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第19話 我禅流武術

「……ふぅ……」

「……っはあ……! ……はあぁ……っ!」


 歌恋と榊坂は、互いに距離をとったまま睨み合っていた。

 歌恋は浅く呼吸で落ち着いた状態だ。榊坂の方は、未だに肩を上下に揺らしながら深く呼吸をしていた。


『なあ歌恋。現状で問題はなさそうか?』


 俺はリンクバトルをまだ理解し切れていない。

 今まで自分が(たしな)んできた武術と同列に考えるのは違う。そう思って、バトル経験者である歌恋に聞いたんだ。


『うん。このまま攻防が続けば、カウンターで少しずつは削ることは出来るよ。でもやっぱり、決め手になる攻撃がなくて……』

『今までの動きを見る限りはそうだよな。……事故前と比べて、どれくらいまで戻ってる?』

『えっと……七割いってればいい方かも』

『そうか』


 歌恋は事故によって長期入院をしていた。期間としては一年ほどだ。

 それを機に、歌恋の体力や筋肉はかなり下がってしまった。


 けど、事故から三年以上経った今でも、歌恋は全盛期の状態には戻っていないのか。

 そのことに少しだね違和感を覚える。


『技の方は?』

『そっちは大丈夫。これまで習ってきた技は、ちゃんと体に染み込んでる』


 体に染み込んだクセは簡単には抜けないよ。と歌恋が答える。


『でも、ちゃんと技が使えるほど体がついてきてくれるかわからない……』


 歌恋……。こいつだって不安を感じてるんだよな。

 バディとして支えるのが俺の役目だ。なら、こういうときにこそ安心させてやらないと。


『無理してまで仕掛ける必要はない。このまま防御に徹して、しばらくは攻撃の機会を伺うぞ』

『うん! でも、あっちは疲れてるから、このまま攻めれば勝てるんじゃ?』


 歌恋は返事をしながらも疑問を投げかけてくる。


『榊坂たちの真意なんて俺らにはわからないだろ? 仮にあれが演技だった場合、無理に攻めたら負けるかもしれない。演技じゃなくても、油断して予想外の攻撃によって負ける可能性だってある』

『でもでも! もしかしたら、これが千載一遇のチャンスなのかもしれないよ?』


 まあ、不必要に警戒してる感は否めないか。

 けどな歌恋。「大丈夫。問題ない」と言い切ってしまう過信は危ないんだ。


 俺には、それこそが一番恐ろしかった。あいつらはいつも、こっちの足元をすくってくるからな。


 そもそもこれは武術での試合じゃない。バディを組み、リンクを使って戦うリンクバトルだ。

 それを念頭に置かないといけない。


『これが俺やお前の個人戦ならそれでも良い。けどリンクバトルって、互いの心を通わせて一緒に戦うものなんだろ?』

『う、うん』

『じゃあ、まずそれに慣れたい。勝負っていうのは、勝てなくても得れるものがたくさんある。勝つことだけが全てじゃないんだ。それに歌恋。俺はお前と心を通わせて踏み出したい。その最初の一歩、願いが叶う前に終わらせるなんてもったいないだろ?』


 俺は歯を出して笑ってみせる。こっちを見た歌恋は一瞬ポカンとし。


『……そう、だよね。まずは一緒に戦うことに慣れるのが大事だ。あたし、駿ちゃんとの初めての試合は絶対に勝ちたいって思ってた。きっとそのせいで、前のめりになってたのかもしれない』

『そうだな。俺もお前の立場なら一緒だ。うっし! んじゃ改めて! この試合、楽しんで終わらせるとしようぜ!』

『うんっ!』


 俺の思いが伝わったのか、歌恋は嬉しそうに頷いてくれた。


 そうだよ。心を繋いで戦うのなら、こうでなくっちゃな。


「……随分と余裕そう、ですわね」


 表情を崩していながらも無言を貫いていた俺たち。

 そんな俺たちを見て、榊坂が息を整えなごらよ話しかけてきた。

 見た感じ、すでに肩で息する状態からは脱しているみたいだ。


「余裕なんてねえっつーの。今もお前を倒すための算段を必死に考えてるところなんだって――」


 謙遜なんてしていない。本当に思っていることを言ったつもりだった。

 けど、頭にあることが浮かんだことで、俺は会話を止める。


『そっか。あいつらも俺たちの話し合いを読み取れないのか』

『え? うん。今そういう話をしたばっかりだよ? ……駿ちゃん?』


 歌恋がこっちを見て眉をハの字にした。


「……? どうかしまして?」


 榊坂も不審に思ったらしく、探りを入れるように聞いてくる。


「……いんや、なんでもねえよ。でもまあ、ビギナーズラックって言葉もあるし、案外なんとかなるかもしれねえな。さーて、色々とリンクバトルについても理解出来てきたし、こっからが本番だ。歌恋をどう戦わせるかねえ」


 俺は自嘲気味に笑いながらも、パポスのパネルを弄り始める。

 わざとっぽいってか? だがそれで良い。




『あの態度と発言。拓哉はどう思います?』


 駿の態度に疑問を感じ、カサルナはテレパシーを使って拓哉に問う。


『……彼の性格をまだ把握し切れてないから分からない。けど、何か考えがあっての発言だと思います。あそこまでわざとらしいのは、明らかに誘ってる証拠だと……』

『ええ。わたくしもそう思いますわ』

『分かっていると思うけど、ここからは迂闊(うかつ)に仕掛けない方が良いですよ……』

『も、もちろん分かっていますわ!』


 さすがにこれまでの行動に()りたのか、カサルナは素直に拓哉の指示に従った。


 だが、これがリンクバトルの怖いところだ。

 十メートル間隔で離れている今、作戦や指示の伝達を行える手段は限られてくる。

 しかし、このリンクバトルでは、テレパシーによる会話を行うことで距離や声量の問題を解決していた。


 心中を探れない彼らでは『駿たちが揉めたり指針を話し合っただけで、未だ勝つ算段すら決まってはいない』ということすら知らないのだ。


 そんな中で、駿が意味ありげな顔でわざとらしく発言した。

 すなわちそれは、真意を読めない拓哉とカサルナに『ここは様子見でいこう』という選択肢を選ばせたのである。


 拓哉がカサルナに対して不満げな顔をしていた。もちろん、駿はそれに気付いた上で発言をしたのだ。

 要するに駿は『さすがの榊坂でも、これ以上は野々宮の指示には背かないだろう』と確信していたことになる。


 単純故に、逆に疑心暗鬼になる状況を、駿という少年は作り上げていたのだ。




『うっし! あの二人は警戒して動かねえ! 今の内に倒す算段を考えるぞ!』


 俺はチラチラと榊坂たちの様子を探りつつパポスを操作する。色々な項目を確認しながらも歌恋にテレパシーを飛ばす。


『ねえ、駿ちゃん』

『どうした?』

『やっぱり駿ちゃんって、こういうカマかけたりとか無駄に考えさせるの上手いよね』

『……おい』


 歌恋の言葉に手が止まりそうになった。それでも表情を崩さずにツッコミを入れる。


『母さんや師匠の相手ばっかしてたから嫌でもなるっての! お前なんて、師匠たちのカマかけに何度もやられてるだろ!』

『う……そうでした……』


 人の良い歌恋は、よくうちの両親や師匠に弄られていた。ババ抜きやると、いつも最後になるような駆け引きも当たり前だ。

 周りの大人がそんな人ばかりなせいで、俺も似たような思考になっていた。


『あ、そうだ。師匠の話題が出たから聞くんだが、お前は道場で習ってたときは、迎撃用の技を主に叩き込まれてたよな?』

『えっと……そだよ。相手の突進力を利用して反撃する複合技の逆雪崩(さかなだれ)。神経を鋭利に研磨する水夜蛟(みなやみずち)。気を展開することで空気の壁を作る風盾(ふうじゅん)。他にもたくさんあるよ』


 歌恋は自分でも確認するように技の名前を挙げる。共有する俺にも、歌恋が思い浮かべるイメージが流れ込んできた。


『水夜蛟は何度か回避用で使ってたみたいだが、他のは使わないのか?』

『逆雪崩は上手く技を繋げれるかわからなくて、最近戦ってないから、気のコントロールも不安かな。守りの風盾も自信がない感じで……』

『なるほどな』


 気を扱うってことは、まず自分の内外にある、空気のようなものを存在を感じ取れなきゃダメだ。


 そもそも『気』ってのはオーラやスピリット、プラーナとも呼ばれる、生きる上で欠かせない呼吸。もしくは生命力を意味する存在だ。

 実際に息を吸ったり、吐いたりするようなイメージが近い。


 自分の中にある内気功。つまりは二酸化炭素だな。

 それを体内から放出することで新鮮な気の循環を行う。

 不浄な気を取り除いて体の動きを良くしたり、感覚を研ぎ澄ませることが可能。

 水夜蛟とかの技がこれに当てはまる。


 逆に外気功。こっちは酸素にあたるもの。

 周囲に漂う気を取り込んだり、その性質を変化させたりすることで利用する。


 先生三人と戦ったときに俺が使った雪壊掌(せっかいしょう)雷電拳(らいでんけん)という技がそれだ。


 卜部先生に掌底を当てたとき、手の平と腹の間にあった空気を爆発させ、先生を後方に弾き飛ばした。

 というのが、あの技の理屈になる。


 俺や歌恋が幼い頃から習っていた、気を格闘技に織り交ぜた武術。

 それが我禅龍堂(がぜんりゅうどう)という俺たちの師匠が考案した『我禅流武術』って流派だ。


『相手の攻撃を避け続けるだけじゃ意味がない。かと言って、無理矢理突っ込んでも勝てる訳じゃない。それなら本人を狙うんじゃなく、武器を攻撃して弾き飛ばすのは……無理か。どう考えても、そっちの方が難易度は高い。後衛の俺が前に出て戦ってみるとか? うーん……なんだったら、野々宮を直接攻撃するなんて策も――』


 早口でいくつもの案を出す。歌恋の意見も取り入れられるようにテレパシーを使う。

 けど、そんな俺の思考に歌恋が焦ったように割り込んできた。


『後衛に直接攻撃を当てるのはダメ! それをやっちゃうと、ルール違反で敗北扱いになるよ! あと、駿ちゃんが戦うのもさせないから! あたしが絶対に止める! そもそも後衛は戦闘なんてしないし、エクステリアを装備してない駿ちゃんが前に出るのは危険すぎだよっ!』


 後半の二案に対し、歌恋が語尾を強くして抗議してきた。


『わ、わーったよ! んじゃあ、どうすんだ? このままだと、無駄に時間が過ぎてくばかりだぞ。歌恋の方は何か良い案が浮かんでないのか?』


 歌恋の勢いに押されて俺は白旗を上げた。方法を挙げた先から却下されては(らち)が明かない。


『そ、それは……ごめん。浮かんでたら駿ちゃんに伝えてる』

『あー……そうだよな。すまん』


 時間が稼げても進展しないと意味がない。

 いや、振り出しに戻るだけでは済まないかもしれない。


 仮に相手が奥の手を隠していたら、回復した榊坂がそれを使ってくるはずだ。

 その場合、今の俺たちに対処し切れるかは未知数。下手をすれば負ける。

 だからこそ、この場で勝利の方程式を導き出せるかがポイントだった。


『うぅ……ダメかも。あの感じだと、だいぶ体力が回復しちゃってるよぉ……』


 歌恋の声に俺は顔を上げる。そこには息を整え、目に覇気が戻った榊坂が見えた。


『確かに体力満タンで切り札を使われたりしたら、こっちが押し負けちまうよなぁ……そうかそれだ!』

『駿ちゃん? も、もしかしなくても、逆雪崩を使わなきゃいけない?』

『おうよ!』


 俺の思考をダイレクトに歌恋に伝えた。

 当の歌恋が困惑してるのは表情を見ればわかる。でも、これしか浮かばないから仕方ない。

 だから睨んでくれるな歌恋。


『ここまで回復されちまったんじゃ、この試合のラストアタックはカウンターの必殺技である、逆雪崩に決定だ! んで――』

『……え? ちょっと駿ちゃん!? それ本気?』

『当たり前だろ。歌恋も援護頼むぜ。全力で煽ってやんよ……!』

『うわぁ……』


 頭に浮かんだ案を更に歌恋へ伝えた。それに対して歌恋はドン引きしたような声を出す。


 くくくっ! さあて、ここがターニングポイントって奴だ。覚悟しろよ猪お嬢様。

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