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48話 走れ葵君

 

 ――葵視点


 早いもので週末を迎え、安定のコンビニ弁当をさくっと平らげ、軽くランニングして汗を流して来た。


「ふぅ……これからは四川マーボー豆腐丼を喰った後のランニングはやめよう……というかランニングするならあんな濃い物を食べるのをやめるべきか……」


 なかなかに気分が悪い。胃の中をシェイクされて……。


 すこぶる気分は悪いがシャワーでひと汗流して水分補給した後、ベッドの上に転がり込んだ。


「さて……明日は休みだし今日は『こめ銃』を一気読みだな。続きが気になって仕方なかったもんな~」


 スマホを操作し、前に読んだ続きから読み進めた。




「甘酸っぺぇ……最後の最後でそうなるのか……というか最後の二人の絡みは18禁に近くないか?」


 時間は午前二時過ぎ、先程『こめ銃』の全てを読み終えた……。名作だった。


「たまにはこういった時間の使い方も良いもんだな」


 しかし恋愛小説か、こんな話を読むと彼女が欲しくなるな……。少なくともコンビニ弁当で生活してくのはそろそろ卒業しないと。このままだとマジで体が心配だ。


「鈴宮さんが料理を教えてくれたらなぁ~、というか同棲とかしてくれたら俺が作らなくてもいいのか。いやいや、この時代に女性に全て任せる訳にはいかない。そのタイミングで俺も覚えて……」


 少し、いや、かなり願望が出てしまった。課長は料理を作りに来てくれるとちょいちょい言われるが、流石にそれは遠慮したい。課長に対しては少しトラウマもあるし……。


「はぁ……鈴宮さん可愛いよなぁ。でも俺は恋愛対象外っぽいもんな……」


 突然スマホの呼び出し音が鳴った。少し眉を寄せ、枕元に置いてあったスマホを手を伸ばし液晶を確認した。


「誰だ? こんな時間に電話してくる奴は……普通寝てるぞ? まったく何を考えっ!?」


 液晶を見た瞬間、戦慄が走った……あ、相手は鈴宮さん!? ま、まさか俺の妄想が漏れたのか!? 実は超能力者で個人情報が駄々洩れだったとか!? じゃなきゃこんな時間に電話をかけてくる筈がない!


 となると俺はここでゲームオーバーだな。鈴宮さんの可愛らしい顔とか胸とかをずっと考えてたもんな。セクハラで訴えられれば少なくとも執行猶予2年は言い渡されるだろう。


 まさかそんな特殊能力をお持ちであったとは……。


「な訳ないか……と、とりあず出ないと!」


 どうやらナチュラルハイになっていたようだ……それにちょっとラノベを読み過ぎたのかも知れない……。しっかりせねば。


 スマホの通話をタップし耳元に当てながら言葉を放った。もちろん会社口調で。


『はい、もしもし? 鈴宮さんですか? どうしました、こんな夜中に』


 電話は確かに繋がっているのだがこちらの返事に対して返答が無い。あ、もしかしたらこの前にもあった寝落ちで誤って通話をタップしちゃったのか?


 そんな事を考えながらスマホを耳に当てていると鈴宮さんの泣き声的なものが聞こえてきた……ま、まさか何かの事件に巻き込まれたとか!?


『ど、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!? 今は家ですよね!?』


 くっ! 鈴宮さんは可愛い、控えめに言って大天使だ。世の中の全ての男に狙われてもおかしくない。


 一気に心臓の鼓動が早くなり、気持ちが焦り出した。頼む、無事で……無事でいてくれ!


『会いたいよぉ……』


 その言葉に更にもう一段階鼓動が早くなった。とりあえず無事ではあるみたいだ。それに周りは静かだし恐らく家に居るのだとは思うのだが……何かあった事だけは確実だ。こんな弱々しい声、聴くの初めてだ。


『分かりました! すぐ伺います! 落ち着いて下さいね、マッハで行きますから! とりあえずショッピングモール辺りまで行きます! また電話しますから!』


 可愛い後輩、そして俺の大好きな後輩がこんな状態をほっておく事は出来ない! ええ、行きますよ。今すぐにね!


 スマホの通話終了ボタンをタップし、マッハで着替えスマホや鍵などの小物をポケットにねじ込み玄関を勢いよく飛び出した。



 鈴宮さんの家はここから3駅程先。当然こんな時間だから電車は動いていないし、タクシーもつかまらない。それに俺は車もバイクも、自転車すら持っていない。会社まで徒歩5分の立地にそれらは必要無いからだ。


 だが……俺にはこの足がある! たかだか駅3個分ぐらい余裕で走れる! 良かった、ランニングだけは定期的にやってて。


「待ってて下さい、今すぐ行きますからね!」


 いきなりトップスピードを出して駅に向かい、そのまま線路沿いを駆け抜けた。



 一駅目を通過した時にスマホを取り出し確認すると所要時間は10分少々だった。それに新たなに着信履歴が……鈴宮さんだ。くっ! 待ってて下さい! もうひとギア上げます!


 二駅目を通過、全力で駆け続けているのですでに肺が苦しい、だが所要時間は10分を切って9分……あと、一駅……。さ、更に着信が。と、とりあえず次の駅に着いたら電話しよう。走りながらはちょっと厳しい!


 三駅目、ついにショッピングモールのある駅に到着。鈴宮さんの家の最寄りの駅だ……くはぁ……さ、流石に30分弱全力ダッシュは、し、死ぬ……。


 そしてこの間、お巡りさんに見つからなかった俺は幸運の持ち主だ。こんな時間に汗だく息も絶え絶えの男、確実に署に連行される。


 息を整える為に少し歩いていると、前方にうずくまる人影が見えた。


 こんな時間に……こんな場所で? まあ、人の事を言えたもんじゃないけど。でもなんだろう、妙に気になる。


 そのままその人影に近づくとシートカットの小柄な女性である事が分かった。そして俺はこの人を知っている。いつも目で追っている存在だから間違う訳が無い。


「はぁ、はぁ……っはぁ、はぁ、す、鈴宮……さん?」


 その声に顔を上げた女性は、やっぱり鈴宮さんだった。ここまで来てくれたのか、それともここに居たのか……ど、どっちだ? でもとりあえず見た目は大丈夫そうだし、一安心だ……。


「さ、坂上です……な、何かあったん、です……か?」


 名乗った所でラグビー選手張りのタックルをかけられ、それと同時に大きな声が響き渡った。


「葵せんぱぁぁいっ!!」


 はいいい! 葵先輩ですぅ!! あ、なんかすごく柔らかい……あ、あれ? 柔らか過ぎ……ま、まさかブラ無し!? ノーブラ!? か、感触が生々し過ぎますよぉ!?


 はっ!? や、やばい! 俺、汗だくだぞ!? やめて鈴宮さん! 俺の汁がぁっ! 汚れちゃいますよぉ!!


「んあっ!? だ、ダメですよ! 俺、汗だくだから! 服汚れますから!」


 声をかけたのに一向に離れず濃厚な密着……柔らかさの幸せと坂上汁を付着させてしまった後悔……もうどういった感情を出せばいいのか分からない。


 でも……至福であるのは間違えないだろう……。




 しばらく抱きつかれた後、鈴宮さんは我を取り戻したようで離れてくれた。暗くて良く見えないが、きっと服には坂上汁がたっぷり吸着されたことだろう……即洗濯して下さいね?


 体から離れてくれた後ひ地面に正座して事の経緯を俺に伝えて来た……まさか鈴宮さんも『こめ銃』を読んでいたとは……それにしてもなかなか感情が豊かな子だ。まあ、俺も肌恋しくなったけど。


「大変申し訳ございません……」


 ひとしきり説明が終わった後にあろうことか謝罪の言葉とともに地面に頭を付けた。この場面、仮に誰かに見らてたら俺は二度と日の当たる場所で生きていく事は出来ないだろう。一刻も早くなんとかしないと!


「そんな事しなくていいですから!? 早く立って下さい!」


 なかなか頭を上げてくれな……ん? なんか急に挙動不審な動きを――うおっ! 急に立ち上がった!


 なんとも言えない可愛らしい叫び声と共に胸元を押さえている……これは……きっとあいつが横切ったに違いない! そう俺もランニングしていると良く出くわす……Gだ。


 あの黒い奴が出たのだろう。あいつら何処でも現れるからな……。意外な事に結構居るんだよなぁ。


「ひぐっ、うぅ……もうやだぁ……」


 にゃろう! Gめ! 鈴宮さんを泣かしやがって! しかしさっき事情を説明してもらったけど、あのハッピーエンドでここまで感傷的になるものだろうか。


 もしかして、最後のオチまで読んでないのか? 確かにあの別れる場面で物語が終了していたら俺だって枕を涙で濡らすだろう。


 仕方が無い、ネタバレになるけど今は鈴宮さんを落ち着けてやる事が先決だ。



 改めて続きの物語を話すとやはり最後まで読んで無かったみたいだ。かいつまんで説明してあげたが、最後の最後の二人のイチャラブシーンだけはオブラートに包んでおいた。


 正直、あのシーンだけはあまり鈴宮さんには読んで欲しくない……エロいから。


 どうにか鈴宮さんの気分も持ち返したようなので家まで送る事にした。何はともあれ無事で良かった。そして神に感謝しよう……胸がダイレクトアタックした奇跡に。


「明日、おでかけしませんか……? 後、て、手を繋いでもらっても……いい、ですか?」


 奇跡は二度起こる……おでかけのお誘い!? しかも、て、て、手を繋ぐですってえぇ!? 無理ですよ! 汗だくで手もばっちいですから! 坂上菌に汚染されますよ!? 菌汚染ですよ!?


 心苦しいが手を繋ぐのは断腸の思いでお断りしようと思い鈴宮さんの顔を見下ろすと、まるでひな鳥のような目線を俺に送っていた。ああ、これは断るなんて無理ですね。


「あの、その……お、俺汗かいてますよ!? それに――」


「暖かいですぅ……えへっ」


 今までに無い感情が襲って来た。前々から俺は鈴宮さんが好きだ。


 だけど今の気持ちはそんなものじゃ収まらない。これが独占欲か……。


「……そ、そうですか、じゃ、じゃあ行きましょうか!」


 恥ずかしくてロクに顔も見れないが……少し強く手を握った。できればずっとこの手を離したくない。そう思いながら。


 俺……この人が好きだ……。


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