46話 会社近くの定食屋が普通過ぎる
――葵視点
手元の資料を元にクライアントへの説明分をブラインドタッチ、もどきでキーボードに打ち込む。リズムの悪いキーボード音……早くブラインドタッチ身に付けないとな。
「今日は課長と桃華ちゃんが外回りだね。なんか葵と二人で仕事するのって久しぶりに感じるよ」
「ああ、そうだな。実際それほど時間は経ってないんだけどな」
課長のスキルはデスクワークだけではない。外回りでも十二分に発揮される。むしろそちらの方が得意分野かも知れない。あの美貌のおかげかも知れないけどまあ顔の広い事、広い事。
「多分今日は直帰コースだと思うから俺達二人で仕上げておくぞ?」
「らじゃ~!」
敬礼ポーズを取って仕事を再開し始めた。梓にはああ言ったものの俺は少しPCの画面を見つめながらも考え事をしていた。鈴宮さんの事だ。
相変わらず、というより以前にも増して絡んでくる課長を見て鈴宮さんはいい顔はしていない。そりゃそうだ、目の前で不順異性行為が繰り広げられている訳だから。でもそんな関係を知りつつも、おでかけのお誘いがあった。思わず絶叫して駅員さんに怒られたのは記憶にまだ新しい。
でも……返事が来ないんだよぉ……喜んで、と返したけど一体いつ行くの!? 俺はいつでもOKなんですからね!
そんな中、不意にあの匂いが漂って来た。成程、やめるとより分かるな、結構匂いするんだな……たばこは。
「葵~! 最近全然たばこ吸いに来ないじゃないか!? まさか禁煙したのか?」
たばこのにおいを染みつかせ、俺の背後から声をかけるイケメン君。奥本陽介、俺の同期であり、部署が離れているので中々会う機会はない。昔は毎日朝昼晩と喫煙所で会っていたが。
「タバコ、煙タイ、アッチイケ」
「なんでロボット語なんだよ……しかしお前も敵に回るとはな。ほれ、社内報だ、目を通して次の部署に回してやってくれ」
たばこ臭いイケメンから封筒を渡された。ふむ、ご苦労!
「まあ、冗談だ。いつぞや風邪を引いて以来たばこは吸って無いんだ。というより物理的な制約がかかって吸えなくなった」
「なにそれ? 物理的な制約って」
梓も会話に入って来た。俺がたばこを吸うと結果、なっちゃん経由であんたの彼氏に殺られるんだよ!
喉元まででかかった言葉を飲み込みながら時計を見ると12時前となっていた、いろいろと集中力も切れて来た事だし、午前中はこの辺りにしておくか。
「陽介、折角だ飯食いに行かないか? それで奢ってくれ」
「お前な……久しぶりに話してそれはないだろう?」
「ええい、冗談の通じない奴だ。お約束ってやつだろ?」
久しぶりに陽介と昼ご飯を食べに行く約束を交わし、デスク周りを片付けた。
陽介と向かったのは会社近くに定食屋だ。昼の時間帯は中々に繁盛しているが今日はタイミングが良かったのか、すんなり席に座れた。尚、この店は変人奇人さんがたむろする街の中で奇跡的に普通だ。
普通の店構えに普通のメニュー、普通に美味いし、普通に安いし、普通に店をまかなうおっちゃんとおばちゃんは優しいし、普通に繁盛して、普通に俺は常連だ。
特徴を強いて挙げるならこの店、やたらと居心地がいいというか安定感があるという事かな。まあ、これといった特徴は無く普通なんだけど。
「しっかし、お前の部署、女の子率高過ぎだろ? 新人ちゃんまで回されて……まるでハーレムだな」
明らかに羨ましがっている文言に聞こえるが表情はそうでも無かったりする。事実、陽介にそういった妬みは無い事を俺は知っている。
「課長さんはナイスバディだし、鳴門さんはスレンダー、そして新人ちゃんのフレッシュな感じ、そして巨乳。葵的には大変そうだな」
相変わらず言葉はアレだが興味は無い様子だ。この状況だけを聞けば大概の男は羨ましがるのだが、陽介は……。
「ま! 俺には2次元があるからな!」
これだ。陽介は3次元の、つまり実在している女の子に興味が無い。イケメンではあるが、それゆえに心に傷跡を残してしまったと言える。あの事件、和夫との出会いで……。
陽介は和夫の見た目被害者の一人で性格まで変わってしまった。もう3次元を愛せなくなり2次元に移行した。別にそれをどうとか言うつもりも無いし、本人がそれで満足しているからいいんだけど。
でもショックだったんだろうなぁ……和夫、男だもんなぁ……。なんか俺のせいではないけど可哀そうになってきた。とりあえずさっき頼んだ唐揚げ定食は俺に奢らせて欲しい。
「ところでさ! 俺最近ハマってるもんがあってさ!」
そういうとスマホを向けて俺に見せて来た。いや、分からんよ?
「ネット小説! この中には俺の好みを撃ち抜く物語が山のようにある訳よ!」
「あ、ああ、そうなのか? よ、良かったな」
小説……か。読んだ事が無いとは言わないが、最近は疎遠になっている存在だな。というかネットに小説ってあるのか? 便利だな、それ。
「しかも無料だし、俺の嫁の物語が毎日更新されててさ! どうだ? 葵も見ていないか? 結構いろんなジャンルがあって面白いぞ?」
小説を読むのも無料なのか……それじゃ本売れないじゃん。ダメじゃん、本末転倒じゃん。
「まあ、無料と言うなら。ちなみにどんな話があるんだ?」
「色々あり過ぎてあれだが、俺のお気に入りは異世界で保育園作っていくうちにハーレム化していく話や狐の神様と同棲する話とかかな。これが結構面白くてよ!」
「どういう設定なんだ? 何故に異世界で保育園なんだ……それに神様と同棲って……」
謎設定である。だが陽介はそういうのを望んでいるのだろう。だけど俺にはそのハードルは超えられそうにない。俺の唯一呼んだ小説はシャーロックホームズの事件簿的な物だけだし……。
「葵……みんな最初はそうやって毛嫌いするんだ。でもフタを開けたらもう飲見込まれるぞ?『んほおっっっ、しゅごいぃぃ~!』ってさ!」
「なんか良く分からんが俺は今、お前との縁を永遠に切りたくなった」
なんだその訳の分からない悲鳴みたいなものは。
「まあ、待て! ここは俺を信じて読んでみてくれ! きっと読み終えた時には俺にこう言うからさ『くっ! 殺せ』と!」
「ああ、分かった、分かった。とりあえずメシ食うぞ。それに俺は死にたくない」
唐揚げ定食が届いたのでとりあえず会話は中断し、食べる事に専念した。まあ、ネット小説の事を教えてくれたし悪気は無い。今日のメシぐらいは奢ってやる。
今日も普通に美味かったので普通に満足して店を出た。……なんだろう、普通の筈だがなんか違和感をいつも覚えるんだよなぁ……普通過ぎるのって変わってるんだろうか。
その後、会社に戻り社内の喫煙ブースに無理やり連れて行かれた。久しぶりだが臭っ!? 俺はこんな場所に入り浸っていたのか……。
「ほれ、珈琲だ。昼飯ありがとな!」
缶珈琲を投げて渡してくれた。うん、イケメンさんありがと。タバコ止めたらもっとモテ……なくていいのか。困ったもんだ。
「さっきの続きだが、メシ食ってる時もずっと考えてたんだが、葵にはこれをお勧めしたい。『こめ銃』、『幼馴染がこめかみに銃を突きつけて毎朝起こしにくる件』を!」
「いや、遠慮する」
「反応早っ!」
いったいどんな案件なんだ? あり得ないにも程がある、毎日、『ああ、悪かった、いい子だから銃を下ろしてくれハニー』なあ~んてアメリカ映画のセリフに出てくるような事を毎日言わなければならないのか?
「いいからさ、マジで読んで見ろって。これ、恋愛小説だからさ!」
「ああ、もう分かったよ! じゃあ、俺はもう行くぞ? 非喫煙者がわざわざここに居る理由はないからな! また喫煙を再開するまでの別れだ」
「ん? 禁煙成功したらなかなか会えないじゃねえか! 感想も聞かせろよ!?」
お、気付いたか。まあ、同じ会社に居るんだ。運が良ければまた会えるさ……さて、仕事仕事~!
午後から仕事を進め、定時直前に部長から連絡があり予想通り課長と鈴宮さんは直帰するとの事だった。まあ、こちらの仕事も終わっているので俺と梓も定時だ。
会社帰りに安定のコンビニへ寄り弁当と飲み物を選んでいると品出しをしている清音に出くわした。
「よお、清音。頑張ってるな」
「い、いらっしゃいませ……」
チラチラと俺をいや、更に奥を見ながら普段言われないまとも接客ワードを伝えてきた。あり得ない……初めて言われたぞ?
「どうした清音、熱でも――ああ、そう言う事か」
清音の目線の先には男子高校生がチラチラとこちらを見ていた。どうやらあれからも二人は上手く行ってるようだ。青春だな……。
「甘酸っぱい汁が目に染みて涙が出そうだからとりあえずお会計出来るか?」
「ちょ!? な、何言ってるの! 葵ちゃんのバカぁ!」
照れ隠しとばかりに腕を振りかぶった姿勢を取って来た暴力反対~。
「はいストップ。そこの少年に見られてるぞ~」
「んっっ!?」
腕を下ろして顔を真っ赤にして……完全に惚れとるな……。
清音にからかわれて自宅に着き服を着替え、弁当を食べる。普段と変わらない毎日のルーティン……。まあ、今日は珍しく逆だったが。
「う~ん、鈴宮さんから返事来ないかなぁ……」
アザラシちゃんのぬいぐるみを優しく宙に浮かせてはキャッチ、浮かせてはキャッチを繰り返す。どうだ? 高い高いだ!
なにやってんだ俺は……。
「あ、そう言えば陽介がなんかネット小説がどうのと言ってたな……」
アザラシちゃんを抱きかかえ、スマホを操作する。確か……銃を突きつけられて……えっと何だっけ?
正直タイトルを忘れた。でもまあ検索ツールで絞ればそれっぽいのが……お、あったあった。多分これだ。『幼馴染がこめかみに銃を突きつけて毎朝起こしにくる件』改めて見ると犯罪の匂いしかしないぞ?
「これで恋愛小説のタイトルとは……まあ、話の種にちらっと見ておくか」
「なんでだよぉぉ……気付くだろ!? 明らかじゃん! 急に難聴になってんじゃねえよ!」
思わず一人でつっこんでしまった……冒頭の幼馴染が毎日こめかみに銃を当てBB弾を炸裂させる展開には少々法の問題を感じたが、これまた内容が……いい! コメディ要素の中にも二人の恋の進み具合から目を離せない。
平然と傷害罪一歩手前の言動を繰り返すその裏には、そんな行為でしか好きを表現出来ない葛藤が読み取れる。しかも鈍感な二人はお互いのアプローチに全く気付かない始末……完全なる両片想いの物語だ。
「くっ! 続きが気になる! けど先は長いし一気読みなんて無理だ。そして明日の朝も早い……仕方無い、今日はこの辺りにしておこう」
渋々スマホのタスクを切り、スリープ状態にした。だが毎日の楽しみが増えた。
「それにしてもこの女の子、鈴宮さんと少し挙動が被るな。もちろん銃を突きつけたりはしないけど、迷ってる時とか悩んでる時の仕草が。こんな風に『実は葵先輩の事が好きなのに! どうして気付かないの!』なあんて思ってくれたらなぁ……」
ま、所詮は物語、ファンタジーだ。それに対してこっちは現実。そんな都合の良い話がある訳がない。
陽介……今度ラーメンも奢ってやろうじゃないか。
こめ銃はフィクションですが、陽介君の言う、保育園と狐の神様のお話は実在してます!
良かったら作品欄から覗いてやって下さい!
大将『お~ほっほっほっ、こんなところで宣伝ですか。面白いか方ですね……あの地球人の事ですね?』
葵『大将……なりきり過ぎ……』




