14話 新人ちゃん、看病する
――桃華視点
私のせい……先輩が風邪を……。
「梓先輩! 本当なんですか!? 坂上先輩が風邪って!」
「う、うん。さっきコンビニに行った時に清音ちゃんが言ってたから」
「ありがとうございます! あのお会計お願い出来ますか!?」
伝票が無かったので口頭で伝えた。早く行って謝らないと!
「今日は私のおごりでいいよ! その代わり、また来てね! それと、早く葵の所に行きたいんでしょ?」
「はふっ!?」
バ、バレてる!? で、でも梓先輩にはもう知られてるし……。
「気を付けてね、襲われそうになったら直ぐに連絡してね! 5秒で落としてあげるから」
笑顔で指を鳴らしてる……あ、あの、怖いです……。ほ、ほら、店長さんも目を合わせないようにしてるし……。
「あ、ありがとうございます。だ、大丈夫です。先輩はとっても紳士な方でしたから」
「へえ~、その話、また後でじっくり聞かせてね!」
しまった……余計な事言っちゃったかも。で、でも恋愛相談なら梓先輩が一番かも。
梓先輩と連絡先を交換した後、喫茶店の入り口まで見送ってくれ、手を振って送り出してくれた。会釈し、踵を返して早歩きで先輩のマンションに向かった。
程なくしてマンションの前に付くと管理人のおじいさんがエントランス前を掃除していた。
「おや? 昨日の葵ちゃんの彼女さんじゃないか、今日も会いに来たのかい?」
「あ、いえ、その……は、はい」
完全に彼女と勘違いされてる……そろそろちゃんと訂正した方がいいかな。
「あの、実は私は――」
「そういえば葵ちゃん、ふらふらしながらさっき帰って来たのを見かけたけど。風邪でも引いてるのかい?」
誤解を解くのは今度にしておこう! 今は急がないと!
管理人のおじいさんは喋りながらもエントランスのロックを解いてくれた。
「あ、ありがとうございます! それでは失礼します!」
自動ドアが開いたので速足で駆けた。
エレベーターのボタンを押し、乗り込みボタンを押したところで胸が締め付けられた。不安はもちろんだが、悲しみの感情と共に。
私のわがままのせいで……あの時、ちゃんと帰ってもらっていればこんな事にならなかったのに。
302号室、坂上先輩の部屋の前に着くや否や、ドアノブに手をかけた。恐らく、気が動転していたんだと思う。まるで自分の家に帰って来たかのような感覚で入ってしまった。
「あ……私、鍵空いて……」
不法侵入しちゃった! すいません、先輩! ど、どうし――
足元には男の人の靴と女性の靴があるのが目に入った。脇には女性の傘がかけられている。
雨が降っていたのは昨日……もしかして、昨日からずっと女性と?
錯乱状態になり、そのまま吸い寄せられるように部屋の中に入り、目の前の光景に瞳孔が開いた。
ベッドに座り、白衣姿の女性、なっちゃんが頬を染めながらおかゆを先輩の口に運んでいる。
二人は……そんな関係だったんだ……。
「そ、そんな……嘘……坂上先輩となっちゃんさん……」
自分勝手な事だと思う。先輩は私の物じゃない。そんな事は分かってるけど、好きな人が目の前で……。
「おお! 桃華じゃないか!」
なっちゃんさんから声をかけられた……はっ! 私、ここに居ちゃダメだ!
「鈴宮さん、これは違――」
先輩が急に立ち上がって――倒れた!? ちょ、ちょっと大丈夫ですか!? う、動かないですけど!?
「おい! 何してんだ! そんな体調で急に立ち上がるんじゃない! 桃華、ちょっとそっち持ってくれ、ベッドに戻すぞ!」
「あ、は、はい!」
なっちゃんさんが足首を持ったので私は肩を持った。
……眼鏡かけてない先輩!? しかも寝顔!? レ、レアだ。スーパーレアだ!
「ったく。それに桃華、どうしたんだ? 葵に会いに来たのか? でもチャイムぐらいは鳴らした方がいいぞ?」
「す、すみません……ちょっと焦ってまして……」
先輩をベッドに寝かし直し、なっちゃんさんが白衣のポケットから診察用のペンライトを取り出し先輩の目を開いて覗いていた。結果、貧血のようなのでじきに目を覚ますとの事だ。
……お医者さん、でしたっけ? それにその診察で分かるんでしょうか……。
「葵のやつ、結構な高熱でな。おっと、流石にそろそろ仕込みをしないといけないな。後は桃華に任せていいか?」
え? なっちゃんさんの彼氏を私に任すの?
「そ、そんな、なっちゃんさんの彼氏を私なんかが……」
『うん?』そんな表情をしながら私を見ている……えっと、私なんかおかしい事いいましたか?
「はっはっは! 葵と私が彼氏? 違う違う! それにさっきからなっちゃんさんって、呼び方おかしいだろ?」
大きく手を振り豪快な笑い声が部屋に響いた。
「葵はあたしの弟だ」
衝撃的な言葉が出た……弟? 姉弟なの!?
「ま、待って……嘘を教えないで……」
あ、先輩が目を覚ました!
「お? 起きたか。それに桃華はもうあたしの妹だからな! これからはなっちゃんじゃなくて『お姉ちゃん』と呼ぶように!」
「は、はい、お、お姉ちゃん……」
勢い良く迫られたのでつい言われるがままに答えたけど、なっちゃんは頬を赤く染めてうっとりしている……部屋に入って来た時に見た顔だ。
「んふっ! いいね、いいねえ~、じゃあ妹よ! 後は宜しく~。はい、これ渡しておくよ」
ご満悦な様子で白衣のポケットから体温計とマスクを手渡された。そのポケット何でも入ってるんですね……。
「なっちゃん……ちょっと、話をややこしくしないで……」
息も絶え絶えの様子で先輩は訴えていたけども、そそくさとなっちゃんは部屋を出て行ってしまった……私と先輩を二人残して……。
ど、ど、ど、どうしよう!? 私、勝手に部屋に入ってきちゃったし、嫉妬してるところまで見せちゃたし! ムリだよ! どうすればいいの!?
「と、ところで鈴宮さん?」
ひいい! 怒られる! 常識無い子だと! すみません、すみません! 違うんです、自分で言うのもなんですが私は真面目な子なんですぅ! ちょっと恋して盲目になっているところは自覚ありますが……。
「マスクして下さいね……風邪うつりますから。心配して看に来てくれたんですね、ありがとうございます……」
お礼を言われた……怒鳴られてもおかしくないのに……。そのまま言われた通りマスクを付けた。
「あ、あの、すみません! 私のせいで雨に濡れて風邪引かせてしまって……私、どう責任取ればいいか……」
ふと先輩の右手にアザラシちゃんが握られているのが見えた。
ずっと……握ってくれたんだ。何これ……心の底から嬉しさがこみ上げて、涙が……。
「す、鈴宮さん!? そんな責任だなんて……じゃ、じゃあ、少し看病していただけますか? まだ食事の途中でして」
か、看病!? い、いきなりディープな関係じゃないと出来ない課題に!? は、はい、私頑張ります!
「えっと……たしかその辺りに飲み物が……えっと、フタが空いているのはどっちですか?」
明らかに減っているペットボトルと未開封のペットボトルの区別がついていない? もしかして先輩って相当目が悪いんじゃ……。
「こ、こっちです! ど、どうぞ!」
飲みさしのペットボトルを差し出した。その際に手が触れた。
「ひゃ!」
「す、すみません! 目が悪くて! えっと眼鏡は!?」
どうやらやっぱり目が悪いみたい。この距離でも感覚がズレちゃうんだ……。
眼鏡をかけた先輩は少し苦しそうな表情をしていた。
「だ、大丈夫ですか? なにか苦しそうですが……」
「あ、ええ……ちょっと眼鏡をかけてると頭が痛くて……」
そうなんだ、私、眼鏡をかけたことが無いけど、確かに頭痛がする時に友達は苦しそうにして眼鏡取ってたかも……。
「じゃ、じゃあ外して下さい! わ、私が運びますので!」
そっと、眼鏡を先輩の顔から外してあげた……あ、胸が顔に近……でも見えて無いんだもんね。
「どうぞ、水分補給して下さいね」
言葉を話して手にペットボトルを持たせてあげた……また、触れちゃった。でも、目が悪い人って大変だなぁ……。
「あの、坂上先輩ってどれぐらい目が悪いんですか?」
「あ、は、はい、そうですね、裸眼だと視力検査の一番上の奴が見えるか見えないかです」
え? あんな大きいのが見えない? そ、それって全然見えて無いんじゃ。今の状況だって先輩にはほとんど見えてない……な、なんかちょっと気が楽になったかも!
「そ、そうなんですね。じゃあこの距離で私の顔見えますか?」
1mぐらいの離れた距離で聞いてみた。
「全く見えない無い訳では無いですが、表情はほぼ見えませんね……」
そうなんだ……じゃあ、私が浮かれた顔してもバレない!?
「じゃあ、眼鏡をかけずにそのままお食事しちゃいましょう!」
レンゲで一口分のおかゆをすくい口元に運んであげた……これ、すっごく恥ずかしい! でもほとんど見えてないみたいだし、だ、大丈夫だよね!
「あ、あ~んして下さい……」
恥ずかしい! 私きっと顔真っ赤だよ! 信号機の赤よりきっと赤いよ! で、でも見えてないから大丈夫、大丈夫……。
「す、すみません……お、おいしいです」
「なっちゃんが作ったおかゆですもんね! きっと栄養たっぷりですよ!」
用意してくれたおかゆは全部食べてくれた。とっても美味しいおかゆだったんだろうなあ。
「じゃあ、ゆっくり休んで下さいね、私、片付けをしてきますので」
「す、すみません、いろいろさせちゃって……」
「気にしないで下さい、私のせいで風邪引かせてしまったんですから。洗い物したいのでキッチンお借りしますね」
食器を持ってキッチンに向かった。
食べ終わった食器を洗い終わると冷蔵庫の中を見せてもらった。ヨーグルトやスポーツドリンク、ゼリーなどが入っていた。他はビールとチーズ……先輩、これは流石に体壊しますよ……。
「坂上先輩、私ちょっとお買い物に……あっ……」
ベッドの方に向かうとお腹も一杯になったのか目を閉じて眠っていた。
「……すみません、早く元気になれるように、私、美味しい料理作りますね」
起こさないようにゆっくりと玄関に向かった。
鍵はどうしようかな……開けっ放しは不用心だし。私みたいな子が入って来る可能性もある訳だから……。
周りを見渡すと玄関のドアの横にある物置スペースに鍵が無造作に置いてあるのが見えた。
「先輩、ちょっとお借りしますね」
玄関の鍵をかけ、マンションを後にした。




