13話 社畜さん案の定、風邪を引く
――葵視点
「ぅ……喉が、痛い……寒気も、昨日考え込まないでさっさとシャワーすれば良かった……」
時計は午前7時過ぎ、体の異変で目が覚めた。体の節々が痛いし、熱っぽい。この症状から察するに……風邪だ。
昨日は家に帰ってからも、和夫の意味深な発言をアザラシちゃんのキーホルダーを見つめながら、濡れたままの服で自問自答していたのが原因だろう。
見事な自爆である。すっかり冷えてしまった上に、仕事が忙しくて食生活も荒れていたので体も弱っていたのだろう……。
なにはともあれ、なんとか今日中に治さないと……明日は仕事だ。週明けは山盛りの仕事が待っている。仕事は待ってくれない。
重い体を強引に動かし、冷蔵庫の中を確認してみたが、ロクな物が入っていなかった。中にあったのはビールと6Pチーズのみ。
く、俺の食生活……。なっちゃんの言いつけを守るべきだったか……。
「思ったより体がだるい……健康チェックするか……」
そのままふらつきながらテーブルに置いてあるアザラシちゃんの付いたシガレットケースを持ち、ベランダへと出た。
ベランダにはキャンプなどで良く使われるイスが置いてあり、そこに深く腰を掛け、たばこに火を付けた。
最近、管理人のじいさんにベランダでの喫煙は止めるように言われており、何か手を考えないといけないと思っている。電子タバコに代えるか、それとも禁煙するか……。
「ぐお……不味い……これは末期症状だな……」
たばこを吸う人間ならではの診断方法だ。体調の悪い時のたばこは心底不味い。気持ち悪くなる程に。
半分程吸った所でいよいよ喉に限界を感じたので火をもみ消した。
「とりあえず、コンビニに……今日は日曜か、清音が居そうだけど…背に腹は代えられないな……」
ふらつく足取りでベランダを出て財布と鍵を持ちコンビニへと向かった。
「いらっしゃいま――ちょっと葵ちゃん!? 体調めっちゃ悪そうだけど!?」
ちょうど出勤したてだったのだろう、ユニフォームのチャックに手をかけている清音に声をかけられた。
高校生だからやはり休日は出勤していたか……。
「ああ、ちょっと風邪引いてな……とりあえず飲み物と食料を……」
いつもなら過剰なぐらい絡んでくる清音だが、何故かその目線は俺を見ていない。しかもちょっと引きつった感じのようだが……。
「ほう、風邪だと? どんな食生活をしてたんだ!?」
白衣に身を包み、ミニスカ、胸元をパージさせた刺激的な女医、じゃない、ラーメン屋店主、どうやら清音は俺の後ろに立っていたなっちゃんを見ていたようだ……。
ふふ、終わった。一番知られてはいけない人に知られてしまった……。
かごにはバランス栄養食と16種類のブレンド茶が入っており、細眼鏡越しに睨み上げてきている。
「ラーメンなんぞ食ってるからだ! ちょっと待ってろ!」
あの、ラーメン屋店長さん? ほんとになんでラーメン屋してるの?
「あちゃあ~、ばれちゃったね。タイミングバッチリだったんだもん。狙って来たみたいだったよ?」
フードコートの席に誘われながら女子高生にからかわれた。俺だって不運だと思っている……。
「よし、行くぞ! ほら、掴まれ!」
ぎっしり詰まったレジ袋を片手に女医さんの肩を借りた。なんでこの街の人はこうも俺にお節介を焼いてくれるのだろうか……ありがたい話だ……。
「無効2週間はラーメン禁止だ! 今日は緊急事態だから止むを得ないがちゃんとスーパーで買い物をして自炊しろ! 分かったな!? それに体調が戻らないようだったら会社は休め! いいな!?」
「ラーメンはともかく……明日は会社には行かないと仕事が……」
「ドクターストップだ。医者の言う事は聞け! それに葵、たばこ吸っただろ!? お前は何を考えているんだ? 健康を舐めてるのか?」
まさかの出社禁止が言い渡された。でもなっちゃんはラーメン屋さんだし、元栄養士さんなんでお医者さんでは……。
喉まで言葉は出ていただ、反論したら蹴られて放置されそうだから口を閉じた。ここは従っておかないと部屋に戻れない。悪化してきているこの体では……。
部屋に着くなりベッドに寝かされ、水分補給として電解質ウォーターなるものを飲まされた。さらにビタミン摂取との事でレモン1000個分ウォーターやイチゴヨーグルトまで用意されている。
「それにしてもたばこ臭いな、こんな部屋に居るから風邪なんぞ引くんだ!」
ベランダが空きっぱなしなっており、どうやら副流煙さんが部屋に舞い込んだようだ。俺には何も感じないのだが、非喫煙者には匂うようだ。
なっちゃんは窓を全開にし、消臭スプレーをこれでもかと振りたくっていた。
「葵、たばこを出せ。そして今日からたばこを吸う事を禁じる」
目が怖かった……言われるがままにポケットからシガレットケースを差し出した。ここで歯向かっても何の得も無い。
「ど、どうぞ……あ、でもちょっと待って下さい……」
シガレットケースのアザラシちゃんを取り外してなっちゃんに手渡した。
「いいな? 今日以降、たばこを吸っている所をあたしが見かけたら……」
なんだろう……首筋にメスを当てられているような気がする。まあ、いい機会だ、禁煙してみようかな。
「よし、今からおかゆを作ってやるからな、じっとしてろよ!」
「大丈夫ですよ……仕込みがあるんじゃ……それにうつっちゃいますから……」
「私の抗体がそんなやわな菌に負けるとでも思っているのか? 全てにおいて最高の値をキープしてるからな!」
健康体なんですね……。でも他のお客さんにうつる事は考えていないのだろうか?
「ほら、体温計だ、熱を測って待ってろ」
なっちゃんからデジタルの体温計を手渡され、そのままキッチンに行ってしまった。
白衣のポケットから何故に体温計……常備してるんですか? いよいよなっちゃんが何者か分からなくなってきたんですけど。
しかしありがたい、我が家に体温計は無い。脇の下にセットしてと……。
「38.9度……け、結構高め……」
実際の体温を知りますます気分が落ち込んだ。これはまずい。なんとか今日中に治さないと……明日は会議が二件もあるんだ……。
眼鏡を外し、目を閉じた。風邪独特の悪寒が体を蝕み、布団をかぶっているのに寒い……これはきっと疲れも合わせて出たな……。
しばらくするとなっちゃんの声が聞こえて来た。どうやらおかゆが出来たようだ。非常に体が重いが無理やり起こし、体温計を返した。
「思ったより熱が高いな、いいか、これを食ったらすぐ寝るんだぞ! ほら、食わしてやる」
レンゲにすくったおかゆを冷まして口に運ぼうとしてくれているのだが……あの、これはちょっとやり過ぎでは?
「なっちゃん、流石にこれは……なんとか自分で食べれますから……」
「き、気にするな! 葵は私の、その……お、弟みたいなもんだからな!」
俺にこんなセクシーな姉はいません。
なっちゃんがやたらと世話を焼いてくれる理由、それは俺を弟として見てくれているからである。そこに恋愛感情は無く、ずぼらな俺を見ていられなかったらしい。個人的には食生活はその通りだが、それ以外はきちっとしているつもりなんだけど。
「い、いいから、お姉ちゃんに甘えてろ、は、はい、あ~ん……」
とはいっても看病してくれるのはありがたい。ここは甘えさせて頂こう……。
「ど、どうだ、ゆっくり食べろよ?」
うん、ほどよい塩加減だ。食欲は限りなく無いが、これならなんとか食べれそうだ。
「ムリは良くないが、もう少し食べた方がいい。ほ、ほら、あ~んは?」
お互いに恋愛感情は無い。それは間違いないのだが、白衣を着たダイナマイトボディの女医さんが谷間を見せつけてくる事には問題がある。
まあ、眼鏡を外しているのでほぼモザイクに近い状態だけど。なんといっても視力0.1だからなぁ……一番上の「C」がギリ見える程度だし。
「すみません、なっちゃん……」
「違うだろ、お、お姉ちゃんって呼ぶんだ」
このイカレラーメン店長は何を言い出すのだろうか。だが、栄養補給は急務だ。
「ほら、あ~ん……」
「あ~ん」
おかゆが再び口に入る直前に玄関のドアが勢い良く開く音が聞こえた。そしておそらく女性であろうシルエットが視界に入って来た。
えっと、良く見えないけど……誰? それになっちゃん、鍵かけて無かったのね……。
「そ、そんな……嘘……坂上先輩となっちゃんさん……」
今の声!? ま、まさか……鈴宮さん!? い、いやそんな訳――
「おお! 桃華じゃないか!」
ビンゴぉ!! 見られちゃったよ、この不順異性行為を! 違う違うんです! これは介護、介護なんですぅ!
「鈴宮さん、これは違――」
勢い良くベッドから立ち上がった瞬間目の前が真っ白になった……やばい、貧血……?




