15
「沈黙がお前の答えか。であれば容赦はせぬ」
「殿下……?」
「リリー。お前は僕から本当に逃げたいと思うのならば、擦り寄るべきだったのだ。他の令嬢と同じく僕に擦り寄って媚の一つでも売っておけば、まだ逃げる余地があったというものの……」
いつの間にかエドワードにガシリと掴まれた肩は今や彼の指が食い込まんばかりの勢いで迫られ、爛々と輝く彼の紫水晶の瞳が怪しく光る。
「殿下、痛うございます」
距離を取ろうとあえて非難すれば肩を掴む力がより強くなり、わたしは痛みに顔を顰めた。
「逃げようとするからであろう」
不遜な言い方で鼻で笑う彼に鬱屈とした感情がジリジリと焦げつき、訳の分からない苛立ちへと導火する。
重なった視線に瞬きすらせずにじっと見つめれば、彼は漸く力を抜く。しかし、彼の手は未だわたしの肩に置かれており、逃げようとすれば再度掴まれることは明白だった。
「…………」
「お前は笑わぬな」
「こんなことをされて笑うことなど出来ませぬ」
「違う。最初からだ。どの女達も僕が声を掛けるだけで顔を赤らめ、そして微笑うというのに、どうしてお前は僕に笑いかけぬ?」
「……愛想の良い女が好みでしたら、どうか他の方を『婚約者候補』になさいまし」
王族であるエドワードを相手に、歯向かうような言い方をしてしまったことに内心自分でも驚いた。
ましてわたしは既に父に見切りを付けられたも同然に王宮に売り渡された身。ここで彼へ不興を買えば、ますます自分の立場を窮地に追いやられることだろう。
そんなことくらい頭では理解しているーーが、感情が追いつかない。
不貞腐れたまま、ちっとも可愛くない対応をしてしまったことに内心嫌気を差し、同時にどうして上手くやれないのだろうかと事を荒立ててしまったことを反省する。
感情に流されるまま思いを吐露したことで憤然たる勢いは引っ込み、王族に楯突いた馬鹿な自分に戦慄く。
「……生意気だ」
「……申し訳ありません」
もっともな言い分に平伏し、項垂れようとするわたしを彼は短い言葉で制す。
「反省したフリはもういい。それよりもお前に罰を与えよう」
「罰、にございますか?」
にんまりと口の端を吊り上げて嗤う彼に嫌な予感がしてならない。
それでも聞き返したのは、彼の決定事項に逆らえないだろうと直感したからなのかもしれない。
「リリー・スペンサー。お前はこの僕から離れることを望んでいるのだろう?」
「…………っ」
「であれば、やはり罰は決まっておる」
うっそりと微笑む彼に言いようのない嫌な予感がして、本能的な恐ろしさからかざわりと全身に鳥肌が立つ。
彼の提案を聞く前に逃げなければならない、最後まで聞いてはならない、と思っているのに足が立ちすくみ、ただ彼の言葉を待つばかりの自分に歯噛みする。
無言で対峙するわたしに彼は目を細め、ゆっくりと頬を撫でる。その手の冷たさに驚いて肩を跳ね上げさせるとエドワードはそれを拒絶と受け取ったようで、苛立たしげにわたしの顎に手を掛けた。
「……殿下はわたしに何を望もうと言うのです?」
「望み? お前は僕と対等になった気で居るのか?」
「いいえ。そのような恐れ多き自惚れなぞ抱いておりません」
「その言葉本心であろうな?」
「……はい」
「では僕の出す如何な命令でも従うと……?」
「勿論にございます」
冷え切った眼差しで此方を見やる彼の瞳の奥底に残忍さが潜み、わたしを甚振る愉悦にギラリと輝く。
(まるで猫に虐められるネズミのようだわ)
エドワードがその気になれば文字通りわたしを潰すことなんか容易いことだろう。王族の不興を買ったとなると社交界からは爪弾きにされ、それによりスペンサー家が手掛けている領地経営や商売等にも影響が出るのは間違いない。
彼だってそのことを理解しているからこそ、自分の言動で他の貴族に影響を与えないように常日頃から慎重な姿勢をみせている。
だというのに、こうも威圧的な態度をしてみせるのは、わたしが彼に従おうとしなかった腹いせなのだろうか。
「ーーならば、僕の婚約者になれ」
「……え?」
「聞こえなかったか? お前が僕の婚約者になれ、と言ったのだ」
いっそのこと聞き間違いであって欲しかったのに彼は満足そうに口の端を上げた。
驚愕に目を見開くわたしを冷笑する彼の表情はとても婚約者に向けるものではない。
「なぜでしょうか?」
「理由は幾つかあるが別にお前にとってはどうでも良いことだろう」
エドワードの投げやりな言葉に今世でもわたしはまた何かを間違えたのだと暗い気持ちに打ちひしがれそうになった。




