45話 課長の隠れた趣味
――桃華視点
「あら、もうこんな時間ね」
手首をひねり時計を見る課長さん。スーツ姿ではあるが私みたいに着られて感など無く、完全に着こなしている。ただ時計を見ているだけなのに絵になる人だ……。
今日は課長さんと外回りに同行させてもらっている。この前梓先輩とも一緒に行ったんだけど、流石というべきか、課長さんはまた一味違った。新人の私が聞いてても分かりやすいプレゼンに的確なコメント、立ち振る舞い。
見ていて凄く勉強になる。この人がライバルかぁ……。
「今から会社に戻っても遅くなっちゃうし今日は直帰しましょうか。ちょっと電話しておくわ」
スマホを操作して会話をしだした。おそらく部長さんだと思う。私もつられて時計を確認したら定時間近であった。
それにしても電話する姿勢すら何か神々しさを感じる……この人、実は女神様だったりするんじゃないかな……。
「――はい、それでは失礼します……ふひゅぅ~、お仕事終わりぃ~」
あ、お仕事スイッチを切ったみたい。アフターファイブの課長さんだ……。
「ねえねえ~、桃華ちゃん~! 今から少し時間あるぅ~? もしよかったら本屋さん行きたいんだけど~」
「は、はい! 大丈夫です!」
ギャップが……美しい容姿は変わらないのだけど、一転して可愛さが溢れ出てる。二冠王だ……。それにしても本屋さんか、きっと課長さんなら難しいビジネス書なんかを見るのかな。私、恥ずかしい話だけどほとんど本読まないからなぁ……この機会に私も買おうかな。
お得意先の最寄り駅はステーションプラザとなっており、様々な客層の方で賑わっていた。こういう所の本屋さんは大きいから品揃えは良さそう。
「最近は電子媒体も多いけど~、私は紙の本が好きなの~、かさばっちゃうのが難点だけど、ずらっと並んだ壮観はなんとも言えないからね~」
きっと今から行く本屋さんの棚と同じ状態になってるんだろうなぁ……私からすれば図書館みたいなもんですね。きっと難しい本がずらりと並んでいるんだろうな……。
本屋に着くと店内の案内にかかれたフロアマップを確認すると課長は雑誌コーナーを横切り、ビジネス書コーナーの方に歩いて……あれ? 曲がった?
「うわぁ~、ここ品揃えいいねぇ~さあ~て、今度はどれを読もうかなぁ~!」
課長さんが立ち入れたエリアは、文庫本のエリア……ジャンルは、ライトノベル? なにそれ?
「やっぱり異世界物かなぁ~、そうだ! スローライフ系にしよ~っと! 桃華ちゃんは小説とか読んだりするぅ?」
「い、いえ……読んだ事無いですぅ……」
「ええっ!? 一度も無いのぉ!? もったいないよ! 人生の9割5分は損してるよ?」
私、5分だけで生きて来たんですね……。
課長の目を輝かせて次々に手に取る本。可愛らしい絵なんだけど、ちょっとその……男の人が喜びそうな感じというか。え、エッチなやつじゃ、無いですよね?
それに異世界ってなんでしょうか? 地球じゃない無い世界?
「そうだ! 折角だから桃華ちゃんもどう? 私が選んであげるよ~、どんなジャンルぅ?」
「あ、え? ジャ、ジャンルですか? えっと……」
小説と言えば、歴史物や推理小説、後は恋愛小説とかなんだろうけど……ライトノベルというのがジャンルじゃないんですね……。
「じゃ、じゃあ、恋愛系のやつを……」
「うん! いいよぉ~、じゃあ異世界の恋愛ものだね!」
「あ、出来れば現実風味の方が……」
小説を読んだ事もロクに無いのにいきなり未知の異世界というもには少し手が出しづらいですぅ……。
私からのリクエストを課長さんは眉を寄せてアレでも無いコレでも無いと、吟味に吟味を重ねて遂に一冊の本を選んでくれた。
「これなんかいいかも! タイトルにインパクトがあったから!」
課長に渡された本のタイトルは『幼馴染がこめかみに銃を突きつけて毎朝起こしにくる件』と書いてあった。本の表紙には可愛らしい制服の女の子がベッドの上にまたがり銃をつきつけていた。
どういう件なんでしょうか? 完全に犯罪の領域ですよね? 銃社会の話なんでしょうか?
とりあえず、買った……けど、これどうしよう……。
自宅に戻り、用事を一通り済まし、ベッドに寝転がりながらスマホを眺めている。この前、葵先輩に『おでかけしませんか』とメールをしたら『喜んで』と返信された。
その時はあまりの嬉しさに小躍りしたぐらい。
でも……その後の進展が無い。ちゃんと日付も入れとけば良かったなぁ……。
それに課長さんは相変わらず始業前と定時後はすりすりベタベタとくっついているし……せめてもの救いは本気で葵先輩が嫌がっている事。葵先輩が『セクハラですから!』と毎日言ってる。私もそう思う。
ふと鏡の前に向かい自分の体を映した。幼い顔立ち、小さい身長、それに不釣り合いな大きな胸……課長や沙織とは圧倒的なまでにスタイルに開きがある。
「はぁ……ダイエットしようかな」
ダイエットすれば胸も落ちると思うし、少しはバランスのいいスタイルになるかも。
とりあえず、今日のポテチを最後に明日から頑張ろう!
決意を先送りにしてポテチを取りに行こうと思い、部屋のドアの方に足を向けるとテーブルの上に置いた本が目に入った。今日、課長さんが選んでくれた小説。ブックカバーに隠れてちょっと恥ずかしい感じの絵は見えなくなってるけど……。
「ポテチ食べながら読もっかな……」
食わず嫌いというのも良く無いと思うし、きっと明日お仕事が始まる前の課長さんに感想を聞かれる可能性も高い。少しだけでも読んでおこう。
「姉ちゃん、またポテチか?」
リビングでTVを見ていた弟の咲矢から声がかかった。それにしても失礼な話だ。『また』とは。昨日は食べて無いもん!
「今から読書するからおやつが欲しかったの!」
「読書するのにポテチって……相性最悪じゃないか……」
まあ……そうかも。でも文庫本だから片手で持てるから大丈夫だもんね。
「しかし姉ちゃんが読書ねえ……漫画? は読まないか。仕事関係?」
「小説だよ。上司の人に勧められて。私も初めて読むんだけど」
「へえ~、まあいいんじゃない? 活字を読み出すと結構はまるからね。ちなみになんて小説~?」
何故か小説に興味を示して来た……タイトル言うの恥ずかしいんだけど……。ってかなんだっけ? なんか長ったらしくてちゃんと覚えてないや。
「えっと、確か、幼馴染が銃を突き付けて朝起こす? みたいなタイトルで――」
その瞬間、咲矢が咽だした。どうやらお茶が器官に入ったみたい。
「ちょ、そ、それってもしかして『幼馴染がこめかみに銃を突きつけて毎朝起こしにくる件』略して『こめ銃』じゃないか!?」
詳しいね……咲矢……お姉ちゃん、ちょっと距離を置きたくなったよ?
「まさか姉ちゃんがその本を……いや、勧められたって言ってもんな。自力で探し当てた訳じゃない。きっと上司の方は相当のマニアだな……ふふ、一度会ってみたいな、そっか、こめ銃が……」
なんかぶつぶつ言い出しので無視して飲み物とポテチの袋を持って自分の部屋に戻った。どうやら咲矢は内容を知ってるみたいだったけど、有名な本なのかなぁ……。
ポテチをつまみながらレモンティーを一口。うん、やめられない味だね。で、でも今日で終わりだもん。今日で……。
「えっとどんなお話なんだろう……」
こめ銃と呼ばれる小説、思いのほか感情移入した。幼馴染の男の子は鈍感で女の子があの手この手で迫る(銃を突きつける事も辞さない)けど反応は鈍くいつも軽くあしらわれる。でも片や男の子も実は女の子の事が好きなんだけあの手この手(主に銃を突きつける)をされるので好意が無いものと勘違いし、振り向かせる為に奮闘をするという実は両片想いという恋愛物語だった。
「なんか……他人事とは思えないというか、この男の子、鈍感過ぎ! まるで葵先輩だよ! 気付いてあげようよ、女の子の想いを! こんなに一生懸命なのに」
つい熱が入っちゃった。でもこれ、面白い。明日から毎日読み進めて行こ!




