62話 トラウマの克服
――葵視点
BBQを堪能し、ビールを片手に空を見上げるとぴーひょろとトンビが舞う姿が映った。
なんだこの極楽の避暑地は。ちなみに今は店長がワッフルを焼いている。そんなものまで用意してるとは……道理で食材の入ったクーラーボックスが多い訳だ。それにひよこエプロンを装着してる。もはや一般の方からみたら狂気であり変人としか映らないんじゃないかな?
それに対してデニムと白シャツの少しボーイッシュな鈴宮さん。最高です。それを肴に何本でも飲めます。まあ、梓も可愛らしいな、一応誉めておこう。
……いかん! 俺は何をしてるんだ!? 完全にアウトドアを楽しんでしまっているでは無いか! 鈴宮さんを誘い出さねば!
「ねえねえ、桃華ちゃん! 川の方に行ってみない!?」
あは、梓に先に言われちゃった。っておい、邪魔をするんじゃない! 今まさにそれを言おうとしてたんだぞ!?
あ、ああ。行っちゃった……。
「葵、珈琲でも飲むか?」
「はい……ありがとうございま――うん? どうしたのかな?」
意気消沈している中、目線の先に小さな女の子が立っていた。3歳か4歳ぐらいかな? この辺りで同じくキャンプをしているんだろうか。
それにしてもこっちをずっと見てるな。店長にビビッているんだろうか……。大丈夫、見た目は鬼神だけど優しい人だから。
「可愛いひよこさん!」
あら、エプロンに反応しちゃったんですね。
「嬢ちゃん、ワッフル食べるか?」
「食べるぅ!」
怖いもの知らずな女の子だな。俺が親御さんなら土下座して許しを請うレベルの見た目なんだが。
「お兄ちゃん、ありがと!」
……今、なんと? 店長を見てお兄ちゃん、だと……?
「ああ、走ったりしてこけるなよ。後、川の深い所に行くんじゃないぞ。緑色の所は絶対に入るなよ」
「はあ~い!」
出来たてのワッフルを持って元気に走って行った。鈴宮さんとはまた違った無邪気さがあるな。
「……子供はいいもんだな」
「え、あ、はい……」
走り去る女の子を見て口角を上げる店長……なんて返事すればいいんだ? もう結婚しちゃえよ、あんたらは。
しばらくして梓と鈴宮さんも戻って来た。店長はビールを飲み続けているものの一切顔にも出ないし酔った素振りは見れない。足取りも乱すこと無く、今から晩ご飯の下ごしらえをすると言ってキッチンに行ってしまった。
俺はさっき店長に作ってもらった珈琲を飲み、少し休憩中だ。店長のペースで飲んでたら夜を迎える前に酔いつぶれてしまう。
「ああ、もう! 飲み過ぎですよ! こんなに沢山飲んで!」
ゴミ袋に入ったビールの缶の山を見て鈴宮さんが腰に手を当てて頬を膨らましてた。可愛い、でもそれ7割は店長が飲んだものです。
「はは、つい楽しんでしまって……少し休憩しておきますね」
梓も店長のお手伝いをしてるし、俺は何をしよっかな……。しかし楽しい時間の加速度は半端無いな。少し日も傾いて来たような気がする。まあ、こんな場所で時計を見るというのも無粋だろう。
「少し酔いを醒まして下さいね、じゃ、じゃあ、少しお散歩でもしませんか?」
珈琲を噴きそうになった……ま、まさかの鈴宮さんからのお誘いとは。はい、もちろん行きます!
「そ、そうですね! 一緒に見て回りましょうか!」
勢いよく椅子から立った途端、足元がふらついて少し浮遊感を感じた……こ、これはちょっと本気で酔ってるじゃないか……。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
おろおろする鈴宮さんだが、このチャンスに酔って動けないだと? あり得ん! 断じてあり得ん!
「ちょ、ちょっと待って下さいね……」
クーラーボックスからお茶を取り出し……一気飲みだ!
「くはぁ……よし、い、行きましょう!」
「あ、あの本当に大丈夫ですか? 部屋でゆっくりしてたほうが――」
「大丈夫です! ノープログレムです!」
手を握り少し強引に鈴宮さんを連れ出した。うん、酔ってるせいかちょっと大胆になってるな……セーブしないと。
手を繋ぎながらキャンプ場の敷地を歩くと川への道が見えた。さっき鈴宮さんは梓と見て来たようだけど、もう一度行ってくれるようだ。
目の前に流れる川は自然がそのままの姿であり、大きな尖った岩がごろごろしている。もちろん、泳ぐ場所は整備されているが、少し歩くと自然のままの川原となっている。
川の水の透明度は高く、魚の泳いでいる姿も見え、都会の風景とは全く違った非日常の良さを存分に味わえる。
「あの……肩の方は大丈夫ですか?」
手を繋ぎながら見上げて質問された。適切な処置のおかげで痛みはほとんどない。まあ、違和感が少しある程度だ。多分寝たらもう気付かないレベルになるだろう。
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
そのまま少し歩くものの、それを境に言葉が続かない……なにか気の利いた事でも話さないと。
そんな事を考えながら随分歩いてきてしまった。コテージが豆粒のように小さくなってしまった。流石に戻らないとな……。
「そ、そろそろ戻りましょうか、酔いも覚めて来ましたので。でもほんと綺麗な所で――」
「葵先輩、私の事、どう……思ってますか?」
神妙な面持ちで見つめられ、問われた。
「ど、どうと言れましても、その、可愛らしい女性だと思ってますし、同時に魅力的な女性とも」
いきなりの事でたじろいでしまった。それについ本音が……。
「女性として、見てくれてるんですね……私、この胸、少し前まで大嫌いだったんです。でも、今は大好きになってます。葵先輩が誉めてくれたから……」
そのまま体を預けて来た。酔っ払いには少しきつい勢いだったが、なんとか堪えるとその後ここに来る道中で味わった感触が再び訪れた。
「私は……そんな葵先輩が、好きです。大好きなんですぅ!」
飲み過ぎによる幻想、幻聴、幻覚では無い事を切に願う……大丈夫だ、感覚はある。夢では無い!
「課長さんが好きな事は分かってます……でも、私もそれに負けないぐらい好きなんです! 私なんかじゃ、ダメな事も、で、でも……でもぉ」
可愛らしい瞳から涙が流れ出した。勢いに負けて言い出せないが、課長とはそういった関係じゃなくてですね――
「葵先輩が――」
「好きです。鈴宮さん、初めて会った時から誰よりも」
流石にその先まで言われちゃ情けないにも程がある。鈴宮さんは勇気を振り絞って伝えてくれた。俺はただ聞いてただけ。そんなんじゃ申し訳なさ過ぎる。
それに、鈴宮さんは俺を想っていてくれた……両想いじゃないか。
「ううぇ……? い、今、なんてぇ……?」
もう涙でぐちゃぐちゃだ。折角の可愛い顔なのに。
「坂上葵は、鈴宮桃華さんが大好きです。世界で一番誰よりも」
鈴宮さんの体に押さえつけるかのように抱きしめた。小さくて暖かい……。
「葵せん……ぱっ!?」
鈴宮さんに答えてあげたかった。だから俺は……自分からキスをした。
「うんっ、しぇんぱ……はげし……んんっ!」
鈴宮さんの声が漏れて来た。何度か舌が重なった気がしたが、無我夢中であまり感覚を覚えていない。ロマンチックとはかけ離れた荒々しいキス……で、でもこれが今の俺の精一杯です!
「んはっ……す、すみません、乱暴にしてしまって。キ、キス苦手でして……で、でもなんとか出来ました……」
自分でも分かる、手や足が震えているのが。心臓も破裂しそうなぐらい脈打ってる。声は震えているし、こみ上げてくるものもある……情けない姿を見せてしまった。でも、鈴宮さんだから出来た――
「ありがとう……ございます。でも私からもさせて……下さい……」
ゆっくりと首に手を回しふやけた顔を覗かせる。いつもの鈴宮さんの表情じゃない、こんな艶やかな表情出来るんだ……。
これからされる事を理解した俺は身長差の分、顔を下げ鈴宮さんを受け入れる体勢を取った。
「……大好きです、葵先輩……んっ」
一言添えられ、合わせられた唇の感触が伝わった。それは先程俺がしたものとは全く異なり、柔らかいものだった。ゆっくりとそして優しく唇を這うように伝いそのまま更に奥へと入って行った。
「……付き合って、下さい」
唇から離れて出た一言。もちろん返事は決まっている。
「もちろんです……一生大事にしますよ」
もうキスは怖く無くなっていた。先程より強く抱きしめ、先程より遙かに優しく濃厚なキスを何度もした……。
夏の川原に反射する夕焼けに照らされながら……。




