第18話 リンクバトル開戦
友明の声を合図に、前衛である歌恋と榊坂が駆け出す。
巻き起こる突風。二人の間にあった十五メートルの間隔は、一瞬でなくなってしまった。
「なんて速さだ……!」
常人ではありえない速度だ。『疾風の如く』って言葉が正しい。
それを成してるのリンクの力か、それとも身にまとう外装のおかげか。
「はぁぁああああああっ!」
跳躍した榊坂が、バルディアッシュとか呼んでいた斧を振り下ろす。
その攻撃もかなり速い。
「ふっ!」
けど、歌恋は足に力を込め、真横へと飛び退く。
振り下ろされた斧は――轟音を上げながら床を抉っていた。
VRによって出来た地面が、思いっきり砕かれてやがる。嘘だろ……。
「予想していた範疇くらいは動けるみたいですわね」
「……くっ!」
歌恋が再度跳躍して距離を離すと、二人は睨み合うように視線を交わす。
「……なあ友明。リンクバトルっていうのは、これが普通なのか?」
「うん。日常茶飯事」
「マジか……床の修理とかどうするんだよ?」
「試合後に転送システムが貼り替えてくれるんだ」
「は?」
説明を聞き、背中から汗が出てきた。
ははっ……滅茶苦茶だ。理屈もバトルも。
「さあ、もう一度いきますわよ!」
俺の心情なんて知らないだろう榊坂ぎ、再び斧を構える。前屈みになり、低い体勢を維持したまま、一気に駆け抜けた。
すでに歌恋の三メートル手前まで来ている。地面を滑るように移動しながら、榊坂はニヤリと笑う。
「お食らい遊ばせっ!!」
『歌恋っ!?』
「大丈夫! 気を集中――水夜蛟!」
地を這う体勢から、上へと振り抜かれたアンダースイング。
奇しくも歌恋を傷付けることなく、顔の横を擦り抜ける。放たれた一撃を、歌恋は紙一重のタイミングで回避していた。
『――つっ! 今のは水夜蛟じゃなきゃ当たってたかも……!』
歌恋は即座に離脱し、榊坂との距離を空けた。
歌恋が使ったのは我禅流の技だ。気で神経を活性化させることで反射速度を上げる方法。
それによって、寸でのところで回避が出来た。
『と、とりあえず……俺はどうすれば良いっ?』
『大丈夫だよ駿ちゃん。駿ちゃんは初めてだから、見てるだけでもいいよ!』
『とは言っても――あ? 歌恋っ! 次が来るぞ!』
「――くっ!? この! 当たるもんかっ!」
歌恋を薙ぎ払おうとした斧の一振りが、紙一重で空を切る。
「ちょこまかと! いい加減当たりなさいなっ!」
「やだっ!」
榊坂が振るう斧の攻撃はどれも一刀両断のそれだ。
あんなのまともに食らったら、腕なんて切断されるレベル。
未成年が、こんな殺し合いみたいなことをしても大丈夫なのか?
『おい歌恋! あいつの攻撃が当たったらやばくないか!?』
『大丈夫だよ! あの攻撃であたしが死ぬことはないからっ』
大丈夫って……お前の頭の方が大丈夫か!?
歌恋には申し訳ないが、それが俺の素直な感想だった。
『食らった場所次第じゃマジで死ぬぞ! 死なないとか、どういうことだよ!?』
『こういうことだよ!』
俺の頭に何かが伝わってくる。
届いたのは……映像か? 前衛が攻撃を受ける瞬間の映像みたいだな。
振り抜かれた剣が前衛の首に当たる瞬間、何かに阻まれるようにして攻撃が止まる。
そいつの首は薄皮一枚が切れただけで済み、両前衛は距離を取る形で離れた。
そこで歌恋からのイメージが終わる。
『……致命傷にならないカラクリがある? だから、あんな武器を振り回しているにも関わらず、リンクバトルなんてものが成立するのか?』
俺は、このバトルでエクステリアを使用する意味を少しだけ理解出来た。
『そだよ。エクステリアには『反衝撃機構』が採用されてるの』
歌恋の説明がテキストみたいに頭の中に浮かぶ。
エクステリアを装着している場合、プロジェクショングラスに内蔵されたセンサーが、攻撃を感知して作動するらしい。
んで、武器と装着者が接触する衝撃の強さを即座に計算する。
衝撃の大きさによって、威力を中和するシステムがエクステリア内で働き、攻撃は中止されてしまう。
このシステムのおかげで、人体への致命的な攻撃は強制的に中和されるって理屈のようだ。
『威力が強すぎたり、急所を狙うと減衰して攻撃が通りにくくなる。それだと体力が持ってかれるだけ損。なら、攻撃を適切な形で行うのが理想ってことか。それを蓄積させてくことで、相手をノックアウトさせるのがベターってことなんだよな?』
『さすが駿ちゃん! その通りだよ!』
俺の話に歌恋が嬉しそうに答える。どうやら、それで間違いないみたいだ。
『なるほど、理解したぜ。リンクバトルの仕様はわかった。けどそれとは別に、こっちから仕掛けられそうか?』
『したいとこだけど……思った以上にあの子、隙がないよ』
「これでも食らえっ! ですわ!!」
何度も勢い良く攻めてくる榊坂。
踏み込んだ足を軸に、榊坂はその体を捻った。また横へ薙ぎ払う一撃だ。
「これくらいなら回避出来るもん!」
それを歌恋は後方へ飛び退いて回避する。
勢い良く振り抜かれた斧は、歌恋という目標を失って空振りとなった。
『歌恋! 今がチャン――』
「くっ……まだまだああああああぁぁあっ!」
しかし、榊坂は斧を振る遠心力を利用し、体を更に半回転させる。
その勢いを利用して、歌恋の方にもう一度振り向く榊坂。
そのまま、前方に向かって大きく足を踏み出し――って、まずい!
「避けろ歌恋!!」
「うおおおおおおおおおぉぉっ!!」
踏み込んだ榊坂の足が地面を捉えた。
『――え? まさか、その体勢から?』
いくらなんでもそれはない。と歌恋は高を括ってたんだろう。
けど、踏まれた床が破壊されて榊坂が宙を舞う。
たった一度の跳躍で、あいつは歌恋との距離を一気に詰めてきやがった。
「うそっ!? 斧が届く距離に無理矢理……!?」
「これでぇ! ジ・エンド! ですわっ!!」
榊坂が斧を大きく振り上げる。
威力が中和されるとはいえ、体ごと体重かけてた攻撃はまずい。
『ダメ! 避けれない!』
「はああぁぁあああっ!!」
何か状況を打開する案は――痛っ!?
突然、左手に痛みが走った。傷んだ箇所は、包帯が巻かれている手首。……って包帯?
『――そうかっ! 歌恋! 柄だ! 柄を足場にして後方へ飛ぶんだっ!』
俺は寮での戦いで、足払いを食らって浮かされたときのことを思い出した。
あのとき、新土先生の体を利用することで離脱したことを。
頭に浮かべたその場面を、さっき歌恋がやったようにリンクで伝える。
言葉で説明するよりもこっちのが早いはずだ。
『記憶の共有を許可――って、え? や、やってみるね!』
イメージが伝わった。歌恋は、振り下ろされた斧の柄に両足と片手を添える。
「なっ――!?」
「くっ……まだ、終わりじゃないもんっ!!」
榊坂の力を支点にし、歌恋は足に力を込めて一気に踏み込んだ。
リンクの強化にエクステリア、歌恋の場合は靴のアーマメントも込みの力。
脚部への補強がこれだけ揃えば、歌恋が押し負ける理由はない。
『できた! やれたよ駿ちゃん!』
歌恋はなんとか後方へと離脱した。
意表を突かれたせいか、榊坂は押し返された反動でバランスを崩す。
「くっ!? なんてデタラメな……っ!」
「――――あ、しまっ! ぐっ!? かはっ! ……くぅぅっ!」
さすがに着地まで考慮してなかった即席の案。
飛び退いた歌恋は、上手く着地が出来ないまま地面を転がる。
『だ、大丈夫か歌恋!?』
『……うぅ……ぐっ! だ、大丈夫……!』
地面に横たわる歌恋は、フラつきながらも立ち上がった。
他に案が浮かばなかったとはいえ、歌恋に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「はあ……! はあ……! ……っはああぁ……!」
「はあ……! やります、わね……!」
ここまでは互角か。多少の優劣はあるが、まだ攻撃は一回も決まっていない。
「そ、そうだ駿くん! リンク係数はどう!?」
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺が状況をまとめていると、友明がリンク係数について聞いてきた。
そういえば、後衛が係数やバイタルとかのチェックを行うんだったな。
「えっと…………これか? 相手の方が七十三%で、こっちが五十二%だな」
「……え?」
俺の言葉に友明が困惑したような声を出した。
「や、やっぱおかしいよな!? 初心者同士でのバトルなのに、相手と二十%以上差がついてやがる。これが、あいつが繋がれた場合のリンク係数の低さってことなんだな……!」
パポスの画面を見つめながら俺は頭を掻く。
正直、数字として示されると滅入ってくる。けど、数字が絶対ではないはずだ。
『駿ちゃんっ!』
『――す、すまん! なんか指示を出さなきゃダメだよな!』
『ち、違くて! そうじゃなく数値――くっ!? あの子しつこいっ!』
数値? 何か聞きたそうな歌恋だったが、榊坂の奴の攻撃が緩まない。
歌恋はもう榊坂の方に意識を集中している。このまま聞こうかと思ったが、たぶん歌恋の邪魔になりそうだ。今はやめておこう。
「うおおおおおぉぉっ!」
再度、斧での攻撃が歌恋を襲い、歌恋は回避に専念している。
榊坂の攻撃はとてもアグレッシブだ。一撃が重く、それでいて鋭い。
「こんのっ! はあっ!」
けど、歌恋の本分は小さい体を生かした回避だ。榊坂の攻撃を最小限でかわし、歌恋はその隙をついては攻撃を繰り出す。
「ぐっ!? も、もう一回ですわ!」
「まだ来るっ?」
「っはああああぁぁああ!」
『この子、間髪入れずに食らいついてくる……!』
榊坂の隙が少しずつ大きくなる度、歌恋の反撃の回数も徐々に増えていく。
……このまま続けば、もしかして勝てそうか?
「はあ……はあ……! ま、まだ! ……ですわ!」
もう一度、榊坂は肩に背負うように斧を持つ。
『なあ歌恋。やっぱりあいつ……』
『駿ちゃんが察した通りだと思う。あの子の攻撃は強力だけど、振る度に大声上げちゃってるから』
『体力、持ってかれてるんだよな?』
『うん』
武道において、発声は気合や呼吸法による力の増減に関わってくる。
気合のために使うのもありなんだが、用途を理解してない素人だと、最大限に生かすことは難しい。
その上、このリンクバトルというものは、攻防の激しい戦いだ。
闇雲に叫んでいるだけでは、逆に疲れ、動きが鈍ってしまう。今の榊坂みたいに。
『野々宮はその辺のことを指摘してないのか?』
『た、たぶん! してると思うよ』
再び声を上げながら榊坂は斧を振り下ろす。けどその一振りには、試合の最初のような勢いはなかった。
それを歌恋は、テレパシーで会話しながらも回避する。
『となると、榊坂の奴が言うこと聞いてないって感じか?』
『そうかも。あの子、最初に割り込んできたときにも野々宮くんの言葉に一々突っかかってたし……』
『野々宮の指示に対して「いいえ、こっちの方がいいですわ!」みたいな感じで反抗してたりしてな』
『あ……ありえそうかも』
止まらぬ攻防の中、俺と歌恋はそんな会話を交わしていた。
『ぐぬぬ……! なんでさっきから攻撃が掠りすらしませんのっ!?』
一旦攻撃を中断。カサルナは肩で息をしながら愚痴と不満を漏らした。
『だーかーらー! 前半はともかく、後半に関してはあなたの体力がもう無いからなんだってば……! あれだけ言ったのに、開幕した側から後先考えずにやるから……』
『だって! 速攻が一番! って……そう思ったんですもの!』
拓哉の小言に対し、振り返ってプクーっと頬を膨らませるカサルナ。
『直感で決めたらダメだって、おれ、リンクバトルの初戦から言い続けてますよね……?』
『――うっ!? お、覚えていませんわ!』
心当たりがあるのか、カサルナの目が泳ぐように逸れた。
『まったくもう……めんどくさいなぁ……』
拓哉は拓哉で、この状況に対しての不平不満が募っているようだ。
とまあ、駿たち二人の予想はあながち間違っていなかった。




