2 ◆ パムッカレ ごっつい飛び魚 駆けるもの ◆
でっかいうさ猫は暫くアレクにじゃれつき、唐突にひゅっと店の奥へ引っ込む。
少しして、今度は着物を着た恰幅の良い猫の男性を伴って出て来た。こちらは三毛猫のようだ。
「おやおや、どうも。ころろさんや猫達に気に入られるとは、あなた方も中々ですね。私はごろごろ・にゃん吾郎と申します。それにしても“うさシリーズ”をほぼ集めてしまうとは、凄い運の持ち主ですねえ」
(名前に突っ込みたいが、流石にここはぐっと堪えて)
「俺はアレク・ベリーロです。宜しくお願いします」
「俺はフェルサ・サルーエだ」
「アレクさんにフェルサさん、此方こそ宜しくお願いしますよ。どうぞ奥へ」
そう言って、にゃん吾郎は二人を店の奥へと案内する。店の奥の内装も和式となっており、通されたのは座敷だった。
それから、にゃん吾郎はアレクとフェルサの採寸をし始め、それが済むと布や小瓶などを取り出した。一通り揃えると、にゃん吾郎が集中し始め……腕や布や小瓶などが仄かに光を放ち始める。5秒ほどすると長着・帯・足袋が一つずつ出現する。
「レベルもまだ低いようですから、合成魔法である〈コンポーズ〉だけで簡単に作る物にしました。レベル10までには総取替えするのが普通ですからね。大まかに言って、レベル80までは10毎に一式変えて行く形になりますよ。装飾品類は何とも言えませんね。運の要素や適性と職に絡んで来ますから。
着流しには簡素な指輪程度に抑えた方が見た目は良いのですが、そうも言っていられないでしょう。戦闘時は御自分の戦い方に合った物を身に付けられるのが良いでしょう。さあ、これはフェルサさん用です。着てみて下さい」
促されるままにフェルサは着流しを着用する。
いざ着替えると、非常に様になっている。柳色の長着に濃紺色の帯、濃紺色の足袋。これで刀を差せば正に侍。
(ほぉおー。見違える程様になっているなあ。馬子にも衣装、なんてな)
「アレクさんも侍ですか?」
感心している横からにゃん吾郎に問い掛けられ、返答にやや間が生じる。
「……いえ、俺は魔導士です」
「おや、魔導士ですか。それは、少し大変かもしれませんね」
そう言うとにゃん吾郎はアレクの分の長着・帯・足袋を生成する。
着るように促されてアレクも着替える。アレクは藍色の長着に白鼠の帯、白の足袋である。
「おぉっ! やっぱり雰囲気出るし、町の景観にも合っていいなあっ。俺もそんな感じに似合ってるかっ!?」
フェルサが興奮仕切りな様子で様々な体勢を取る。
「鏡がありますから、これで御覧になるといいですよ」
にゃん吾郎がどこからか大きな鏡を取り出した。
「うわっほーいっ! 侍だぜっ、侍! いいねー♪」
鏡を前にして、少年の如くはしゃぐフェルサ。さも刀を所持しているかのように、ゆっくりと斬る仕草をする。
(うはー。様にはなっているけど、俺は傾き者やゴロツキ、ヤクザ寄りだよね)
魔人であるアレクは、どうしてもパッと見の印象が悪者になりがちだ。格闘家のようながっしりとした体型、僅かに藤色掛かった灰色の肌、髪は光沢のある桔梗色で短髪、瞳は暗緑色、顔つきは端整だが力強い感じで髭は、カストロに近いだろう。
「お二人とも似合っていますよ。体格も良く見た目が強い印象ですから、柄などはあまり無い方がすっきりとまとまるでしょう」
にゃん吾郎は顔を綻ばせて、アレクに鎌輪ぬ柄や唐草文様、葉柄などの生地を当てて行く。派手な柄や大振りなものになる程、人を脅して殺していそうな見てくれとなってしまうアレク。本人も苦笑いが止まらない。
「すーげー! アレク、柄悪そうだっ!」
吹き出しながらフェルサが言う。
アレクはフェルサに乗っかって、凄みを利かせた悪人顔で啖呵を切ってみる。
「何をっ! 成敗してくれる!」
「ひゃー、ホントに切り伏せられそう」
「いや、お前も色と柄の合わせが変だったら、似たようなもんだからな?」
「なはは、侍の俺がそんなわけあるかいっ」
そんな二人のやり取りを、にゃん吾郎は微笑みを湛えて見ている。
(フェルサ君、君には色彩感覚の成分が不足していると思うな……ああ、でも関係ないのか)
アレクはにゃん吾郎に目で合図を送ると、彼はアレクにしたように様々な柄や色の布をフェルサに当てて行く。
「のふぅぁっ! すげーっ! 俺、悪人侍っ♪ 人斬りじゃー♪ 斬ったるでー♪」
「怖いにゃーん♪」
(やっぱり……)
ころろとはしゃぐフェルサを余所に、アレクはにゃん吾郎と様々な話をしていく。
○サタルーダ・クエントの公式設定として公開されているものについては、サタルーダ銀行の各支店で見ることが出来る
○魔法や闘気法は不安定である
○疲労という尺度があり、疲れると能力が落ちて行く
○ゲーム内でも1日1時間は睡眠を取った方が良い
○適性により職以外の技能も使用出来るようになることがある
○魔物はお金を落とさず物のみを落とす。従って一般的には獲得した物を銀行売りすることで換金する仕組み。それ以外では他人に売ることで換金。
○地位や称号、二つ名には何かしらの付帯効果や加護などがある
○レベルが上昇しても自動的に強くなるわけではない
○≪次元門ダンジョン≫と≪時空門ダンジョン≫があり、前者の方は高い通行料が必要となるもののそれぞれのPT・個人のみでの攻略となる。後者は共用で他人に殺される可能性があり、能力や装備・最大HPの関係上レベル100を超えるまでは行かない方が良い。
○ログアウトとは別に“休眠”がある。成長条件に“時間”が関係しているものがあるので、ゲームを中断する際は常に“休眠”状態にしておくと良い
○どこかの町に住居を構え、そこを拠点として冒険をしていく
○住居は現実と同じく不動産屋にて借りるか自身で建てるか誰かに建てて貰う
○街の付近は銀行にて土地を購入出来るので、土地を買い上げれば建物を建てることが出来る。どこが購入出来るかはそれぞれの支店で確認出来る
凡そこんなところだ。にゃん吾郎は配布されている公開公式設定の紙をくれると言ってくれたのだが、アレクは自身の目で確認することが大切であると考え、にゃん吾郎の申し出は丁重に断った。そこで早速、その公式公開設定を確認しに行くことにしたアレク。勿論フェルサも連れて。
店を出る前に、にゃん吾郎が二人分の草履とフェルサの刀、それにアレク用の扇子を用意してくれていた。
銀行へ向かう道中、フェルサが|欠伸〈あくび〉をしながらアレクに話し掛ける。
「それにしても、公式設定を大々的に発表しているなんて太っ腹だなー」
「開始直後の意地の悪さといい、設定の表現の奔放さといい、鵜呑みにするのは危険だと思うがなあ。それか、あまり公開してくれてはいないとか」
白い子猫をあやしながらアレクが答える。万屋にいた子猫の一匹が、アレクに着いて来てしまった。この白い子猫は、なぜかアレクから離れようとしない。
「アレクの中の人って、意外と捻くれ者なのかっ!? そんなに疑うのはどーよ? 世界でも有数の企業なんだぜ」
「ははは。ゲームの内容とそこは関係ないんじゃないか」
現実のフェルサの純真無垢さに、アレクこと聖大は好ましさと不安を抱き、相手との年齢差を如実に感じるのだった。
「ところでフェルサ、にゃん吾郎さんの話はほとんど聞いていなかったろ? 歩きながら要点だけでも――」
「それなりに聞こえてはいたから大丈夫だっ! それよりアレク、聞いてくれよ! 今度ころにゃんと二人で遊びに行く約束をしたんだっ♪ 可愛いよなー、ころにゃん♪」
(これは、釘を差しておいた方が良いのだろうか、余計な御節介なんだろうか)
舞い上がるフェルサの話に耳を傾けるにつれ、アレクは迸る不安から決意をする。
「おーい、フェルサ。お前気付いていないかもしれないが、あの人は見た目こそ20歳手前だが、現実さんは40前後だと思うぞ。それにあまり舞い上がっていると、結果として貢がされる羽目になるぞ。あの人に悪意や意図は無かろうとも」
「ははは、冗談は大概にしてくれよっ、アレク♪ ころにゃんが俺の親とそんなに変わらないくらいなわけないだろ♪ やっぱ日本名物の“コスプレー”って偉大だよなあ。俺の国じゃあ出来ないもんなぁ」
アレクの胸中では、“不安目盛り”が振り切れた。
ひとまず念話で会話をするよう促すことを試みる。
<フェルサー、嬉しいのは判ったから、それは町中で拡声器の如く話す内容じゃないぞー>
「え?」
<あっ、そ、そうか>
気付いたようにフェルサは念話へと切り替え、そのまま延々と“ころにゃん”の可愛さについてアレクに熱弁を揮うのだった。
銀行と言うからには大層な建物かと予想していると、アレクの予想とは少し方向性が違った。目前に見えるは、さながら大きな旅館。温泉にでも入って宿はく出来そうだ。
二人は中へ入ると、そこで目的の公開公式設定の資料を貰い、銀行口座も設けて100万ルブロを預けた。ついでに“一角うさぎの角”7本を換金することにした。金額は全部で5000ルブロ。それに“一角うさぎの毛皮:質‐2”も売却した。此方は1点で1300ルブロ。
アレクはうさ装備の7品も鑑定を依頼した。うさ装備類を前にした鑑定者は目を丸くして声を失っていたが、やがてそれぞれを鑑定し終えると2100万ルブロになると教えてくれた。鑑定者は是が非でも買取りたい様子だったが、アレクは鑑定に謝意を示すと膠もなく、だがゆったりとした所作で立ち去った。
銀行を後にしたアレクは、査定額について振り返る。2100万ルブロとは、ころろの買取提示額よりも100万ルブロ高い。一品一品を確認して行くと、うさベルトの質が+2、格が+1であり、金額もそれ一つで635万ルブロと高額だった。他は全て質、格共に0である。
しかし、ここであることに気付く。7品の査定額を足してみると、なんと2375万ルブロなのだ。口頭での提示額との間に、275万の差額が生じている。暫く押し黙ってしまうアレク。
さて、公開されている公式設定は次の通りだった。
○ゲーム内では1日:24時間(=現実では3時間分)、ゲーム内では1週間:16日、1ヶ月:61日、1年:732日(=現実では91日半)
○おすすめ設定は最短で最適な成長を案内してくれる(変更しても問題はないものの効率が著しく下がる可能性大)
○ゲームの初期設定(種族・体格・容姿・年齢・能力・適正等)は自動的に決定される
○キャラクターの職、ステータス変更、獲得能力の変更、やり直しは出来ない
○種族により能力の適正や上昇幅、上限などは異なる
○レベル100までは上昇しやすく、レベル200以降は大変になる
○召喚霊は精霊・魔霊のどちらかを選択(それぞれの獲得可能場所にて)
○攻撃を受けるとHP・MP・OP・SPの全てが減る(減り具合は攻撃の種類に依る)
○負傷時、傷口から漏れる光の粒子はHP・MP・OP・SPで、塞がない限り減り続けて死に至る(=出血による失血効果)。回復により傷口は塞がり漏出は止まる。設定変更にて血しぶきの視覚効果へと変更もできる
○死亡5分後に近くの町の神社・寺院・神殿・教会にて強制転移後復活する(ダンジョン内での死亡時は門の地点で復活)
○死亡時、蘇生魔法・蘇生道具使用が間に合わない場合は経験値が減る。また、一日気だるさなどの症状が出て能力が1~3割落ちる
・死亡時はHP・MP・OP・SPは全て0となり、蘇生魔法・蘇生道具によって蘇生した場合には、その効果に準じてそれぞれの残存量が決まる。5分後の強制復活の際は、全てが満タンとなる。
○名誉値、名声値、称号の獲得により地位を獲得できる(王、貴族、騎士、官吏など)
○名声値、信念値の獲得により称号、二つ名などが付く(逆も然り)
○都市、街、施設での攻撃は基本的に禁止
○決闘や催事、祭りの時は合法的なPKが可能
○盗賊行為は都市、街、施設意外で可能
○犯罪行為により牢獄送りがある
○死刑制度有り
○死刑の場合のみキャラクターが削除される (死刑執行後、新たにキャラクターを作り直せる)
○キャラクターの再作成には一度ログアウトする必要がある
アレクとフェルサは公開公式設定の記載された紙と睨めっこをしつつ声を漏らす。
「攻撃を受けたら全て減少するって、中々大変じゃないか」
「俺はゲームなんていつやったか覚えていない程だから判らないが、そうなのか?」
「そういやゲームには興味ないんだっけ。大概のゲームにおいては、まずHPしか減らないかMPを削る攻撃や吸収する攻撃くらいなもんだ。全て減るとか無い無いっ」
「なら“失血”ってのも……」
「ああ、面倒な設定だな」
「『無駄に現実的みたくしてみちゃった♪』って感じなのか?」
「まあ“もう一つの現実”とか謳っているゲームだしなあ」
それからアレクは、にゃん吾郎の話や公開公式設定、自身が経験したことを振り返る。
技等におけるやり直しのきかなさが現実を彷彿させ、ゲーム設計は一見すると自身で取捨選択することを推奨しているのだが、強く“おすすめ設定”を推している点は符号しない。“おすすめ設定”の説明にある『効率の最大化』とは、一元化こと多様性の喪失、選択性の喪失であり、致命的な危うさが潜んでいる。
また、公開設定には“疲労”に関することが一切記載されていない点もアレクは引っ掛かっていた。アレク自身は森を彷徨していた時に疲れを感じており、にゃん吾郎から情報を得て、自身の感覚が確信へと変わった。
以上から、『自身の感覚を開き、自ら気付いて発見して試行錯誤することが大事であり、他人の情報は参考程度に留めておくのが良い』とアレクは総括した。ふとそこで、以前、仏教の筏の話を聞いた時のことを思い出した。
アレクがあれこれ考えていると、懐にいた白い子猫がもぞもぞし出した。どうやら退屈になって来たらしい。右手で軽く撫でてあやしてやると、気持ち良さそうにして更に甘えてくる。子猫と接していると、アレクの胸中は嬉しさと幸福感で溢れて行くのだった。
にゃんこ商会万屋に戻ると、にゃん吾郎が一緒に来るよう二人に言った。住処を手配してくれるそうだ。アレクは口惜しさを胸に仕舞いながら、白猫と万屋でお別れした。
「一から十までお世話になり、有難うございます」
アレクが礼を言うと、にゃん吾郎は後頭部を掻きながら苦笑した。
「いえいえ、此れしきでは全く足りないですからねえ。ころろさんが勢いで買い取ってしまいましたし」
「それって……」
「実は、彼女がこの辺境且つ低レベル帯に住んでいる理由というのは、あの“うさ装備”なんですよ。どうしてもあれが欲しくて、かれこれ……80年程ですね。狩った一角うさぎの数は億単位でしょうねえ、恐らく。それでも一つも獲得出来なかったわけですから、仕方の無いことなんですがね。それにしても2000万ルブロ……」
(80年っ!? おっと現実じゃないよな? 確か、現実の1年でゲームは4年だから、約20年も求め続けとったんかいっ!)
アレクはその直向きさと意志の強さに感心した。フェルサはというと、隣で絶句している。
(あー、フェルサはころろが若いと思っていたんだもんな。これは暫く復帰しないかもなー。うん、合掌)
撃沈しているフェルサはそっとしておき、アレクはにゃん吾郎と会話を続ける。
「にゃん吾郎さんは何故この地域に住んでいるんです? ころろさんよりも長いんでしょう?」
「私は温泉とこの和風建築の町並みが大好きでして。両方揃った場所となると中々ないんですよ。それに、湖のような広大な温泉や棚田温泉、温泉の滝、間欠泉、温泉洞窟などなど、温泉満載の地はここだけですからねえ」
(どんだけあるんだよ、温泉っ!)
「棚田温泉や温泉洞窟には興味が惹かれま――」
「おおっ、ならば今日にでも是非一緒にどうですかっ!? すぐにでも案内しますよっ! 棚田温泉ならば近いですからねっ!」
三毛猫おじさんの目が、グワッと大きく見開かれる。猫目だけに相当な威圧感だ。にゃん吾郎の想像を絶する食い付き振りに、アレクは内心たじろぐ。これまでの温厚そうな雰囲気と声は鳴りを潜め、さながら沸き立つ温泉の様な熱意だ。
しかしながら、面白そうなので、アレクはほいほいっと乗っかった。
「じゃあ、是非お願いします」
「お任せ下さいっ! さて、着きましたよ」
にゃん吾郎が合掌造りの家屋が並ぶ集落で立ち止まる。日本住まいのアレクこと聖大にとっては、見たことのある風景だった。
「どうします? お二人で一緒に住みますか? それとも一軒ずつにしますか?」
にゃん五郎の問い掛けに、アレクはフェルサをちらりと見やる。
<俺は共同だと合宿や寮みたくて面白そうだと考えているんだが、どうする?>
<ホントかっ!? なら是非是非♪ 俺、合宿とか大好きなんだっ♪>
フェルサも大乗り気だ。ならば決まっていよう。
「一緒でお願いします」
「そうですか。若いお二人ですから共同住まいも楽しいでしょうな」
にゃん吾郎は微笑みながらそう言うと、大きめの立派な家屋に二人を案内する。
「ここを住居として使って下さい。家賃は前払い済みですから、もう要りませんよ。レベルが50になる頃には拠点の都市を変えることになりますからね。使い方は現実とほぼ同じですから、説明は不要でしょう。
内装などを変えたい場合には仰って下さい。内容にも依りますが、こちらで手配しますよ。それから、防犯設定なども御自身で好きに設定出来ますので、契約後にいじってみて下さい。ここまでで何か御質問はありますか?」
「やっては駄目なことって、ゲーム内の家屋ではあるんですか? 現実の場合は、契約書に沢山そういった記載事項があるのが常ですけど」
アレクの至極当然な問いに、にゃん吾郎は笑いながら答える。
「ははは、面白いことに無いのですよ。町の中だと人や器物への攻撃は無効化されますから壊せないんですよ、基本的には。流石ゲーム、便利ですよね。ただし、個人で所有している道具などには効力が及びますので注意して下さい。また、内装や家具なども住居として登録していない場合は攻撃すると壊れます。壊したくないものは、住居設定にて登録しておくと良いですよ」
「はー、面白い設定なんですね。壊せない家や家具とは、便利だけど自分が負けて壊れそうだなあ」
「御安心を。決闘や公式のイベントや祭りなどの催し以外では、町中で負傷することはありませんよ。他に無ければ、ひとまず期間は2年としておきますので、契約を」
「もし早く引き払う場合には、事前に連絡すれば宜しいですか?」
「ええ、そのようにお願いします」
そうして、アレクとフェルサは住まいを得たのだった。
3人はその足で町外れへと向かっている。そう、目的地は棚田温泉。
今も健在する世界的観光地みたいな風景かと、アレクは期待に胸を膨らませる。石灰岩と土が混じった道を歩く3人。一歩一歩踏みしめる毎に、アレクの胸躍る気持ちが、炭酸のように弾けていく。
そして、遂にその光景が目に飛び込んで来た。
「おおー!」
「うわっほーいっ!」
目前には乳白色の棚田が広がっている。脇に視線を移して行くと、赤褐色の棚田も、青色の棚田、緑色の棚田まである。
「これって、全部温泉なんですか!?」
「ええ、そうですよ。どうです、景観も迫力も凄いでしょう?」
「想像以上の凄さです!」
バシャーンッという音が響き、素っ裸のフェルサが猛烈な勢いで泳いでいる。様々な泳法で泳ぎ、時々水面から跳ねては隣の段へと移って行く様子は、さながら飛び魚とでも表現出来よう。間違っても可憐な人魚ではない。
(筋肉質な牛人の飛び魚か……ちょっと怖いな)
「元気でいいですねえ。やはり、ああいう風に好き勝手に騒げるのがこのゲームならではで面白いんですよ。ああ、言い忘れていましたが、時々魔物が出現するので注意して下さいね。レベルは低いですから大丈夫だと思いますけど」
(三毛猫おじさんっ! それ一番重要っ!)
泳いでいて聞こえないだろうからと、アレクは念話でフェルサに注意を促す。
<フェルサー! 魔物が出るから、〈身体活性〉や〈身体強化〉を使って備えをしとけー! そして、やられるなよ>
<もう追っ掛けられてるー!>
(おう……フェルサ君……)
アレクは見渡してフェルサを探す。確か、先程までそこら辺にいたはずだ。
「あー、にゃん吾郎さん。早速フェルサが魔物と追い駆けっこをしているようなんですが……彼どこにいますかね?」
「んん? フェルサさんなら、あそこじゃないですか?」
にゃん吾郎は左の方の緑色の棚田を指差す。
(おいっ、いつの間にあんなに遠くまで行ったんだよ)
目を窄めてよーく見ると、確かに飛び魚が1体から更に3匹へと増えていた。いや、それどころか徐々に数が増している!
「にゃん吾郎さん、手を貸して貰えますか?」
「勿論構いませんよ」
アレクはにゃん吾郎にPT申請をする。彼は受諾し、3人PTとなる。
アレクはにゃん吾郎のレベルが150であることに驚くが、すぐに年数を考慮すれば妥当な数字かもしれないと思い直す。
「おや? 二人ともまだレベル1でしたか。それはまずい。さあ、早く救出に行きましょうか」
急いでフェルサの元へと駆け付けると、連れている飛魚は18匹まで増えたていた。アレクは思わず首を傾げ、左手で顎をさすりながら、暫しその様子を眺めてしまう。
「〈身体活性〉と〈身体強化〉が使えるんですねえ。それなら捕まることはないでしょう。さあ、やっつけますよ」
にゃん吾郎はまず〈フリーズ・キャノン(4弾)〉を放ち、5秒程してから〈ストーン・キャノン(4弾)〉を放った。直系50cm程の電気の弾が4つ、50cm程のピラニアのような魚目掛けて飛んで行き、直撃すると破裂して1.5m程の電光を放ち数匹纏めて屠る。4弾で計10匹を撃退した。続けて直径50cm程の茶色い閃光弾が4つピラニアもどきへと炸裂し、同じように直撃すると破裂しては1.5m程の閃光を放ち、纏めて敵を退ける。
「にゃん吾郎さんって、魔導士なんですか?」
「いえいえ、私は獣奏士ですよ。魔法寄りの獣奏士。ちなみに、ころろさんは体術寄りの獣奏士です」
「使役獣は……猫類?」
「勘が良いですねえ。その通りです。店内にいた猫達はころろや私の使役獣なのですよ」
(あいつ等戦えるんかいっ!)
「た、助かった……」
息も切れ切れで、フェルサが仰向けとなって水面に浮かんでいる。
「張り切ってはしゃぎ過ぎだな」
「ははは、元気があって宜しいじゃないですか」
にゃん吾郎は愉快に腹を揺すっている。
――!?
アレクが後ろを振り返ると、30m先に跳ねているピラニアもどきが2匹、目に入る。
(にゃん吾郎さんは違う魔法だけど4弾も出していたな。恐らく〈グラビティ・ショット〉などの上位版だよな。なら、同じく複数出せるのか?)
少しずつ向かってくる白ピラニア目掛けて、アレクは〈グラビティ・ショット〉を放つ。3つの黒弾が白ピラニア目掛けて飛んで行く。
(おっ! 巧くいったぞ)
狙い違わず吸い込まれるように1匹に3弾命中すると、白ピラニアは消滅した。残った1匹目掛けて今度は〈スノー・ボール〉を放つ。しかし、1弾しか出なかった。おまけに威力も半分程度だ。
(あれっ? 苦手な属性なのか?)
雪弾を食らって少し吹き飛ぶ青ピラニアだったが、既にアレクから5~6mの地点まで近づいて来ていた。アレクは素早く再使用時間を経過している〈グラビティ・ショット(3弾)〉を放ち、どうにか事なきを得る。
「おや、レベル1にして〈ボール系〉魔法を3弾出せるとは、凄いですねえ。それに、片方は見掛けない属性ですね。黒い方は何属性なのですか?」
「〈グラビティ・ショット〉なので重属性ですね。珍しいんですか?」
「ええ、長年やっていますが初めて聞きますよ。アレクさんは、吸血鬼ですよね?」
「いいえ、俺は魔人ですよ」
「魔人ですかっ!――おっと」
横を見やると、更に白・青・緑の3匹のピラニアもどきが向かって来ている。にゃん吾郎が〈フリーズ・キャノン〉を放ち、一気に3匹撃退する。
「魔人なら珍しい属性が使えるのも納得ですねえ。はあ、それにしても初めて見ましたよ、魔人族は。何せ13人しかいませんからねえ」
「「13人だけっ!?」」
アレクにフェルサは、飛び上がるようにして驚く。
「ええ、アレクさんを含めて13人だけです。実はメニュー画面から、種族の人数は確認することが出来るのですよ。およそ40億人中、どの種族がどれだけの割合いるのかも示されていますよ」
言われた通りメニュー画面を探してみると、確かに種族比率と人数の項目が存在している。種族は計15種で、多い順に次の通りだ。
『魚人>人狼>虫人>花人>鬼人>鳥人>牛人>猫人>岩晶人>妖精>人魚>竜人>虎人>吸血鬼>魔人』
牛人族は300万人程おり全体の7.4%程。猫人族は約78万人で全体の約5.3%。魔人族は確かに13人で全体の約0.0000003%だった。
『何故13人なのか』、『何故そんなに少ないのか』等々疑問は尽きないが、手掛かりが少な過ぎて糸口さえ見付かりそうになかった。
その後3人でピラニアもどきを大量に駆除しながら、温泉と夕焼け景色を楽しんだ。中々に良い一日目だった。
合掌造りの家へ戻り火を灯すと、フェルサに驚かれた。
「わっ! アレク、お前目が真っ赤だっ!」
「え?」
鏡で確認してみると、確かに瞳の色が鮮紅になっている。昼は暗緑色だったのだが一体……。
「アレク、お前やっぱ魔人だよっ!」
フェルサに妙に納得されてしまった。
空腹が限界だったアレクは、帰宅するや、すぐに囲炉裏でピラネアもどきこと“ピラネーア”を焼き始めた。一日動き回って疲れもしたが、アレクは何よりも空腹に耐え兼ねていたのだ。食料らしい食料がにゃんこ商会万屋には置いてなかったため、先程の白・赤・青・緑の“ピラネーア”を焼いて食べると帰りの道中にて心に決めていた。
意外と魚自体に塩味が利いており、そのまま焼いてもかなり美味しく、むしろ化粧塩などをすると塩味がキツく感じられるほどだ。どれも割りと脂の乗った白身魚で、緑が鯛、赤がアカムツ、青が鱈、白が平目みたいな味だった。
「魔人が悪魔の魚を貪り食っとる絵だな」
フェルサが強面の魚にかぶり付きながらそう言った。
(お前も大概だからな)
アレクとフェルサはレベルも2となり、アレクは〈ファイア・ボール〉と〈エアー・ショット〉を習得出来た。しかし、一角兎40匹程にピラネーア150匹程を倒してやっとレベルが上がるとは、先は長そうだった。
(これで上がりやすい時期ねぇ)
●一角ウサギ:レベル1
(落とす物-赤石、兎肉、一角ウサギの角、一角ウサギの毛皮、うさ装備
白ピラネーア:レベル2
(落とす物-骨、魚、塩
青ピラネーア:レベル2
(落とす物-骨、魚、塩
赤ピラネーア:レベル3
(落とす物-骨、魚、虹貝の指輪
緑ピラネーア:レベル3
(落とす物-骨、魚、硫黄結晶
※ピラネーアはピラニアに似た姿だが、ピラニアではない




