43 罠
予選で迷宮に入ったとき、私は片隅にその迷宮植物が群生することに気づいていた。
悪女を目指す際にした猛勉強の中には、植物学の知識も入っている。
生育に適した環境と花粉を発生させる条件。
作物を育てる生活魔法に習熟し、一線級の農業従事者としても活躍する私にとって、その成長を促進させ必要な花粉を発生させるのは決して難しいことではなかった。
加えて、『微弱な風を発生させる魔法』で気づかれないように空気の流れを制御し、敵チームの周囲に花粉が集中するように調整する。
効果はてきめんだった。
身体が痺れて、うまく魔法式を起動できずに崩れ落ちる生徒たち。
「残念でした。私の方が一枚上手だったみたいね」
前に歩みでて言うと、カミラは唇を噛んで言った。
「卑怯者……そんなやり方で勝ってうれしいの?」
「うれしいわよ。こういうやり方の方が私は楽しい。やっぱり悪の魅力にこそ私は惹かれるの。貴方みたいな小物ではなく本物の悪の魅力にね」
私は言う。
「次に私の友達を傷つけたらこんなものでは済まないから」
こうして、三チームを撃破した私たちは次なる敵に向けて準備を整える。
立ち塞がるのは大会最強の呼び声高い王子殿下のチーム。
(八百長しているといっても、それだけでここまで噂を立てずに学年首席を維持することはできないはず)
フェリクス王子は相当の実力を持っているはずだし、何より警戒すべきはその隣にいるロイ・エドウィルド。
仕掛けた罠を効果的に使うためにも、他の敵との交戦はできるだけ避けたい。
幸い、私たちが罠を使って予選一位を記録したことを他のチームも知っているようで、積極的に近づいてこようとはしていない様子。
そんな中で感じた魔力の気配に私は胸を高鳴らせた。
(フェリクス王子のチーム……!)
手の内を見せず、消耗も少ない状況で向こうから近づいてきてくれた。
これ以上無い絶好のチャンス。
ケイトとクラリスと息を合わせて攻撃魔法を放つ。
瞬間、目の前の壁を吹き飛ばした爆轟と魔力の気配に私は息を呑んだ。
(やっぱりこのチームが一番強い……!)
火力で押し負けたように見せかけて後退する。
カミラのチームにしたのと同じように、迷宮植物の罠に誘い込む。
(そのまま……あと少し)
壁際から『飲み物に入れる氷を作る魔法』を連射して攻撃しながら、彼らの動きを誘導する。
(その調子……もうちょっと近づいた方が攻撃しやすいでしょ)
わざと作った誘いの隙に乗じて最初に罠の有効範囲に入って来たのは、私に代わって入ったクラス六位のSクラス生だった。
続いてロイ・エドウィルドが。最後にフェリクス王子が有効範囲に入る。
(よし、あとは『微弱な風を発生させる魔法』で花粉を誘導して)
魔法と魔法が激しく交錯する中、身体を痺れさせる麻痺毒が三人の身体に入っていく。
まず、異変が起きたのは最初に効果範囲に入ったクラス六位のSクラス生だった。
魔法式が歪み、攻撃魔法の効果が弱まる。何が起きているのかわからず目を見開き、それからバランスを崩して膝を突く。
動揺する三人。
ロイ・エドウィルドとフェリクス王子の魔法式にも歪みが生じている。
「今よ! 一気に片を付ける!」
ケイトとクラリスに指示を出す。
クラリスの光魔法で視界を潰し、ケイトの土魔法と私の生活魔法で総攻撃。
通常攻撃魔法より出力こそ低いものの、魔法式の効率化と連射速度によってSクラス上位勢と変わらない威力を持つ私の攻撃魔法だ。
加えて、攻撃向きではないとはいえ、ケイトも国一番の学校でSクラスに入れるだけの優れた魔法技術を持っている。
王子たち三人を圧倒する私たちの魔法。
Sクラス六位の男子が戦闘不能になる。
一人欠けたことで、敵の反撃がはっきりと弱くなる。
(もらった!)
そのまま一気にとどめを刺そうと攻撃を集中したそのときだった。
(え――――)
増大する魔力の気配。
麻痺によって正常に起動できず歪んだ魔法式が眩く発光する。
瞬間、すさまじい轟雷がすべてを白く染めた。
音圧が鼓膜を叩き、大地が揺れる。
何かが焦げた臭いがする。
隣でケイトが倒れている。
「は……?」
追い込んでいたのは私たちの方だったはずだ。
数で優位に立っていたし、仕掛けた罠もたしかに機能していた。
ロイ・エドウィルドは迷宮植物の罠によって身体が麻痺し、魔法を正常起動することもできなくなっていて。
にもかかわらず、ケイトは一瞬で戦闘不能になっている。
制服に施された防御付与がなければ、身体が蒸発してるんじゃないかとさえ思える異常な威力。
(おかしい……ありえないはずのことが起きている)
何が起きているのかわからない。
しかし、取るべき行動はすぐに定まった。
「クラリス、逃げるわよ!」
「わかりました!」
クラリスが目くらましの光魔法を放つ。
視界を封じて、攻撃を妨害し時間を稼ぐという選択。
しかし、私たちが安全な横穴に逃げ込むよりも早くロイ・エドウィルドは次の攻撃を放っていた。
起動する大きな魔法式。
(一帯全域に……!)
視界が塞がれたなら、攻撃範囲全てに電撃を叩き込むという判断。
横穴に飛び込もうとするけれど、一撃必殺の電撃の方がほんの一瞬だけ速かった。
(間に合わない!)
敗北を悟って唇を噛んだそのとき、感じたのは何かに突き飛ばされる感触だった。
クラリスが私の背中を押しているのは視界の端に見える。
稲光が横穴を染める。
溶け出す迷宮の地面。
何かが焦げる臭い。
クラリスが倒れている。
(この子、自分よりも私を優先して……)
主人公みたいな子だとは思っていた。
自分を犠牲にして誰かを守れるような子だったらいいなって思っていた。
それは正しく物語の一節のようでもある。
優しい主人公はライバルである悪女だって身を挺して助けてくれて。
(ほんと、バカなんだから……)
だけど、このままでは終われない。
主人公に助けられて終わりだなんて、そんなよくいる悪役みたいな感じで終わるわけにはいかない。
物語をねじ曲げ、私が頂点に立つ。
チームメイトの二人と一緒に優勝する。
決意を胸に、私は横穴の奥へと地面を蹴る。






