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第13話 誓いの言葉

「おっす歌恋! 今日も来たぞ!」

「……」


 俺は元気よくあいさつをしてイスに座る。けど、ベッドに横たわる歌恋は微動だにせず、天井を見つめたままだ。

 そんなことを気にせずに俺は今日あった出来事を歌恋へ報告する。


「ふぅ、今日も疲れたぜ。そうだ。今日で三学期も終わったぞ。みんなお前がいつ戻ってくるのか待っててさ……あ、そうそう! 相変わらず校長の話が長いのなんのって」


 早いもんで季節も春になった――。


 三月も後半に入った今日は、俺と歌恋が通う中学校の終業式だ。

 事故から三ヶ月近くが経つものの、歌恋のこの状態はまだ治らない。そんな歌恋のお見舞いのため、俺は退院後も毎日のように病室へ顔を出していた。


 俺が退院したのは半月くらい前のことだ。心臓移植で起きるという拒絶反応や感染症もない。

 臓器を移植してから二、三ヶ月ほどで退院するのが一般的だって話だけど、俺も二ヶ月間のリハビリで退院出来た。


 病院を離れて歌恋の側にいれなくなることに思う部分もあった。それでも休んでいた間の勉強を取り戻すため、俺はすぐに退院することを選んだ。

 今もまだ心が壊れたままの歌恋。もしあいつが元の生活に戻れたとき、遅れてしまった勉強を手伝ってやろうと思ったからだ。


「でさ、鈴木のやつがまたバカなこと言ってたんだけど――」


 新たな話題を振ろうとしたところでノックの音が聞こえる。

 俺が「はい?」と答えると、看護師さんが開いた扉の前に立っていた。


「守住くん。申し訳ないのだけど、今日はそろそろ定期検査の時間なの」

「あー……そっか。じゃあ、今日はここまでにしておくよ。んじゃ歌恋、鈴木がなんて言ったかは明日話してやるから、それまで楽しみにしとけよ?」


 俺は歯を見せて笑ってみせる。それから立ち上がり、看護師さんに軽く頭を下げて廊下へ出ていく。

 すれ違ったところで看護師さんが「あ、守住くん!」と声を上げた。

 どうしたんだ? と思って顔を見ると「……ごめん。なんでもないわ」と言って目を逸らしてしまう。


 その態度を変に思いながらも、俺は用を足すためにトイレへ向かった。


「…………ああ、そういうことか」


 俺は洗面台で手を洗いながら、どうして看護師さんがあんな顔をしたのか察した。


「……ははっ……酷い顔だな……」


 鏡に映る顔を見て、俺はおかしくって笑っていた。

 (くま)こそ出来てはいないが、目から覇気を感じ取れない。口は無意識に引き締められていて、余裕がないのが一目でわかる。


「学校では何も言われなかったから、きっと歌恋の病室を出ようとしたときだけだよな。看護師さんもすれ違うときに気付いたみたいだし……」


 歌恋と話しているときは良かったんだと思う。笑顔で話せてたはずだ。

 けど、歌恋の側から離れると、無理矢理笑うせいで暗い表情になるのかもしれない。


 ここまで酷くなったのは……きっとこの前のせい……だよな。




 それは一昨日のこと。

 俺は両親が家にいないのを見計らい、竜胆家を訪れていた。


 着いて目に入ったのは車のない庭先。それがこの家に九郎おじさんがいないのだと実感させた。

 少し気が沈みながらも、俺は玲奈おばさんからもらっていた鍵を使って中に入る。


 シーンと静まる屋内には、もちろん誰の気配も感じなかった。

 玄関を上がってすぐ、なんとなしにリビングを覗くと――。


「え?」


 そこには、楽しそうに談笑する歌恋たちがいた。玲奈おばさんが歌恋の頬に付いた米粒を取り、二人の微笑ましい姿を横目にコーヒーカップを傾ける九郎おじさん。

 一瞬現実なのかと喜び、すぐさま、それが幻だと気付かされた。

 瞬きをしたあとには誰もいない。生活感が薄れたリビングだけが、涙が浮かんだ視界に映っていた。


「くそっ! 泣くな俺っ!」


 目頭が熱くなって唇が震える。俺は必死に堪えようと手の甲をつねった。

 痛みが頭に響いてくる。そのおかげで涙は零れずに済んだ。


 こんな辛い思いをしてでも竜胆家に来たのには理由があった。クリスマスプレゼントだ。

 九郎おじさんからもらった最後の贈り物。

 せっかくもらったものなのに、家のどこにも置いてなかった。


 俺はそれを取りにここまでやってきたんだ。

 おそらくあるとしたら、俺が寝ていた部屋だろう。


 階段を上がり、目的の部屋までやって来た。ドアを前にして動悸が激しくなる。

 手が震えるのを感じながら、それでも意を決してドアノブを捻った。


 あの日と少しだけ違う部屋。布団はちゃんと整えられていて、開いたカーテンの外には青空が広がっていた。

 多分、母さんが掃除や整理をしたんだと思う。

 プレゼントの包み紙を捨てたはずのゴミ箱も空っぽだ。


 そして、部屋の中央にあるテーブルに目的の物が置いてあった。


「電装皇者デジカイザー……」


 箱を手に取って静かに呟く。パッケージを見つめながら俺は思ってしまったのか。


 もしかして――あのとき玲奈おばさんの撮影に耳を傾けていたら。


 もしかして――歌恋の提案をちゃんと否定出来ていれば。


 もしかして――九郎おじさんの気遣いに恥ずかしくなって断っていたら。


 もしかして――もらったこのプレゼントが嬉しくて箱を開けていれば。


 もしかして、もしかして、もしかしてもしかしてもしかして――ッ!!


「ぐっ……!」


 湧いてきたのは後悔だった。あのときこうしていれば、ああしておけば……!


 もしもの可能性にすがって、俺は幸せな未来を想像してしまう。

 けど、黒く塗りつぶされた心のキャンバスには、どんな色を塗っても違う未来が描けなかった……。


「……ひっぐ……うぅ……なんでぇ……!」


 堪えきれずに流れた涙が箱に落ちて染みを作る。

 

「どうして……! こんなことになっちまったんだよぉ……!!」


 箱を抱えたまま俺はその場に座り込む。悔しさで涙が止まってくれなかった。




 俺が思慮深くなったのは『きっとこのときからだった』と今なら胸を張って言える。


 どうすれば正しいか。何が正解なのか。間違えないため、後悔しないための最善とは何かを考え続けた。

 結果――色々な知識を俺は学んだ。駆け引きで相手の裏をかくことも得意になった。


 そうなったのにも関わらず、星燐学園へ入学した歌恋の心を読めずに俺は後悔する。

 けどそれは、歌恋の意思を尊重したせいで、俺が深く踏み込めなかったからだ。


 今の俺は昔とは違う。後悔してでも、前に進もうとする覚悟がこの胸に宿っているのだから――。

 



 病院の鏡を見てうんざりしていた俺だったが、気を取り直して、九郎おじさんと玲奈おばさんが眠る墓までやってきた。

 春になった今、周囲に咲いた花の匂いが鼻腔をくすぐってくる。

 上を見上げると、そこには春には似つかわしくない曇天。雨が降るのも時間の問題かもしれない。


「ふぅ……今日も来たよおじさん、おばさん」


 墓石に水をかけ、さっき店で買っておいた花を添えた。目を閉じて墓に手を合わせる。


「今日も歌恋の状態が良くならないんだ。どうしたら良いのかな? 精一杯やってるつもりなんだけど、俺じゃダメなのかな?……ごめん。輝美先生や親父たち、我禅(がぜん)師匠にはこんなこと言えなくて……代わりに二人に愚痴っちゃって……」


 頑張っているつもりでも結果がついてこない。二ヶ月間、歌恋が元に戻れるように俺は頑張ったつもりだった。

 それでもこの有り様だ。俺自身、限界に近いのが看護師さんの顔を見てわかった。


 やっぱり、俺にはあいつを助けれないのか……?


 また涙が零れそうになる。目を擦ろうとしたところで、心臓がドクンッ! と大きく脈打った。


「え? ……ぐっ!?」


 一度だけじゃない。何度も大きく鳴る心臓の音。

 体が火照ってくる。立っていられないほどに力が抜け、俺は地面にしゃがみ込んだ。


「くそっ……! これが、移植の拒絶反応ってやつか……!?」


 やばい。ここで死ぬかもしれない。墓場で死ぬとか洒落にならないだろ。

 そんな頭の悪い感想が湧いてくる中、霞む目が捉えた存在に俺の頭は真っ白になった。


「――う、そ……だろ」

『駿ちゃん、諦めないで欲しいのです』


 宙に浮かぶ白装束の女性。死んだはずの玲奈おばさんが現れた。オーブのような発光体をまとう姿はまるで――。


「え? あ? 幽霊……!?」


 俺の顔から血の気が一気に引いた。死んだ人が目の前に、半透明で現れる? しかも、おあつらえ向きに墓場とか。


 シチュエーションとしては完璧に噛み合っていた。

 この異様な状況で必死にお経を読もうと思ったが、残念ながら言葉が浮かんでこない。これはやばいなマジで……。


 そんな俺に対し、玲奈おばさんは静かに近付いてきた。


『怖がらないでほしいのです。ちょっとだけ許可をもらって、駿ちゃんに会いに来たですよー』

「許可……!? 許可って何!? 閻魔大王様的なのにもらったの!?」

『うぅん……ちょっと違うのですよー。まあ、神様には違いないのですが』


 俺の頭は真っ白だった。驚きの白さだ。元より、頭が現状への理解を拒んでいるんだからしょうがない。


『えっと……まず、歌恋を守ってくれてありがとうです。駿ちゃんが守ってくれたおかげで、あの子は今も生きていてくれるのです。そして、こんなことにあなたを巻き込んで、ホントにごめんなさいなのです』


 玲奈おばさんから告げられる感謝と謝罪の言葉。

 お礼はわかる。けど、玲奈おばさんがどうして謝るのかがわからない。


『あなたはあの子のヒーローなのです。初めて会ったときから、ずっと救い続けてくれたのです。今回もきっとそう』


 玲奈おばさんが手を伸ばす。けど、その手に俺の体が触れることはなかった。

 それを見た玲奈おばさんは、少しだけ悲しそうな顔をする。


『……だから、あなたはわたしが守るのですよ。キアナには絶対に殺させない。その代わり、駿ちゃんには歌恋のことをお願いするのです』

「歌恋を?」

『はい。私たちにはあの子を守れない。だから、生きてる駿ちゃんに託すのです。お願い、歌恋の心を救ってあげてほしいのです』


 徐々に心臓の音が小さくなってきた。それに伴い玲奈おばさんの姿が揺らぐ。


『お願い託したですよ駿ちゃん』


 そう名残惜しそうに告げ、玲奈おばさんは静かに姿を消した。




 ――ポツポツと何かが頬に当たる。それは頬だけじゃなく、体全体に当たり始めた。


「……うぅ?」


 体に当たる感触と冷たさで目を開ける。どうやら地面に横たわっていたらしい。


「つっ! 俺、いつの間に気を失って……てか、雨降ってきてるし」


 起き上がりながら周囲を見渡すが、自分以外に誰もいない。

 あの玲奈おばさんは、気を失ってる間に俺が見た夢なんだろうか?


 雨が降りしきる中、俺はジッと墓石を見つめた。

 あれが幻なのか、それとも幽霊なのかはわからない。でも、確かに玲奈おばさんから願いを託された気がする。


 俺は両方の手を力強く握りしめた。腐って折れかけていた心が、あの願いを汲み取ろうと息を吹き返す。


「九郎おじさん、玲奈おばさん! 俺決めたよ……! 俺が二人の代わりに歌恋を守るから、だからっ!!」


 心臓に手を当て、自分の心に誓いを立てる。


「俺たちのことを見守っていてくれ!」


 胸に決意の二文字を刻み込む。

 その思いに答えるように――胸の鼓動が一つ、力強く答えてくれた。

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