4 「弁当」
つい先ほどまで飛んでくる包丁を防いでくれていたテーブルを元の位置に戻した俺はそのまま椅子に座らせられている。
テーブルの席には他に、俺と向かい合うように涙目のレベッカが口をふさがれ縛られたまま座り、一番離れた席には時折動くがそれ以外は特に何もしてこない鎖で縛られた男のゾンビが座らせられている。
……まさかゾンビと一緒にテーブルを囲む日が来るとは思わなかった。
テーブルの至る所についた深い傷跡が現在鼻歌交じりで料理を作っているサイコパス女の先ほどまであった殺意を物語る。
だが料理を食べさせてくれと言ったら、サイコパス女は割とあっさりそれを承諾した。
紗希のようなサイコパス達を縛る『自分ルール』という名の『生き方』。
この女の『自分ルール』は『料理』に関係したものだという俺の考えは間違っていなかったようだと安心する。
……まぁここから先どうするかは全く考えていないのだが。
「お待たせいたしました。こちら、『真昼の月見丼』です」
椅子に座って数分、サイコパス女はニコニコしながら俺の前に料理をゴトリと置いた。
料理は作りかけだったのか数分で完成したようだ。
「丼系のほうか……」
俺としてはパスタ系のほうがよかった。
だってこいつの丼系の料理名、なんか皮肉がきいてるんだもん。
「いただきます」
まぁ名前のほうはさておき、目の前に置かれた料理に目を向ける。
下のコンビニに並べられた異臭を放つ腐りかけの料理と違い出来立てなので見た目はそんなに悪くない。
匂いのほうは近くに座らせられているゾンビの血なのかそれ以外なのかよくわからない匂いのせいで全くわからないがな。
月見丼というように、白米の上に主役のように生卵が乗せられている。ほかにも少なめだがチャーシューのような肉とキムチが皿の端に盛られ、輪切りにされたネギとニンジンが全体に散らばっている。
うん。キムチは少し苦手だが見た目としては全然食べられるレベルだ。
用意されたスプーンで卵を割りかるくかき混ぜ、ニンジンと白米を乗せ口に運ぶ。
………………ふむ。
米はパラパラとしていて水っ気が豊富で、それでいて口に入れた瞬間汗が出るほどのしょっぱさがある。ニンジンはしっかり地球から栄養を吸収していたようで硬く仄かに大地の味がした。あと多分これ卵の殻入ってる。
意を決して飲み込むと、胃が異物を感知したのか暴れだすほどの料理だ。
「……どうでしょうか?」
サイコパス女は俺が飲み込んだのを確認してからニコニコと聞いてくる。
「臓物を直接殴られたような感じだな。なんかこれ食べてると友達が減りそうな味してる」
「……つまり、おいしいということでよろしいでしょうか?」
「よろしくねぇよ。はちゃめちゃに不味いぞこれ」
「ンー!?」
「……作ってもらってその言い草はないのでは?」
不味いって素直に言ったらレベッカがこの世の終わりみたいな顔して叫んで、さっきまでニコニコしてたサイコパス女が真顔を近づけて脅してきた。
「いやいやそうは言うがこれマジで不味いぞ。お前ちゃんと味見とかしてる?」
「してませんけど? お腹が減ってないのに食べるわけないじゃないですか」
「いや人様に出すもんなんだから味の調整もかねて味見はしろよ。米はなんか死ぬほどしょっぱいし水っぽくてニンジンは異常に硬いし土の味がするしで最悪だぞ。あとなんか卵の殻入ってたし」
顔を近づけてきたサイコパス女に丼を差し出す。
「……そこまで言うならいただきますけど」
渋々と丼を受け取ったサイコパス女は何の警戒もなしにそれを食べる。
「ハバッ!?」
そして噴出した。
「おおぉっと!」
あまりのまずさからか丼から手を放し口を覆い、なぜかそのまま膝から崩れ落ちるサイコパス女。
それにより自由落下をする丼を俺は間一髪でキャッチする。
「ま、不味い……!! そんな、私の自信ある料理がこんなまるでドブネズミの主食、ごみ箱の中身だったなんて!!」
「生ごみじゃねーかそれ。どうしてこんなざまで自信があったんだよ」
「だって、協力者であるゾンビさんは文句も言わずご飯を食べてくれていましたし……。襲ってはきますけど」
「そりゃゾンビは喋んねぇからな……」
丼の中身を今度はしっかりとかき混ぜて食べてみる。
うん。塩の味が全体にいきわたってさらに不味くなったぞぉ。
まったく。喋れないとしても、もしゾンビに味覚があるってんならそこの鎖で縛られたゾンビには同情するぜ。
「なぜこんなに不味いのでしょうか……。生卵のとろみ感を消すため完成後に水を入れたのがダメ? 味は濃いほうが良いと塩を大匙7杯入れたのが原因? ニンジンはサッと湯通ししかしていないから中まで熱が通っていない? 卵の殻はかっこつけて片手で割るのにチャレンジしたからかも?」
「全部原因がはっきりしてるじゃねーか」
文句を言いながら最後の希望であるチャーシューを口に入れてみる。
サラミだった。
「そんな……作るもの作るものこんなふうにアレンジを加えていましたが、文句も言われずゾンビさんが食べるので方向性は間違えてないと思っていたのに……」
「いやでも結局全部は食べてくれてないんだろそこのゾンビは? だから残りはコンビニのカウンターに放置されているわけだし。はいごちそうさま」
すべてがどうでもよくなり心を無にして丼の中身を胃に流し込み、空になった丼をいまだ崩れ落ちていたサイコパス女に渡した。
「確かに全部は食べてくれず地面に散らかされますが……って、え? 全部食べてくれたのですか?」
空の丼を突き付けられたサイコパス女は目をぱちくりとさせ丼と俺の顔を交互に見る。
「まぁ出されたものだしな。こちとら月1で闇鍋というバイオ兵器を食ってるから心を無にして食べることができるんだよ」
「そんな、こんな生ごみを全部食べるなんて信じられません!!」
「お前が作ったんやろがい。2度と作るなよこんなの」
なんで全部食べた俺がそんなドン引きされなきゃならないんだよ。
「あーくそ。おばちゃんの弁当を食べるはずが何でこんなことに……」
「弁当?」
「あぁそうだよ。こんな世界でもしぶとく生き残ってくれた食堂のおばちゃんが作ってくれた弁当だ。まぁお腹いっぱいで、というより今は胃が食べ物を受け付けないから食べれないがな」
レベッカを助けようとしたときに地面に置いたままだったおばちゃんの弁当を持ち上げる。
あーあ。結構楽しみにしてたんだけどなぁ。
「……そちら、いただいてもよろしいでしょうか?」
弁当を掲げていると、サイコパス女が立ち上がりながら言った。目線は俺の持っている弁当にくぎ付けだ。
どうやら弁当という単語に『料理』を自分の生き方に設定しているっぽいサイコパス女が食いついたようだ。
「別にいいぞ」
このままだと戻った時に椛に弁当を取られるのがオチだろうし、それなら今ここでこの女に食べてもらったほうが気分的に良い。
「ではいただきます」
俺から弁当箱を受け取ったサイコパス女はためらいなく弁当を開ける。
弁当の中身は卵焼きと小さなハンバーグ、それと白米にゆかりをふっただけの簡単なものだった。
少しおかずが足りないかなとは思ったが、今のご時世それだけでごちそうだよなと考え直し、先ほどの空になった丼を流し台に持っていく。
「うぇ」
流し台にはたくさんの洗われていない食器が散乱している。
洗い物ぐらいしろやと文句を言おうと振り返ると、サイコパス女は顔を掌で覆っていた。
「ヒッグ…ヒック……」
何事かと思ったら泣き声まで聞こえてきた。
肩を震わせていることから、泣いているのはサイコパス女で間違いはないはずだ。
「え、なんで今度は泣いてるの?」
「お、おいしい……。こんな……ヒック…質素で冷めてるお弁当なのに、私の作った、いや私の作ったものなんかと……ズズーッ…比べるのも……エッグ…失礼なほどに、このお弁当は、おいしいです」
「お、おう。そうか」
しゃっくりや鼻をすすったりしているのでうまく聞き取れないが、どうやら感動しているらしい。
「おいしい……おいしいですぅ……」
……紗希と同じサイコパスだと思っていたが、ちゃんと感情はあるみたいだな。
サイコパスにもどうやらいろいろな種類がいるようだ。
「ンー……」
レベッカも泣いているサイコパスに何か思うところがあるのか控えめに声を出す。
……あ。これ違うわ。レベッカめっちゃ俺のこと見てる。
今のうちに助けろってことか。
「ほいレベッカ。待たせたな」
顔を覆って泣き続けているサイコパス女に聞こえないような声量でそういい、まずレベッカの口を解放した。
「んぅ。……ありがとう高希。はやくこの縄もほどいてくれない?」
久しぶりにレベッカの声を聴いたような気がする。
「あぁわかったよ」
急いでレベッカを椅子に縛っている縄をほどく。
結構硬めに結ばれていたのでてこずったが、何とかほどくことができた。
レベッカも縄の拘束が解けたことが分かったのか、すぐに立ち上がる。
「よかったなレベ「うらぁぁぁぁああああああああああ!!!」」
レベッカがいきなりこちらを振り向きながら俺の顔面を蹴ってきた。
とっさに腕でガードするが、レベッカはなぜか本気で俺の顔面を蹴りに来ていたらしく俺は横に吹っ飛ばされた。
ロッカーの1つに勢い良くぶつかる。
「いってぇぇえええ!? なんで!? ……はぁ!? なんで!?」
「こんの大馬鹿エロ大魔神がぁぁぁ……」
仲間からの不意打ちにより混乱していると、レベッカが先ほどまで床に捨てられていた自分の槍を片手にこちらへ向かってきていた。
「待って! マジ待って!! え、その敵意俺に向けるの!? 助けたよね!? 俺お前のこと助けたよね!?」
「なぁにが助けたよ! 仲間が縛られてるのに何を悠長にその部屋にいた知らない人間と普通に話してんの!! 仲間が縛られていてほかに自由な知らない人間がいたならもうそいつは敵でしょうが! なんですぐにそいつから目を離したの殺されたかったの!?」
槍の矛先を俺の鼻先に突き付けながらレベッカは怒髪天を、いや怒兎耳天をつきながらブチギレておられる!
「いやあの全くその通りで反論の余地がないんだが、あの時はとりあえずレベッカを助けないとなーって思って!」
「『助けないとなー』じゃない! というか仲間が縛られてるのを見たらまずは周りを警戒するべきでしょ! 何をあたりまえのように部屋に入ってきてんの!? 外にいる愛理と椛の2人を呼んでくるなりしなさいよね!!」
「……確かに」
「何が確かによ!! あぁぁぁあもぉぉおおおうがぁぁぁああああ!!!」
レベッカが怒りに身を任せ槍を振り回し始める!
「うわぁぁぁあごめんなさいごめんなさい!!」
なんか最近似たようなことがあった気がする!
俺がなにしたってんだ! 命はって助けた女の子にブチギレられるような悪行とかしてないぞ!!
「決めました!!」
何とか槍を振り回すレベッカを取り押さえていると、さっきまで弁当にむせび泣いていたサイコパス女が大声をあげて立ち上がった。
「もう次は何だよ!?」
「私、あなたたちについていきます!!」
「「はぁ!?」」
レベッカと俺の声が重なる。
「どうか私を、このお弁当を作ったシェフに紹介してください!! このお弁当を作ったシェフこそ、私の希望なのです!!」
……いや、シェフっていうかただの食堂のおばちゃんなんだが?