第六十七話 "鍛冶師の意地"
鍛冶場の空気が、白く弾けた。
ワシの握った試作の一挺が、撃った途端に手の中で暴れて、輪胴の脇から横向きに火を噴いたのだ。硝煙が濛々と立ちのぼり、職人どもが一斉に作業台の陰へ伏せる。焦げた金属の匂いが鼻を突いた。
ワシは伏せなんだ。噴き出した火の向きと、手のひらに残った衝撃の癖を、その一瞬のうちに覚えておきたかったからや。
「陛下、伏せんかい!弾が何処へ飛ぶか分かんねぇぞ!!」
エルダが後ろからワシの襟首を掴んで引き倒した。エルダが一拍遅れて怒鳴るということは、こいつも今の暴発の原因を探ろうと見とったんやろ。
「ええ暴れ方やったで、親方。横に吹いたな。輪胴と銃身の継ぎ目や」
「分かっとるわ。あそこから毎度毎度、火が漏れよる」
ワシは焦げた試作を作業台に置いて、まだ熱い輪胴を覗き込んだ。原因が見えるというのは、それだけで一歩前に進んだということや。壊れてくれた分だけ、次が近づく。マキナ殿が言うトライ&エラーっちゅうやつだ。
◇
ワシらは、手で持って撃てる様にした小さな大砲……銃を作ろうとしている。
大砲ならとうに在る。だがあれは銃口から弾と火薬を一発ずつ詰める前装式で、撃つたびに何人も人手がかかる。連射は利かんし、丸い弾では遠くの的にまともに当たらん。先の戦で、空から来る敵に地上の砲がまるで届かなんだのを、ワシらは直接目にしている。
敵に届いて、連射できて、当たる火器。それらを詰め込んだ形が目標だ。
命中の目処は、実のところもう立っている。マキナ殿がボウ・ライフルに持ち込んだライフリング――銃身の内側に螺旋の溝を刻んで、弾の軌道を安定させた。
連射と密閉、これが残った壁やった。
後ろから弾を込められれば装填は速い。だが後装は、撃った瞬間の火薬の圧が後ろへ漏れると威力が抜けるし、撃ち手も危ない。前装が長く使われてきたのは、この密閉が後装填式では難しいからだ。
マキナ殿の言った薬莢が、それを一手で解いた。
火薬と弾を金属の殻にひとまとめにして込める。装填は殻ごと差し込むだけで済むから速い。しかも撃った瞬間、殻が内側から膨らんで薬室にぴたりと張りつき、後ろへ抜けるはずの圧を薬莢が塞ぐ。
連射の速さと後装の密閉を、殻が同時に片づけてくれた。ゲパルトがマキナ殿の一言から着想を得て「詰めるんやのうて、弾と火薬を一つの殻に包んでまうんや」と言い出した時は、ワシは思わず膝を打ったわ。
撃発は撃鉄で殻の底を叩く。輪胴に殻を六つ込めて、撃つたび回して次の一発を銃身の後ろへ送る。ここまで来て、ようやく形は連発の銃になった。
◇
だが、まだ足りん。
手で持てる大きさに縮めれば、銃身は短くなる。短い銃身では、火薬の圧を弾に伝え切る前に弾が飛び出してしまう。初速が伸びんのや。ライフリングで姿勢は保てても、遠くの敵を貫く力そのものが足りん。
そこでワシらが噛ませたのが、魔導回路と弾丸の円柱に刻み込む魔法陣による加速術式や。
弾の側面――周りをぐるりと囲う胴の面に、極小の魔法陣を刻む。銃身の内側には、ライフリングの溝と同じ螺旋で、魔導回路を這わせる。溝と回路を、寸分たがわぬ一本の螺旋として切るのや。
弾が火薬に押し出されて銃身を走る間、回転しながら進む弾の側面の魔法陣が、螺旋の回路をずっと舐め続ける。陣と回路が触れ合ったその瞬間に、あらかじめ込めておいた加速の術式が起きる。術式を受けた弾は、銃身という助走路を通り抜ける間じゅう、自分で加速していく。火薬が弾を押し出し、魔導が背中を追って押し上げ、ライフリングが姿勢を締める。三つが一本の螺旋の上で噛み合う。
術式を弾に込めるのは、術者の仕事や。これも新しい話やない。
もっとも、この陣は凝った物やない。標準の量産弾に彫るのは、機械打刻の単純な円環がひとつだけや。方向を持たん形にしとけば、輪胴がどんな角度で止まろうと、回転しながら通る弾がどこかで必ず銃身の回路と触れる。位置合わせの精度を求めん代わりに、出力は抑えめになる。誰の手でも扱えて、いくらでも打刻で量産できる――それが標準弾の値打ちや。
複雑な多重陣を寸分違わず彫った上等弾は、術者が手間をかけて別に仕込む。効きは強いが、量産は利かん。
設計としては、これで通っている。通っているのに、撃てば暴れる。
◇
突き詰めれば、暴れる理由は一つやった。輪胴とバレルの継ぎ目、隙間からのガス漏れや。
輪胴が回って次の薬室が来るたび、バレルの基部とのわずかな隙間から、火薬の圧が横へ抜ける。抜けた分だけ初速が落ちるだけやない。抜ける勢いにムラがあると、弾が回路を舐める間合いまで狂って、術式の起きる頃合いがずれる。火薬だけの銃なら威力が少し落ちるだけの漏れが、魔導を噛ませたこの銃では、加速そのものを崩す。継ぎ目一つに、火薬と魔導の両方がぶら下がっている。
「隙間を詰め切るしかあらへんな」
エルダの言う通りや。輪胴とバレル基部の隙間を、ありったけの精密加工で削り込む。目安で0.05ミリ程度まで詰めれば、漏れは大きく抑えられる。
だが隙間はゼロにはならん。ゲパルトが試作の破片を並べて、漏れの跡を指でなぞった。
「削って詰めるだけでは終わりません。撃つ熱で金属が伸びます。冷えている時に合わせても、熱を持てばまた開きます」
「ほな熱を逃がす道を、先に銃身へ切っといたらどうや」
ワシが言うと、ゲパルトが顔を上げた。熱を溜めん形に組めば、伸びも抑えられる。冷却を後から足すのやのうて、初めから熱の逃げ道を骨に織り込む。ワシは嬉々として図面を広げた。この手の思案をしとる時が、ワシは一等たのしい。
量産型はこれで通す。0.05ミリの公差と熱の逃げ道、二段構えで隙間の漏れを抑え込む。整備も量産も利く、野戦の主力や。
◇
試作の幾つ目かは、もう数えるのをやめていた。
試射場にワシとエルダ、ゲパルト、それに術者が一人。標準弾を六発、輪胴に収める。ワシは的に向き直った。
引き金を絞る。撃鉄が落ち、火薬が弾ける。弾が銃身を走り、回転しながら側面の陣が螺旋の回路を舐め、込めた術式が背中を押す。手のひらに来る反動は、これまでのどれとも違う、真っ直ぐな蹴りやった。横へ逃げも、後ろへ抜けもせん。
輪胴を回して、二発目。三発目。六発を撃ち切るまで、火は一度も横へ漏れなんだ。
ゲパルトが的へ駆け寄って、孔を見た。
「六発、ほぼ同じ点に集まっています。回転も加速も、六発全部で乱れていません」
ワシは硝煙の残る試作を、しばらく手の中で眺めていた。
◇
もう一つ、この銃には仕込んである。撃つ前に、握りの接点から撃ち手自身の魔力を弾へ注ぎ込む。
銃身の螺旋回路は、幅にして0.4ミリの線条一条だけで、標準弾を受け切るには十分や。だが注ぎ込む魔力量が標準弾一発分のおよそ三倍を超えると、その一条だけでは受け切れなくなる。隣に0.4ミリ幅で並べて彫っておいた予備の線条――普段は眠らせてある副回路――が引きずられて同時に励起するのや。
二条が同時に陣と反応すると、術式は単純な二倍にはならん。エルダが弾道計から拾った実測では、標準弾の初速が約420m/sのところ、副回路が起動した一発は約670m/s。倍率にして一・六。威力は運動エネルギーやから初速の二乗で効いてくる。弾の質量が約10グラムとして、標準弾は約880ジュール、副回路弾は約2260ジュール。倍率でおよそ二・五七。到達距離も初速比でほぼ同じだけ伸びる。
欠点は、ただ一つ。三倍の魔力を注ぎ切るまでに、術者の腕にもよるが、およそ2.3秒はかかる。その間、撃ち手は隙を晒す。数を頼みに連射する場合には使えん芸や。ここぞという一発にだけ使う、そういう銃や。
ワシらは、マキナ殿の真似をしたわけやない。あの御方が置いていった溝の理屈と、魔石に魔を込めて運ぶという知恵。その二つを土台に、自分の鍛冶で、火薬と魔導を一本の螺旋の上に組み上げた銃や。
エルダが隣で、焦げた指を革の前掛けで拭いながら言うた。
「マキナ殿が見たら、なんて言うやろな」
「さあな。これでもあの御方の足元にも及ばんのかもしれんからな。」
言うたそばから、ワシは結晶盤に手を伸ばした。魔導通信で繋ぐと、向こうの気配が応えるまで数拍もかからん。
「マキナ殿、量産の型がひとまず仕上がったで。それと、別口で試作を一挺だけ組んどります。撃鉄を起こす動きに連動させて、輪胴そのものを一瞬だけ前へ滑らせる仕掛けや。輪胴が前進してバレルの基部に押し当たってから、撃発する。撃つ瞬間だけ継ぎ目の隙間が物理的に無うなる寸法や。可動部が増えるぶん泥や砂には弱いんで、量産には向きません。専用のケースに入れて、狙撃向けの一挺として仕上げました」
「輪転式...リボルバーライフルですか! しかもナガン式ですね、流石です!」
結晶盤の向こうから返った声は、弾んでいた。
エルダが片眉を上げた。
「ナガン式?」
「知らんが、マキナ殿は知っとるものらしいで」
名の由来までは分からんが、あの御方が驚いた時の間は、何百里離れた工房にいても伝わってくる。だが、どうやらこれもマキナ殿の知る範囲だった様だ。
ワシは、それが少しばかり悔しかった。ここまで積んできたもんが、既に知っとる型式の名を当てられただけで片づくのは、性に合わん。
「マキナ殿、まだあるで。輪胴の名前だけやない。弾の側面に魔法陣を打刻して、銃身の内側には同じ螺旋で魔導回路を這わせとる。弾が回転しながら回路を舐めて、加速の術式を自分で受け続ける仕掛けや。標準弾は打刻の単純な陣一つで量産向き、術者の手彫りした上等弾は多重陣で威力が上がる。それと、握りから撃ち手の魔力を注げば、副回路が起きてチャージ弾になる。初速は約一・六倍、威力にして二・五七倍や」
結晶盤の向こうが、束の間、沈黙した。
「――魔導回路を、ライフリングそのものに這わせたんですか」
声の調子が変わっていた。今度のは、弾んだ相槌やのうて、言葉の間が詰まっていた。
「いい発想です! それは私も考えていませんでした。しかもチャージショットとは浪漫がある!!」
ワシは思わず結晶盤の前でにやけた。エルダが横から覗き込んで、ワシの顔を見て呆れたように笑った。
「陛下、ガキみたいな面しとるで」
「うるさいわ」
ワシは焦げた輪胴を作業台の上で回しながら、次はどこを詰めるか、もう考え始めていた。
第六十七話・了
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