表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/65

18話 新人ちゃん、配属される

 

 ――葵視点


 体が軽い! 昨日までの体調不良が嘘のようだ! 流石一日の大半を寝て過ごしただけはある。


 顔を洗う為に鏡を覗き込むと、口の端にある青あざはまだ消えていなかった。


「う~ん、しばらくは外回りは梓にやってもらうか……いや、マスクを付ければ問題ないか。実際風邪引いてたし」


 外回りの心配をしながらスーツに身を包み出社の準備を行う。時刻は7時ジャスト。


「うし! 行って来ます!」


 気合を入れ、玄関を開けた。



 ものの五分で会社に到着し、早速PCを立ち上げる。同僚達はまだ来ていないが、部長はすでに出社している。そういえば今度寿司を奢ってもらう算段だったな……。


「坂上君、先週はありがとう。おかげで先方さんも納得してくれたみたいだよ。ところでどうしたの? その顔?」


「あ、いえ、ちょっと転んで口を切っちゃいまして……」


 子供みたいないい訳だが、俺が喧嘩するような人間ではないのは部長も分かってくれている筈。


「そうなの? 気を付けてよ? そうそう、歓迎会に参加出来無かったお詫びは別の所で返すからね! 期待してて~」


 そういうと席に戻って行った。俺みたいなヒラ社員にも上役である部長は気さくに声をかけてくれる。尚、直属の上司は地方の事業所へ出張中であり、GW明けからの出社予定だ。


 それにして相変わらずの軽さである。仕事は出来る人ではあるのだが。ただ、寿司屋には絶対連れて行ってもらう!


 朝の日課としてデスクワークの処理を行う。土日の間に結構な連絡が貯まる。本当はPCを持って帰りたいのだが、情報漏洩防止として社外に持ち出すには許可が必要となっている。その為、出張とかでない限り持ち出しは不可となってしまっている。


 変な所でホワイトなのがこの会社だ。


「うん……まだ揉めてるのか……だからそれは」


 一人ぶつくさ言いながらキーボードを叩き相手にメールを送り返す。


「おはよう~葵~、風邪は大丈夫?」


 しばらくすると梓が出勤してきた。席に着くと同様にPCを立ち上げている。


「ねえねえ、昨日、桃華ちゃんが来たでしょ? やらしい事してないでしょうね?」


「あのなあ……違う部署の後輩が看病しに来てくれてるのにそんな事する訳ないだろう?」


 失礼な話である……あ、パンツ姿は見られたけど。いや、あれは事故だし、いやらしい事をしたわけじゃない。俺はシャワーをしようとしただけだ。それに鈴宮さんは俺の事を先輩と呼んでくれた。辞表の必要は……無いよな?


「まあ、ぎりぎりだけど辞表は書かなくていいんじゃない?」


 安定の読心術……こいつ、ほんとに何者だ?


「それよりも例の三人組はどうなった? 店長、やばい事してないだろうな?」


 正直気になる。店長ならやりかねない。タチの悪い奴らだったが、この世にはいて欲しい。


「大丈夫だよ。直々の指導はあって目の輝きは失ったけど、教官さん達が命を吹き込んでくれたから」


 なにそれ? 人格とか変えちゃった系? あまり深くは関わら無い方が良さそうだ。さて、梓が出勤したら始業前の一服を行くのがルーティンだ。たばこ、たばこと。


「あ……」


 そういえば没収されてたんだ……禁煙……早くも心が折れそう……。


「あれ? たばこ吸いに行かないの?」


「ああ……なっちゃんに取り上げられた……」


 項垂れる俺を見て『なっちゃんかぁ……』という声が漏れた。流石の梓もなっちゃんには頭が上がらない。『じゃあ、我慢するしかなないね』と告げられた。


 地獄だ……すでに禁断症状が……吸いたい……。



 荒ぶる心を押さえ込み、始業時間になったので、改めて梓に先週のミスの回避方法を伝えた。


「いいか? 同じ順番で内容を確認しても見落とす。セルフチェックする場合は違った見方で確認するのが基本だ。下からでもいいし、逆算でもいい。この場合はだな……」


 本来ならばクロスチェックして違う人間が見るのが好ましいが、いつもペアで動いている訳ではないのでセルフチェックの強化は必須である。


「成程……この方が精度は上がるね。さっすがは社畜さん!」


 先輩に対して失礼な事を言うが、決して梓は無能な後輩では無い。なんなら俺よりも頭が回るかと思う。ただ、ニアミスが多い所がある。その辺りを是正していけば俺の上司になる日も近いのではないかと思う。


「にしても……この仕事量、きついな。課長にも言ってるんだが、人材の補充が必要だぞ?」


 いくら俺と梓がフルに回しても少しどうしても手が行き届かない箇所がある。それをカバーする為に確認に時間を削ったりするもんだからミスが多発してしまう。正攻法で攻めると定時なんて夢のまた夢だ。


 まあ、俺は歩いて5分の立地だからいいのだが、梓を突き合わす訳にはいかないし、俺の体力にも限界はある。


「そうだね、GW明けには課長が帰ってくるから改めて相談して……葵? 部長が呼んでるよ?」


 山のようにある企画書とにらめっこをしている最中だったので気付かなかった。確かにおいでおいでしている部長が居る。


 今、忙しいんですけどね? 会議まで後10分しかないんですけど?


「ああ、ちょっと行ってくるわ。会議の資料だけまとめて先に会議室に入っといてくれるか?」


「了解~」


 まあ、梓に準備を任せれば問題は無い。さて、寿司をたかりに行きますか。



「ごめんね、忙しい所手を止めてしまって」


 全く持ってその通りである。そのちょび髭が腹立たしいわ!


「いえ、大丈夫です。なにか不具合でもありましたでしょうか?」


 とはいえ、俺の上役の上役。わざわざを呼びつけるぐらいだから重要な事だろう。寿司の件は最後に回そう。


「坂上君の担当している業務、物量がある上にややこしいでしょ? 僕から見てもキャパオーバーかなって思ってるんだ。そこで課長には通して無いけど僕の方で人材を補填しようと思うんだ」


 大変失礼いたしました。とっても髭が似合ってますね! よ、社内一のダンディズム!


「ありがとうございます! 助かります!」


「早速今日から坂上君の下に付けるけど大丈夫?」


 まあ……当面は仕事が増える事になるが中長期的に完全にプラスだ。ここで断るという選択肢は無い!


「はい! 大丈夫です! 私が責任を持って教育、指導いたしますので!」


 おそらく俺の下に付けると言う事は年下だろう。まあ梓も居る事だし、教育に関しては放置する事無く指導出来る。


「じゃあ、呼ぶね~」


 部長が電話の受話器を取ると何やら話している。さて、会議が始まる5分前だ。人材の補填はありがたいが急いでいただきたい。



「お、来た来た。坂上君は初めてだと思うから紹介するよ。鈴宮桃華さんだよ」


 ……初めまして。まじか!? 鈴宮さんが俺の直属の後輩に!?


「あ、あの。よ、宜しくお願いいたします!」


「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくても。坂上君は社内一面倒見がいいからね。安心して」


 部長……貴方の事をこれから神と呼ばせて下さい。もう歓迎会に参加出来無かった事は完全にチャラでいいです! そして寿司なんてどうでもいです。なんなら俺がおごりますよ!? 


「じゃ、じゃあ今から会議があるので一緒に参加してもらえますか?」


「は、はい! 分かりました!」


「宜しくね~僕の方から課長には連絡しておくから~」



 会議室に向かうとプロジェクターと資料を配布し終わった梓が居た。他の部署のメンツも揃っているようだ。


「あれ、桃華ちゃん? どうしたの?」


 最もな疑問である、入社一ヵ月未満の子がいきなり会議参加は中々無い。だが何事も経験だ。例え何もしなくとも場の空気に慣れる事にデメリットは無い。何より、会議中、放置になってしまうのでそれをするぐらいなら一緒に参加した方が遙かにマシである。


「ああ、とりあえず説明は後で。鈴宮さんはそこに座ってて。じゃあ、時間も押してるし始めましょう」



 会議の内容は資料を用いたプレゼン形式である。手元の資料に沿っては説明するが、資料を丸読みするだけならわざわざ会議をする必要は無い。資料の内容をいかに伝えれるかが肝である。尚、この辺りの技術も梓は高い。なんでも出来子ちゃんだ。



 無事、打ち合わせの内容もまとまり、解散となった。みんなで会議室の片付けしていると梓が口火を切った。


「桃華ちゃん、ひょっとして、私達の部署に転属された?」


「は、はい! 朝一番に部長さんに呼ばれて」


 会議まで時間が無かったので説明する暇が無かったのだが、梓も驚いているようだ。俺もびっくりだけど。


「そうなんだぁ~。良かったね、桃華ちゃん!」


「え、いや、その……梓先輩!?」


「はは、ごめんごめん!」


 何をじゃれているのだろうか……さて、この片付けが終わったら昼飯だな。




 昼から会議をもう一件こなし、鈴宮さんに業務の内容を説明していると定時のチャイムが鳴った。


「とまあ、こんな感じですね。明日からは実際に俺か梓と一緒にやっていきましょう」


「はい、ありがとうございます!」


 ほんと、鈴宮さんは礼儀正しくて……いい! 梓とは大違いだ。


「悪うございましたね?」


 さて、心を読まれたところで、今日は鈴宮さんには帰ってもらおうかな。


「じゃあ、今日は鈴宮さんは上がって下さい。俺はもう少しだけ処理していくので」


「葵先輩、風邪引いてましたし、今日は早く帰った方が……」


 優しいですねえ……こんないい子を俺の部署に配属してくれるなんて。ほんと部長には足を向けて寝れないな。どっち向いてか知らないけど。


「なっちゃんの薬で回復しましたから。大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」


「で、でも……」


「葵先輩かあ、へえ~」


 なにやらニヤついている梓が居るが……面白い事でもあったか?


 しかし、今日は鈴宮さんに業務の内容を説明したので俺の仕事が全く進んでない。徹夜をする気は無いが、結構遅くなりそうだ。また部長にオフィスの鍵を借りないと……。


「じゃ、じゃあ、私も残ります!」


 気持ちは嬉しい。だが……。


「ありがとう、でも初日から飛ばし過ぎると後でバテちゃうからね。それにまだ社会人として慣れていない所もあるから今は無理をせず、体を慣らしていこう」


「わ、分かりました……でも頑張ってお仕事覚えていきますね!」


 大きな胸を震わせて両拳を握って答えてくれた。


 鈴宮さんが配属になってくれたのは嬉しいが今後胸の誘惑が付きまとうな。梓はまあほぼ無いから問題無かったが……。鈴宮さんのは気になって仕方が無い。目のやり場に困る――


「葵? 課長が帰ってきたら報告してもいんだよ? セクハラされたって」


「課長さん……? セクハラ!?」


 梓め……課長に報告だけは容赦いただきたい。あの人、苦手だから……。それに鈴宮さん戸惑ってるからやめてくれないかな? 相思の自由って知ってます?


「さ、さあ! 今日は慣れない環境の仕事だったし、明日の為にも早く帰って休んで下さいね!」


「じゃあお言葉に甘えて、帰ろっか! 桃華ちゃん!」


 え? 梓は残って……。


 すでにデスク周りの私物をカバンに直して帰り支度中をし始めており、二人揃ってオフィスを出て行った。鈴宮さんは最後まで後ろ髪を引かれる目線を送ってくれていたが。



「梓ぁ……お前は帰っちゃだめだろう……」


 梓と鈴宮さんが帰宅した後、涙でPCの画面を滲ませながら仕事を進め、処理が終わったのはちょうど日にちが変わった頃であった……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ