第20話 志を共にする者
黙認する代わりに作戦に混ぜろだと? 美鏡はなんでそんな取引を……。
そもそも、どうしてこの場所がバレた? 体育館裏で話してるときは気配を感じなかったはずだ。
こっちの手の内をどれだけ把握してやがる? 今までの会話は筒抜けと考えるべきか?
いくつもの疑問が俺の頭の中を駆け巡る。
俺が思考に浸っていると――気付いたときには美鏡の手が伸びていた。
その手は俺が着るブレザーのポケットに収まり、まさぐり始める。
「お、おい……!」
すぐに手を引き戻すと、美鏡は閉じた拳を全員が見えるようにして開いた。
「……? それってなんなの美鏡さん?」
美鏡の手の平に乗っていたのは、百円玉ほどの大きさをしたボタンのような物体だ。
「……まさか、発信機?」
「ご名答。まあ、正確には盗聴器を兼ねた発信機ですが。さすがは榊坂家の執事ですね」
野々宮が執事ってこともバレてやがる……!
じゃあ、美鏡が言った盗聴器ってのは本当みたいだな。この場所に来れたのも位置を辿ったおかげって訳か。
けど、そう考えれば合点がつく。同時に新たな疑問も二つ生まれた。
「お前はどこでそんなもんを手に入れたんだ? 俺の制服にいつ仕掛けた?」
「守住くん」
「……なんだよ?」
「私はまだ、あなたたちから返答を聞いていません。その先が聞きたいのなら、取り引きに応じるということでよろしいのですか?」
「そ、それは……」
俺は口ごもって歌恋と野々宮の顔を見る。
歌恋は不安そうに見つめ返すだけ。野々宮の方は目を閉じて数秒の沈黙。目を開くと静かに頷いた。
「……わかった、応じる。歌恋もそれで良いか?」
「う、うん」
俺たちの返答に満足したのか、美鏡が少しだけ表情を和らげる。
「分かりました。立ち話もどうかと思うので……竜胆さん、奥に詰めてもらっても構いませんか?」
美鏡は、一人で長イスに座っていた歌恋に対して声をかける。
歌恋はそれに頷き、スライドする形で奥側にずれた。
「さて、では改めて話をします。と言いたいところですが、先に一つ質問が」
空いたスペースに腰かけながら美鏡がそんなことを言ってきた。
「質問ってなんだ?」
「何故、あなたたちはリンクを接続していないのですか?」
「ふぇ? リンクを?」
「守住くんがリンクを繋いでいれば、私の盗聴も回避出来たというのに」
「……あー、そういうことか」
その一言で俺は察した。完全に盲点だったぜ……。
「どゆこと?」
「マルチリンク……その手がありましたね……」
「野々宮くんもわかったの?」
「はい……あなたがかしまさんとの戦いで負傷し、波ヶ浜病院から退院した日。……おれたちはマルチリンクを実際に使ったんです……」
「マルチリンクを? それで何かあったってこと?」
歌恋からしてみたら気になるところだよな。まあ、結果はあんなだったが……。
「いや、特に何も起きなかった。むしろ、これはルネのグループ通話と一緒だよな、なんて話でまとまったんだ」
「グループ通話と同じ……?」
「ええ、なので私は聞いたんです。どうしてマルチリンクを使用して三人で会話をしていないのですか? と」
「うーんと……あ、そっか! リンクは心の中で話すから盗聴されない。会長さんの耳にも入らないし、水鏡さんの盗聴器にも筒抜けにならない。しかも、駿ちゃんなら複数の相手に繋ぐことが出来るもんね!」
歌恋の発言に、美鏡は同意するように頷いた。
その通りだ。本来ならパポスを使える人間には不要な使い道。けど、今はそのパポスが使えない状態だ。
不測の事態に陥ったことで、あのときは意味がないと思ってた能力が、これ以上ないほどの武器に変貌しやがったってことさ。
「ご理解頂けたようで何よりです。私も他に聞かれたくない話をするつもりなので、先にリンクを繋いでもらいたいのですが……」
「ああ、わかった」
俺は頷き、マルチリンクで三人それぞれに接続した。
初めての複数による接続で戸惑う歌恋。美鏡の方は感心した顔をしていた。
改めて姿勢を正した美鏡を皮切りに脳内での話し合いが始まる。
『まずは先ほどの機械についてですね。あれは私の知り合い……いえ、バディである豪田舞人が作成したものです』
『……豪田舞人。その名前をどこかで……あ、C組の不良か!』
一学期の二日目。俺と友明は身体測定の途中で豪田舞人に会っていた。
たまたま同じ計測をしていた友明と会い、その場で談笑をしていた俺たち。
そこに立ち話中の俺たちを邪魔に思ったあの不良が、威圧感全開で話しかけてきたことがあった。
あの見た目と態度は嫌でも忘れようがねえぜ。
『なるほど。あなたはすでに舞人と会っていたようで。その金髪グラサン熊男ですが、技巧部に入部するだけあって手先が器用なんです。特に機械いじりが好きで、このような発信機も一から作れる機械オタクなんです。あ、これには財前グループのパーツは使用していないのであしからず』
テーブルに置いた盗聴器を手に取り『まあ、あいつは好きなもの以外は勉強すらしないほどのバカ男ですが』と嫌味のように付け加える。
にしても、あの不良を金髪グラサン熊男って呼ぶのか……こいつ、結構度胸あるな。
『次にこれをいつ仕掛けたか、ですが。今日の五限目にあった現国の時間です。後ろのあなたがプリントを提出しに席を立ったとき、ブレザーのポケットに入れさせてもらいました』
『……マジかよ』
『駿ちゃんのその反応、もしかして知らなかったの?』
歌恋の問いに首を縦に振る。マジで気付かなかったんだが……。
『……通知が届いてからのもりずみ君は、心ここに有らずといった感じでしたからね……』
『ええ。おかげで楽に事が運びました。制服を着替えるかと思いましたが、それも杞憂だったようで』
着替えてたら尾行に切り替えるって感じか。だが、それだとここまで上手く立ち回れなかったはずだ。移動中、俺は常に気配を探ってたからな。
そう考えると、今回の俺のミスは美鏡にはありがたい誤算だった訳かよ。
『そして、ここからが本題です』
声のトーンを下げ、美鏡は口を更に堅く閉じる。その表情は重苦しくもあり、決意に満ちているようにも見えた。
『私があなたたちと作戦を共にしたいという理由。それは、去年の二学期に財前がやったことへの復讐がしたいからです』
『……復讐?』
財前に対する復讐だと? こいつは何を言って……。
いや、去年の話だってことなら俺が知らないのも無理ないか。
だが、美鏡の隣りに座っていた歌恋が静かに俯く。
『どうしたんだ歌恋?』
「あ……えっと……」
『ある意味、竜胆さんが一番の当事者でしたからね』
「当事者ってなんだよ? こいつに関係することがお前のしたい復讐なのか!?」
歌恋が関わる復讐? もし美鏡が嫌がる歌恋を巻き込もうっていうのなら、俺は全力で阻止するぞ。
『落ち着いてくださいもりずみ君……あと声を出さないで……』
『あ……! すまん』
野々宮の制止する声を聞き、俺は素直に謝った。
ちょっと感情的になりすぎたぜ。反省しなきゃな。
『お気になさらず。私も説明が足りませんでした』
『その……みかがみさんが言っているのは、黄泉川皐月先輩の退学に関してですか……?』
『はい。その通りです。……彼女と私、それに舞人は幼い頃から養護施設で育てられてきた。いわば、幼馴染と呼ばれる関係になります。彼女は正義感が強く、私と舞人にとっては実の姉のような存在でした』
美鏡は一度、紫の瞳を静かに閉じる。幼い頃のことを思い出したのか、ゆっくりと開かれた美鏡の瞳は少し震えてるようにも見えた。
『二学期になり、竜胆さんがリンクを強制的に断線させる『リンクアウト』を発生することが判明した。竜胆さんや心音さんと同室だった皐月は、それをどうにかしたいと苦悩していたんです』
『ん? ちょっと待てよ。愛奈も歌恋と同じ部屋なのか。てか、その人がルームメイトってことは……』
『うん。皐月先輩が退寮したことで、空いた枠に新入生の有栖ちゃんが入ったの』
だんだんと雲行きが怪しくなってきてないか?。
なんだこの、仕組まれたように上手くはまるピースの群れは? ここまでバラバラだった人と情報があまりにも綺麗な形で繋がってきやがったぞ……。
『それから一ヶ月。新たな会長である財前を中心とした生徒会が発足された。成績優秀だった皐月は、会計として生徒会の一員になることが出来ました』
本来なら生徒会の役員に選ばれるのは胸を張る出来事のはずだ。だが、話す美鏡の顔は晴れない。
俺としても、今回の件を知って喜ばしい就任じゃないのはわかるが……。
『発足後の最初の活動として、財閥は何か解決する議題がないかと探し始めた。そこで運悪く目を付けられたのが竜胆さんです。あいつは、わざわざ竜胆さん一人のためにリンクバトルで切断したら負けるというルールを追加しました。それは宣誓の段階で切れても負けるということも含みます。つまり財前は、まともにリンクを繋げない竜胆さんに対し『お前にはリンカーをする資格がない』と、ルールとして記載させたんです。それが、竜胆さんに欠陥品というレッテルが貼られた発端……』
「…………は? くっ! あの野郎ッ!!」
俺は我慢出来なくて立ち上がった。初めて見たときは優秀なやつだと思ってたが、あの男、そんなことをしてやがったのか……!
『駿ちゃん……』
『……あ、すまん。話を続けてくれ……』
歌恋の悲しそうな声を聞いて俺は冷静になった。着席し、美鏡に話を続けるように伝える。
『分かりました。……ですが、そんな彼の暴挙に待ったをかける者がいた。それが皐月です。同室である後輩が腫れ物扱いを受けるのが我慢できないと、皐月は財前と真っ向から対立する道を選んだ』
『けど、退学しちまったってことは……』
『ええ。財前に歯向かえばどうなるかという見せしめにされました。会計だった皐月は、各部活動の予算を着服したというあらぬ疑いで退学させられたんです……!』
美鏡の体が静かに震えていた。
悔しいという気持ちがこっちにまで伝わってくる。その気持ち、今の俺には良くわかるぜ……。
『なあ歌恋。友明たちもそうだが、なんでそのことを言ってくれなかったんだ? お前も事の顛末は知ってたんだろ?』
『……うん。でもね、言いたくなかったから言わなかったんじゃないの。皐月先輩を知らない駿ちゃんに言う必要はないかなって思ってたから……』
……確かに言わなくて正解だったかもしれない。
この話を聞けば、俺は今みたいに激怒してただろう。そうなれば、遅かれ早かれ財前と対立していたはずだ。
わざわざ藪を突いて蛇を出す必要はない。そう友明たちは思ったんだろうな……。
『以上が、私があなたたちの作戦に加わりたい理由です。皐月同様に冤罪をかけられた二人を助け、財前を裁きたい。皐月の件も含んで、財前に復讐がしたいんです。……どうかお願いします!』
美鏡が深々と頭を下げた。
お前が背負っていた思い、確かに胸に刻んだぜ。ここまで聞いておいて、その思いを無下にするつもりはねえ!
「俺は……正直、財前を一発ぶん殴りたくて仕方ない。そのためには、一人でも多くの助けが必要になってくるんだよな。……てかさ、俺たちはすでにお前の仲間なんじゃねえのか? だったら美鏡、もう俺たちは一種の運命共同体だ。俺たちと一緒に、あのムカつく財前をぶっ飛ばそうじゃねえか!」
俺は美鏡に手を差し述べた。目を見開いて驚く美鏡だったが「はい!」と俺の手を力強く握り返してくれた。
……待ってろよ財前! 俺たちが、てめえの悪事を全部暴いてやるよ!




