第21話 秘密のティータイム
駿たちと別れたカサルナは、島内で極秘裏に建造された榊坂家のラボを訪れていた。それは深い森に覆われた山道にある建物。
入り口に設置された指紋認証と顔を感知するセンサーに加え、榊坂専用のコードを入力して開錠される仕様だ。
カサルナが全てを解除したことで扉が開く。だがその扉の先には、すでに特殊な兵装の人間が何人も転がっていた。決して死んでいる訳ではなく、気を失って倒れているだけのようだ。
しばらく冷めた目で彼らを見ていた彼女は、視線を逸らして奥へと歩き出す。
研究所のような内部を歩き、辿り着いた一室に入ると。
「ご苦労でしたわ。あれは財前が雇った者たちで?」
カサルナは中で控えていた男、執事長の瀬場に声をかけた。
「ええ、まごうことなく。加減に加減を重ね、気絶に留めておきました。そちらの尾行はどうなさったのですか?」
「黒咲菖蒲でしたら、能力を使って闇討ちさせてもらいましたわ。学区外に出たところで気を失っているはずでしてよ。まあ、あまり多用すると怪しまれますので、この件ではこれっきりと致しますが。……で、彼らにこの場所が割れた理由は?」
「簡単なことです。島中にあるほぼ全てのセキュリティを財前家が掌握していた中で、ここだけが独自のシステムで動いていたからに他なりません。彼らはそれを調べにきたのでしょう。完璧故に穴があるとは、少々皮肉でございますな」
言葉通りに皮肉な言い方をする瀬場。カサルナは目を閉じてため息をつく。
「……彼らが入れたということはシステムも掌握されたと?」
「いえ、開けたところまでです。すでにセキュリティコードはわたくしめと他の者で書き替えており、有栖には戻るよう指示を出したところでございます」
瀬場はこれから有栖が合流する旨を伝えながら、入り口で倒れている侵入者について話す。
「彼らは偵察が任務のようで、少人数での部隊を編成しておりました。他の敵影は確認出来ませんな」
「そう。なら、彼らの処置はわたくしが行いますわ。拓哉の異名を使えば、わたくしでも意識を書き換えれますもの。それなら、彼らを雇い主に返しても問題ないでしょう?」
「ええ。拓哉の断片の力ならば可能でありましょう。上司に偽の情報を伝えるよう意識を誘導する。さすれば、これ以上財前の手の者が訪れることはないかと」
関係者以外には意味が伝わらない言葉の数々。カサルナは瀬場の話に頷きつつ、室内を歩く。
部屋の中にはパソコンが設置されたテーブルがあった。
そこにあるイスに座ると、カサルナはパソコンを操作し始める。軽く見た限りでは、プログラムなどに問題はないようだ。
「そういえば、彼らは縛らなくてもいいんですの?」
ディプレイから目を離さずに話すカサルナ。おそらく、廊下に転がる数人のことを差しているのだろう。
その質問に瀬場が澄ました顔で答える。
「いやはや、我が力のほどをお忘れですかな? 体の自由を未来永劫奪うことすら容易い。わたくしめが許すまで、彼らは動くことすら叶いません」
「そうでしたわ。今のわたくしとは違い、あなたの力なら可能ですものね」
一人納得した様子のカサルナをディスプレイの明かりが照らす。
先ほどの仕返しとばかりに皮肉を込めて言ってるように聞こえるが、それは違う。
カサルナはただ、真実を言ってるだけに過ぎないのだ。
瀬場蔵人という男はそういう存在だ。彼が本気を出せば、転がっていた者たちなど微生物にも足らない相手となる。むしろ、一方的に彼らの尊厳を略奪しかねないのだ。
殺すとか殺さないの問題ではない。その魂を未来永劫消滅させるか否か。彼の実力なら、その段階での話になってしまう。
「今回の件、有栖から『お嬢様は関わらないようです』とお聞きしましたが?」
その異端者が雇い主である令嬢に問いかける。
「その通りですわ。いくら榊坂とは言え、プロジェクトで協定関係となっている財前家にケンカを売れませんもの。それを分かっているからこそ、下手に出ているこちらに偵察を仕向けてきた。財前帝がどう考えているのかは知りませんが、どちらかの企業が失脚すれば、世界経済に多大な影響を与えますわ。そうなれば、こちらの計画が大きく狂ってしまう」
「ふむ……わたくしめとは違い、私情を挟まない立ち振る舞いはご立派かと思います。ですが、それではあなた様の名に傷が付くのでは?」
瀬場が首に巻くネクタイを直しつつ淡々と話す。
それを聞くも、カサルナは表情一つすら変えずに答えた。
「傷が付く? 理解出来ませんわね。わたくしの名にそんなものが付いたところで、何か問題でも?」
「例え演技とは言え、心音家をお見捨てになるような態度。あなた様に対する箔が付きません。それに――」
「『真名』の威厳に関わる、と言いたいのかしら?」
「……ええ」
「それこそ捨て置きなさいな。今のわたくしは榊坂家のカサルナですわ。それ以上でもそれ以下でもありません」
一歩も引く気はないという胸の内を、カサルナは凛とした声で告げる。
彼女の言葉を聞き、瀬場は目を細めて深く息を吐いた。
「……ご不満でも?」
「いえ、あなた様がそう決めたのなら。……話は変わりますが、駿殿の現能力で今回の問題を解決させようというのは、わたくしめには少々厳しく思えてならないのですが……」
根本的な話題は変わってませんわね。とキーボードを打ちながら思うカサルナ。
「あなたは心配症が過ぎますわ。今回、彼には拓哉を付けています。他にも何人か協力者が付く予定ですのよ。あなたのそれは、駿が歌恋に対して行う過保護と同レベルですわ」
「しかし、彼はあなた様の計画における重要な因子ではありませんか。方針のほどは理解しておりますが、それで失っては元も子も――」
その言葉に、カサルナが座席を回転させて瀬場に振り向く。
互いの視線が交わる中で、カサルナは睨みつけながら口を開いた。
「わたくしは自分の采配を信じていますわ。それはつまり、駿たちを信じているのも同義。我が采配と友を信じている時点で、わたくしがこの勝負に負ける気など毛頭ないと知りなさい」
「……申し訳ありません。どうもわたくしめは、弱者というものに手を差し伸べたくなる性分でして」
自らの非礼を詫び、瀬場が軽く頭を下げる。
瀬場が頭を上げたところで再び扉が開く。今度は制服を着た一人の少女が入室した。
紺色の長めの前髪は可愛らしいウサギの顔のピンで留められ、後ろ髪は波打つようにカールさせた長髪をしている。
前髪が微かに被る目元からは、蛇のような鋭くも切れ長な両目が覗いていた。
彼女は手に持っていたお盆をテーブルに置くと。
「不肖、野々宮有栖。駿先輩に接触し、ただいま帰還致しました! って、なんか空気重くないですかー? 入り口には武装したやつらが寝転んでいましたし。もしかして、すでに侵入されちゃってた系?」
空気を読めているのにそれを読まない発言。もちろん、自分から名乗ったこの少女は有栖である。
「おかえりなさい有栖。侵入者は瀬場が処理致しましたわ」
「うへぇぇ……執事長がお相手を? ってことはあの人たち、愛奈先輩たちへの報復として、執事長に何十回も殺されちゃってたんですね。いやはや、十二の試練を持っていても即消滅させるようなお方が相手ですもの。致し方ない最後と言えましょう……ああ、おいたわしや……!」
有栖は制服の袖で目元を隠すと「よよよ……」と泣きマネをする。
そんな有栖の反応に対し、長身の瀬場が髭をさすりながら彼女を見下ろした。
「あなたはわたくしめを馬鹿にしているのですかな?」
「にひひ、バカにはしてませんってば。先輩たちの件で財前家に激怒しているにも関わらず、刺客に対して加減を加えられてるのはさすがの一言ですよ」
なんて屈託もない笑みを浮かべ、有栖はお盆に乗せていたティーポッドを手に取る。
「そもそも執事長が本気なんか出したら、人間どころか、日本列島を一日で壊滅させちゃいますもんねー」
三つのティーカップに紅茶を注ぐと、そのうちの二つを持ち、カサルナと瀬場に手渡した。
瀬場は、冗談とも受け取れる発言と共にカップを渡され「まったく、わたくしめを馬鹿にしているようにしか聞こえないのですがね……」と呟いて紅茶を口に含んだ。
「ふふっ、拗ねないでくださいな。まあ、有栖の例えは適切とは言えませんわよね」
なだめるカサルナの発言に続け、瀬場が口を開く。しかし彼が告げる言葉は、有栖の例えを上回るものだった。
「まったくですな。日本を壊滅させるのに一日? わたくしめが本気出せば、日本など半日で焦土に変えれるというのに……」
執事長の言葉に二人の少女が動きを止めて固まった。だがそれも一瞬のこと。
「あー……チャリオットとガントレットを使うのなら半日でも可能でしたね。これはこれは、大変失礼致しました執事長殿!」
有栖は驚くこともなく、笑みと共に冗談めかした敬礼をする。
彼の実力なら、それが冗談なんて言葉で片付けられない問題となる。カサルナもそれを分かっており、悠長に紅茶で喉を潤していた。
「とにもかくにも、現状は駿を育てるのが一番の目的ですわ。念のために拓哉を側へ置きましたが、あなたという規格外が出しゃばっては彼の成長が望めません。まずは駿が持つ『千の顕現の支配者』を真に覚醒させることに注力しなければ」
「駿先輩の力が世界の命運を左右する。でしたっけ? そんなにすごいんですか?」
どうにも信じられないといった様子で有栖がカサルナへと問いかける。
「ええ。彼がいなければ確実に人類は滅びますわ。それだけ必須となる力でしてよ。いえ、彼だけではありません。他の異名の能力者も揃わない限り、クトゥルフの神々には対抗出来ませんわ」
「うーん、おにぃと一緒に引き取られて数年経ちますが、古の神話とか、どうにも実感が湧かないんですよねー。まあ、引き取ってくれた恩を返すためにも、アリスは最後までお嬢様に付き従いますよ。実感は湧きませんが!」
「ふふっ、ありがとう有栖」
二人の少女が話す中、瀬場が自分の左腕に触れた。袖と手袋の境目から覗くのは、銀色の義手である。
「それは今回使用禁止でしてよ」
「分かっております。奴では、この銀の腕を振るうに値する相手とはなりませんので」
「ならいいですわ。……さて、まずは侵入者さんにおかえりいただかなければ。そのあとは色々と根回しかしら? それでは活動を始めましょう。全ては世界の救済のために……。頼りにしていましてよ我が同志」
「お任せください。このノーデンス、背反なる邪道のため、あなた様と共に歩み続けましょうぞ」
カサルナはカップをテーブルに置くと、立ち上がって歩き出した。その後ろを、ノーデンスと名乗りし古の神が付き従う。
(この程度の問題、あなたには難なくこなしていただかなくては。これから立ちはだかる壁はあまりにも強大なんですもの。期待していますわよ駿)
彼女が口の端を吊り上げると――その髪が黒く染まり、目が燃えるように赤く輝き出した。




