第三十一話【レインVSブラック・弐】
「両者見合って‥‥‥始め!!」
俺と相手はどちらも動かない。
俺は上半身裸で、石の槍を剣のように片手で構えている。
本物の槍の使い方なんて知らないし、適当でいいだろ。
一方相手のブラックさんは拳を構えていて、着ている黒い服の下に何があるかは分からない。
昨日戦ったチンラさんみたいに鉄の服を着込んでいる可能性もある。
何にせよ一撃を入れることが出来れば分かることだ。
「ねぇ、レインちゃんって言ったかしら?」
突然正面からブラックさんの低声が聞こえた。
俺は石の槍を構えて警戒しつつも答える。
「そうですけど、どうかしたんですか?」
すると相手は口元を釣り上げて笑った。
「宣言しておくわ。あたしは今からゆっくりとレインちゃんに近付いて、その顔を殴ってあげる」
その言葉と同時にブラックさんは拳の構えを解いて、こちらに向かって歩き出した。
「は?」
敵にわざわざ自分の行動を教えて何がしたいんだ?
‥‥‥いや、これは嘘の情報だな。
おおかた顔を守ろうとした瞬間に別の部位を攻撃してくるのだろう。
「あー、勿論信じようが信じまいが、レインちゃんの自由だからね?」
どっちだ?
‥‥‥でも人を騙そうとしている奴がこんな清々しい表情で歩いて来るとは思えない。
って悩む必要はないな。
反応速度には自分がある方だし、そもそも顔を守りながら別の所を守ることに集中すればいい。
そう考え顔の前に拳を構える。
やがて目の前にやって来ると、ブラックは俺の下半身めがけて周り蹴りをして来た。
十分見えたので俺は急いで腕を振り下ろし、太ももへのダメージを防ごうとする。
だが、回し蹴りは俺まで届かなかった。
気付くと目の前には拳が迫って来ている。
槍を持っている方の右手で防ごうとするが、パンチの威力を殺し切れず、鼻にダメージをくらってしまった。
いってぇぇ!
左手で鼻の下を触ってみると、出血している。
俺は一度相手から距離を取る為にバックステップをする。
「ふふ、あたしのパンチを避けること以外の自由がないって大変よね」
自由?
‥‥‥あっ!!
そう言われ、ふと気づいてしまった。
そういえばどうしてあの時ずっと相手が来るのを待っていたのだろうか。
別に自分のペースで逃げたり攻撃してもよかったのに。
ブラックさんの言っていた言葉が、嘘か本当かということだけに頭を使っていた。
ふむふむ、これはいい勉強になったわ。
俺は槍を構えて一気に走り出す。
そして相手の胸辺りめがけて、黒色の服の上から石の槍を突き刺した。
すると何故か槍の先端部分が砕け、ただの木の棒になってしまった。
「えっ」
「あ~ら。鉄の胸当てを装備しておいてよかったわ」
ブラックさんは笑いながらそう呟いた。
くそ、やっぱりこいつも防具を着けていたのかよ。
どうりで抵抗しなかった訳だ。
でも胸当てなら、それよりも下を攻撃すればいいだけだ。
それに鉄の上から攻撃をしていっても一応ダメージは蓄積していく。
俺は壁際に木の棒を投げ捨てて相手の腹に蹴りを入れ、続けて腕、顎、胸にパンチをくらわす。
その間、相手はじっとその場に立っていた。
‥‥‥何故だ?
どうしてやり返して来ない?
少し疑問に思いつつも、更にふくらはぎへ回し蹴りを入れた。
それにより、俺よりも格段に重たくて大きい相手はバランスを崩し地面へと倒れる。
こいつ‥‥‥弱い?
俺は地面に倒れているブラックさんの上に乗り、顔面を殴ろうとした、その時!
ブラックは突然両腕を俺の背中に回し、抱きしめて来た。
「つぅ~かまえた」
ものすごい力だ。
鼻と口が相手の胸に当たって呼吸がしずらいので、顔を横向きにし両手を使って引き離そうとする。
どうやら俺の力の方が勝っているらしく、だんだんと隙間が生まれて楽になって来る。
それをまずいと思ったのか相手は寝返りを打った。
そのせいで俺が下になり、顔を地面に叩きつけられる。
そして急に両腕を離してくれたかと思うと、後頭部や首の後ろを何度も殴られた。
その度、鼻などが地面に当たる為かなり痛い。
少ししてその攻撃が収まると、今度は俺の片足を両手で掴んで来た。
この人、すごい力だ。
相手は俺の片足を振り回して体を持ち上げて来ると、地面や近くにあった壁にぶち当てて来る。
握られている片足も痛いが、特に体や顔のダメージがすごい。
地面はまだある程度柔らかいけど、壁は衝撃が直に来やがる為かなり痛い。
振り回されるせいで頭部に血液が溜まりとにかく熱い。
いつ目から血が出て来てもおかしくない。
だがそれだけだ。
痛いだけの攻撃で俺が死ぬとでも?
あいにく痛いのには慣れている。
‥‥‥でもこれから脱出不可能なのは確かだ。
どうする?
考えろ、俺。
一応今浮かんでいる策は、相手が疲れ切るのを待つ。
これはいつになるか分からないし却下。
とそこで壁に鼻が当たったらしく、ものすごい痛みが顔を襲う。
あー、考えている暇もないな。
俺はとりあえず片手でブラックの右足を掴み、振り回されないようにした。
ブラックはそんな俺の手を引き離そうと両手で俺の片足を引っ張って来るが、単純な力であればこちらの方が上だ。
片手で相手の力に張り合いつつも、もう片方の手でブラックの左足ふくらはぎの一部を引き千切った。
「きゃあ、いったぁい!!」
相手は思わず両手を離し、出血しているふくらはぎを抑える。
それにより俺は地面に落ち、やっと自由になった。
ふぅ。
俺は急いで立ち上がり相手の方を見る。
「今から本気を出すんで覚悟してくださいよ?」
気持ちを切り替えてそう言った瞬間、ブラックの雰囲気が変わった。
「おい小僧。‥‥‥調子乗ってんじゃねぇよ」
そんな低い声が聞こえて来る。
目つきも細くて怖い。
ブラックは勢いよく地面を蹴り、こちらに向かって拳を振る。
それをしゃがんで躱し、相手のみぞおちに二度ほどパンチを入れた。
「ぐ、げほっ。ごらぁぁ」
相手は口から胃酸を吐き出しつつも、俺の肩に手刀をして来る。
そう大した威力ではないが、続けて顎を殴られることによって脳が揺れ、一瞬ふらついてしまった。
そのチャンスを逃さんとばかりに、ブラックさんはローキックを何度も放つ。
「うっっ」
俺はそんなローキックを無抵抗な太ももで受け、思わず地面に手を付ける。
色んな部位が痛い。
ふっ、こんなやつがいたとはな。
攻撃に遠慮の欠片もねぇや。
これは手加減なんてしていたらやられるかもしれん。
性能の良い剣でもあればすぐに勝てるんだけど、果たして俺の拳で致命傷を与えることが出来るのかどうかだな。
一応壁の近くにさっき投げ捨てた木の棒が落ちているけど、あんなもので相手を叩いてもどうせ折れるだけだ。
となると、ギブアップさせるしかない。
そう考え、俺は地面に付いている手で砂を掴み、相手の顔に向かって投げた。
それによりブラックさんは思わず目を閉じる。
よし、今だ!
俺は相手の背後に回り、腕の関節を取りながら足払いをして地面に押し付ける。
「あっ、くそ!」
ブラックさんは逃げようと砂の上で必死にもがくが、動くほど関節部分が痛くなるだけだ。
「ギブアップしないなら、折りますよ?」
「ぐっ‥‥‥折れよ!」
あら、諦めてくれないんだ。
「じゃあ折りますね」
そう答え、力を込めてブラックさんの太い腕の関節を折った。
そしてもう片方の腕を持つ。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
相手は大声を上げる。
まさか本当に折るとは思わなかったのだろう。
‥‥‥考えが甘いんだよ。
俺が十年間住んでいた森に生息している魔物は、一切遠慮なんてしてくれなかった。
あそこは常に命の取り合いだった。
それに比べたら今の俺も優しい方だ。
だって相手に助かる機会を与えてやってんだからな。
「ギブアップします? それとももう一本行く?」
「‥‥‥なっ」
「二本とも折れたらしばらくの間生活に困るだろうね」
おそらく魔法でも直せないだろう。
昨日俺の腹を治癒魔法で止血してもらった時、普通に傷跡は残っていた。
つまり表面以外はすぐに戻せないということだ。
「‥‥‥くそ!」
「三秒だけ待ってやる。三、二、い───」」
「───ま、待ってくれ! ギブアップする!!」
ブラックさんは必死そうに叫んだ。
その言葉を聞いた、上の場所にいる審判が大きい声で言う。
「ブラック選手のギブアップにより、勝者レイン選手!!」
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