第十七話
ヒロインであるルリという少女は、ミディアムの栗色の髪にライトグリーンの瞳を持つ、明るく優しい、まさに正統派ヒロインだ。
前世で(というか今も)憧れていた女の子の姿にピッタリで、叶うなら是非一度会ってみたいと思っていた………前世までは。
しかし、今はヒロインに関わる=死亡フラグ(回避困難)だ。
自殺なんぞするつもりは毛頭ないが、関わらないで損する事はない。………まぁ、ちょっと会ってみたい気もするけど。
というわけで、ヒロインに会うのは丁重にお断りした。
セシルは気にしないでくれたのでホッとした。
「そうそう、話しは変わるんだけど、最近誘拐事件が多発してるんだって。多分人身売買とかに使われるんだろうって。お父様のお客様が話してた。」
「あら、怖いわね。」
「心配しなくても、姉さんは僕が守るよ。」
「まぁ……頼もしいわね。」
「ちなみに被害はどれくらいなの?セシル。」
そこの姉弟が二人の世界に入りつつあるのは取り合えず無視だ。
「まだ目立った被害は出てないけど、後々問題になってくるかな。」
「酷いねぇ。人身売買とか。この国の法律では禁止なんじゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ。だからこの国の外でやってるって可能性が妥当だね。」
七歳が語るには大分シビアな話しだなぁ、そういえば。
それにしても、人身売買とか暗殺とか、物騒な事がポンポン出てくるねぇ。前では考えられないな。
「まぁでも、私達には関係ないんじゃない?これでも一応貴族の子供だし、売るよりも身代金の要求に使われるだろうし。」
「ま、それはそうだけどさ、用心するに超したことはないよ、姉さん。」
「そうだねぇ。でも私達は基本屋敷の中から出ないし、出るとしてもたまにだから大丈夫なんじゃないかな。」
しかし、私はその発言を後に後悔することとなった。
★★★★★★★★★★
「はぁ、疲れたー。」
セシルとカミラの訪問から数日後、私は訓練に明け暮れていた。
相変わらずの鬼っぷりで、めっちゃつかれる。
「ほらほら、まだ終わっとらんぞ。屋敷の敷地中をゆっくり一周してこい。」
「イエッサー………。」
あー、また祖父様倒せなかった。
あの人老いるなんてことないんじゃないだろうか。体力底無しだもん。
私ごときで祖父様の体力を減らす事が出来ないのもあるけどなぁ。
……ん、あれ?
門の外に何か落ちてる。
袋……かな?誰が落としたんだろ。
ここを出入りするのは基本的に使用人さん達がほとんどだから、その中に落とし主がいるかもしれない。
取り合えず、拾っとこう。
門から少し外に出て袋を拾う。
中は何だろ?悪いが少し覗かせてもらって……………
え?草?
何の草だろ?それに、この香りは………
あ、れ、なん、か、眠く……?
「お、今回も子供か。」
「もしかして此処の貴族の令嬢とかじゃないか?」
「まさか。こんな安物の格好した子供が貴族の令嬢なわけあるか。」
「だよな。さて、持って帰るか。」
★★★★★★★★★★
ん……?此処は……。
あれ、そういえばどうして寝てたんだっけ?
たしか、祖父様の訓練の最後のクールダウンとして走ってて、その後落とし物を見付けてそれで……何だっけ?
まあいい。取り合えず状況を確認しよう。
此処は牢屋みたいな所だ。周りは石で出来た壁に囲まれていて、一面だけは鉄格子で出来ている。
取り合えず、家ではない事は確か。こんな悪趣味な所アクロイド家屋敷にあってたまるか。
服は、さっき着てた訓練用の動きやすい平民向けの男物の服だ。
それにしても何処だ?ここ。まさか私から来たのではありますまい。
「……お前も連れてこられたのか?」
「っひょ!?」
な、何やつ!?
というか人いたんだ!?
「何だよ、急に変な叫び声だして。」
「いやあ、ごめんごめん。それより、連れてこられたって?」
いたのは少年だった。
茶髪に茶瞳の、いかにも生意気そうな。
「道に袋が落ちてたから拾ったら、中身が香りに催眠作用がある毒草だったんだよ。お陰でろくな抵抗も出来ずに此処に連れてこられた。」
悔しそうに呟く少年。
それにしても、毒草を入れた袋を落としとくって、なかなか大胆(?)な作戦ですなぁ……。
「あ、そういえば私も同じ様な事があったよ。家の前に袋があったから拾って中身確認した所で記憶がない………って、まさかそれ?」
「気がついてすらなかったのかよ。マヌケなやつだな。」
ぐっ、は、反論出来ないのが悔しい……!
ウィルにもセシルにも言われてる事を他人にまで……!
「多分俺ら売られるぞ。そんな会話してるのが聞こえたから。」
うわー、大変だねぇそりゃ。
私はこれでもご令嬢だから身代金を要求する上での人質に使うだろうから、少なくとも生かしておいてくれるはず………ん、待て。
今の私の格好は、安物で動きやすい男物だ。おまけに訓練をしてたせいでそこらの令嬢よりも体つきはたくましい。と言っても少し筋肉があるくらいだけど。
それに鬼の訓練により生傷は絶えない。治癒魔法は使ってるけど、些細な怪我には使ってないから細かい傷が一杯だ。
そんな私を令嬢だと思うか?否だ。
よって、私にも逃げ道はない。
私の頭の中で某仔牛を売る歌が流れる。
嫌だよー。
まあ、私がいない事に気がついたら父様が死に物狂いで探すでしょ。
問題は、見付けてもらえるまで此処にいられるかどうかってだけど……。
さっさと売りに出されたら終わりだね。
「ところで、此処に連れられたのは私と君だけ?他にはいないの?」
「いや、もう二人いるぞ。一人はいいけど、もう一人は全然喋らない。」
ああ、あと二人もいるのか……。
どんな子だろう。
「ルリ、こっちこい。」
えっ
「あの、始めまして。ルリっていいます。貴女、怪我してない?大丈夫?」
出て来たのは、栗色の髪を肩辺りで切っていて、ライトグリーンの瞳をした少女だった。
自分だって怖いだろうに、一番に私の事を気にかけるその姿は、
正しくヒロインだった。
死亡フラグが、同時に二本立ってしまったようだ。
ドナドナのフラグと、ゲームのフラグ