第二十六話【騙し討ち】
俺は急いで後ろを振り返った。
「あれ?」
だが、誰もいない。
入り口の扉があるだけだ。
「バカめ、こら」
まずい、図られた。
そう思いすぐに正面を向くと、腹筋にナイフが迫っていた。
避けるのは無理だと判断し、腹に思いっきり力を込める。
その瞬間、ナイフの刃の先っぽが俺の腹筋に刺さった。
「は? なんで通らねぇんだ!? こら」
チンラさんは驚いた表情をし、ナイフから手を離す。
この程度の重みで通る訳ねぇだろ。
あいにく俺は、猿の集団に爪で何度も刺されたことがある。
それに、崖から飛び降りてつけた耐久性を舐めんじゃねぇ。
でも、正直ちょっと怖かった。
こいつの攻撃力が無くてよかったわ。
俺は先っぽだけ刺さっているナイフを抜き、相手の首元に突きつける。
俺の腹筋が少し出血しているが、別に問題ない。
「ギブアップしないなら斬るよ?」
そう言ってみると、相手は青ざめた表情をする。
「ま、待ってくれ。俺の負けだ!」
ということで俺はナイフをチンラさんの太ももに戻してあげると、そのまま入り口へと向かう。
「チンラ選手のギブアップにより、勝者レイン選手!」
後ろから審判の声が聞こえる。
俺が入り口から廊下へ出ると、後ろから間隔の短い足音が聞こえて来る。
「おいお前‥‥‥いや、レインさん。つえぇな、こら」
後ろを振り向いてみると、チンラさんが自分のモヒカンを触りながら、笑っている。
なんか呼ばれ方が変わったな。
レインさんになっとるやん。
嬉しいような痒いような。
まあいっか。
「チンラさんも十分強かったですよ?」
「最後の騙し討ちで絶対勝ったと思ったんだがな‥‥‥レインさん固すぎだぜ。こら」
「にしても楽しかったです。 時間は短かったけどそれなりに学べるものがありましたよ?」
今後一切騙し討ちには引っかからないようにしよう。
まさか女魔術師のスカートに引っかかるとは‥‥‥恥ずかしいったらありゃーしない。
「そりゃーよかった。‥‥‥あ、じゃあまたいつか会いましょうぜ? こら」
最後まで「こら」を貫き通しやがった。
別にいいけどさ。
俺は無言で手を挙げると、準備室へ向かって歩いていくチンラさんとは反対方向の廊下を進み、おじいさんの部屋へと向かった。
これからどうすればいいのかも分からないし、一度会っておいた方がいいだろう。
やがて到着したので、あまり音を立てないようにドアを開け部屋の中に入ると、おじいさんはソファーに座ってこちらを向いていた。
「おぉ、待っておったぞ。やっぱりわしの見込んだ通り、レインくんは面白いものを見せてくれたの」
「どうも、ありがとうございます」
「‥‥‥それで、おおかた今後のことを聞きに来たんじゃろう?」
この人、分かっていたのか。
「あ、はい。その通りです」
「ではまず最初に順位の仕組みを教えよう。今回レインくんは第150位にして50位の相手を倒した。つまりもう君は100位じゃ」
ん?
つまり自分の順位と相手の順位を足した数を二で割った数値ってことかね?
そうすると200の半分の100位になる。
けどその計算方法だったら、50位選手のチンラさんも100位に下がるということになるな。
それだったら二人が同じ順位になってしまうから違うのか?
ということは適当なのかな?
一応聞いてみるか‥‥‥。
「あの、順位ってどうやって決まっているんですか?」
俺がそう聞いてみると、おじいさんは即答。
「わしが適当に決めておる。因みにさっき50位だったチンラは150位相手に負けたから、63位にしておいた」
やっぱり適当かい。
考えて損したわ。
「なるほど」
「でもトップ10位以上の順位についてはちゃんとしておるぞ?」
「へぇ、そうなんですか」
つまり簡単に言うと、下の方はあまり興味ないってことか。
「因みに試合をするかどうかは本人の自由じゃが‥‥‥あまり放っておくと勝手に順位が下がっていくから気を付けた方がいいぞ?」
まあそうなるだろうな。
でないと高順位を独占するやつとかが現れそうだし。
「ということは、相手が見つかり次第戦えるってことですか?」
「そうじゃ。まあ戦いに飢えたやつはこの世界に山ほどいるから、すぐに見つかるじゃろう」
「それはありがたいです。‥‥‥えーっと、俺は明日でも大丈夫ですけど?」
「そうか、じゃあ‥‥‥あそこの机にある紙に自分の名前を書いといてくれ。そこにある名前の選手が明日戦う者じゃよ?」
そう言われ、近くにあった机を確認してみると、名前が幾つか書かれている。
全く知らない名前ばかりだ。
「分かりました。でも時間とかはどうするんですか? 相手が見つかってもここに来る時間が合わないといけないですよね?」
「まあ試合は、正午と夕暮れ過ぎの二回のみにまとめて行っておるから、大体合うぞ?」
ふ~む。
そう言うことか。
じゃあ今日は結構タイミングがよかったということだ。
紙をよく見ると、名前の横に「昼」か「夜」の二つが書かれている為、俺も書いた方がいいのだろう。
さて、どっちにしようか。
明日の昼は買い物とか別のことをやりたいから、今日と同じ夜でいいか?
そう考え俺は紙に、『レイン 夜』と記しておいた。
「それでは、俺はこの辺で失礼します」
「おう、あー、そういえば一応準備室の横にある治療室でその腹を直してもらっておいた方がいいぞ?」
腹を確認してみると、少しずつ血が出て来ている。
「そうさせてもらいます」
その後俺は、治療室で魔術師であろう男性にお腹を治療してもらい、準備室で服を着て荷物を肩にかけると、はしごを登って酒場の外へと出た。
あー、暗いな。
まあ大体道は覚えているし、大丈夫だろう。
俺は見るからに治安の悪いスラム街を歩き出した。
にしてもさ、治療魔法ってすごいんだな。
血が一瞬で止まっちゃったじゃん。
多少傷が残っているけど、もう痛みは全然ないわ。
てか普通に、入学試験の模擬戦よりも楽しかった。
最後の騙し討ちは死を覚悟したからな。
やがて商店街を抜け、アラストル学園の前を通り過ぎ、昨日泊まっていた正門の近くの宿屋に戻った。
そして受付へと向かう。
もう遅い時間だからか、お客さんは一人も並んでいない。
受付には昨日と同じ、もじゃもじゃな茶髪頭の女性店員がいる。
「あの、すみません」
「あ、はい! ‥‥‥って昨日の子ですよね? いらっしゃいませ」
あら、俺のことを覚えてくれてたんだ。
「よく覚えてますね」
「ええまあ。君が可愛かったから」
女性店員は口元を綻ばせてそう言って来た。
おーん?
お母さん以外にそんなこと言われたことねぇぞ。
てか、俺って可愛いの?
それって小さいからって意味?
それとも一目ぼれかね?
「いえいえ、全然可愛くなんてないですよ。こんな汚い服装ですし」
まじでそろそろ新品の服を買わないとな。
「そう? うちは結構好きだけどな?」
うん?
いや、勘違いするなよ?
この女性は俺を子供として扱っているんだ。
よし、動揺せずにいつも通りで行くぞ。
「えーっと‥‥‥その、夕食と朝食付きの七泊分をお願いしたいんですけど」
「あ、分かりました。で今日は夜遅いですけど、夕食はどうしますか?」
「じゃあ食べます」
そう答えて、夕食と朝食付き七泊分のお金を払う。
「ありがとうございます。ではあそこの机に座ってお待ちください」
「はい」
その後、俺は夕飯をぺろりと平らげて部屋に戻ると、桶に溜められている水を使って頭と体を洗い、ベットに入る。
「はぁ~、結構疲れたな」
体力的な疲労感はあまりないけど、精神的に疲れた。
筆記テスト。
魔力検査。
模擬戦。
裏闘技場での初試合。
魔力検査は別に何ともないけど、筆記テストが効いたわ。
慣れないことはするもんじゃないぜ。
てか、学校に通い出したら毎日勉強しないといけないんだよな。
友達や彼女を作ったりして楽しく過ごすっていうのは楽しそうだけど、勉強かぁ~。
地獄のような特訓の方がまだ楽だ。
というかさ、さっき食べた夕飯‥‥‥めちゃくちゃ少なかったわ。
せっかく教師たちの魔法とか、チンラさんのナイフとか色んなダメージをくらったのに、あれだけしか食べてなかったら強くなれないような気がする。
ふっ、商店街の開いていた店で食べ物を買っておいてよかったぜ。
俺はベッドから降りて、鞄の中に入っている干し肉と果物と魚の干物と大量のパンを取り出し、黙々と食べていく。
やがてすべて完食し、腕立て伏せや自分を殴ったりして体に肉体的ダメージを与えたあと、ベッドに入り眠りについた。
読んでくださりありがとうございます。




