《9》少女のお着替え
魔王陛下が出て行ってから直ぐに
「それでは、着替えの前に、お食事にいたしましょう。少しお待ちになっていてくださいね。」
と言い、ミルビーが部屋から出て行ってしまった。
そう言えば眠る前から、空腹だった事を思い出した。一度思い出してしまうと、胃痛が急に激しくなり、そわそわしながらミルビーが戻ってくるのを待っていた。
暫くすると、良い匂いのするカートと共に、ミルビーが部屋の中へと戻ってくる。
ケーキやフルーツから、何の肉か分からない巨大な肉の塊、大きな寸胴鍋に、ボウルいっぱいのサラダまである。
「沢山もって来ましたから、思いっきり食べて下さいね。」
そう言いながら、ミルビーは靴の踵を床にコンコンと叩きつけた。するとそこから、まるで木が生えるかの様に、ヴィオレットの身体に丁度いいサイズの椅子とテーブルが床から生える。ミルビーは、出来たてのテープルの上に一枚の大きなお皿を置くと、大きな肉の塊を食べやすいサイズに切り分け、皿の上に乗せていく。
「さあさあ、早くお座りになってください。」
ヴィオレットは促されるままに、席に着くと、目の前に置かれた食事に手を伸ばした。
確かにこれまでに感じた事の無いくらいの空腹を感じてはいるが、目の前の料理を平らげるほどでは無いと思っていた・・・
しかし、一口・・一口と、料理を口に運ぶ度に、手を動かす速度は増して行き、皿の上にあった食べ物達が次々と減っていく。それなのに、お腹は満たされる事が無く、気付けば用意された食事だけでは足らず、用意されたカート分と同じ量を、2回ほどおかわりをして、ようやくお腹が落ち着いた。
「私の、お腹・・・大丈夫でしょうか?」
ヴィオレットが食べた量は、少なく見積もってもヴィオレット自身の2倍の量はあったはずだ。それを、苦も無く食べ切り、実を言うともう少し食べたいと思っている。
「心配はいりませんよ。急成長した分の栄養を補っただけですから。魔素はガルシュダッド様から充分もらいましたが、栄養まではもらえませんからね。さあ、最後にこれを食べて、ゆっくりとしていてくださいませ。私は少し片づけと準備をしてまいりますので。」
そう言うとミルビーは、ヴィオレットの前に、クリームのたっぷり乗ったケーキをワンホール、ドンと置いて、空になった食器をカートに乗せると、部屋を出て行ってしまった。
いくらなんでも食べ過ぎな気がするが、目の前のケーキの誘惑には勝てず、結局食べ始めてしまう。
そうして、ケーキが影も形も無くなった頃、今度は料理では無く、大量の箱を持ったミルビーが部屋に戻ってきた。
「それではヴィオレット様、そのままで構いませんので、この後着るドレスを選んで頂けませか?」
「え??ドレスですか?」
「はい。」
そう言いながら、ミルビーが箱を次々と開けていき、中から可愛らしいデザインのドレスを出していく。
圧倒的に子供が少ない魔界で、子供服を手に入れるのは一苦労なはずなのだが、ヴィオレットの目の前には、沢山の子供服が並べられていた。
「あの・・・これは・・・。」
「ガルシュダッド様がヴィオレット様の為に、人界まで行って買って来られたんですよ。」
ミルビーは、クスクスと笑いながら話しているが、笑い事では無い。
「冗談・・・ですよね? 誰かのお古とか・・?」
「いいえ、ヴィオレット様が眠られて直ぐに、転移魔法を使って買って来られましたよ。勿論これからの成長にも対応できるように、サイズの違うものも多数買って来ていただきましたので、ご安心下さいね。」
魔界を統べる王たる魔王陛下に、服を買いに行かせたなど、恐れ多くて安心できる要素が見あたらない。
「なっ何故、魔王陛下自ら買いに???」
慌てるヴィオレットとは対照的に、ミルビーは箱の中身を次々と開けながら、なんて事ない事の様に話す
「はい、一番早いですから。」
そういう問題では無い。
「それに、急に成長されたのでサイズの合う物がありませんでしたからね。ずっとガルシュダッド様の服を着ておくわけにもいきませんし。」
「え?魔王陛下の服??」
陛下の服を着た覚えは無い。
キョトンと首を傾けると、ミルビーも同じく首を傾ける。
暫くそうして見つめ合ったあと、ミルビーは何かを思い出したかの様に、ポンと手を叩いた。
「言い忘れておりました。ヴィオレット様は、魔界では希少・・・というか、唯一と言っても過言ではない存在です。誰に狙われるか分かりませんので、この魔界で、最も安全な場所で休まれた方が良いと思い、ガルシュダッド様のお部屋をお借りしたのです。ついでに、着る物もお借りしました。」
「はぃ???」
「この国で、最も安全なのは魔王陛下であるガルシュダッド様の寝室ですから。」
ヴィオレットの安全を考えての事なのは、とても有り難い。
有り難いが、口から漏れ出したのは・・・・
「ひいいいぃぃぃぃ。」
という、何とも可愛く無い声だった。
「ご安心下さい。ガルシュダッド様の許可は頂いておりますので。」
そういう問題では無い。
魔王陛下の服を借り、魔王陛下の寝室の、魔王陛下のベットで眠りこけた挙句、魔王陛下に買い物をさせていた。
見た目はともかく、中身が大人なヴィオレットは、羞恥心と恐れ多さとで、どうして良いのか分からず、そのまま両腕の中に顔を埋めた。
しかし、埋めた先には陛下の服・・・気分は複雑である。
「魔素を大量にもらい、成長させていただいた挙句、こんなにも色々としていただいて・・・私は、どうしたら?」
弱々しいヴィオレットの声に、ミルビーは明るい声で答える。
「気にする必要はございませんよ。ガルシュダッド様はとても楽しそうでしたから。服を買って戻られてからも、『目覚めるのは、いつだ』と、何度も何度もお聞きになって、挙句の果てには、ヴィオレット様の寝顔をジッと見られて、動かなくなってしまわれたので、見つめるくらなら起こしてあげて下さいと、言ったほどです。」
ジッと・・・・ジッと・・・
ヴィオレットは勢い良く顔を上げた。
「何で止めてくれなかったんです!!!」
八つ当たりと分かっていても、叫ばずにいられなかった。自分の無防備な寝顔をみられていたなど、恥ずかしいすぎる。
しかし、その気持はミルビーには届かなかった様だ。
「止める?ですか?」
「寝顔をジッと見られるなんて、恥ずかしい過ぎます。」
仕方がなく、説明をすると、ミルビーは何故か首を傾げた。
「ですから、ガルシュダッド様に、起こしてあげて下さいとお願いしたのですが?」
だから、そういう問題では無い。
何だか、自分の感覚とミルビーの感覚が大分違う気がするが、その事を、今は気にしている場合では無い。
それは分かっているのだが、今のヴィオレットは混乱のあまり、頭を抱える事しかできなかった。
それを、どう勘違いしたのか、ミルビーが満面の笑みで両手をポンと叩く。
「でしたら、買ってきていただいた服で、目一杯愛らしく着飾りましょう。」
「え?」
「せっかく買ってきて下さったのですから、それを着て笑顔でお会いするのが、一番の恩返しですわ。」
そういって、ミルビーはヴィオレットの返事を待たずに、部屋を出て行くと、一口サイズのクッキーをバスケット一杯に持ってきて、ヴィオレットを椅子に座らせ、そのバスケットをヴィオレットの膝に置き
「お行儀は悪いですが、それを食べていて下さいね。こちらは勝手にやりますから。」
と言って、髪に何か塗り始めた。
もう食べられないと言おうとしたが、ヴィオレットの右手は、勝手にバスケットの中へ吸い込まれていき、髪にベタベタした物が塗り終わる頃には、気付けば中身は空になっていた。
それから、今度は顔にまで何か塗られ、風呂に入れられ、身体の隅々までピカピカに磨き上げられ、ようやく終わりかと思えば、今度はどのドレスが一番似合うか見たいと、全部の服を着せられ、全てが終わったのは結局、夕刻まじかだった。




