47 反撃開始
『武装した何者かが学園を制圧しました。今、学園は危機的状況にあります』
ヴィンセントからの通信に、私は身震いして立ち尽くした。
とんでもないことが起きている。
誰もが一度は考えたことがあると言われる定番の妄想。
学校がテロリストに占拠されるやつ。
たまたま授業をサボっていた私は、たまたま彼らの拘束を逃れることができたというところまで、最高にテンションが上がるシチュエーション。
『敵の正体はわかりませんが、南方で活動している武装組織である可能性が高いです』
「敵の数は?」
『少なくとも数十人以上。最新式の兵器で武装した手練れ揃いです』
「助けに来るのは難しい?」
『学園の敷地外縁部の魔法障壁が作動しています。解除シークエンスを実行していますが、何らかの改変がされているようで、外から開けるためにはかなりの時間がかかるかと』
「私がなんとかするしかない、と」
ますます私好みの展開だ。
『可能なら魔法障壁を解除するための暗号鍵を入手してください。それがあれば我々も中に入ることができる』
「わかったわ。任せて」
『ただし、あくまでもミーティア様の安全が第一です。くれぐれも無茶はしないようにしてください』
「大丈夫。気をつける」
うなずいてから言葉を返す。
「敵の狙いはいったい何かしら?」
『可能性が高いのは第三王子殿下に関連する何かかと』
「とにかく、できるだけ情報を集めてみるわ」
私は細心の注意を払いつつ、階下に降りて学園の様子をうかがった。
「時計塔の状況を報告するわ。四階に敵が二人。逃げてる人がいないか確認してるみたい」
『四階に二人、ですね』
「外に居る人数は少ないわ。広い敷地内全域をカバーすることはできてないと思う」
小声で伝えつつ、私は階下に降りるべきか考える。
今のまま四階にとどまっていても、得られる情報には限りがある。
ケイトが無事かどうかも気になるし、クラスメイトがどうしているのかも気になるところではあった。
ヴィンセントたちが中に入るための暗号鍵を手に入れるためにも、さらに多くの情報を手に入れる必要があった。
(リスクを侵して下に降りるべきか)
考えた末、私は先に進むことを決断する。
三階には三人の見張りがいた。
位置関係をヴィンセントに伝える。
耳をそばだてて、会話を聞いた。
時計塔の人質は二ヶ所に集められているとのこと。
教師と事務員は教員室に。
生徒たちはSクラスの教室に集められているようだ。
「標的の二人は確保できたか」
「王子は確保した。光魔法の子供も拘束して今こちらに連れてきている」
(光魔法の子供……?)
いったい誰のことだろう、と考えてはっとする。
そんな特殊な魔法使える子は――クラリスしかいない。
「惨いことを考えるものだ。解体して体組織を研究したいなんて」
「平民出身者が貴族に使えない魔法を使えるというのは連中には都合が悪いらしい。まあ、俺たちにはどうでもいいことだが」
冷たい何かが頭の後ろの方を流れていくのを感じた。
クラリスが狙われている。
さすが主人公、だなんて変なところで感心している場合じゃない。
(絶対に助けないと)
しかし、情報収集に気を取られていたのがまずかった。
「一人逃げ出している!」
階段上からの声に、慌てて階段下に逃げる。
しかし、そこにいたのはちょうど上がってこようとしていた見張りの兵士だった。
魔法式を起動しようとしたときにはもう手遅れだった。
鈍い音が響く。
視界が暗転する。
「――――」
声が聞こえる。
何かが私を呼んでいるのを感じる。
「――――っ!」
やめて。
私はまだ眠っていたい。
お願いだから、あと五分。
あと五分だけ――
「ミーティア! ミーティアしっかり!」
はっと目を開けた。
ケイトが私を覗き込んでいた。
艶やかな髪が私の頬をくすぐる。
大きな目の縁には涙が溜まっていて、その雫が散って私の顔を濡らした。
「よかった。生きてた」
心から安堵した声で私の方に倒れ込む。
胸の辺りに顔をこすりつける。
芋虫みたいな動きだな、と思って後ろ手にかけられた鈍色の手錠が目に入った。
自分の両手首も冷たい何かによって拘束されていることに気づく。
肘のあたりと手首の縁が痛い。
でも、もっと痛いのはこめかみのあたりだった。
殴られて気絶させられたときのダメージだろう。
切れているらしく、流れる血が私の頬を伝って制服に垂れている。
「大丈夫。私は全然元気」
言いつつ、身体を起こす。
周囲を見回すと、クラスメイトたちが私を見ていた。
ここはSクラスの教室で、私たちは魔法を封じる手錠をかけられて、教室の後ろの方に集められている。
「見張りはいない?」
小声でケイトに聞く。
「さっき出て行った。なんか予想外のことがあったみたい」
「予想外のこと?」
「所属不明のエージェント組織が障壁を突破しようとしてるとかなんとか」
ヴィンセントたちだ。
がんばってくれてる、と頬をゆるめてから私は言う。
「Sクラスの子はここに全員いる?」
「フェリクス王子は連れて行かれた。ロイくんはいるけど……」
言いづらそうに小さくなる声。
視線の先にいたロイくんは、全身傷だらけのボロボロの状態でうずくまっていた。
「何があったの?」
「王子を守ろうと意識を失うまで戦って、それで……」
床に散る血の跡。
クールでスマートな普段の彼とは全然違うその姿は、だけど私にはいつも以上にかっこよく見えた。
大切なものを守ろうと彼は最後まで戦ったのだ。
武装した強大な敵に、たった一人で。
「私たちも戦おう」
私の言葉に、ケイトは目を見開いた。
視界の端で、カミラが言った。
「は? 無理に決まってるでしょ」
うんざりした声で続ける。
「ロイがやられたんだよ。その上、私たちは魔法を封じる手錠で拘束されている。この状態で何ができるのよ」
「手錠は私なら開けられる」
「できるものならやってみなさいよ」
「もう開けた」
私は自由になった両手を振った。
左手首で片側が解錠された手錠が揺れている。
「いったいどうやって……」
息を呑むカミラ。
周囲のクラスメイトも驚いた顔で私を見つめている。
「私にはみんなが知らない秘密の力があるの」
言いながら、ヴィンセントからもらったピッキングツールでケイトの手錠を外す。
「今からここにいる全員の手錠を外すわ。その代わり、みんなには私に協力して欲しい」
「協力?」
「みんなで力を合わせてこの学校を制圧してる連中をぶっ飛ばすの」
「無理に決まってるでしょ。相手は大人だよ。経験も豊富だし、武器もたくさん持ってる」
「ここにいる私たちも魔法国で最上位の実力を持っている。魔法なら大人にだって負けない」
「でも、魔法だけじゃどうにも――」
「戦い方は私が指示する。実技試験として行われたチームサバイバル。私が立てた作戦が優れたものであったことは戦ったみんなが一番よく知ってるでしょ」
「あんなのただ卑怯なだけ――」
「そう言わずにはいられないくらいに貴方は私に勝てなかった。違う?」
「…………」
カミラは切り傷のような目で私を睨んだ。
「絶対に私たちを勝たせられると約束できる?」
「できる。私の指示に従ってくれれば」
「わかったわ。乗ってあげる」
答えに心の中で安堵しつつ、ピッキングツールでクラスメイトの手錠を外していく。
「なんか私後回しにされてない?」
「貴方はクラリスをいじめたから、後回し」
「……悪かったわよ」
傷だらけでうずくまるロイくんの手錠を外す。
回復魔法をかけるよう指示してから、カミラの手錠を外した。
「借りは返すわ。何から始めるの?」
私は教室の前の方へ数歩歩いてから、長い髪を翻して振り返り言った。
「罠を仕掛けるわ。まずはこの時計塔を奪い返すわよ」






