第16話 束の間の休息
自動運転で巡回するバスに乗り、俺たち三人は波ヶ浜病院から第一校へ戻ってきた。
時刻はすでに十時を越えており、学区内全体にも外灯が灯されている。
男子寮に着くと電気が消えてる部屋がいくつか見えた。それを見て俺は、早寝の奴らもいるんだなぁ。と率直な感想を抱く。
「そういえばよ。だいぶ遅くなっちまったけど、この寮の門限って何時なんだ?」
「男子の方は日付けが変わるまで大丈夫だよ」
「ほー……結構遅くまで良いんだな」
そんな会話をしながら友明と一緒にエレベーターへ乗った。
寮の管理人は、保険医も兼任してる唯我独尊の新土神楽先生だからな。面倒くさそうなオーラをまとっているところは、輝美先生に通じるところがあるくらいだ。
「こっちの門限は十時までだから、ちょいヤバめなのだ……」
と弱気な発言が耳に伝わってくる。それはパポス越しに届いた愛奈のものだ。
俺たちと別れた愛奈は単身で女子寮に向かっていた。そして、パポスは病室で寝ている歌恋とも通話は繋がっており、俺たち四人はグループ通話をしているところだ。
「あ、それについては大丈夫だよ愛奈ちゃん。みんなが病室から出たあと、輝美お姉さんが春日部先生に電話してたから」
「え? そうなの!?」
「そういえば、先にエントランスまで行くように言ってたっけ? あのとき、学園側への連絡を取っていたんだね」
「よかったー! やっと中に入れるのだー……」
歌恋の話を聞いた愛奈が安堵した声を出す。
「もしかしてお前、まだ寮に入ってなかったのか?」
「うん。まだ玄関横の植木のとこに隠れてたのだよ。そういう二人は今どの辺?」
「僕たちはもう自室がある階まで到着したよ。あと数秒で部屋に着きそう……って言ってるところで着いたね」
会話の途中で部屋の前までやってきた友明がそう告げた。
俺はドアのナンバープレートを確認する。うん、まぎれもなく自室だ。
「うぐぅ……ディスアドバンテージの差がでかすぎた。私の負けだぁ……!」
「……? 愛奈ちゃんは二人と競ってたの?」
「え? えーと、二人というより……自分?」
ギャグのつもりで言ったんだろうが、純粋な歌恋からは素の疑問が返ってきた。
続けて愛奈の説明をするも、当の歌恋には伝わってないようで「うぅん……?」と困惑する声が聞こえてくる始末だ。
「ったくアホなことを……っと、ただいま帰ったぞ」
言いながら扉を開く。その声にベッドで腰掛けていた野々宮が。
「あ、おかえり……」
と一言だけ答えた。帰ってきた俺らよりも観覧中のパポスにご熱心らしい。
「ふう、やっと帰ってきたって感じだね。とりあえずはお風呂……よりも、手っ取り早くシャワーを浴びたいかなー」
「俺は風呂に入りたいぜ。さすがに疲れた。まあ、ラストまで話すつもりだから、みんなが起きてる間にちゃっちゃと済ませておきたいが……」
「なら先に入って来なよ。僕も適当に済ませるからさ」
友明の気遣う言葉に俺は「すまないな」と礼を言う。
「うひひっ! イケメン男子二人が湯浴みを済ませるとかどうとか、腐った女の子たちが狂喜乱舞する会話ではないかあっ!! でもでも! 私のトモくんを腐女子たちのオカズにされる訳には……ぐぬぬっ!!」
「うっせえ愛奈っ! 勝手に俺と友明で変態な妄想すんな! てか、お前もぜってえ腐女子だろうが!」
「……ん? ここねさんと話してる? というか、いきなりホモい展開……?」
パポスをいじっていた野々宮は怪訝な顔をし、俺たちから遠ざかるように壁際に移動する。
「野々宮くん。僕らはそういう関係じゃないから戻ってきてぇ……」
それを見て友明がため息を吐きながら手招きした。
「てか、野々宮には愛奈の声が聞こえないのか?」
「え? ……うん」
「駿ちゃん駿ちゃん。骨伝導が音漏れする印象があると思うけど、パポスはその辺の調整されてるの。高く大きい声でも大丈夫なんだよ」
俺の疑問に対して歌恋が適切に答えた。
パポスの通話は骨伝導式だ。骨伝導式のヘッドホンとかは音が漏れることが多かった。電車とかで隣に座る人に聞こえちまうくらいにな。
けど、パポスではその問題も解消されてるらしい。さすがは最新式。
「なるほど。今の奇声でも大丈夫とかすげえな……」
「……ねえシュンくん。パポスの性能をほめるよりも私のことバカにしてない?」
俺の意図に気付いた愛奈が悪態をついてきた。
その通りだと思いつつ、それに気付くとはさすが天才! と心の中で称賛してみる。
「って、そうだった。タクヤくんも起きてるなら通話に交ぜようよ! それで、タクヤくん経由でグループ通話にルナちゃんもインー!」
少しは気にしているようで、今度は先ほどよりも小さめな声で言う愛奈。
「なんか、野々宮も通話に参加しろって愛奈様からのご命令が下ったんだが」
「……え? 個人的には、会話があれこれ飛び交う中にまざるのめんどくさいんだけど……」
どうにも乗り気ではない様子の野々宮。
面倒そうに頭を掻く野々宮を視界の端に収めながらも、俺は浴場へ向かうための準備をする。
「よいしょ、っと。俺は風呂に行くから一旦通話から退席するわ。出たら交ざるから俺抜きで適当にやっといてくれ、すまんな」
その言葉に「いってらっしゃいー」という各々からの返事を聞き、俺は部屋を出ると共に通話を切る。
シーンと静かになったのを感じながら、ゆっくりとした歩みで大浴場へ向かった。
「ふいぃぃ~……良い湯だなぁ。…………いかん! 寝ちまいそうだ」
目を覚ますために顔を洗う。ここで寝たら洒落にならねえよ。
しっかし、この島に来てから忙しさに追われる日々だったからな。歌恋のことも含めて色々あったもんだ。
それに寮では集団生活が当たり前で、この大浴場でも人がごった返すのが俺の日常。けど今では、この場にいるのは自分一人だ。
スーパ―銭湯レベルの施設を独占していることに、俺は少しばかりの優越感を感じていた。
「はあぁ~! 貸し切り風呂だぁ! これで夜景の見える露天風呂なら最高なんだが……」
あいにくと四方八方は壁に囲まれているから、島の夜景を楽しむことは叶わない。
背伸びをすると、湯船から胸元が覗く。その左胸には大きな手術痕があった。
「玲奈さんの心臓か……」
輝美先生によって行われた心臓の移植。決して消えることのない傷跡が、俺をこの世に引き留めてくれている楔のように思えた。
もう痛むことのない痕に手を添え、俺は今日あったことを頭に浮かべる。
鹿島のやつも入院だよな。歌恋と同じように明日は学校に来れないだろう。勝敗や内容を考えると、土日も鹿島には取り付けないと考えるべきか……。
なんだかんだで、俺は鹿島との会話の約束も果たせていなければ、歌恋が行おうとした謝罪も済ませれてない状況だ。
このまま溝が埋められないのも問題をややこしくさせそうだ。と俺は少々、憂鬱な気持ちになってしまう。
「話す機会があるなら月曜だな。なんとか時間を作ってもらって話すしかない。歌恋は……鹿島との間に挟まない方がすんなりといきそうだな」
俺は苦笑しながら顔に湯をかけた。
「さて、そろそろ出るか。戻ったら通話に再接続しねえと」
浴槽から上がった俺は着替えを済ませて廊下へと出る。しかし、部屋に戻る途中で意外な人物に会った。
「あれ? 確か……布施部だったよな?」
「……え? あ、守住さん」
ソファーで鎮座していたのは、小太り体格の文則だった。
俺の声に顔を向けた文則が立ち上がって会話を続ける。
「色々と大変なことになってしまいましたね。体調の方はどうですか? 大丈夫でありますか?」
「ああ。俺の方は見ての通りだ。多少疲れてたが、風呂に入ってきたおかげでサッパリしたぜ」
「なるほど。それで血行の良い顔付きなのですね」
俺の肌が赤いのに気付いたのか、布施部は納得した顔をする。
「歌恋の方は今日は入院だ。明日には傷も塞がって健康な状態に戻るみたいだ」
「そうでありますか。勝負とはいえ、致し方ない結果ですね……」
「鹿島はどうなんだ?」
「鹿島さんも入院することになりました。今日明日は病院で治療を受けるそうです」
「そうか……」
戦ってるから仕方のないことだが、あまり女の子が傷付くのは良い気がしないな。
「あ、大丈夫でありますよ! 自分が付き添いで病院まで行きましたが、目を覚ました鹿島さんから「ウチは大丈夫だから、さっさと帰れ布施部っ!」って悪態吐かれましたので。そういう態度を取るときは、本当に問題ない場合なのであります」
取り繕うようにして苦笑する布施部。それだけ鹿島のことを信頼してるってことか。
「バディであるお前がそう言うのなら俺の杞憂みたいだな。すまない、気を遣わせちまったみたいで」
「いえ、今の説明で安心してもらえたのなら良かったのであります」
布施部は安堵したように笑みを浮かべる。
やっぱりこいつは良い奴だな。と俺は布施部に対する感想を抱いた。
「そういえば、十六夜学園長が見舞いに来ていましたね」
「は? 学園長が?」
「はい。鹿島さんと学園長は旧知の仲らしいので、それでだと思います」
あの二人が旧知の仲なんて知らなかった俺は開いた口が塞がらなくなった。
「っと、そろそろ部屋に戻らないと」
「あ、ああ……って、俺も早く戻らなきゃな。怒られちまう」
「引き留める形になって申し訳ありません」
頭を下げる布施部に「いや、先に話しかけたのは俺の方だし」と俺は言う。
「このままでは埒が明かなそうですね。では、おやすみなさい守住さん」
「おう。おやすみ布施部。…………しかし、あの学園長が見舞いねぇ」
部屋へと戻っていく布施部の背中を見送るも、なんとも言えない気分で呟く。
まあ、考え過ぎて湯冷めするのも馬鹿らしいか。と思いながら俺は部屋に戻った。




