29話 清音の過去
――桃華視点
葵先輩に昼食を誘われ、お店に入り事情を聞かせてもらった。結局、私の勘違いである事が分かった。それと同時に葵先輩も勘違いしていた様子だった。
それにしても葵先輩も咲矢の事を気にしてたって事は、ひょっとして私に少しは脈があるのかも……。でもただ気になっただけって可能性もあるし……。
なにかモヤモヤとしながらも料理を注文し、待っている間に葵先輩と清音ちゃんのやりとりを見てると本当に兄妹みたいに見えて来た。恋愛感情というよりも大好きなお兄ちゃんって感じ。
「ふふっ、仲が宜しいんですね」
「うん、葵ちゃんとはもう密接な体の関係を持って――」
「き・よ・ね? 俺が怒らないとでも思っているのか?」
……ふうぅ、一瞬ドキッとしましたよ。そんな事無いですよね?
食事を終えると清音ちゃんはパフェに夢中になっていた。ちょっと美味しそう……そう言えば沙織、パフェ奢ってくれなかったもんなぁ……後日請求しよう。
そんな事を考えていると葵先輩からGWの事について聞かれた。正直、私もお誘いしたものの、ノープランなのです……。
「じゃあ、お家デートは? 葵ちゃん、外食ばっかだし、桃華ちゃんと一緒にご飯とか作ってもらえばいいじゃん! あ、悪い事しないように私も行くから! ちなみに私は食べる担当ね!」
ナイスアイデアですぅ! お、おしかけ女房っぽいです! 確かにどこもかしこも混んでいる場所に行くよりもまったりと二人で楽しめる……あ、あれ? 清音ちゃんも来たら出来ないんし、それに悪い事されないようにって……。
とは言うものの代案も無かったので、清音ちゃんのアイデアはそのまま採用され、明日は葵先輩のお宅でお料理を作る事になった。
お店を出ると葵先輩と挨拶をして別れた。のだけど……。
「さあ、桃華ちゃん! 女の子同士のお話しよ!」
何故か清音ちゃんは残った……。どうやら私とお話したいとの事だけど……わ、私、何かされるんでしょうか……。
うららかな昼下がり、ショッピングモールを出て近くの公園へと場所を移した。桜はすでに散ってしまったけど青々とした葉っぱが風に揺られている。そんな自然の日陰の下のベンチに腰を下ろしてはいるけど、穏やかな風景とは対照的に心情穏やかでは無いよぉ……。
「ねえねえ、桃華ちゃんって葵ちゃんの事、好き?」
いきなり核心を突かれた……い、今時の子って……。
「そ、その、葵先輩とは、会社の先輩後輩の関係で、そ、そんな、感情は、あの、えっと……」
女子高生にタジタジなんて……ううぅ……。
「え~? 違うの? 葵ちゃんと同じキーホルダー持ってるのに?」
ニヤニヤしながら問いかけられた。ど、どうやら見られてたみたい……。
「……好きですぅ。で、でもそれはあくまで私の感情であって、葵先輩がどう思ってるかは分からないので……」
その返答に清音ちゃんは相当驚いたようで少し顔が引きつっていた。そうだよね、私なんかが……。
「そ、そっか。桃華ちゃんって物凄い純情な人なんだね……それに天然とは。しかも身体スペックも高い……これほどの逸材がまだ地上に存在していたとは。正直さっきのお姉さんと甲乙付けがたいレベルだよ」
なにやらブツブツといっているけど、なんか似たような事を梓先輩に言われたような気がする。
「でもこれは由々しき事態ですな。葵ちゃんは私の物じゃないけど、ちょっと悔しいというか、苦しいというか……」
先程の元気は消え影を落としたような表情を見せた。この子……やっぱり……。
「でも、これでいいんだ。年相応の恋愛しなきゃね! 葵ちゃんは、私の恩人であって彼氏じゃないから!」
引っかかる言葉が出た。恩人?
「清音ちゃんも葵先輩の事、好き……なんだね。でも恩人って言うのは?」
今はそちらの方が気になる。何か過去にあったのだろうか……。
「う~ん、まあ、桃華ちゃんになら話してもいっか!」
ポカポカとする春の陽気に清音ちゃんは姿勢を正して私の方に向き直った。
「実はね、葵ちゃんと初めて会ったのは中学生の頃なんだ。私、当時塞ぎ込んでて、登校拒否してたんだ」
こんな明るくて活発な子が? し、信じられない……。
清音ちゃんは葵先輩との出会いをそのまま静かな口調で語ってくれた……。
「家に居るのも嫌で夜遅くに駅の方へアテも無くふらふらしてた時に葵ちゃんと会ったの。当時の私は何もかも意味無く嫌で仕方無くて。お金も欲しかったし、やけにもなってて。それで体、売ろうかなって思ってたの」
「ちょ、ちょっと清音ちゃん!? ま、まさか葵先輩と!?」
す、済ましちゃったの!? し、しかも中学生と!?
焦る私に悪戯っぽく笑うと口を開いた。
「葵ちゃんに言ったんだ、『私を買わない?』ってそしたら買ってくれたの」
あ、葵せ、んぱい……。
一気に血の気が引き鼓動が早まった。そ、そんな過去が……。
「ふふ、桃華ちゃん、大丈夫、確かに買ってくれたけどエッチな事は一切してないよ。葵ちゃんさ言ってくれたんだ。『ああ、買ってやるよ。だが、俺が買った以上は俺の言う事を聞け。まず、お前の家に連れて行け』って」
え? な、なに、それ?
頭の中が混乱して状況の理解が追い付かない。と、とりあえず済ましては無い……みたい。
「びっくりしたよ。いきなり家に連れて行けって言うんだもん。無視して立ち去ろうとしたんだけど、葵ちゃん、真剣な顔してずっと話しかけてくれて。遂に根負けして家に連れて行ったんだ……はは、おかしな話でしょ? でも何故か断り切れなかったんだ」
よし、とりあえず理解は追いついたよ。葵先輩は清音ちゃんを保護したんだ。
「その後はもう笑い話だよ、両親とは仲良くなっちゃうし、少しは怒られはしたけど、どこまでも親身になってくれる葵ちゃんに心を開いちゃって。気が付けば、葵ちゃんに付きまとうようになってたの。コンビニのバイトも葵ちゃんがかなりの確率で来るから高校生になって始めたんだよ?」
もう、どこまで優しいんですか! それに危ない事ばかりしてるじゃないですか!
「これが私と葵ちゃんの出会いだよ。どう? なんか運命的な感じがするでしょ?」
うう……確かに……。
「で、桃華ちゃんは? どうして葵ちゃんの事を好きになったの? 何処で知り合ったの~? 教えて~」
ぐいぐい来る女子高生のパワーに負け、あの日の事を伝えた……。
お話が終わるとおでこに手を乗せ『くっはぁ~』と言いながらお空を眺めていた。
「も、桃華ちゃんもかなり運命的な出会いをしてるね……というか強姦にあってるじゃん! 警察沙汰だよ!?」
「き、清音ちゃんも種類は違うけど同じだよ?」
中学生の売春など一歩間違えば葵先輩は逮捕されてたかも知れないし……。
「結果的に私には実害が無かった訳だしね、でも桃華ちゃんは手を出されてるからそっちの方が重大だよ! くぅ~、治安が悪い、店長さんに言って治安の強化をお願いしないと!」
「あ、それはもう済んでるよ。店長さんが直々に更生してくれたみたいで」
「……殺っちゃったんだ」
顔を青ざめさせて小さな声で呟いた。物騒極まりない発言だけど、店長さんを知っている人ならあながち過剰とも言えないかも。
「ううん、今は駅前でボランティアを頑張ってるよ」
「ああ……そう言えば最近確かに居るね。教官さんと一緒に居たから何処の極悪犯かと思っていたけど、そう言う事だったのかぁ……五体満足だし、店長さんにしては寛大な処置だね」
店長さん……貴方は過去にどんな仕打ちをしてきたのでしょうか……。聞くのが怖いので聞きませんが。
「ともかく、私は葵ちゃんが好きだけど、諦めるね! まあ、今日のお買い物に付き合った時点で分かってた事だけどね。それに最近、私にも気になる子は、居るのは居るし……」
途端照れた顔をしだした。その子の事も気になるけど、お買い物に付き合った理由? それも気になる。
「清音ちゃん、今日は葵先輩とお買い物に来たって言ってたけど、お願いされたの?」
「そうだよ、明日のデートに来ていく服が欲しいからって。バイト帰りに肉まん3個で引き受けました!」
と、と、と言う事は!? た、楽しみにしてくれた上におしゃれにも気を使って!? そ、そういえばいつもと違う感じの服を着てた。か、かっこいいな~って思ってたけど、あ、あれ、私と会う為に用意してくれたんだ……。
それになにより……ライバルが居なくなった! こ、これで……。
「おやおや? 何か恋する乙女のお顔になってますよぉ?」
「き、清音ちゃん! お、大人をからかってはダメですよ!」
とっても笑顔が素敵な女子高生とその後もお喋りを楽しんだ。
「う~ん、明日、何作ろうかなぁ~!」
日中は清音ちゃんとお喋りを楽しみ、帰ってきて夜は部屋でお料理のレシピをスマホで見ていた。先程葵先輩と連絡を取り、時間の約束もばっちり!
「に、肉じゃがとか? それともカレーとか……煮物系は難しいし……」
スマホにどんどん料理のレシピの画面メモが溜まっていく中、咲矢の声が聞こえ、部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ~」
扉が開くと真剣な顔をした咲矢が入って来た。どうしたんだろうか……。上手くいかなかったのかな……。
「姉ちゃん……一生のお願いだ。明日だけど一日、家を空けて欲しい。この通りだ」
扉を閉め、声を小さくして私に伝えるとそのまま土下座してきた。
さて、どういうつもりか。確かに明日朝一から両親は旅行に行く……。ま、まさか、咲矢……。
「姉ちゃん、俺、沙織さんと付き合う事にしたんだ」
早っ! あ、あんた達……。
「わがまま言っている事は分かってる……それに軽い気持ちじゃない」
確かにイケメンとはやし立てられている咲矢だけど、まともに彼女を作ったのは聞いた事が無い。そんな咲矢が即断するほどの相手か……。まあ、確かに沙織は綺麗だし、優しいし、頭脳明晰、運動神経抜群……女性としての頂点に近い……。
「で、でもあなた達、家にってまさかお泊りする気!?」
「姉ちゃん! 声が大きい!」
口を指に当てて『静かに』というポーズを取って来る。尚、必死の形相だった。
「……もう、分かったよ。で、でもあれだよ、ちゃ、ちゃんと……」
「ああ、もちろんだ」
どうやら通じたようだ……弟よ、大きくなって……。
ん? じゃあ私はどうしたらいいんだろう……明日は葵先輩のお宅に伺うけど。帰る場所が無い……あ、葵先輩は事情も知ってるし、きっとお話しすれば一晩泊めてもらえ……って私、何考えてるの!?
「ありがとう、姉ちゃん。そうだ、姉ちゃんもお泊りすれば? 彼氏さんのとこで」
「うぇっ!?」
変な声が……出来る訳無いでしょ! そんな事!




