色がオカシイ以外には、現実と丸きり同じような感じだ。体格もそんなに違いはない気がする。

 

 すると、種族と職の選択肢が目の前に表示される。宙に浮かぶ画面表示の種族の欄の上下左右を押してみたり、横に払ってみたりしたが何も反応しない。隣の職の項目は、6つが併記されている。


(おっと、種族は選べないのか。魔人族とは、えらく灰汁どそうなのが宛がわれたな。それで職は……侍、忍、拳闘士、弓闘士、魔導士、召喚士から選べるのか。よし、魔導士にしようっと)


 さしたる理由もなく、そして逡巡することもなく聖大は魔導士を選んだ。




 視界が真っ暗になったかと思った矢先、見知らぬ風景が飛び込んで来た。今度は昼間の森だ。木々の間から光が差し込んでおり、辺り一帯背丈の高い木が沢山生えている。所々に背丈の低い草木もあり、現実でいうなれば山の中に突如遭難した感じとも表現出来そうだ。


(おいおい、何の説明もなく始まんのかい……そういや、名前を入力する場面とかがなかったけど、ゲーム内では名前とかないのか? それに、えーと、RPGだからメニュー画面とか何かあるよな、きっと)


 遥か昔にやったゲームを思い出しながらメニュー画面を思い浮べていると、突如目の前に頭の中のとは違う半透明の画面が出現した。


「うおっ、なんか出たっ!」


 思わず声を発してしまった。


(名前はアレク・ベリーロ。職は魔導士でレベルが1、見た目年齢37歳……中年になっとるし現実よりも歳食っとるがな。いやいや、待て待て、見た目って実際は何歳なんよ?

 まあいいや。HP:700、MP:300、OP:50、SP:190か。それに属性が闇、弱点属性は聖、種族も魔人と来たら、思いっ切りベタな悪者やん)


 それから順々に画面を確認していく。道具欄、装備欄、魔法欄、闘気法欄、設定欄。


   装備:見習いの服一式、見習いの靴、ただのベルト

   道具:「福引がちゃ」2個、「記念がちゃ」2個、「達成がちゃ」2個

   魔法:○ファイア・ボール ○スノー・ボール ○グラビティ・ショット

      ○ヒール ○デビル・フォース(※どれも未習得状態)

   闘気法:身体活性(※未習得状態)

   設定:おすすめ設定、血しぶき表示off、



(とりあえず魔法を習得してみよう。まずは〈スノー・ボール〉でって、あれ? 拒否された。ならば〈グラビティ・ショット〉ってこれも弾かれた。おいっ、〈ヒール〉も〈ファイア・ボール〉もダメだぞ。最後の〈デビル・フォース〉……こいつだけ少し明るく表示されているが……うん、やめよう)


 アレクが止めたのにはちゃんと理由があった。〈デビル・フォース〉の説明として、次のように記載されていた。


  【デビル・フォース】

    効果:①対象者の攻撃力・魔法攻撃力を増加する(およそ15%)

       ②対象者から獲得経験値を吸収する(およそ5%)

    持続時間:120分

    最低消費MP:5・最低消費SP:5

    使用特典:全ての成長率上昇


(どう考えても怪しさ満点だろ。効果の割に消費が異常なまでに少ないし、効果②は味方から経験値の収奪ってことだよな? 効果も対価もおかしいだろ、この魔法。だけど、これしか覚えられそうにないって、一体……)


 魔法欄から画面を切り替え、設定欄の“おすすめ設定”で目が止まる。


(これは……おっ!切り替えられるぞ)


 おすすめ、普通、わくわく、どきどき、はらはら、びくびく、びょんびょんと順繰りに表示が変わる。


(擬態語とはえらくざっくりした表現だな。“はらはら”も魅力的だが、ここは“びょんびょん”一択だな! ゲームは楽しくやるもんだろう)


 設定を切り換えると(またた)く間に画面の雰囲気が変わる。どうやら色や柄や文字表示がテキトーで、切り換えや開く度に毎度違うようだ。


(なんだ、この奔放さは!? 楽し過ぎだろ。よしっ! これでこのまま行こう。次は装備も再度確認してみるが……特に変わりはないようだ。道具の“がちゃ”3種、計6個を早速開けてみるか)


 “がちゃ”を選択して使用すると、突如卵形の箱が出現して閃光を放ち、光が収まると別のものへと変わっていた。

 

  パンドラの指輪×1

  パンドラの腕輪×1

  いを矢ピアス×2

  いを矢カフリンクス×2

  加霊計(腕時計)×1

  加霊計(懐中時計)×1

 

 見た目は金や銀の象嵌細工や矢の形や丸い計測器状の装飾品類で、普通の指輪やピアスだろうか。些か変わったデザインではあるだろう。とりあえず説明を確認すると、それぞれ何も上がりはしないようなのだが。


 『装着すれば何かの加護を得られるかも。効果は不明。災いが起こるかもしれない』


 そう記載されている。


 面白そうなので、アレクはすぐに装着出来そうなパンドラの指輪と腕輪、いを矢ピアス、加霊計(腕時計)を装備した。


(次に魔法だな。とりあえず再度〈ヒール〉をちょいっと習得できたな。じゃあ〈グラビティ・ショット〉も、大丈夫だ。もひとつ〈スノー・ボール〉をぽんっとな。おまけに〈ファイア・ボール〉もっ……て、もうダメか。なら、闘気法の〈身体活性〉をほいっと覚えたぞ)


 覚えたからには使ってみたくなるのが人情というもの。アレクは早速それぞれ発動させてみた。


(まずは、〈スノー・ボール〉かな)


 語感から、アレクは特に考えたわけでもなく“雪玉が砲台から発射されている”場面がぱっと頭に浮かんだ。

 直後――アレクの胸の辺りから、直径10cmほどの雪玉が凄い勢いで発射され、一直線に15mくらいだろうか、飛んで行って宙で消滅した。


「お、おう…いきなり出たな」


 アレクは突然のことに面食らった。

 続いて〈グラビティ・ショット〉を放とうと試みるアレク。先程と同じく、語感から“小さなブラックホールがボンっと射出される”映像がぱっと思い浮かんだ。たちどころに黒い実体の無さそうな球体が雪玉よりは遅い速度で飛んで行き、20mくらいのところで消滅した。


(へえ、こっちの方が少し遅いけど射程が長いんだな。お次は〈ヒール〉だ)


 ゲームの回復魔法ということで、ぼわんと発光すると共に傷が治っていく映像を想像すると、自身の体が僅かに緑色の光を帯びた。


(最後は〈身体活性〉か)


 やる気と気合十分、体から蒸気が出ている感じの絵を思い描くと、アレクの体が僅かに黄色の光を帯びた。


(なんだか、体が軽くなった感じがするな)


 ステータス画面を確認すると、持久力と耐久力と敏捷性が少し上昇しているようだ。画面の下方へと視線をずらして行くと、ゲームを開始して30分ほどになるようだ。ステータス画面に時間が表示されており、時計のように刻々と数字が変化していく。


 ――!?


 矢庭に何かの気配を感じてアレクは振り向いた。後方30mくらいの場所に残光を纏った牛人だろうか、肌は褐色で所々に白い斑点のような模様が入っており、牛顔で人の体をした者が忽然と立っていた。その牛人も新参者なのだろう、少しきょろきょろと辺りを見回している。アレクに背を向ける姿勢で出現したため、まだ此方には気付いていないようだ。


(話し掛けてみるか)


 全く逡巡することなく、アレクは落ち着いた声で呼び掛けた。


「おーい、そこの牛人さん。あんたも新参者かい?」


 牛人は少し驚いたのか、慌てた様子で此方を向いた。何か迷っているのか、腕を組み、首を傾げ、そしてゆっくりと此方に向かってきた。


「ああ、俺は今日が初プレイだ」


(よっしゃっ! 仲間がおった)


「俺の名はアレク。今し方キャラクターを作ってここに飛ばされて来たんだが、何の説明もなくて困っていたところでね」

「確かに、いきなり森の中に飛ばされたら困るよな……」


 ――!?


 二人同時に何かの気配を察知し、アレクは左方を、そして牛人は右方を見た。視線の30mほど先に、一本の角が生えた体長1m程のウサギ……だろう、大きな赤い目でちょっと凶暴そうに見える。二人は顔を見合わせる。


「ありゃ、敵ってことだよな?」

「きっと、そうだな……そしてこっちへ向かってくるな」


 アレクは直ぐさま魔法を放つ。


(さっさと片付けるために2連射でいけっ)


 15mくらいの所まで近付いて来ていた強面の一角ウサギに、まずは速度の速い〈スノー・ボール〉を、間髪を入れずに〈グラビティ・ショット〉を放つ。強面の一角ウサギに向けて一直線に飛んだ直径10cmほどの〈スノー・ボール〉はボスンっと命中し、一角ウサギは少し後方へ飛ばされる。一角ウサギが飛ばされて地に突っ伏したため、このままでは放たれた〈グラビティ・ショット〉は外れてしまう。


(んー、曲がって当たってくれんかな)


 アレクが暢気にそう思ったところ、黒い球体はウサギへと吸い込まれるように下へ反れ、ウサギに直撃した。そして、ウサギは光を放ち消滅した。


「おっ……よしっ!ん?何か落としたようだな。うさ靴……ま、まあ、こっちの方が上がるものが多いみたいだから、装備してみようか……ん?」


 アレクから少し離れた位置で、牛人が鼻息荒く唸っていた。


「どうしたんだ?」

「刀で応戦しようと思ったんだが、刀がないし……どうやったら攻撃できるんだ?」

「おうおう、それは困りものだな。まずはメニュー画面で装備と道具と技を確認しちゃどうだい?」

「あ、ああ、そうしてみる」


 牛人の男は暫く宙の画面を眺めると、再び悩み始めた。


「なあ、技を習得出来ないんだが、どうやって覚えたんだ? お前は」

「それな、幾つか表示されている中で、やや明るめに表示されているやつは素直に覚えられるみたいだ。で、それ以外を先に覚えたいのなら設定欄で“おすすめ設定”を別のやつに変更すれば覚えられたよ」

「そうか、やってみる。……なあ、この変な設定は何なんだ?どきどき、はらはら、びくびく……それにびょんびょんとかオカシイだろっ!!」

「はは、イイカゲンだがどれも面白そうじゃないか? 俺は迷わず“びょんびょん”にしたよ」

「……いや、俺は“わくわく”にする」


 (にべ)もなく却下する牛人の男。


「お、本当だ。今度は習得出来たぞ。ただ、刀がないから意味がなさそうか。こっちの〈身体強化〉と〈身体活性〉も大丈夫そうだな」

「字面の通りにその映像を想い浮かべると発動するみたいだぞ。もしくは技名を念じるのかな?」

「お? おお、どっちも発動した」


 牛人の体が僅かに橙色、そして黄色の光を帯びた。


「喜んでいるところすまんが、さっきは兎に遮られちまったのでもう一度。俺の名はアレク・ベリーロ。あんたの名は?」

「俺は……フェルサ・サルーエだ。種族もだが、名前も勝手に決定されるんだな」

「いやあ、新参者の仲間に会えて嬉しいよ。俺、サタルーダ・クエントのことはさっぱり知らないから、何をして良いのやら」


 フェルサは目を剥いた。


「“もうひとつの現実”と言われ、70年も前から世界中を席巻しているこのゲームを知らないのかっ!?」

「え? あ、ああ、知らん知らん。周囲は皆やっている……から、しょっちゅう『お前もやれよ』と勧められていたけど、さして興味がなかったし、他に興味が向いていたからなぁ。これは人生初、店員と友人に押し切られて強引に購入させられたものだし、睡眠時に出来るって言うから試してみているところさ」

「え、えーと……なあアレク、いきなりゲームで現実の年齢を聞くのはどうかと思うけど、聞かずにはいれんっ。何歳なんだ?」

「俺か? 28歳だ」


 絶妙な間を置くフェルサ。


「ほんとに興味がないんだな。15歳か18歳から始めるのが普通だぞ。確か20年くらい前から、どこの国でもそうなったと聞いている。世界中の18歳以上は“ほぼ”皆このサタルーダ・クエントをやっていると謳っているし……もしかして、この“達成がちゃ”2個の“達成”って世界中で18歳以上の“プレイ率100%達成”ってことか?」

「あー、多分そう、だな。販売店のゴリ押し社員もゲーム機の設置をしに来た社員も泣き出さんばかりの感謝をしてきたし、偉い人も伴って来て『やっと念願が叶った』とか言って握手もされたし、『この国で最後の一人』だとかも言われたしなぁ」

「アレク、お前、世界中でこのゲームをプレイしていなかったの唯一の人だったんだな」

「ははは……そんな、変なものを見る目でこっちを眺めるんじゃない……」

「ああ、すまん、そういうつもりじゃないんだ。ただ、何で今までやっていなかったのかが疑問で」


 アレクは気持ちを落ち着けるように、長めに息を吐く。


「やる方が当然であるならば、そういう反応になるって――!?」


 またもや一角ウサギが此方へ向かって来る。フェルサがやる気まんまんで肩を回す。


「よっしゃ、今度は俺が殴り倒してくるぜ」

「落ち着けフェルサ。刀無しの、侍なんだろ? まずは俺が1発当てて削るから、その後行ってみな」


 矢継ぎ早にそう伝えるや否や、アレクは〈グラビティ・ショット〉を一角ウサギ目掛けて放つ。黒弾は放物線を描き、ウサギに見事命中して後方へ――は飛ばず、そのまま此方へ駆けて来る。


(少し走る速度が遅くなったか?)


「ほらフェルサ、出番ですぜ」

「おう、任せろ!」


 刀を持たない侍が、1mはあるウサギを思い切り殴り飛ばすと――ウサギは光を放ち掻き消えた。


「おっほー! さっきの身体強化と身体活性のおかげだろうなあ。動きが良いし、力が沸き上がってくる感じだっ!」


 そういって力瘤を作り、ボディービルダーのような姿勢をあれこれ取る。


(テカテカしてないのが救いかな)


「とりあえず、ウサギに襲われない場所に移動しよう」

「おう、そうだな……っとその前に、また敵が現れるかもしれないから、ひとまずPTを組まないか?」

「そうしよう」


 そうして二人は町を探すことにした。



 二人はどれくらい森の中を彷徨(ほうこう)しただろうか。あれから30体以上ウサギを倒している。二人は小まめに休憩を挟み、人気(ひとけ)がないか辺りを窺う。


「それにしても、何の説明もなければ、最初は攻撃すら出来ない、武器もない、技も習得していない、敵がいる森の中に放り出されて地図もない、近場に町もない……無い無い尽くしってのは、如何せん底意地悪いんじゃないのか?」

「そうだなあ。アレクがいなけりゃ、俺はあそこで死んでいただろうしなー」


 ふと、アレクは片眉を吊り上げる。


「なあ、もしかしてあそこで死んでいれば町で復活なんて仕様じゃないよな?」

「ははは、そんな初見殺しのゲームとか、ダメだろ」

「流石にそれは勘弁して欲しいよな」


(設定欄のふざけ具合といい、多分製作陣は良くも悪くも遊び心満載なんだろうなあ。こりゃあ、意地でも自力で最初の町を探してやるとしよう)


 そう思ったのも束の間、なにやら人工物っぽい物が目に映る。


「んーん? なあ、あの先に、町っぽいものが見えないか?」


 アレクは左前方を指差す。


「どれだ? お? ありゃあ、建物だろうな。よし、早く行ってみようぜ」



 途中更に4体の一角ウサギを撃退し、二人は町に辿り着いた。


「おー、町があると、こう……ゲームって実感が沸くねぇ」


 町の入り口を目前にフェルサは心踊っている様子だ。人々が行き交い、その喧騒が遠巻きながら窺える。家々は木造だろう、2~3階建ての和式のような建築物が列を成している。温泉街の宿場町の様相とでも言えるだろうか。


「とりあえず中に入って、装備を整えるなり情報の収集なりをしよう」

「そうだなっ! いやっほーっい!!」


 フェルサは駆け足で、アレクはゆったりとそれを追うように歩いて行く。


「あら、珍しいわね。自力で町まで辿り着く新人君なんて」


 入り口を通って少しした所で左方から声を掛けられた。視線を向けると、狼……だろう、ふさふさの耳と尾の生えた女性だった。放たれた言葉に、アレクは頭を抱えたい気持ちが湧き上がった。


「それは、一角の兎に殺されるのが普通って意味ですか?」

「ええ、そうよ。私もその口だったしね。ほら、最初って何もスキルを習得していないから攻撃が出来ないじゃない? それに気付かなくて戸惑っている間に殺されちゃうのよねー。中々意地の悪い仕掛けよね」


 アレクは苦笑いでごまかした。


「新人君、あなた達には必要ないかもしれないけれど、町の中央広場にある宿屋に行けば色々と初歩的なことを教えて貰えるわよ」

「そうですか、早速行ってみます。どうもありがとうございます」

「いえいえ。これから楽しく頑張ってねー♪」


 アレクは狼っぽい女性と別れ、フェルサを連れて中央広場の宿屋へと向かう。



「うほほー♪ 宿屋って響きがもうゲーム気分満載だなあ」


 恐らくフェルサの中の人はゲーム好きなのだろう。まあ実年齢を考えれば、ゲームが好きな者が比較的多い年齢帯でもある。


「ひとまず話を聞いてみようか、フェルサ」


 はしゃぐフェルサを促し、宿屋の中へと入る。

 そこにはカブト虫の……男性がいた。


「おう、いらっしゃい。ん? 牛人と……吸血鬼の新人さんか。珍しい種族だなあ」

「こんにちは。此方でゲームに関する初歩的なことが聞けると伺ったんですが」

「ああ、3時間後に講習形式で行われる予定だ。まあ、暫く町でも見て回ってくるといいよ」


 そう言ってカブト虫の男性は町の地図を手渡してくれた。

 地図を見ると、それなりに大きな町で“ユサベ温泉”と言う町らしい。四方10kmに渡って軒を連ねている。しかし、店らしきものはあまり無いようだ。“にゃんこ商会万屋 ユサベ支店”と“狼商会 道具屋さん”と“サタルーダ銀行 ユサベ温泉支店”、それに“にゃんこ不動産”がそれぞれ1軒ずつしかない。


(不動産……賃貸ってことか? なら、宿屋の意味は? それと、食べ物屋ってないのか?)


 腹をさすりつつそのまま目を移して行くと、温泉の地図記号が目に留まるが、よく見ると複数の湖の部分にその記号がある。


(だだっ広い温泉湖ってことかいっ!? 事実なら、そりゃ楽しそうだな。だがまあ、その前に)


「フェルサ、にゃんこ商会万屋で装備品があるか見に行ってみよう」

「そうだな。早く刀が欲しいぜっ!」


 宿屋から然程遠くない場所にその目立つ万屋は建っていた。


「……どう見てもあれだな」

「そ、そうだな」


 大きな建物の外装は、全面に沢山の猫の絵というか様子が描かれている。勿論看板も猫型だ。


(暇だったのか、趣味全開にしただけなのか、他の理由か……何れにしても詰め込み過ぎかな。目がチカチカするし)


 何気ない様子で二人が店に入ると――


 にゃあぁ

 にゃおーん

 みゃー

 にゃーにゃー


 大量の猫が出迎えてくれた。子猫、三毛、黒、灰色、白、丸っちょ、ころころと色とりどりの猫達だ。


「うぉおぅっ、猫がいっぱいっ!!」


 当惑するフェルサ。そんなフェルサに、猫達は容赦無く道を塞いで通せんぼをし、『フーッ、シャーッ、ウー、ヴゥー』と荒い様子で鳴く。


「こらっ、そんなに威嚇するな、通路を塞ぐな。俺の用事は刀だっ! おいアレクっ――て何しとんの?」

「え?」


 アレクは子猫を肩と頭に一匹ずつ乗せ、一匹は大事そうに抱えて撫でている。


「可愛いじゃん、子猫」

「アレークっ、目的っ、目的ーっ!」


 渋々とアレクは子猫を下ろ……すことなくそのまま店の奥へと歩を進めて行く。


「すいませーん、誰かいませんか?」


 フェルサが呼び掛けること10秒程、奥から浴衣を着た黒毛の猫人の女性が姿を現す。


「はいにゃん。何か御用にゃん?」


 返って来た言葉にフェルサは当惑するも、当初の目的を達成するために切り出す。


「刀が欲しいんだけど、あります?それと、出来たら手持ちの道具を買い取って貰えないかと」


 猫人の女性は目を(しばたた)かせる。そして、彼女はフェルサとアレクの足先から頭まで視線を行き来させる。


「うーんと、新人さんにゃん?」

「ええ、二人とも4時間程前に始めたばかりですよ」


 子猫を代わる代わる撫でながらアレクが答える。子猫は『ごろにゃん』とアレクに甘えている。


「ぬぉっ、ミーくんとヒーちゃんとランちゃんが懐くとは……お主、中々やりおるにゃん」


 フェルサは唖然とした気持ちから徐々に頭が重くなって来たが、刀のためと辛抱する。


「それで、刀はあります?」

「それはあるにゃん。でも新人さんなら、宿屋の講習で初期用の装備一式を貰えるにゃん。それよりも、そっちの出来るおじにゃんの靴と小手とベルトが気になるにゃん」


 そう言って黒猫店主はアレクを指差す。


「この“うさ小手”と“うさ靴”と“うさベルト”が何か?」


 アレクは道すがら撃退して来た一角ウサギから手に入れた装備類を3つだけ身に着けていた。


「にゃふっ! やっぱりにゃん♪ 幻の“うさシリーズ”にゃん♪ 噂で耳にする程度で拝んだことすらにゃいが、それが本物かにゃん♪ どうにゃん? その3点を買い取るから、二人分の良質装備一式あげて……も全く釣り合わないにゃん。どうしようかにゃん……」


 アレクはもこもこで艶やかな薄い桃色の小手を眺める。


(この可愛らしい兎装備が稀少物ねぇ。そんなに大した効果はないんだけどなあ)


 アレクは子猫を可愛がりながら猫人の女性に言った。


「どうせなら帽子・マフラー・尻尾・小手・靴・ベルト・手袋と2個ずつあるんで、全て1つずつ買い取って貰えますか?」


 黒猫女が目をまん丸にして飛び上がる。


「にゃふんっ!? にゃんっと!? にゃにゃん、そこは1式ではなく是非2式を……」

「ひとまず1式でお願いします」

「にゃん……わかったにゃん。にゃー、今相場は……それら7点全部で2千万ルブロ程にゃん。にゃーん、ちょっと手痛いにゃん……」

「ぶっっ!!」


 フェルサが思わず吹き出す。アレクは片眉を上げながら、うさ小手に再度視線を向ける。


(このうさうさがね。しっかし、ここでの2千万ルブロってどれだけの価値なわけ?)


「おじにゃん、これから融通するから、即金は250万ルブロで勘弁して貰えないかにゃん」

「それじゃあ、今二人でPT組んでいるので125万ルブロずつでお願いします。ちなみに、融通とはどんな風に?」

「なっ! アレク、そんなレア物売っていいのかっ! それに、条件が合ってないだろっ!」


 フェルサが割り入って吼える。


「ん、もう一式あるしな。それに考えてもみろ、フェルサ。お前このうさうさ装備を全身身に付けたいのか? 兎帽子や兎尻尾、兎の着ぐるみとか、目も当てられない身形(みなり)になると思うぞ」

「だが、効果は凄いんじゃないのか?」

「持久力と敏捷性と巧緻性、属性耐性として木・土・光・聖がそれぞれ割合で上がる装備だな。防御の類は一切上がらない」

「うっ……それはちょっとキツいな。装飾品の類ならともかく……」

「にゃんにゃん♪ 決まりにゃん♪ やっぱり出来るおじにゃんにゃん♪ 融通は、レベル50迄の装備類なら面倒見るから任せてにゃん♪ あとは情報をいっぱい融通するにゃん♪ 来てくれれば子猫を始め、他の猫とも戯れ放題にゃん♪」

「うーん、流石にそれだけじゃ……」


 フェルサはどうも納得が行かない様子だ。


「フェルサ、向こうで少し話そうか。ちょっと構いませんか?」


 アレクは猫店主に一声掛けフェルサを引き連れて店を一旦出ようとすると、店主がアレクとフェルサの背に声を投げ掛ける。


「友人登録してあるか、名前が判っていれば念話で内緒話を1対1で出来るにゃん。PTを組んでいればPT回線での念話が可能にゃん。こっちもPT内で内緒話が出来るにゃん。最初の内はメニュー画面から操作するといいにゃん。すぐに念じるだけで出来るようになるにゃん」


 二人は言われた通りメニュー画面を確認してみると“友人欄”が追加されており、そこには確かに“念話”、“友人登録”などの項目が出現している。


(これは……)


 アレクはひとまず念話の項目からPT回線を選択肢し、フェルサに送信を試みる。


<フェルサ? フェルサー?>

<おう、聞こえてるぞ>

<どうやら、猫店主には本当に聞こえていないようだな>

<ああ、そうだな。このねっこ馬鹿ーっ!>

<まあまあ、少し落ち着けよ。投資だと思えば随分いい条件だと思うけどなあ。今の俺達にとっちゃあ、情報は非常に重要だろ? 猫被りした――まさしく猫女だけど――商売人としては信用出来るだろ。猫生活を満喫したいがために猫人に成り切っているようだし、自身の愛する大事な猫に自由に触れて構わないとまで言ってるからなぁ>

<どうして、そう断定出来るんだよっ!>


<え? 見て、話して、そして雰囲気と仕草でなんとなくは判るだろ? ああ、それとな、うさ装備だけど結構な確率で手に入ると思うんだよ。なにせ40匹ほど倒して14個のうさ装備を手に入れているわけだから、相当確率が高くないか?>

<そりゃそうだが……俺の所には“一角うさぎの角”と“一角うさぎの毛皮”しか来てないぞ。どうしてお前の所にだけ、そんな良い物が沢山行っているんだよ…>

<さあなぁ。けど、お前の方に行った物が価値の無い物とも限らないだろ? ま、聞いた方が早いな>


「店主さん、“一角うさぎの角”と“一角うさぎの毛皮”ってどれくらいの価値があるんです?」

「にゃふっ! 片方は中々にイイ物にゃん♪ 毛皮は結構人気にゃん♪ ただし質が問われるので、見てみないと判らんにゃん」


 そう言って黒猫店主は猫手を差し出す。


<見せてくれと催促しているぞ、フェルサ>

<うーん……わかった>


 フェルサは“一角うさぎの毛皮”を5個取り出して広げた。黒猫店主は真剣な眼差しでそれらを凝視する。


「にゃん、にゃん、にゃふっ、にゃふ、にゃにゃん」


<どうやら凄いのが混じっているみたいだぞ>

<どうして判るんだよ>

<そりゃあ、さっきから“にゃふ”って驚いた時に漏れ出る言葉みたいだからなあ。で、1個は微妙みたいだな>


 鑑定を済ませた猫女が二人に向き直る。


「中々に凄いにゃん♪ 2つは質がとても良いにゃん。2つは並にゃん。1つはあまり良くないにゃん。ちなみににゃん、“目利き”と“鑑定”の技能を獲得すれば、しっかり鑑定が出来るようになるにゃん。称号が付けばより正確になるにゃん。ころにゃんはどっちも持っているにゃん。鑑定後はちゃんとその結果も表示されるようになるにゃん。だから見てみるにゃん」


 フェルサは鑑定済みの毛皮を手に取る。


「おっ、本当だ。さっきまでは質の表示がなかったのに、+6、+5、+1、0、-3って表示されているぞ」

「質の上限と下限はどこまでなんです?」


 アレクの問いに黒猫店主は嬉々として答える。


「流石出来るおじにゃん、しっかりしてるにゃん。現在+10~-10まであるにゃん」

「えーと、装備の場合は質以外にも格というか、別の良し悪しの指標がありますよね?」

「にゃんにゃん、鋭いにゃん♪ 格で合ってるにゃん。装備にはそれもあるにゃん。+15~-5まであるにゃん。ついでにゃん、装備品類は消耗するからちゃんと定期的に手入れをしないと壊れるにゃん。そうにゃん、その毛皮はもう少し量を集めた方がいいにゃん。寝具や絨毯、椅子、衣類の素材になるにゃん。ウチでもそれらの製造を承っているにゃん」


 アレクが子猫を撫でながらフェルサに向き直る。


「なあフェルサ、取引成立で構わないだろ? こういった情報は貴重だと思うし、繋がりも重要だと思うぞ」

「……そ――」


 黒猫店主が嬉しそうに飛び上がって、勢い良くかぶせてくる。


「流石にゃん♪ 出来るおじにゃん、よく判っているにゃん♪ このゲームは現実よりもにゃく肉強食にゃん。情報もツテもにゅうにょうにゃんっ!」


 くわっと黒猫店主が目を開いた。語気と相俟(あいま)って迫力があり、些か怖い。


(興奮し過ぎて噛んでるぞ……。そして見開いた目はでかいし、いつまで開きっ放しなんだよ。大きなまん丸の目で睨むな、凄むな。ちょっと怖いぞ)


「さてと、取引は……」


 アレクはメニュー画面の方々を探す。


「にゃんにゃん♪」

「おっ、あった。これで平気か、な?」

「来たにゃんっ♪ 大にょう夫にゃんっ♪ 毎度ありにゃん♪ にゃんにゃ、にゃおーんっ♪」


 猫店主が遠吠えのような声を発すると同時に――うさ猫となった。


(うわぁ……やっぱり全部は装着しなくて良かった。尻尾や気ぐるみやうさ耳は男が着るもんじゃない)


「なっ!」


 早着替えにフェルサが目を丸くする。


「なんじゃそりゃあっ! かっ、可愛いじゃねえかっ♪」

「にゃほーん♪」


(そういったものは可愛いと感じるし、好きなんだな)


 フェルサとうさ猫はさながら撮影会の如く二人で盛り上がり始めた。


(ああ、二人してそういうのが好きなのか。多分これなら……)


「おーい、フェルサ――」

「アレクっ! これからは、このにゃんこ商会にお世話になろうぜっ♪」


(そこまで行っちゃいますか。ま、結果的に望む方向に収まったからいいや)


「にゃんにゃん♪ 任せてにゃんっ♪ そうそう、紹介がまだにゃん♪ 名前はにゃんにゃん・ころろにゃん」

「俺はフェルサ・サルーエだっ♪」

「……俺はアレク・ベリーロ。宜しくお願いします、にゃんにゃんさん」

「にゃーん、アレにゃん、ころにゃんと呼んでにゃん♪♪」


 ころろがアレクに笑い掛ける。


「えーと、宜しく、ころにゃんさん」


 今度はアレクの腕にしがみ付いて来る。


「にゃーん、アレにゃん違うにゃん。ころにゃんにゃん♪」

「……宜しく、ころにゃん」

「にゃほほーん♪♪」


 ころろがアレクの腕に頬ずりをし、フェルサはそれを羨ましそうに眺めていた。アレクは苦笑いを浮かべてやり過ごすことにした。


(でっかいうさ猫が懐いて来たもんだ)


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