53話 課長並の美人さんに出会う
――葵視点
雨の降る午後、オフィス街を歩いている。季節は梅雨となり蒸し暑さを感じ、そんな中での外回り。普段なら萎える所であるが、今の気分は全く違う。
「えっと、ここの12Fですね……あ、ありました!」
横に鈴宮さんが居るからだ。もうそれだけで雨なんて気にならない。以前マーケットプレイスにお出かけして以来の二人きりだ。本当はタイミングを見てご飯でも食べに行きたかったのだが、いかんせん仕事が詰まっていて中々定時に帰る事が最近出来ていない。
とは言っても課長のおかげでふざけた時間になる事は無い。大抵2時間程度で終わる。だが鈴宮さんに残業をさせるのはまだ少し早いので定時に帰ってもらっている為、今まで時間が合わなかったのだ。
だが今日はこの一件で業務終了、そして隣に鈴宮さん! このチャンスを逃す訳にはいかない。
「葵先輩? どうしました?」
少し不安気な様子をしながら鈴宮さんが見上げていた。ふう、俺とした事が仕事中に気を抜いていたようだ。しっかりせねば。
「いえ、じゃあ行きましょうか。ちょうど5分前ですしね」
「はい、勉強させていただきます!」
大きな胸の前で両拳を作り『頑張ります!』のポーズを取っていた。可愛い過ぎるじゃないですか。
受付でアポイントの確認を取り、会議室へと案内された。鈴宮さんは緊張しているようだが、今日は基本的に出番は無いが外回りは経験を積む為にも同席してもらっている。
お茶を出され席に座っていると、程なくしてクライアントさんが来られたので立ち上がり頭を下げた。鈴宮さんも慌てて真似をしていた。
改めてクライアントさんを確認すると女性が二人、どちらも美人さんだ。だけど片方の方は課長と大差無いぐらいのスタイルの持ち主だ。このレベルの人が世の中に二人も存在するとは驚きだ。
まあ、他の男ならまだしも俺は課長で慣れているので鼻の下を伸ばすなどと言う事は無い。それに隣には鈴宮さんが居る訳であり、そんな無様な姿を見せる訳には行かない。
「お忙しい時間を割いていただきありがとうございます。坂上葵と申します。隣に居るのは鈴宮桃華、新入社員の研修も兼ねて同行しております。ご無礼な点もあるかと思われますが、何卒ご容赦下さいませ」
自己紹介を兼ね、改めて頭を下げた。
「こちらこそ、宜しくお願いいたします。それに弊社も研修中でして。この時期は新人研修の時期ですものね」
上司さんが柔らかく答えてくれた。この余裕感、結構場慣れしているな……。隣の新人ちゃんは緊張しているせいかちょっと挙動不審になってるけど。
なにはともあれ、企業戦士名物、名刺交換が始まった。上司の方から名刺をいただき、俺からも返しておいた。続いて新人さんとの交換を行うとしよう。
「初めまして、坂上葵と申します。宜しくお願いいたします」
「は、はい! 黒田沙織と申します!」
はは、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。まあ、うちの鈴宮さんもガッチガチだけど……。まあ、最初はこんなものか。
「す、鈴宮桃華と申します……」
「黒田沙織です、よ、宜しくお願いいたします……」
歳としては同じ新入社員だから同じかな? 随分見た目に差があるけど俺は完全に鈴宮さん派です、最高です。さて、ぎこちない名刺交換も終わったところでプレゼン開始と行きますか!
特に大きなトラブル無くプレゼンも終わり、クライアントさんもご理解、ご納得していただけたようだったが、唯一の憂いは一部資料に引っかかる点があった事だ。ここは鈴宮さんに任せていたところなのだが、少しばかり勘違いさせてしまうような記載があった。
もちろん、俺の方でフォローはしたのだが……これは修正しておく必要があるな。
「ありがとうございます。御社の企画は素晴らしいですね。是非今後とも長いお付き合いをさせていただければと思います。ただ……この資料のこの部分が分かりづらい点がありました。ああ、でも坂上さんの説明で納得出来ましたので大丈夫なのですが」
ああ、やっぱり気付かれてたか。というか相手が切れ者過ぎた。些細なニュアンスの違いなのだが。
「大変申し訳ございません、浅学菲才の身であり御社のご期待に沿えるよう精進いたします」
「あ、そう言う訳じゃないですよ。十分伝わりましたから」
とは言っても指摘は指摘だ。俺のチェックも甘かった。これも経験だ。
隣を見ると泣きそうな顔になっている鈴宮さんが居た。このままにしておくと自分のせいであると言いかねないので、座席の見えない所で手を開け仕草を取りけん制しておいた。
その挙動に気付いたようでこちらを見てきた。その気持ちだけで十分ですから先輩に任せておきなさい。
無事交渉も終わり、結果として新規企画依頼を獲得し、会社を出た。いやあ、今日のお相手は中々の相手だったなぁ~。
「少し休憩してから会社に戻りましょうか。緊張したでしょ?」
「すみません……あの資料、私のせいで……」
大変落ち込んでいらっしゃるが、まあそんな気落ちしなくてもいい。梓の時はもっと大変だったし。あいつ、イケイケ過ぎて。その癖泣きながら凹むんだもんなぁ……。
雨はまだ降っていたが、屋根のあるオープンテラスの喫茶店があったので少し寄り道をした。この天候のせいでお客さんはまばらであるが、濡れる事は無いし混んでいないのは利用者からすれば有難い話だ。
鈴宮さんには場所を取っててもらい、飲み物を買いに行った。
「はい、どうぞ。レモンティーにしましたけど良かったですか?」
「あ、ありがとうございます」
やはり元気が無い様子だ。別段やらかした訳ではないんだけどなぁ。でも気にしちゃうか。
「先程の件を気に病んでるんですか? いいんですよ、それに鈴宮さんは俺に似てる仕事スタイルですから。最初は大変ですけどね」
「わ、私が葵先輩と? そ、そうですかぁ……?」
「ええ、梓もああ見えて昔は良く泣いてましたよ? それに課長なんて……いえ、これはあまり人には言えませんが。ただ、あの二人、天才肌なんですよね。一を知れば十を知るというか」
実際梓にしても課長にしても少しの助言で簡単に俺の得意分野を追い抜いて行った。もはや反則級の能力だ。
「私はそんなの無理ですぅ……それに迷惑をかけっぱなしで――」
言葉の途中であるが遮って声をかけた。
「いいの、いいの。そういうのは俺の仕事だからね。鈴宮さんが失敗すればするほど俺の力が付くから」
これはかつて梓にも言った事がある言葉だ。上司では無いが先輩である以上後輩の責任は俺が持つ必要がある。
「それに俺の仕事のスタイルは積み立て型なんで。どんどん失敗して俺を優秀にして下さいね!」
「も、もう……そんな事言わないで下さいよ~。私だってコツコツ頑張りますよぉ。あ、でもわざと失敗して葵先輩を困らせる事も出来ますね!」
「そ、それは勘弁して欲しいな……やっぱ失敗しないで」
「ふふ、どうしましょうかね~?」
悪戯な笑顔を浮かべている姿もこれまた可愛いらしい。どうやら気分転換出来たようだ。うんうん、良かった良か……あれ? 今俺自然な感じでは話してなかったか? 鈴宮さんの受け答えも垣根が無かったような。
おおっ!? 始めてだぁ~! この勢いなら……言える! 今なら言える!
「あの、もし良かったら仕事終わりにご飯でも……いかがでしょうか?」
「えっ、は、はい! 喜ん――」
俺と鈴宮さんのスマホの着信音が同時に鳴った……ええい! なんだ、今いい所なんだぞ!? でもこの二人同時のタイミングなら、きっと会社からだな。
渋々でも優先してしまう自分が悲しい……鈴宮さんも俺につられてスマホを取り出そうとしている。どうやらメールのようだ。はぁ……えっと履歴は、梓か。なんだ? 何かあったのか?
『今日の定時終わりにCHICK集合~!』
マジかこいつ……どうしてこのタイミングなんだ、本気で恨むぞ?
「葵先輩……ど、どうしましょうか……」
「行くしか……無いですね。すみません、ご飯はまた次の機会にしましょうか……」
全身の力が抜け、がっくりと項垂れた。とりあえず、会社に戻るか……。
カフェで買った珈琲が苦かったのは豆のせいでは無いだろう……。おのれ、梓ぁ~! 千載一遇のチャンスだったんだぞぉ~!?




