42 怒らせてはいけない人
彼女たちはひそひそ声で話をしている。
調子に乗っているあの子が許せないと話している。
Sクラス生に気に入られ、落とし穴なんて卑怯な作戦で自分たちを脱落させた。
性悪なあの子をどんな手を使っても叩きのめさないといけない。
「貴方たちは正しいわ。この国の未来のために、平民が活躍するなんてあってはならないの」
そう言ったのはSクラスに所属する眼鏡の女子だった。
「作戦があるの。協力してもらえるかしら」
彼女たちはうなずく。
彼らに話を持ちかける。
Eクラスにいる彼らは計画に賛同する。
調子に乗っているあの女に正義の裁きをしてやらないといけないと思っている。
彼らは教師に見つからないように、臆病な少女を取り囲む。
口を塞ぎ、縄で縛って拘束して人気の少ない廃校舎に連れて行く。
林檎を口に押し込み、頭に水をかけて笑う。
静かな廃校舎に楽しげな声が響く。
◇ ◇ ◇
特別実技試験決勝の試合前、最後の休み時間。
クラリスは待ち合わせた時計塔前のベンチに来なかった。
私は歴史ある時計塔の剣先のような二つの針を見上げて眉をひそめる。
「どうして来ないと思う?」
「何かやむを得ない事情があるんじゃない? 先生に呼びだされたとかさ」
ケイトは落ち着いた声で言う。
「打ち合わせは試合前にやろう。授業に間に合わなくなっちゃうから」
うながされて、教室に戻る。
眼鏡の女子――カミラが口角を上げて私たちを一瞬見る。
「何かされたって可能性はない?」
小声で言った私に、ケイトは口元に手をやって言った。
「私もそれ思った。いや、いくらなんでもそこまではしないと思うんだけど」
「予選で目立ちすぎたのが原因かも。最下位だった私たちが予選一位だったことをよく思っていない人は多いはず」
「大丈夫かな……思い過ごしだといいんだけど」
「私、探してくる」
教室を出ようとする。
「どこに行くつもり?」
私の前にカミラが立つ。
「貴方には関係ないでしょ」
「もう授業が始まるんだけど。クラスの輪を乱さないでもらえる?」
授業開始を告げる鐘が鳴ったのはそのときだった。
先生が入って来て、私たちに席に着くように伝える。
自分の席に座りながら、私は自分の中にある違和感を精査する。
なぜ彼女は私が教室の外に出るのを止めたのか。
やっぱり無事かどうか確認しないといけないと思う。
友達はこんな授業の五億倍大切だ。
「先生。持病の癪が痛いので保健室に行きます」
私は保健室に向かうフリをして、Fクラスのある南棟に向かう。
外からこっそり教室の中を伺う。
(クラリスがいない)
嫌な予感がしている。
最悪の事態を想定する。
悪しき不良どもがクラリスを連れていくとすればどこだろうか。
「ミーティア! クラリスはいた?」
ケイトが走ってくる。
心配になって私と同じように授業を抜け出して来たらしい。
連れて行くのに適したところはないか聞く。
「可能性が高いのは廃校舎かも。あそこは素行不良な生徒のたまり場になってるって聞いたことがあるから」
廃校舎に向かう。
一室で不快な声で笑う不良生徒たちを見つける。
簀巻きにされたクラリスが中心で横たわっている。
ホースで水をかけられたらしくあたりは水浸しになっている。
「なんでここに……」
声を上ずらせる不良生徒たち。
どう動くべきか考えつつ、視線を彷徨わせている。
「大丈夫だ。教師は連れてきてない」
私とケイトしかいないことを確認すると、打って変わって態度が大きくなった。
「調子に乗っているこいつにあるべき態度を教えてやってるんだよ」
「平民が魔法国貴族の俺たちに恥をかかせるなんてあってはならない。常識だ」
不良生徒が私を取り囲む。
「特別実技試験で成績が良かったからって調子に乗んなよ。ルール無用ならお前より俺たちの方が強い」
その手には工具と刃物が握られている。
私は静かに彼らを見返して言う。
「この世界にはね。怒らせてはいけない人がいることを知ってる?」
「怒らせてはいけない人?」
「それが私よ」
私は魔力圧を彼らにぶつける。
腰を抜かした彼らの口を生活魔法によるわずかな水の塊で覆う。
「…………!」
不良生徒の表情が驚きから怒り、そして恐怖へと変わる。
目に涙がにじみ、怯えた顔をしているのを確認してから魔法を解除する。
「理解できたかしら。次に私の友達を傷つけたら、こんなものでは済まない。一生後悔することになるからそのつもりで」
クラリスの拘束を解き、『温風で髪を乾かす魔法』を使って濡れた身体をあたためる。
「怖かったわよね。大丈夫?」
「ありがとうございます、姉様……!」
「意外と元気そうね」
「私、こういうこと昔から多かったので」
不幸体質でくじけない強さがある。
やっぱり主人公だ、と思ってから不良生徒たちに向き直る。
「貴方たちが単独でこんな大それた事をするとは思えない。誰かにそそのかされたんじゃないの」
「…………」
口を閉ざして俯く不良生徒たちに私は言った。
「答えないと、さっきよりもっと怖い思いをすることになるわよ?」
不良生徒はあっさり陥落してすべてを話してくれた。
犯人はSクラスのカミラ。
プライドを傷つけられた私への嫌がらせとして、予選に出られなくしようとしたらしい。
「まさかそこまでするなんて」
ケイトは唇を引き結んでから言う。
「先生たちに伝えよう。これはれっきとした犯罪行為だよ」
私たちは職員室に行って先生たちにこの事件についての詳細を話した。
「話してくれてありがとう。このことについては私たちで処理するから、なるべく人には話さないように」
先生の答え方はどことなく歯切れが悪かった。
「あの先生、多分隠蔽するつもりだと思う」
「そんなこと……」
ケイトはそこまで言って、顔を俯けた。
「そうかもね。パパもいけないことをして隠していたし」
「それが真実とも限らないけどね」
「どういうこと?」
「ケイトのお父さんが誰かに責任を負わされてるって可能性もあるってこと。大人の世界ってなかなか汚いものだから」
私は言う。
「だからこそ、私たちも負けちゃいけない。汚い裏工作なんて全部ぶっ飛ばして、誰が一番強いのかみんなにわからせてあげましょう」
考えてきた作戦を二人に伝える。
時間はあっという間に過ぎていく。
集合時間になって、私たちは迷宮前にできた参加生徒の列に並ぶ。
カミラが私の隣にいるクラリスを見て、頬をひきつらせた。
「何か予想外のことでもあったかしら」
「いえ、別に」
「正々堂々良い勝負をしましょう」
皮肉を込めて目を細める。
カミラは何も言わずそっぽを向いて歩いて行く。
入れ替わるようにして近づいてきたのはフェリクス王子だった。
「お前、さ……」
「何かしら?」
どうせいつもみたいに小声で悪口とか言ってくるんだろうと思っていたけれど、どうやらそういうわけでもない様子。
「なんでもない」
と言って、私に背を向ける。
いつもと違う様子に首をかしげているうちに、試合開始の時刻になった。
事前に決めた作戦通り、三人で迷宮の中心に走ってケイトの土魔法で落とし穴を作る。
(問題は、こちらの手の内がおそらく相手に知られていること。対策はしてきてるはずだし、特にカミラは他にも勝つために何らかの手を打っている可能性がある)
もしそうなら、最初に標的にするのは私たちだろう。
なるべく邪魔が入りづらい状況で、確実に私たちを仕留めておきたいに違いない。
耳を澄ませて、意識を集中する。
魔力の気配が近づいてくる。
◆ ◆ ◆
カミラ・レイスは特別実技試験決勝に向けて一つの策を準備していた。
それはSクラスに所属する三チームによる裏協定。
悟られないように注意しつつ手を組んで、合同で厄介なチームを潰す。
(準備しておいてよかったわ。確実にあの私を侮辱した編入生を潰すことができる)
加えて、カミラはAブロック予選で敗退した生徒からミーティアのチームの戦い方についての情報を収集していた。
珍しい光魔法で視覚情報の妨害をしつつ、土魔法の落とし穴に落としてから攻撃魔法を集中する。
ずる賢い性悪豆粒らしい卑怯な作戦だが、種がわかっていれば対策するのは簡単なことだった。
氷魔法で壁を作り、視界を覆う光を阻害する。
その上で地面に分厚い氷を張って、落とし穴を無力化した。
慌てた様子で奥に逃げる三人を、三チームで連係しつつ追い詰めていく。
(行き止まり。チェックメイト)
苦し紛れに放つ攻撃魔法を、魔術障壁で無力化する。
力の差は明らかだった。
ただでさえ地力でも優位がある上に、こちらには三倍の人数がいる。
(これで終わりよ)
とどめとなる攻撃魔法を放とうとしたそのとき、感じたのはかすかな違和感だった。
(なに……手足が痺れて……?)
長時間何かに圧迫されていたときのような痺れが身体の動きをぎこちないものにしている。
周囲を見回したカミラが見たのは、迷宮の横穴にびっしりと群生する迷宮植物だった。
(何故迷宮植物がこんなに……?)
それは身体を痺れさせる麻痺毒を伴う花粉を発生させる迷宮植物だった。
季節柄、今は花粉を出さないはずなのだが、しかし現実として自分の身体には明らかに花粉の毒による症状が出ている。
背筋に冷たいものが伝う。
(まさか、誘い込まれた……!?)
見つけてくれて、二章も読んでくれて本当にありがとうございます。
よかったら、応援していただけるとすごくうれしいです!






