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第15話 天城からの打診

 自販機コーナーで休んでいたのは友明と愛奈だった。心配そうな顔をしていたが、俺が無事なことを確認すると顔を綻ばせる。

 そんな二人と軽く雑談を交わし、俺たちは歌恋の病室へとやってきた。

 手をかざすとスライド式の自動ドアが開く。


「ケガは大丈夫か歌恋?」


 俺は歌恋の安否を確認するために声をかけた。

 けど、その声に返事をしたのは。


「久し振りだな。元気にしていたか?」


 気だるそうな顔をした輝美先生だった。

 しかも、先ほどのやり取りと一字一句変わらない言葉で答える始末。


「は? いや、ちょっと待ってくださいよ。なんで輝美先生がっ? タバコを吸いに行くってさっき――」

「はあ? 私がいたらおかしいのか? ったく、最近の若者は……。駿坊屋上へ行こうぜ……ひさしぶりに……切れちまったよ……」


 イスから立ち上がった輝美先生が、某サラリーマンのセリフを吐きながらタバコを取り出した。俺がボコられる展開か?


「ってか、単純に屋上でタバコ吸いたいだけですよね?」

「ちっ! バレたか。……っとすまないな、そちらのお二人さん。内輪なネタで申し訳ない」


 なんて言いながら、友明たちに申し訳ないとジェスチャーする輝美先生。


「では自己紹介でもしようか。私の名前は天城輝美。駿坊と歌ちゃん、歌恋の担当をしている女医だ。お嬢さんの方は……歌ちゃんの付き添いで何度か会っていたかな? 少年とは初めましてだな。これからはよろしく頼む」

「よっろしくお願いしまーすっ!」

「天城先生ですね。よろしくお願いします。僕は大庭友明で、彼女は心音愛奈と言います」


 友明たちは輝美先生に対して頭を下げた。


「ふむ。大庭に心音か。覚えたぞ」


 輝美先生は二人の名前を確認するように呟くと、小さく頷いた。


「えっと歌恋は?」

「……駿ちゃん」


 俺の声に反応して、歌恋がベッドに横たわったまま右手を上げた。その顔は少し疲れた様子で、上げられた腕には点滴が刺さっている。

 左腕にはわずかに血が(にじ)む包帯が巻かれていて、俺は改めて歌恋のケガが軽くないのだと実感させられた。


「……大丈夫か? って聞いて、お前は大丈夫じゃないとは言わない質だったな」

「うっ……先にあたしの返答を潰さないでよ……」

「お前が言いそうなことくらいわかるっつーの」


 俺は茶化した風を装って話したが、歌恋には無理してるのバレてるよな……。


「二人はツーカーだね。文句を言えるようなら、歌恋ちゃんもそこまで深刻そうじゃないか。よかったね駿くん」

「え? ……お、おう。そうだな」


 友明に言葉が俺を気遣うものだと察した。少々ぎこちないかもしれないが、取り繕うようにして俺は笑ってみせる。


「……駿坊」

「ん? 何ですか?」

「屋上行くから付き合え。ニコチンが切れて死にそうだ……」

「えぇ……結局付き合うんですか?」


 肩を組んできた輝美先生に連れられて俺は歩き出す。


「すまないが、大庭少年と心音のお嬢さん。歌ちゃんの相手をしてやってくれ」

「ええ、わかりました」

「ふっふーん! シュンくんの居ぬ間にカレンちゃんと密談なのだー!」

「そして、俺は輝美先生の相手なんですね、わかります……はあ……」

「駿ちゃんファイト」


 歌恋にエールを送られながら俺たちは屋上へと向かった。




「良い友人が出来たな駿坊」

「ええ。二人とも、とても良くしてくれます。この島で出来た大切な友人です」


 屋上へ到着した俺たちは夜風に当たりながら雑談を交わす。

 輝美先生は風でライターの火が消えないように手で包み、タバコへと火を点けた。


「ふぅ……ビールもそうだが、頭にこう、染み込んでくるのが良い……」


 タバコの煙が星が光る夜空へと浮かび、消えていく。

 柵にもたれかかっていた俺は、漂う煙を見つめながら問いかけた。


「屋上に連れてきたのは、あの二人がいない状況で話がしたかったから……ですか?」

「……そうだ」

「なら俺の病室にいたときに話せば……」


 輝美先生は否定するように首を振った。


「歌ちゃんがいつ目覚めるか分からない以上、あまり、あの子の元を離れたくなかったからな。今なら、お前の友達が見てくれている」

「あ……そういえば、あいつはまだ……」


 俺はその意味を察した。つい最近、歌恋が取り乱す姿を見ていたからだ。


「ああ。今もたまに例の症状に襲われるらしい。特に、誰も周りにいない状況のときには必ずと言っていいほどにな。この島に来てからも私があの子の担当を受け持っているが、まだダメみたいだ……」

「そういう理由で、先に俺が友明たちと合流するのを待ってた訳ですか……」


 その通り、と頷く輝美先生。その頷きに合わせてタバコの煙が揺らぐ。


「お前のことだ。あの子らには、まだお前たちの過去について話してないのだろ?」

「ええ、例の事故についてはまだ話していません。内容は伏せましたが、歌恋が長期入院していたことは話しました」


 初日に歌恋が教室で寝てしまったときの話だ。あのときは互いの距離感から話を濁していたからな。


「ふむ。……そういえば、お前の方はどうだ?」

「お前の方、とは?」

「心臓だ。玲奈さんの心臓は問題なく適合しているか?」

「……はい。問題ないです。この鼓動が、今も俺を生かしてくれているんだと実感出来ます」


 俺は胸に手を置いた。手を伝って心臓の鼓動が響いてくる。


「そうか。ならば良い。歌ちゃんの願いを汲んだ甲斐があったというものだ」


 輝美先生は灰をポケット灰皿に落とすと、真剣な顔をしてこっちを向いた。


「さて、ここまでは前座。ここからが本題だ」

「本題……」


 その言葉を聞いて俺の頬を汗が伝う。ここまで真剣な顔をするってことは、相当深刻な話をしてくるはずだ。


「率直に言おう。今日、朝まで起きている覚悟はあるか?」

「……はい?」

「さっきまで寝ていたのだから出来るだろ? イエスと言え」


 有無を言わせない口調で言う輝美先生。

 思っていたのと違う問いのせいで俺の思考が少し止まった。おいそれと頷けば、このあとが大変になるのは明白だ。


「理由を語ってくれないと頷けませんよ。てか、最後のはギャグですか?」

「ギャグじゃない。……まあなんだ。歌ちゃんが再び眠るまで、そのパポスとやらで通話をしてやってはくれないか?」

「通話を?」


 どういうことだ? と俺が思っていると、輝美先生が補足の説明を加える。


「あの子の症状を考えると、夜中に一人っきりにはさせられない。とはいえ、人数が少ない夜勤の看護師を四六時中付かせる訳にもいかん。私は明日、執刀の予定が入っている。付き添って睡眠時間を削ることは出来ない。ともなれば、これから夜更かしが可能で歌ちゃんが最も安心出来る相手。つまり、お前が適任なんだよ」

「そういうことですか」


 説明を聞いて俺は納得した。

 今の歌恋は一人でいると精神が不安定になってしまう。これも、あの事故であいつが負ってしまった一種の病魔だった。


「で、どうだ?」

「……わかりました。お引き受けます」

「すまないな、厄介ごとを押し付けて……あとでジュースを奢ってやろう」


 安堵の表情を浮かべる輝美先生。最後に大きく吸うと満足した顔でタバコの火を消した。


「快い返事ももらえたことだ。そろそろ戻るとするか」


 屋上の扉へと向かう輝美先生に俺は疑問をぶつけてみた。


「あの、輝美先生。あいつの側にいるんじゃなくて通話だけでいいんですか?」

「……姿が見えない状態での会話でも、歌ちゃんの精神が落ち着く結果が出ている。お前がその点を心配する必要はない」

「でも……」


 そこで輝美先生は首だけ捻って俺を見つめる。


「でも、とはなんだ? まさか、お前は歌ちゃんが寝てから明日の授業が始まる前までに、ここから自分の学校へ辿り着こうという魂胆か? どうやってだ? 徒歩でか? 公共機関は動いていない時間かもしれんぞ? この島の地理は把握しているか? そもそも、施錠されている寮に入れないかもしれないのにお前はどうするつもりだ? ほれ、答えてみろ」

「そ、それは……」


 怒涛(どとう)の如き疑問符の数々。

 まくし立てるような問いに答えれず、俺は言葉を詰まらせた。


「ったく、お前があの子の側にいたい気持ちが分からんでもないが、今の問いに即座に答えられないのならやめておけ。大体、歌ちゃんはそういう押しつけがましい自己犠牲には敏感だぞ」


 続けてため息交じりの声で。


「まあ、お前が学校を休むと言うなら構わんが、お前としてはそれは違うのだろ?」


 と輝美先生が皮肉を込めて聞いてきた。


「……はあ、わかりましたよ」

「ふっ。素直に首を縦に振るだけにしておけ。お前の悪い癖はすぐにあれこれ考えてしまうことだ。まあ、薬は眠気を促す成分も入っている。日が昇る朝方まで、なんてことにはならんから安心しろ」


 輝美先生は最後に「頼んだぞ」言って歩きだす。

 丸め込まれたことに若干の不満を感じる俺だったが、無言でその背中を追った。




「あ、おっかえりなさいシュンくんにアマギ先生!」


 戻ってきた俺たちを見て愛奈が元気に出迎えた。


「うむ。特に変わった様子はなかったかな?」

「歌恋ちゃんの体調にも変化はなさそうです」

「うん。何も問題なかったよ輝美お姉さん」


 輝美先生の問いかけに対して友明と歌恋が答えた。

 二人を見た感じ、ウソをついてるような様子はないな。


「ならば良しだ。さて、もういい時間だな。面会もそろそろおしまいだ」

「えっ!? もうそんな時間!?」


 驚く愛奈がパポスを起動させる。なんとなしに見ると、パネルには八時五十分と示す時間が浮かんでいた。


「結構良い時間だね。それじゃあ名残惜しいけど、今日はここまでにしよっか愛ちゃん」

「だねー……」


 仕方なくといった風に立ち上がる友明と愛奈を見て。


「あ……そっか。みんなは帰っちゃうんだよね……」


 と歌恋が悲しそうな表情で二人を見つめていた。


「駿ちゃんも帰っちゃうの?」

「ああ。俺は大した怪我は負ってないから入院はしない。まあ、明日も学園の授業があるし、仮病する訳にもな」

「そう、だよね……」


 納得してるみたいだが、横たわる歌恋の顔は晴れない。

 自分だけが残ることに不安感を覚えたのか、歌恋の体が小さく震えていた。


 うっし。やるならこのタイミングだな。

 俺は屋上からの帰り道に考えていたことを実行に移すことにした。


「つーわけで、輝美先生に提案があるんだけど、良いですか?」

「……駿ちゃん?」

「ほう? いいぞ。聞こうじゃないか」


 輝美先生が俺の提案を聞き、『なるほど』と察して様子で続きを促した。


「ここはリンクと呼ばれる能力のため、最新鋭の技術で固められた島、学園島だ。となれば、島に存在する病院にも最新鋭の医療技術が導入されてるはず」

「ああ。リンク能力を持つ生徒たちに万が一のことがあってはならないからな」


 歌恋の怪我も軽くはないがすでに治療自体は終えている。

 天城先生が歌恋は安静のために今日は入院と言ってたから、歌恋の傷も今日明日で治るってことだろう。

 だからこそ、今夜だけは相手をしてやれって言ったはずなんだ。


「なら、EMWジャマーも採用しているってことですよね?」

「その通りだ」


 EMWジャマー。正式名称はエレクトロニカル・マグネット・ウェーブ・ジャマー。


 病院などで使用される医療機器やピースメーカーなどに採用されている技術だ。

 携帯機器や無線LANによる電波で、誤作動や計器の狂いを生じさせないために開発されたって話だったな。

 んで、多くの病院から採用を検討されているそんなシステムが、この病院で使われていないはずがなかった。


「つまり、ここではパポスを使ってウェブの観覧をしたり、通話を行っても問題がないと?」

「そうなるな。しかし回りくどい。遠回しに言わず、率直に述べた方が良いぞ駿坊」


 下手な遠回しをするなと輝美先生が指摘してきた。すいません、くどい言い回しが癖なんですわ。


「んじゃ、単刀直入に。こいつを病室で一人っきりにさせるのも可愛そうなんで、歌恋が眠るまで一緒に通話をしたいんです。ダメでしょうか?」

「え、駿ちゃん!?」

「なるほど! それは良い考えだねっ!」


 俺の提案を聞いて驚く歌恋。友明は嬉しそうな声で賛同した。


 お望み通りの展開にしましたよ。これでいいんですよね輝美先生?

 俺はそんな風にアイコンタクトを送る。それに対して輝美先生は――。


 確かにそうするように仕向けたのは私だが……わざわざ、この場で自分の手柄として持っていくか。

 相変わらず、小手先の知恵が回る坊やめ……。


 といった表情を浮かべていた。

 生憎、俺も歌恋への好感度を少しでも上げたいものでして。


 そんな俺たちの腹の探り合いと密約があることを知らない愛奈が。


「ねえねえ! それじゃあ、みんなでグループ通話にしない? ルナちゃんやタクヤくんにも参加してもらって、みんなで話すのが良いと思うのだ!」

「それもいいね! 大勢の方が盛り上がりそう!」


 愛奈の意見に対し、先ほど同様に友明が賛同を示していた。


「……変な方向に話がまとまっているようだが、良いのか駿坊?」


 と近付いてきた輝美先生が呟いた。


「別にいいですよ。大事なのは歌恋が不安にならないことですから」


 俺は特に気にしてない旨を伝えた。


 せっかく二人きりでの会話が出来るチャンスだろ、と輝美先生は思っているんだろうさ。

 けど俺は、二人よりもみんなで話すことがより良い影響を生むと考えた。みんなでバカ騒ぎした方が、今の歌恋に与える安心感は増すはずだ。


「ったく、本当に自分よりも歌ちゃん中心の人生だな……」


 と輝美先生が呆れ半分の感想を口にし、それに対して俺は苦笑いを浮かべた。

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