表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/170

第12話 ブロークンハート

「うぅ……」


 俺は呻きながら目を覚ました。視界はぼやけ、頭もぼんやりとしたままだ。

 それでも霞んだ視界に何かの輪郭を見つけた。


「あ……駿!? あなた駿が! 駿が目を!」

「ぐうぅ……んあ? なんだあ? 駿がどうした?」

「駿が目を覚ましたのよ!」

「何っ!? おい大丈夫か駿!?」


 覗き込むような輪郭が二つ。ぼんやりとした頭でも俺にはその正体が理解出来る。


「母さん……? 親父……?」

「ああ、そうだ! 俺たちがわかるな? それなら大丈夫か……」

「すみません守住です。息子が意識を取り戻しました。はい、お願いします」


 親父は俺と軽く話をして、母さんは看護師に連絡をしてるみたいだった。

 その様子をボーっと見つめる俺は意識がまだ朦朧としている。


 数分経って意識も少しハッキリした頃、看護師と一緒に女性の医者がやってきた。


「良かった。目が覚めたようだな。私は君の担当医となった天城輝美だ。君は事故で大怪我をし、この病院に運び込まれたんだ」

「……事故?」


 なんのことを言われたのかまったくわからなかった。

 事故ってなんだ? と思って目を瞑ると、事故直後の歌恋を庇った光景が頭に浮かんだ。


「あっ!? 思い出し――痛っ!?」


 俺は痛み出した左胸を手で押さえる。車で起きた出来事を思い出し、胸が痛む理由がわかった。


「彼の傷が開いてないか確認してくれ」

「はい!」


 看護師の人が俺の着るパジャマを開いて確認する。


「……君は心臓に酷い怪我を負ったんだ。手術をしなければいけないほどのな」

「天城先生。傷口が開いた様子はありません。出血も確認出来ません」

「分かった」

「……手術? そうだ! おじさんやおばさん、歌恋は!? 俺と一緒に乗ってた三人はどうなったんだ?」


 自分よりも三人だ。俺は歌恋たちがどうなったか、気になって仕方がなかった。


「落ち着きなさい駿!」


 母さんや親父が起き上がろうとする俺を押さえつけてきた。


「三人はどこに!? きっと歌恋が心配して泣いてるはずだから、大丈夫だって知らせてやらねえと!」


 しかし、俺の問いに答えてくれる人はいなかった。


「天城先生……」

「大丈夫ですお母さん。なあ駿くん、三人のことが気になるのは分かる。だが、まずは傷を治すことを考えようじゃないか。手術が成功したとはいえ、すぐに歩き回れる訳じゃない。ここで無理して状態が悪くなってしまったら、ご両親だけじゃなく、その歌恋ちゃんも泣いてしまうんじゃないかな?」


 先生が諭すように俺に語りかけてくる。


「そ、それは……!」

「分かったら傷を治すためにも休むんだ。ほら、少し疲れてしまっただろう?」

「え? ……あれ? なんか、眠く……」

「無理しなくて良い。今は眠るんだ」

「……うん」


 先生の言葉を聞きながら、俺は目を閉じて眠った。


 あとから母さんに聞くと、この日は十二月三十日だった。俺が手術を受けてから、すでに五日も過ぎていたらしい。




 それから一週間が過ぎ――。


 正月ムードも徐々に落ち着き始めた頃、輝美先生によって胸の抜糸されることになる。

 んで俺は、自分の胸に出来た手術痕すげえな……と思いながら眺めていた。


 抜糸が終わり、俺はパジャマのボタンを留めながら、毎日のように聞いている話を輝美先生に振る。


「なあ、輝美先生。まだ歌恋のとこに行っちゃいけないのか? 傷治ったぞ。あと、おじさんやおばさんが見舞いに来ない理由も教えてくれよ」

「だから、まだ教えれないと言っている。あの子の病室にも行けないと昨日言ったばかりだろ」


 俺たちの関係も少しずつ変わっていて、輝美先生は俺に砕けた口調で話をしてくる。

 俺も俺で、輝美先生に対して近所のお姉さんのような親近感を覚えて軽口で話していた。


「そう言ってあれから一週間経ったぞ。歌恋の病室も教えてくれねえじゃんか」

「……もう少し待て。そうしたら……坊やにも教えてやるよ」

「坊やって……! また俺を子供扱いしやがって! 俺だって中学生になったんだぞ!」

「中学生だろうが小学生だろうが、私からしてみればどっちでもガキだ」

「今度はガキって言ったな!」


 くっそう! この人、俺を子供みたいに扱いやがって! いや、中学生って子供なんだろうけどさ。


 でも納得がいかない。病室に戻って改めて考えたが、なんか子供云々の話で話題を逸らされた気がする。

 あー! もう良い! 教えてくれないなら、こっちにだって考えがある。

 こうなったら自力で歌恋のとこに行ってやるよ!


 って病室を飛び出したのは良いんだが。


「歌恋の病室どこだよぉ……歌恋の名前書かれた部屋がねえよぉ……」


 二時間経ち、俺は廊下の手すりにもたれながら愚痴ってた。てか、もうそろそろ看護師の人たちが探し出してる頃だよな。

 もう後戻りは出来ない。戻らなくても怒られるなら、病室を見つけてから怒られた方が良い気がする。


 そう決断して俺は休憩のために空き部屋に一旦隠れた。ベッドに座って休んでいると、廊下から話し声が聞こえ、俺はそっと耳を傾ける。


「まだ竜胆さんの病棟には行ってないみたいよ」

「あそこに向かったと思ったけど違ったみたいね。ホント、どこに行ったのかしら守住くんは」

「まあ、さすがに竜胆さんが精神科の閉鎖病棟にいるなんて思わないでしょ。そもそも、入ろうにも施錠されているんだし」


 セイシンカのヘイサビョウトウ?

 ヘイサって閉めてるってことだったよな? えーと、どんな建物なんだ?


「ん? はい。…………分かりました。もう一回閉鎖病棟の周辺を探してみます」

「またあそこを探せって? あそこ、気味が悪いから近付きたくないんだけどなぁ」


 そういえば、看護師の人は全員インカムで連絡を取り合ってたな。きっと、今の会話はそれを使った連絡だ。

 なんて考えてると、看護師の人たちが歩き出す足音がした。


「歌恋の病棟に行くのなら追わねえと」


 えっと……確か気を探るイメージだっけか?

 ……くそっ! 歌恋みたいに『気』ってやつを使うにはどうすれば……。


 俺は諦めず、周囲の気配を読み取るイメージを頭に浮かべる。

 ……お! よし。ゲームのマップみたいなのが想像出来たぞ! これに気配のマーカーとかを付ければ。


 こうして俺はスニーキングミッションを始めた。

 玲奈おばさんがプレイしていた、中年軍人が敵基地に潜入するゲームを参考にし、俺は看護師の人たちを追う。




 屋外に出たあとも尾行を続けていると、暗めな雰囲気を感じる病棟に辿り着いた。


 なんだここ? 気配のイメージが変だ。……嫌な空気みたいのが漂ってる感じがする。

 木の陰に隠れる俺は、色々な感情を混ぜ合わせたような気持ち悪い空気で吐きそうになった。


「てか、施錠ってマジでそのまんまの意味かよ……」


 玄関の近くににはセキュリティシステムっぽい装置が置いてあった。

 更に警備員まで立っている。簡単には通してもらえそうにない。むしろ、堂々と正面から行けば捕まっちまう。


「うーん……どうすっかな。正面が無理なら開いた窓から――はダメか……なんで全部の窓に鉄格子が取り付けてあるんだよ……」

「それはな、ここには精神病の患者が収容されているからだ。患者が発狂して身を乗り出したり、割って落下しないために付けられているんだ」

「へー、そうなんだ」

「お前もあそこに入院してみるか駿坊?」

「いや、俺は入院するために入りたい訳じゃ――あ」


 ベタだが、俺は汗を流しながら後ろに振り向く。想像した通り、そこには呆れた顔をした輝美先生が立っていた。


「ったく、お前というやつは……」

「だ、だってしょうがねえじゃん。歌恋のことが気になって仕方ねえんだから」

「そこまでしてあの子に会いたいのか?」

「もちろんだ! せめて歌恋の顔を見るくらい良いだろ? なあ輝美先生!」


 俺の必死な願いに、輝美先生はため息を吐いて答える。


「…………後悔しない。落ち込まない。自分を責めない」

「え?」

「他人に八つ当たりをしない。泣かない。死のうとしない。……以上のことが約束出来るのなら会わせてやる」

「は? それってどうい――……約束する! だから歌恋に会わせてくれよ!」


 本当にその答えで良いのかわからない。輝美先生が約束を条件に出してきたのなら、歌恋の状態は本当に酷いのかもしれない。

 それでも俺は退かなかった。最悪、自分が歌恋を支えてやる! とまで思っていたから。




「……歌恋?」


 思ったからこそ、歌恋の姿を見て考えが揺らいだ。


 施錠された白い部屋。その中の白いベッドの上にあいつはいた。

 リクライニング式のベッドみたいで、上半身を少し起こした状態で寝ている。その顔は無表情で、目はくすんだような色。髪も少しパサついてるように見えた。


 名前を呼ばれても歌恋から何の反応もない。

 ただ壁を見てる。まるで、歌恋と似た人形がそこに置かれているようにさえ思えた。


 出来の悪い冗談に決まってるだろ。と、俺は輝美先生に言って欲しくなった。


「もう約束を破ってしまうのか?」

「――っ!?」

「……後悔しているのだろ?」

「し、してねえよっ! ……輝美先生! 歌恋はどうしてあんな状態になっちまったんだ!? 俺がちゃんと守ったはずだろ!?」

「お前が守ったのかまでは私には分からん。まあ、お前はあの子をちゃんと守り抜いたんだろうさ。怪我を負ってまでな」

「な、なら!」


 必死な形相で話す俺を見て輝美先生は――。


「だが、心までは守れなかったんだ。歌恋ちゃんの両親を見ないのも気にしていたよな? いや、お前はすでに見当が付いているのかもしれんが……」


 俺はその先の言葉を聞きたくなかった。いくらなんでもそこまで子供じゃない。なんとなくは察していたんだ。

 けど、そんなはずはないと希望にすがりたかったのも事実だった。


 その希望も、歌恋の部屋に見舞いに来た気配がないことで察する。


「……死んじゃったのか? 二人とも?」

「…………ああ」


 短い返事を聞き、俺の目から涙が零れ落ちた。

 輝美先生は指摘してこない。きっと、俺が泣くことなんてわかってたのかもしれない。


「もう一つ。お前の心臓はダメになってしまった。今のお前の体には、別の人の心臓が移植されている」

「……誰の?」

「歌恋ちゃんの母親、玲奈さんのだ。歌恋ちゃんに承諾をもらって移植した」

「――なっ!?」

「今もこうやってお前が生きていられるのは、玲奈さんと歌恋ちゃんのおかげだ。それを聞いてもなお、お前は歌恋ちゃんに会ったことを後悔するか? 彼女を守りきれなかったと、その母親の心臓を奪ってしまったと落ち込むか?」


 輝美先生は申し訳なさそうな顔をしていた。たぶん、俺に厳しいことを言ったから辛いんだと思う。

 けど、俺はその言葉と表情に対して嫌な気持ちにはならなかった。


 自分が生きてることに感謝しないといけない。歌恋が生きてくれてることに感謝しないといけない。

 例え険しい道でも、閉ざされてないなら歩み続けることが出来る。生きてるから出来ることが、してやられることがあるはずだ。


 俺は自分の胸に手を置き、涙を拭って振り返った。


「輝美先生」

「なんだ?」

「明日もここに来ちゃダメかな? 歌恋の側にいてやりたいんだ」

「駿坊……ああ。言ってくれれば、私なり看護師なりが付き添おう。それでも良いか?」

「うん。ありがとう!」


 俺は歌恋を支える道を選んだ。非力かもしれないけど、決して無力じゃないはずだから。

 この日から、俺の歌恋を支える戦いが始まったんだ――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ