9-5. 嘆きの竜と学生食堂(1)
ざぁぁぁぁ、と爽やかに飛沫をあげる噴水。
さらさらと流れる小川。
窓の外は、色とりどりの鳥が飛び交い木にナマケモノがぶらさがる、華やかな熱帯雨林。
テーブルを囲むのは、タイプの違う美少女ふたりに、プラスきらびやかなオーラを纏ったイケメンNPC軍団。
――― そして。
そんなVIP専用食堂の明るい景色をバックに 「エロい、エロい、レマ、裁く谷……」 と繰り返しながら、極小のルビーの涙をパラパラと落とす、手乗りドラゴン。
「これは、『嘆きの竜』 だね。よく初級からこんなレアな子を召喚できたね」
「ふっ、魔法は記憶力とMPと確率ですものね……!」
「だから実は召喚自体は教官が行ってくれる初級が一番、レアが手に入りやすかったりするんですよね」
「話しているのはヘブライ語…… 地上ではかつて、イスラエル国の公用語だった言語です」
エリックが感心してくれる一方で、エリザとサクラはテーブルの上に落ちた宝石粒を集めつつ攻略裏事情を暴露し、ジョナスが眼鏡の細い銀の縁を中指でくいっと抑える。
「えっ…… 外国語!?」
「ええ。『エロイ (エリ) ・エロイ (エリ) ・レマ・サバクタニ』 かつては某宗教の聖句でもあり、意味は 『主よ、主よ、なぜ我を見棄てたもうや』 …… 有名ですよ」
ごめん、と内心で知らない国の皆さんに謝る俺である。
なんか 『エロいレマさんの裁判風景 (谷さんは髭をはやした厳格そうなジジイ設定)』 とか想像しちゃってて、ほんと、ごめん。
【宗教禁止令が出されて以来、それほど有名でもありませんよww】
チロルが黒い瞳で俺を見上げて、尻尾を振った。
「へえー。何の宗教?」
【言えませんwww 法律違反になるのでwww】
わぅ、とチロルが小さく吠える。
――― 俺たちは 『その昔、宗教が存在した』 ことは知識として知っているだけで、宗教そのものには触れたことがない。
地下の街は閉鎖空間だから、移り住んだ当時の為政者たちは、なるべく争いが起こらないよう、法整備を進めたらしい。
『宗教禁止令』 はその一環…… 具体的には、全ての宗教の布教と、集団での宗教行為を一切禁止する、というものだった。
一方で、信教の自由は残されたから、今でもどこかで 『神様』 を信じている人はいるかもしれない。
現に俺の祖母も、毎朝毎晩、家の仏壇に水やゴハンを上げて拝んでいる。
――― 俺たちのほとんどにとっては、『神様』 はアニメやマンガの世界のものだけど。
【宗教は支配するために使われたり、争いの元になったりもしますけど、心の依り処とする人もいたんですよ、昔は。
今は悪い面ばかりが共通認識にされていますがねwww】
草を生やしながら、チロルが解説してくれる。
と、それはさておき。
「ってことは、こいつ」
俺は未だポロポロ泣き続けている竜の背中を、指先でそろそろとなでてやる。
「ご主人様に捨てられて、こっちの世界に来たのかなぁ?」
「その可能性はあります」
「うーん…… こんだけ泣いてるってことは、よっぽどご主人様が好きだったんだろうなぁ……」
考え込む、俺。
――― さっきの授業では、召喚した後の獣の扱いについて特別なことは、教えられなかった。
しばらくしたら勝手に異界に帰っていくものらしく、タヌキ型少年のショータロー先生からは 『いる間はお客様としてもてなしてあげると良いのじゃ。苛めてはダメなのじゃ』 としか言われていない。
しかし、もし、このドラゴンが異界に帰っていったとして…… ご主人様に捨てられた状況では、また悲しい思いをするんじゃないだろうか。
「よし! じゃあ、お前、好きなだけここにいていいぞ。俺がお前を大事にしてやるからな! …… わかる?」
「…… アタ・エーィエ・イーテ……」
おお!? ジョナスが翻訳してくれてるぞ……?
さすが、超できる高性能AI……!
ドラゴンは、細い尻尾と尖った耳をピン、と立てて、ジョナスの言葉に聞き入っていたが、やがて。
ドラゴンの身体を覆う青い鱗が、キラキラと光りはじめた。
幾本もの稲妻がビリビリとボディーを走る。
それに従い、だんだんとドラゴンの全身が、青い光に覆われていく。
「おおおっ!? なんだ、これはっ……!」
ばさり。
白い翼が、力強く宙を打った。
ドラゴンの小さな身体が、ふわり、と浮いて、俺の方へと飛んでくる……
「えっ? ちょっと……」
……顔に近づきすぎじゃないか!?
と、思う間もなく。
その小さくて硬い口が、俺の口に、うちゅうううっ、と吸い付いてきた。
――― 「あっ、ずるい!」 叫ぶミシェルの声や、「おおおっ!? 懐かれてるじゃんっ、スゲー女だなアンタっ!」 と感激してくれてるっぽいイヅナ、「人どころか獣まで引っ掛けるなんて…… どこまで節操ないのかしら」 とのエリザの声を、どこか遠くで聞きながら。
予想外の吸引力に、頭がクラクラしてしまう、俺であった。
――― えーっと、これは…… ファーストキスとしてはノーカウントってことで、いいんだよな!?
©️秋の桜子さま
日本語⇒ヘブライ語のナンチャッテ※翻訳については、以下のサイトを参考にしています。
『日本とユダヤのハーモニー』
http://www.historyjp.com/dictionary.asp
※あくまで雰囲気のみ。正確に翻訳するには、作者の語学力か及びませんのでお許しを。むしろ詳しい方教えてください。
それと、聖句の話でのヴェリノの勘違いがご不快な方…… ひたすら、こめんなさい!! m(_ _)m